2020/12/16

世界は「低速」へ。交通事故はゼロにできるのか

一般財団法人計量計画研究所

「ビジョン・ゼロ」実現へ動く各都市

1年間に交通事故が原因による死亡者は世界で135万人を超える。これは23秒に1人の方が亡くなっている計算だ。
交通事故を無くすために、最も期待されるのが自動運転技術だ。自動運転技術が普及すれば、確実に事故は減少する。
ただし、車両技術の進歩だけでは歩行者や自転車の死亡事故を解決できるわけではない。技術だけではない取り組みも世界中で成果を上げている。
キーワードは「ビジョン・ゼロ」だ。
ビジョン・ゼロは、これまでの安全教育に加えて、安全のために街路空間を再編するというものだ。

時速30㎞で分かれる致死率

例えば、車道と自転車道を分離したり、街中の道路で最高速度を時速30kmに制限するなど、「人間中心の街路」に再編していく取り組みがある。
時速30kmで歩行者と衝突した際には、それ以上の速度と比べ致死率が大きく下がることから、時速30kmは世界中で交通マネジメントの重要なキーワードとして政策で重視している。
下の投稿は、2021年1月1日からブリュッセル市全域で運用開始する時速30km規制のポスターだ。
時速30kmと時速50kmでは、車両と歩行者が衝突した際の致死率に大きな差があることを示している。

ニューヨークでも事故数大幅減に成功

「ビジョン・ゼロ」の取り組みは世界中で広まっている。
例えばニューヨークでは、2014年からビジョン・ゼロに取り組み、4年間で歩行者の死亡事故を45%削減することに成功した。
横断歩道の距離を短くしたり、自動車の速度が出ないように道路構造を変更したり、自動車と自転車が交錯しないよう道路レーンを物理的に分離したりと、100カ所以上の街路空間を安全性向上のために再編した。
わずか4年という短時間で、コストをかけず簡易な変更で高い成果を上げたことは注目に値するだろう。
ニューヨークは年々交通渋滞が激しくなっており、2019年には、渋滞の原因はライドシェア車両の増加が原因ではないかと話題になった。
しかしもっと大きな視点で考えれば、最大の要因はビジョン・ゼロ実現のために、安全な速度に制限した街路を整えてきたことかもしれない。

ヘルシンキは死亡事故ゼロを達成

また、2019年フィンランドの首都ヘルシンキでは、歩行者に関連する交通死亡事故がゼロであった。これは画期的な成果だ。
ヘルシンキでは長年、自動車と歩行者や自転車とを分離した安全な道路インフラの整備を進めてきた。さらに市域全体の走行速度を、エリアごとに管理・制御してきたことが大きな要因だ。
80年代から徐々に最高速度を下げ始め、90年代から生活道路などで、時速30kmに規制する「ゾーン30」の導入に着手した。2000年代には幹線道路を除く市内全域でゾーン30を導入してきた。
日本でも生活道路で「ゾーン30」はおなじみだ。フィンランドの取り組みは、これを市街全域に適用したものだ。
下の投稿で、左の図はヘルシンキの最高速度の変遷を示している。1973年と比べて低速に制限した地域が増えていることがわかる。右のグラフは交通死亡事故の推移を表したものだ。

スペインは最高時速30km法案が可決

死亡事故を削減するだけではなく、地球環境にも貢献する政策として、低速の規制の効果が期待されている。
ヨーロッパでは、次々に街中を安全な速度にする法案が可決している。
例えばスペインでは先月、全土で一般道路の走行速度を原則時速30kmとする法律が可決した。
片側2車線以上の道路はこれまで通り時速50km規制とするものの、片側1車線の道路は最高速度を時速30kmに規制し、歩車分離していない道路は時速20km規制としている。
マドリードの様子(Eloi_Omella/iStock)
スペインでは欧州連合や世界保健機関が提案する安全目標に従い、今後10年間で交通死亡事故を半減、2050年にはゼロを目指している。
州の官報で公表した後、6カ月後には施行する予定だ。
これら政府の方針に先立ち、スペインのビルバオ市では、今年9月に市内全域を時速30km規制とすることを決定した。
すでに市内の87%の道路が時速30km規制となっており、それを市内全域に運用する。これは人口30万人以上の都市では、世界初となる取り組みだ。
下の投稿は、市内時速30km規制を記者発表するビルバオ市の様子だ。
これ以外にもオランダでは、市内の速度制限を時速50kmから時速30kmに下げる法案が議会で通過した。
ベルギーのブリュッセルセルでは、コロナ禍で運用してきた市内全域の時速30km規制を2021年1月から本格運用することを決定した。
他にもパリやミラノでも、街中の「ゾーン30」や「ゾーン20」のエリア拡張を重要政策として取り組んでいる。

「危機感のない日本の危機」

日本の都市部では、交差点ごとに信号があり、実質の平均速度は時速20km前後だ。この前提に立てば、ゾーン30を前提とした安全な街路の再編は難しくないはずだ。
これまで都市部では困難だとされてきた自動運転の実用化も近づく。また、自動車や自転車、超小型EVなど新しいモビリティの速度差を縮小していくことにもつながる。
そうすれば重大事故が減少するだけではなく、いま道路を走る自動車と、自動運転車や新しいモビリティサービスとの共存が進むだろう。
超高齢社会の中で、「道路の高齢化率」も課題だ。これは、道路を走行する車両に占める高齢ドライバーの割合だ。高齢化率がさらに高まるのは確実であり、多くの人が安全に共存できるインフラのアップデートが急務だ。
日本の街路空間や交差点構造は戦後からほとんどその構成が変わっていない。
一方でコロナ禍においては田園都市の良さを取り込みながら、本連載で紹介してきたように都市部の魅力向上に世界中が取り組んでいる。
日本の未成熟なインフラに対して世界からは「危機感のない日本の危機」と言われて久しい。
モビリティ革命でも「日本の常識が世界の非常識」とならないよう、引き続き最新の動向に注目していただきたい。
※本連載は今回が最終回です