2020/12/16

【伊藤忠 鈴木社長】これからの「商人」に求められるもの

NewsPicks Brand Design editor
「あたらしい商人の教科書」プロジェクト第1弾では、「ひとりの商人、無数の使命」という企業行動指針を掲げる伊藤忠商事の代表取締役社長 鈴木善久氏にインタビュー。VUCAの時代に「商い=ビジネス」には何ができるのか。「商人」である私たちビジネスパーソンは、どうあるべきか。伊藤忠商事の取り組みから明らかにする。

本物の「商人」とは何か

佐々木紀彦(以下、佐々木) 伊藤忠商事(以下、伊藤忠)では「ひとりの商人、無数の使命」という企業行動指針を掲げています。鈴木社長にとって「商人」とはどのような存在ですか。
鈴木善久(以下、鈴木) 「商人」とは、近江商人に源流を持ち、大阪の繊維の部隊から総合商社に発展した歴史のある伊藤忠商事ならではの表現でしょうね。
 では、商人とは何か。基本は「商いをする人」のことなので、すべてのビジネスパーソンが商人です。そして、商人は「お客様が要望するものをお届けする」という使命を持ちます。
 しかし、ただ商品を届ければいいのかというと、そうではない。やはり「売り手よし、買い手よし、世間よし」という近江商人の「三方よし」を大前提に、信用を共に届けてこそ本物の「商人」です。
佐々木 伊藤忠が「商人」や「三方よし」を意識するようになったのは、いつ頃からでしょうか。
鈴木 岡藤正広 現会長が社長に就任した2010年頃からですね。
 私が伊藤忠に入社した1970年代の伊藤忠には、「どんな会社なの」と聞かれたときに、「こんな会社だよ」と説明するようなアイデンティティがなかったんです。
 当時の伊藤忠は、エネルギー、化学品、機械、自動車と事業を広げ、繊維が全体の売上の5割を占めていた「繊維商社」から「総合商社」へと変わりつつありました。
 私が伊藤忠で最初に配属された航空機部や自動車部の事業を軌道に乗せて、伊藤忠全体を大きくしていこうという時代だった。売上至上主義とまでは言いませんが、当時は総合商社として成長しよう、売上ナンバーワンになろうという意識のほうが強かったですね。
 そこからバブル期に向かって伊藤忠は成長していきましたが、特定金銭信託やファンドトラストのような「売上を増やすための財テク」をはじめたり、不動産バブルに乗って不動産投資をしたりして、結果的には大きな痛手を受けました。
佐々木 大きな特別損失を出したのは20年ほど前でしたね。
鈴木 4000億円の特損を出したのは1999年です。伊藤忠が総合商社になって、他の総合商社と「追いつけ追い越せ」で上を目指した時代の負の遺産を、一挙に処理しなくてはいけなくなったのです。
 その後、資源バブルを経て復活し、新しい伊藤忠を目指していこうという機運のときに岡藤現会長が社長に就任し、「商人」や「三方よし」という伊藤忠としてのアイデンティティが浸透していきました。伊藤忠の今の若手社員には「商い」や「三方よし」が染み付いていますよ。
 「伊藤忠ってどんな会社なの」と聞かれたときに、「生活消費分野や非資源分野に強く、『三方よし』でお客様の信用を大切にしながら成長している会社です」と皆が言えるようになってきました。
 岡藤現会長が社長就任後に打ち出した商人の基本精神の一つである「か・け・ふ」も、当社のアイデンティティになっています。これは、「稼ぐ(か)、削る(け)、防ぐ(ふ)」の頭文字で、「商い=ビジネス」の基本を表したものです。

