2021/2/23

なぜ「商社」こそ、新規事業をやるべきなのか

NewsPicks Brand Design editor
「その新規事業案で、独立する覚悟はあるか?」
 この問いかけから始まるのが、総合商社である双日が、2019年に始めた新規事業創出プロジェクト、「Hassojitz(ハッソウジツ)」だ。プロジェクトは、藤本昌義社長発案で発足し、経営陣による審査を通過した“発想”は、1年間かけて事業化の道を探る。
 すでに芽吹こうとしている事例もある。電気自動車(EV)への活用を含め普及が期待される「ワイヤレス給電」をテーマに掲げ、2019年度のHassojitz(ハッソウジツ)に応募したチームは、パートナー企業との資本業務提携まで漕ぎ着けた。
 あえて商社が新しいビジネスを生み出す意義とは?アイデアだけで終わらせないため、どんな工夫を施しているのか?プロジェクトを牽引するメンバーに話を聞いた。

2050年のビジネスを創り出せ

── 「Hassojitz(ハッソウジツ)」は、双日の新規事業創出プロジェクトですよね。新規事業に取り組む企業は多く存在しますが、特に商社がそこに乗り出す意義とは、なんでしょうか?
岡田 商社は、ビジネスの「場」を提供する存在です。資金を投入して、人材や技術をつなげることで、新しいビジネスを生み出す。そんな商社だからこそ、事業を自らやりくりする知見やネットワーク、人材を豊富に持っています。
 良いアイデアと熱意があれば、“本当に実現できる”。それが商社なんです。
 有望な事業アイデアには、もちろん双日として出資も考えますし、起業して独立したっていい。
 私たち人事も「発想を実現させる」ことを前提に、Hassojitz(ハッソウジツ)を設計してきました。現場からのアイデアを事業として取り上げるのは、まさに商社でこその醍醐味ではないでしょうか。
── 具体的には、どのように新規事業を生み出していくのでしょうか?
岡田 1年に1度、社員から新しい事業アイデアを募集します。今年度は全社員から募集し、約90のアイデアが集まりました。
 応募したすべての社員は、役員に向けたプレゼンを実施し、役員、経営企画部や人事部を中心とした事務局メンバーが審査。審査を通過すれば、チームを組んで1年間本気で取り組んでもらいます。
2020年のHassojitz(ハッソウジツ)の社内中間発表会で、事業アイデアを発表する様子。一方的に審査するだけでなく、発表前には事務局メンバーが何度もフィードバックし、発案者はアイデアに磨きをかける。Hassojitz(ハッソウジツ)自体は1年周期だが、可能性ある事業については、1年経った後もさらに注力していくという。
 Hassojitz(ハッソウジツ)を始めた目的の一つは、今までの延長線上にない事業を生み出し、企業としてさらに成長するためです。今まで以上のスピードで技術も環境も変化するいま、成功体験に固執し、近視眼的な発想にとどまっていては、非連続な成長は見込めません。
 さらに商社は、部門ごとの縦割り意識が強い業種です。もちろん、そこで培った専門性や人脈も大きな強みですが、一方でイノベーションは、異なる発想や機能が複数掛け合わされて生まれるもの。
 これからの時代は、専門領域にとらわれない、多様化する社会ニーズに対応した発想を生み出す必要性を感じていました。
 そこでHassojitz(ハッソウジツ)に用いたのが、「バックキャスティング」という思考法。過去を起点とするのではなく、未来の理想像、メガトレンドを起点に課題の解決策を考えるのです。
船本 物事を観察する視点には、「虫の目」「鳥の目」「魚の目」がありますよね。私はプロジェクトにファシリテーターとして参画していますが、新規事業に欠かせないのは、「魚の目」ではないかと感じるのです。
 攻めるべきセグメントを市場全体から見極める「鳥の目」も、個別の案件の良し悪しを判断していく「虫の目」ももちろん大事です。ですがそればかりを続けていても、型破りな事業は生まれてきづらい。
 そこで、潮の流れ、つまり時代の流れを読み解く視点である「魚の目」が、重要になるのではと。未来を想像し、今の時代のビジネスに落とし込む視点を鍛えるのが、Hassojitz(ハッソウジツ)と言えるかもしれません。

