2021/3/31

【ベネッセの挑戦】教育DXをどう進化させるのか

NewsPicks Brand Design チーフプロデューサー
2020年3月、パンデミックによって突然始まった全国一斉休校措置。年度末の学校現場は大混乱。家庭で、学校で、子どもたちの教育を守るための試行錯誤が繰り返された。
「進研ゼミ」で家庭学習サポートに長年取り組んできたベネッセ。近年は、Classiやミライシードなど学校教育のICT活用支援も行ってきた。
コロナ禍で学校や家庭の教育に何が起きていたのか。同社でDXを推進する執行役員・橋本英知氏に、当時の現場のリアル、そしてコロナ禍でベネッセが教育DXをどう進化させてきたのかを聞いた。

コロナでも教育を止めない

──この1年で、学校のオンライン授業が普通に行われ、公立の小中学校でもタブレット端末を配布するなど、教育現場では一気にデジタル化が進みました。コロナを機に、何が変わったのでしょう。
橋本 以前から教育DXの構想や必要性は誰もが頭では理解していました。
 しかし、先生の時間確保やスキル習得などの問題で現場で対応しきれない、ハードやネットワークといった環境整備などがネックとなり、なかなか進みませんでした。
 ところが、コロナで一斉休校。「教育を止めない」ことが最重要課題となったのです。そこから一気に教育DXを取り巻く環境が変わっていきました。
──安倍晋三元首相の記者会見が2月27日。4日後の3月2日月曜日から多くの学校が一斉休校になりました。
 ベネッセでは以前から、高校向けにClassi,小中学校向けにミライシードで、学校教育のICT支援を進めてきました。3月の休校で、そのニーズは爆発的に急増しましたね。
 また、あまりの急激な利用増にシステム設計が耐えられず、その対応にも非常に苦労しました。
 どんな状況でもお客様にサービスを提供し続ける難しさ、また会社としての組織能力がまだまだ足りないことを痛感しました。
 エンジニアが必死に作業して、利用者増に耐えられるように2カ月でシステムを再設計しました。

データからわかる学校や家庭のリアル

──子どもたちの状況はどうだったのでしょうか。
 授業時間が大幅に減り、最初に課題になったのが、子どもたちがわからないままで授業が進んでしまうことでした。理解できない子をフォローする時間が足りなくなってしまったんですね。
 特に算数のような積み重ねが重要な科目は、一度そうなると、どんどんわからなくなる。休校期間だけでなく、その後もずっとわからない状態が続くことになります。
 ベネッセでは1学年300人×全学年の保護者に毎週、学校の先生に学期ごとにアンケートをとってデータ化しています。
 それをみると、学校がどうやって通常授業に戻そうとしていたか、子どもたちの「わからない」がどう増えていったかなどが時系列で数字として把握できます。
 データからは、先生は授業の遅れを取り戻そうと必死な一方、子どもたちの理解は浅いという認識が浮かび上がります。
 また、保護者へのアンケートからは、「学校の授業が忙しく、自宅では子どもが疲れているように見える」という回答が増えている実状もわかります。

7000人のオンラインライブ授業を支えるチャット隊

──家庭教育のニーズも激増しました。
 学校の勉強を家庭でフォローするためにあるのが「進研ゼミ」です。学校教育がうまく機能しない分、家庭学習の支援という役割は非常に大きくなりました。
「何がわからないかも、もはやわからない」という子が大勢いる。その中でニーズが高まったのが、進研ゼミ会員向けの無料オンラインライブ授業です。
 一部は会員以外にも公開し、この1年間で延べ約100万人の小中高生が参加しています。
──すごい人数ですね。オンライン授業では、何がハードルとして浮かび上がったのでしょうか。
 進研ゼミは学校の進度に合わせていますが、その学校の進度がコロナでバラバラになってしまっていました。
 当然、子どもたちがわからない部分も、まったく違う。ひとりひとりにどうアダプトするかが重要だと考えました。
 これにはインタラクティブ性を高めるしかない。そのためのシステムづくりはいろいろ工夫しましたね。
 授業がわからないときは、「わからないボタン」を押してもらう。リアルタイムで講師が授業内容を軌道修正する。チャット機能で気軽に質問できるようにするのも大切でした。
 講師とは別に、質問に答えるチャット隊が控え、すぐに個別で返信する体制を整えました。
──インタラクティブ性は子どもたちにとっては重要なポイントですね。どれくらいの人数がライブ授業に参加していたのですか。
 かなり幅がありますが、一番多かったときで7000人が参加しました。
 チャットはひとりが対応できるのは、100人が限界。7000人参加なら、70人のチャット隊が必要です。まさに社員総出という感じでした。
 すぐにレスポンスして、質問がある限り答え続けるので、チャット対応は本当に大変です。
 ただ、そこまでやったから、子どもたちのモチベーションを上げられたし、私たちにとってはこれまで以上に子どもたちのニーズや理解が深まったのは、大きな収穫でしたね。