有事や危機に重要になるのは、「基本の理念と思想」

佐々木 欧米ではMBAのような形でビジネスが体系化されていますが、伊藤忠が「三方よし」や「か・け・ふ」をアイデンティティとしているのは、どのような意味がありますか。
鈴木 たとえば今、「DX」がバズワードのようになっていますが、先日経団連で某IT企業のトップの方が「DXが目的化していることに違和感を覚える」と話していました。あれはあくまでも手段なのに、と。
 言うまでもありませんが、企業がDXを行うのは、自分たちの商流をデジタル化することで効率化を図り、収益性や持続性を高めるためです。でも、私たちはそういった基本的なことを忘れてしまうんです。
 私たちの「商い」の基本は「三方よし」であり「か・け・ふ」。常に基本に立ち返るための理念であり、思想です。新型コロナウイルス感染症拡大のような有事や危機ほどそういった「理念・思想」が重要になると考えています。
佐々木 コロナのような大きな変化が起きると、ビジネスモデルや商いのやり方も変わってきます。伊藤忠では、DXのようなトレンドも踏まえて、どのように商いを変えていくのでしょうか。
鈴木 総合商社は、基本的にはリアルのビジネスです。それも、何十年もかけて組み上げてきたリアルビジネスの商流を持っています。
 しかし、たとえばAmazonのような企業が出てきて、商流の中でもっとも大切な消費者と直接ビジネスをするようになる。すると、それまでメーカーとの間にあった卸の機能や物流の機能をプラットフォーム自らが担うという新しい動きが出てくる。
 これが今の世の中の大きな変化です。
 それに対して、既存のリアルの商流をどう守っていくかが総合商社の課題になります。一方、デジタルな商流には、「消費者が何を欲しがるかはわかっても、リアルな店舗で何が売れてるかはわからない」という課題があります。
 よく「リアルとデジタルの融合」と言われますが、デジタルを突き詰めていくとリアルの情報が必要になるし、リアルを守るためにはデジタルの情報が必要になる。ですから、私たちは自社が持つリアルの商流をすべてデジタル化する動きをスタートしています。
佐々木 中国などでは「ニューリテール」と呼ばれる「リアルとデジタルの融合」が進んでいます。日本では伊藤忠がそれを推進していくのでしょうか。
鈴木 そうなりたいと思っています。リアルの商流を組むには長い時間がかかりますが、今私たちがデジタル化で遅れをとると、デジタル側がリアルの商流を組みはじめる。
そうなる前にデジタル化を進め、消費者との接点も押さえつつ、「リアルとデジタルの融合」を推進していかなくてはならないでしょう。
 これまでの総合商社は、基本的にはBtoBでビジネスをしてきました。たとえば日本のメーカーが海外に物を輸出する、あるいは海外から原料を調達するのをサポートし、それを製鉄所などに納める。
 しかし、ある時期から総合商社も小売に乗り出しました。たとえば伊藤忠も、1990年代中頃からファミリーマートへ資本参画してきました。それによって「生活消費分野に強い」伊藤忠が培われてきたわけです。
佐々木 BtoCの商いが、これまで以上に重要になっていくのですね。

SDGsは「現代版の三方よし」である

佐々木 今、DXと同様に注目されているのが「SDGs」です。コロナ禍でさらに注目度は高まっています。
鈴木 私はSDGsを「現代版の三方よし」だと理解しています。17のゴールと、169のターゲットがありますが、基本的には「三方よし」を念頭に置いて考えればクリアできる。
 SDGsと自分たちのビジネスを見比べることで、持続性はあるか、社会に還元できているかを確認できるので、これからのビジネスにおける重要な指針でもあると思います。
佐々木 たしかに「三方よし」ですね。それがさらに細分化されたものだとも言えます。
鈴木 全てが実現できるわけではないし、伊藤忠1社では実現できないものもある。ですが、これからはSDGsに資するようなビジネスをしていかないと、社会から「持続性がない」と判断されますし、投資家もSDGsに取り組んでいる会社かどうかを見ます。
 GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も、持続性の高い企業への投資=「ESG投資」を推進しています。
 伊藤忠は総合商社の中で、投資判断におけるさまざまなESG格付け会社でもっとも高い評価を受けている会社です。今後もますます取り組みを強めていかなくてはいけないと思っています。
 具体的な取り組みとして、伊藤忠ではサーキュラーエコノミー(循環型経済)の実現を目指す再生繊維プロジェクト「RENU」を立ち上げています。
 また、CO2削減の観点から再生エネルギーへのシフトにも取り組み、セルビアやイギリスで廃棄物処理発電事業を行っています。
 さらには、地球温暖化や海洋プラスチックごみ問題から課題となっているプラスチック。プラスチック自体は非常に便利な素材なので、原料として今後も使い続けられていくものですが、使い捨てられる生活消費の現場で減らしていく努力は必要です。
 すべてのプラスチックを再生するのは簡単なことではありませんが、私たちもアメリカのリサイクル事業である「TerraCycle」と資本・業務提携をすることで、できるだけ多くのものを再生し、社会に貢献していきたいと思っています。
 こういった分野は、これからますます大きくなっていくでしょうね。
伊藤忠が行っている、サーキュラーエコノミー(循環型経済)の実現を目指す再生繊維プロジェクト「RENU」。
佐々木 「三方よし」の精神でSDGsに取り組むことで、世界で商いを拡大するチャンスにつながるということですか。
鈴木 SDGsへの取り組みによってビジネスが拡大するのは結果であって、目的ではない。既存のビジネスをSDGs観点で見直す、新しいビジネスをはじめるときにSDGsにマッチしているか確認する、ということが重要だと思います。