発想はこうして、ビジネスになる

── 2019年度のHassojitz(ハッソウジツ)で最優秀チームとなった、「ワイヤレス給電・EVインフラ」プロジェクトのメンバーにお越しいただきました。まずワイヤレス給電とは、どのような技術なのですか?
島田 ワイヤレス給電とは、無線で電気を伝送する技術のことです。最大のメリットはもちろん、ケーブルからの解放。
 スマホのワイヤレス充電といった身近な使い道もあれば、道路に充電設備を搭載して、電気自動車が走りながら充電する未来も可能にし得る。そんな、活用の幅が広い技術です。
──どうしてワイヤレス給電に目をつけたのでしょうか?
島田 危機感とワクワクの、両方の気持ちがありました。まず2050年を想像したときに、地球温暖化は間違いなく、差し迫った課題になっている。
 ですが、その危機を悲観するだけでなく、ポジティブに解決する事業を創り出せたら、温暖化対策の数百兆円規模の市場でビジネスができる。これは商社に勤める人間として、非常にワクワクすることです。
 そういう観点で考えた結果、電気自動車の普及や次世代の再生可能エネルギー開発に貢献できる技術として、ワイヤレス給電が浮かび上がってきました。
 そしてもう一つは、電気と通信の比較。実は電気と通信は、どちらも1800年代に開発されたもの。
 このうち通信は無線が当たり前になっているのに、電気は未だにケーブルから脱却できていません。それなら電気にも、通信と同じような構造変化が起こりうるのでは、という点に着目したんです。
── 当初の発想から、どのようにアイデアを練り上げたのでしょうか?
川端 私が加わったときはそれこそ、「ワイヤレス給電でビジネスを創ろう」という方向性くらいしか、決まっていなかったんですね。どうすれば収益を生めるか、社内で議論を重ねました。
 そこで可能性を感じたのが、電気自動車に付随するビジネスです。たとえば通信の世界では、「ネット使い放題」がすでに実現していますよね。そこで電気自動車が普及したときに、「充電し放題」という仕組みを提供できたら、すごく喜ばれるんじゃないかと。
島田 そうやって出てきたアイデアは、とにかく現場にいる人たちにぶつけることにしました。自分たちの仮説が正しいのか、世の中にどんな需要があるのかを知るためです。
 そこで、手当たり次第にワイヤレス給電技術を持つ企業や研究所に連絡。それこそWebのお問い合わせフォームから、一件ずつアポを取って会いに行きました。
 そこで見えてきたのは、「技術はあっても、活用の場がない」という課題感。特にメーカーの方からは、「ワイヤレスで電力を供給する技術はあるけれど、実生活でワイヤレス給電でなくてはならないニーズが未だない」との意見をいただきました。
 ならば、ビジネスの「場」を提供する商社だからこそ、将来電気自動車が当たり前になる世の中の、新たなインフラ整備を担えるのではないか。そこにワイヤレス給電の技術が貢献できるのではないか。その結論に至ったのです。
川端 2020年の12月には、電気自動車のファブレスメーカー(注1)であるASF社との資本業務提携を発表しました。
 ASF社が電気自動車を設計し、双日が充電などのインフラ整備を補強することで、互いに足りない部分を補い合っていく。そんな未来に向けて、具体的な手法を模索しているフェーズです。
船本 私は1年間このチームを見てきましたが、彼らが作る報告書すら、面白いんですよね。いわゆる“報告のための報告書”ではないんです。
 Hassojitz(ハッソウジツ)は、誰かに言われてやらされているものではなく、自ら挙手して参加したプロジェクト。新しい発見を得たい、他のメンバーをアッと言わせたい! という熱意で、打ち合わせやリサーチを重ねています。それが、報告書からも伝わってくるのです。
注1:自社製品製造のための自社工場を持たないメーカーのこと。