紙のドリルにあえてこだわる

──一斉休校は突然の政府からの発表でした。ベネッセはどのように対応したのですか。
 とにかく何かしなくては、と一斉休校初日の月曜日にリリースしたのが、「電子図書館まなびライブラリー」の開放と「総復習ドリル」配布の受け付けです。
 まず決めたのが、「まなびライブラリー」の開放です。これは、通常、進研ゼミの会員向けに電子書籍や動画を提供しているサービスです。
「電子図書館まなびライブラリー」の画面。2020年3月から期間限定で、進研ゼミの会員以外にも無料で開放していた
 突然の休校に戸惑う子どもたちに「勉強しなさい」と言っても、そんな気分になれない。平日から長い自宅時間があるからこそ、子どもたちにはじっくり本の世界を楽しんでもらうほうがいいだろうと考えました。
 また、突然の休校で、多くの学校が宿題などの準備ができませんでした。その役割を担うのが「総復習ドリル」で、3学期の残りの授業を中心に再編集して配布しました。
 こだわったのは、紙のドリルで確実に子どもたちに届けることです。もちろん、デジタル教材のコンテンツは豊富に持っているので、デジタルでの配布も並行して行いました。
 しかし、タブレットやパソコンを使い慣れていない子どもたちが、すぐに使いこなせるのは、やはり紙のドリル。
 紙で届けるほうがコストも手間も膨大にかかりますが、一番大事なのは「子どもたちが使える」こと。そのためには、あえて負荷が高いことでも選択する。とにかくお客様本位で行動することが、ベネッセとしてのこだわりでした。

小1からタブレット利用で学びを

──進研ゼミも紙に「赤ペン先生」がコメントを書きこんでくれるイメージが強いです。
 実は、以前からタブレットを配布するデジタル版の進研ゼミを進めてきました。昨年春の新規会員は、ほぼ100%タブレットで、タブレットの在庫が追いつかないほどでした。低学年は紙が中心でしたが、小学1,2年生がタブレットを選択するようになったのは、大きな変化です。
 タブレットのメリットは、動画のように子どもが理解しやすい表現の豊富さ、インタラクティブ性の高さ。質問すると赤ペン先生がすぐに答えてくれるので、塾のような感覚です。
 提出物も郵送に比べて手間も時間もかからず、赤ペン先生からの添削も翌日から3日以内に戻ってきます。おかげで提出量も3倍に増えました。
 とはいえ、紙や手書きの温かみも、すごく大切にしています。どれだけデジタルにシフトしても、添削は手書き文字にこだわって、人間味のようなものをしっかり残しています。
 デジタル化は子どもだけでなく、保護者にとってもメリットが増えます。勉強への質問はリアルタイムで赤ペン先生が対応し、子どもの勉強時間やその内容も保護者のスマホにメールで届きます。
 子どもの勉強に手はかけられなくても、目はかけたい。そんな親心のニーズに応えられるように進化しています。

パーパスの徹底で「OODA」を回す

──この1年、DXを急速に進める上で社内にはどんな課題があったのでしょうか。
 あらゆる事業で、急激にデジタル活用が必要になったため、やはり会社としての組織能力の不足が最大の課題でした。
 もうひとつは、いろいろな部署が横断して進める中で、改めて見えない壁の存在に気づきました。
 自分たちでは縦割りではないつもりでしたが、そこは意外にまだまだ残っていた。その壁を取り払うため、情報システム部門、フロントエンドを中心としたデジタル部門、システム子会社をバーチャルでつないだひとつの組織をつくることにしました。
──コロナ禍での対応はスピード勝負という部分も多かったと思います。
 PDCAのスピードが早すぎて、計画する(Plan)余裕がありませんでした。現場主体で顧客の反応を見ながら軌道修正するしかない。まさに、「OODA(ウーダ)ループ」。「観察(Observe)」「仮説構築(Orient)」「意思決定(Decide)」「実行(Act)」を、現場起点で判断しながら繰り返すのです。
 普段は、きっちり計画を立ててPDCAを回しながら教材を作る人間が、いきなりチャット隊として子どもと直接やり取りするわけです。
 そんなイレギュラーな状況の連続の中で、社員ひとりひとりが主体的に目的を持てるようになっていきました。自然と、「パーパス・ブランディング」が浸透していったといえます。
 もともとベネッセでは、顧客をしっかり理解してプロダクトを届けることをすごく大事にしてきました。その根幹である「我々は今、顧客のために何をするべきなのか」への理解が一層深まったと思っています。
 コロナはベネッセという企業にとっても、それぞれの社員にとっても、「社会的意義」を改めて実感させてくれました。それがリモートワークや労務管理ツール、組織のあり方全体を見直すことになり、今後、さらに強化していく方向を決定づけています。

教育DX実現のカギは組織能力の向上

──怒涛の1年を経て、ベネッセのDXはどれくらい進化したといえるでしょうか。
 ベネッセとしては、これまで以上のスピードでDXに全力で取り組んできました。
 しかし、コロナ禍の社会は、それ以上のレベル、スピードを求め、ハードルは上がっています。到達すべき目標を考えると、まだ半分も達成できていないというのが正直な感想です。
 今年度は、DXに関わる職種別のスキル定義を行い、社内にどの人材が何人いるのかも可視化しました。それも含め、何がどれくらい足りないのかは、はっきりしました。
 理想の教育DXに行き着くには、AIもデータ活用ももちろんですが、最終的に必要なのは組織能力の向上です。どれだけ変化に対応できる組織になれるのか。そこが目指すべき最終ゴールだと思っています。