「商品縦割り」打破のために必要な組織づくりとは

佐々木 SDGsのような次世代への適応も含めて、これからの商人には何が求められるでしょうか。
鈴木 「企業」としての商人が機能していくためには、それに適した「組織づくり」が必要です。
 現在、伊藤忠には8つのカンパニーがありますが、これは機械、化学品、エネルギー、繊維、金属、などの商品分類に基づいた6つのカンパニーに、ここ4年ほどで2つのカンパニーを加えたものです。
 なぜ新しい組織を作るのか。商品ベースの組織だけで商売を考えると、消費者目線で次世代に適応した新しいビジネスモデルを組み立てることがなかなかできません。
 一方で、既存の組織で収益を出すことができている以上、闇雲に大きく組織を変えるのも得策ではない。伊藤忠は商売の「現場」を非常に大事にするので、現場を守る必要もある。それで、新しい事業を専門にするカンパニーを新たに2つ作ったのです。
 2016年に作ったのが情報・金融カンパニーです。DXはここ数年のトレンドですが、伊藤忠ではそれに先んじて、情報・金融に関係する既存事業を集め、横串を通すことで新しいものを創り出していこうとしています。
 私も16年から情報・金融カンパニーのトップを務め、デジタル化や各カンパニーの情報・金融武装に取り組みました。
 カード事業を買収したりデータ分析関係の企業に投資をしたりとさまざまなことに取り組んだ結果、情報・金融カンパニーは既存カンパニーがフィンテックやインシュアテックなど、新しい取り組みをはじめるときにツールを提供できる存在になっています。

商人に変化が欠かせない本当の理由

佐々木 19年に作られた第8カンパニーには、どんな特徴がありますか。
鈴木 第8カンパニーは本当に消費者目線で物事を考える横串組織が必要だという考えから作ったカンパニーです。伊藤忠で最も消費者接点が多い事業といえば、毎日1500万人のお客様が訪れるファミリーマート。
 そこで、ファミリーマートやそれに関係する事業、さらにはさまざまな小売という消費者接点を持つ事業を集めて、Amazonのような消費者データ、属性データを持つプラットフォームの構築を目指しています。
 その一環として今年9月に設立したのが、伊藤忠、ファミリーマート、NTTドコモ、サイバーエージェントの4社の共同出資によるデジタル広告配信事業に向けた新会社「株式会社データ・ワン」です。
 全国のファミリーマートや他の小売店が持つ購買データと、NTTドコモが持つ会員属性データを用いて、オフラインデータとオンラインデータを統合。オフラインでの購買行動を可視化することで、顧客にとって最適な情報を提供しながら、メーカーにも効率的なマーケティングを提供していく構想です。
 これは第8カンパニーの最初の事例ですが、こういった新しい取り組みをもっと増やしていきたいですね。
 また、組織を作るときはトップダウンですが、新しい変化やビジネスはボトムアップ。組織という仕組みだけは作りますが、それは伊藤忠が最も大切にする商いの「現場」から変化が起きるための仕組みづくりなのです。
佐々木 では、個としての商人の成長のカギはどこにあるとお考えですか。
鈴木 常に最新の情報をインプットして、多様な視点を持ち、変化し続けることが求められる。特に変化が必要なのは、デジタルネイティブかつSDGsと共に生きているミレニアル世代やZ世代の上の世代です。
 若い世代とその上の世代では、働くモチベーションも実現したいことも違う。人が変われば仕事の内容も変わるし、今の自分の商売を頑固に続けるだけではなく、新しいことを取り入れていかなくてはいけない。
 そういった変化を続けることでしか、仕事上のパートナーと共に生き続けることはできない。変化こそが個としての「三方よし」であり、「サステナブル」につながることだと思います。
佐々木 では最後にお聞きします。これから進化していく上で、何を一番大切にしていきますか。
鈴木 企業体である以上、やはり結果が重要だと思っています。つまり、期初に投資家や市場に対して約束した数字を、確実に達成していくことです。
 冒頭で「信用を共に届けてこそ本物の商人だ」とお話ししましたが、数字の達成も同じです。結果を出し続けることで、信用を届けていきたいと思っています。