新卒でもプロジェクトリーダーに

── ワイヤレス給電のチームには、島田さんのような若手社員も、川端さんや船本さんのようなベテラン社員もいらっしゃいます。どんな意図があるのでしょうか?
船本 もちろん一概に言えることではありませんが、若手メンバーには自由な発想力がある。経験が少ない分、「こうしたら失敗するかもしれない」というリミッターが働きにくいからです。
 一方で既存領域に長く従事してきた社員は、ビジネスを形にして推進する能力はあっても、既存の発想にとどまる傾向にあります。経験年数が異なる社員の複合チームなら、お互いを補い合って、最大のパフォーマンスを出せるのではないかと。
 ただ現場を大事にする姿勢が全社員に染み込んでいるので、若手が動いてベテランが待つ、ということではありません。川端リーダーも、若手に負けずにたくさん動きます(笑)。これが成功の秘訣かなと思います。
岡田 「若いうちから大きな仕事をしたい」という野心を持つ若手の、活躍と成長の場にしたいという側面も大きいんです。
 Hassojitz(ハッソウジツ)では、年次に関係なく、一番熱意と魅力的なアイデアを持っている人がリーダーになれます。実際に2020年度のチームでは、新卒の女性社員がリーダーとなり、フェムテック(注2)の事業検討を推進している事例もあります。
 野球チームにたとえるなら、4番バッターだけがホームランを打つのではなく、チーム全員で点を取りに行く。若手だろうと遠慮が必要ない風土作りは、かなり意識しています。
注2:女性が抱える健康の課題を、テクノロジーで解決できる製品やサービスのこと。
──そもそも島田さんも、ワイヤレス給電プロジェクトに多大な時間を割きながら、通常の業務もされていますよね。多忙ななかでも、Hassojitz(ハッソウジツ)に取り組むモチベーションはなんでしょうか?
島田 個人的な話ですが、私は2018年の中途入社です。前職は、常に目先のキャッシュのやりくりを考えているような仕事で、長期的な目線を意識できませんでした。その頃たまたま双日社員と仕事をする機会があり、3年後5年後と長期的な目線で仕事をしていることに、感銘を受けたんです。
 それを機に双日に転職し、今度はHassojitz(ハッソウジツ)のキャッチコピーに、「2050年の未来に向けた事業作りをする」とあるのを知って。数年どころか30年先ですかと(笑)。これはもうやってみるしかないな、と参加しました。

売上が立たなくても、評価する

── 新規事業はすぐに利益が出るものではありません。Hassojitz(ハッソウジツ)に取り組む社員に対して、どう評価制度を整えているのですか?
岡田 そもそも評価制度の中に、定量面と、行動・定性面の2つの評価軸があります。これを掛け合わせて、単純な数字だけで評価しないよう工夫しています。
 さらに、評価項目に20%の「チャレンジ項目」を入れています。新しい挑戦をすることで、評価される項目です。こういった仕組みで、新規事業に取り組む社員もしっかりと評価されています。
──今後、Hassojitz(ハッソウジツ)プロジェクトはどのように推進していくのでしょう?
岡田 ただアイデアを発表するビジネスコンテスト、で終わらせない。さらに強化して、いいアイデアは事業化し、覚悟を持ってやり抜く気概を醸成していくのがポイントです。
 今年度のHassojitz(ハッソウジツ)の募集時には社長から、「この事業で起業する、という覚悟を持って提案してほしい」と、激励のメッセージがありました。その後押しとして私たち人事も、社内起業や事業投資の制度について、準備を進めているところです。
 また双日を卒業した方には、現役として様々な業界で活躍している人が多くいらっしゃいます。そうした方々を巻き込んで緩やかな双日グループネットワークを形成し、OB/OGと社員との接点を増やしていく。そうすることで新たな化学反応を起こし、さらなる発想が生まれる機会を創っていく予定です。
 こうして “双日には、キャリアの長さに関係なく、発想と熱意があれば、新しいことに挑戦できる環境がある”という意識を社内で広めていきたい。数十年先の双日を担う新規事業の創出に、多くの社員が手を挙げ、さらにワクワクしながら働ける場を提供していきたいと考えています。