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実は今でこそいいイメージで語られることの多い日本製旅客機であるYS-11ですが、これもFAAの型式証明が下りるかどうかでなかなか問題点をクリアできず、当時の日本社会では大変にこき下ろされました。また飛び始めてからも乗り心地が悪く、操縦についてもパイロットの負担が大きいとこれまた散々な評判で、しまいにはコスト管理の問題から赤字プロジェクトとなることが確定的となり、当時の通産省に引導を渡される形で日本航空機製造が解散するという経緯をたどりました。
航空については、やはり米国では日常で自家用車感覚で乗るものであり、一部の金持ちの道楽というような扱いの日本とは雲泥の差と言えると思います。航空機製造メーカーのエンジニアといえば、毎日のように飛行機に乗って、ここの操縦についてはこうあるべきだ、というような意見を持っていて当たり前なのですが、日本ではそのような人はあまりいない、少なくとも多数派ではないでしょう。そのように航空が身近であるかどうかという点で、はるかに米国は裾野が広く、当初から米国で研究開発を進めたホンダジェットの判断は正しかったと言えるでしょう。

ただし今回の失敗を三菱だけに押し付けるのはやや酷な話とも言え、このプロジェクトの音頭をとった国が、本当はFAAと同様の型式証明を審査して発行できる体制でなければおかしいのです。中国でも民間旅客機開発が進んでいますが、きちんと国がサポートしたうえで審査し、現在は中国内でしか通用しませんがきちんと型式証明を発行して実際に運航を始めています。当たり前ですが中国がいい加減な型式証明を発行したがために事故になったなどのニュースはありません。
日本も、FAAにおんぶにだっこではなく、きちんと国が型式証明を発行できる体制になっていれば、設計上の問題点についてもう少し突っ込んだ議論ができ、機体の完成度も早い段階で高められたはずです。
航空行政において、推進したい経済産業省と規制したい国土交通省できちんと意思疎通が図られているのか疑問に感じる場面が多々あります。改善を望みます。
私が新明和に入社した1990年には、
新明和には、菊原博士がご存命であった。
二式大艇や、紫電界を産み出した天才で
三菱の堀越、川崎の土井、川西の菊原と
言われていた。

菊原博士は、戦後世界最高性能の飛行艇
PS1を開発し、その後継機で有るUS-1も
成功させた。

90年当時は、既に御歳90を超えていたが、
周りには60歳近辺の、YS-11にも参画した
メンバーが多数残っていた。

1996年頃、新明和は30年ぶりくらいに
機体開発のプライムを取り、US-2の開発が
始まる。

私は、機体の形を決める、空力班に配属され
機体の形状を3次元で定義する仕事を任された。
ボーイングで学んだ技術であった。

開発は混乱を極めた。余りにも長い間、
機体開発が出来なかったからである。
経験した、我々はあっという間に先輩達を
追い抜いた。

三菱重工の方々は、常に民間航空機再参入
の話をしていた。悲願である。

しかしYS-11のビジネス的失敗以来
チャンスは巡って来なかった。

国家プロジェクトを諦めて、独自開発を
決断した時も、YS-11から30年くらい経過していた。
ギリギリのタイミングだったのである。
これを逃したら最早出来ない。

現代の航空機は、順調なプロジェクトは見当たらない、
ボーイングでも、エアバスでも、戦闘機も
みなそうで有る。

それだけ、要求は複雑で、ハードルは高く
またなかなか、経験出来ないので有る。

批判する事は簡単である。しかし行き過ぎた批判は、
次のチャレンジの芽を摘んでしまう事を
忘れるべきで無い。
5, 6年前,伊勢神宮に行ったのですが,伊勢神宮は良く知られているように,1300年にわたって20年に一度,式年遷宮と言って,社殿を更新を更新し続けています.なぜそのようなことを続けてきたのか,よく言われる理由が技術の伝承です.20年はちょうど一世代で,これ以上,間隔があくと,社の新築や修繕ができる人がいなくなってしまう.
旅客機の設計開発そして民間旅客機としての認証取得には過去の経験の有無が大きい.式年遷宮と同じで,最長20年に一度はこうした作業を先輩エンジニアから後輩に伝承していかないといけない.
1945年の敗戦から,7年後のサンフランシスコ講和条約までの航空禁止を経て,1964年のYS-11の型式証明取得まで19年が経っていました.堀越二郎のような戦前のスーパー・エンジニアは晩年のぎりぎりのタイミングで技術の伝承ができたのでした.しかし,そこで途絶えてしまった...日本製品は当時と比較にならないほど高いポテンシャルとブランド力を持ちながら,旅客機に関しては主体的な開発を一切行ってこなかった.
いまできているSPACE JET M90は型式証明の取得作業を継続するとのことですが,これは当然のことです.型式証明を取得するのは三菱重工という民間企業ですが,審査して授与するのは日本国という国で,国としても旅客機を丸々一機審査することを伝承しないといけない.逆に,型式審査を続けるということは,まだ伝承をあきらめていないということ.
今すぐにでも次の開発を始めないといけない.現在の経験を次の世代に繋ぐためでもあるし,コロナ後の小型機市場の拡大を取りこぼすことになります.
https://newspicks.com/news/4661801/body/?ref=user_2112738
COVID-19パンデミックが収束し航空産業がふたたび活気を取り戻すのに最低でも3年はかかる。三菱重工はそうみているのでしょう。それまでは身を縮めてやれることだけしっかりやる、という覚悟。

1兆円も投じたプロジェクトだけに捨てるわけにはいかないでしょう。ただし3年の間に、テクノロジーや素材はどんどん進化します。ブランクが影響しなければいいのですが。スタートからすでに12年経っています。
日経には「神がいなかった」と書かれましたが、結局どんなに良い部品を集めても全体像がなければだめだということでしょう。良い技術を持っていても良い商品ができないと言われる日本企業の弱点が露呈した感があります。長期的な視点が日本企業の強みなどといわれたりもしましたが、全体像なき長期戦でかつての日本軍のようにならないことを祈りたいです。
まさに土屋さんのコメントが的を射てます。技術とノウハウの継承、とくにドキュメントに残らない部分の継承が大事です。ロケットエンジンなんかも同じです。
開発中止ではないと思います。今は首をすくめて嵐が過ぎ去るのを待つだけなのではないでしょうか。
歴史ある三菱さんにとって乗り越えられない嵐ではありません。
今までもっと大変な状態を潜り抜けてきたのでしょうから、これからも頑張ってもらいたいです。
「事実上の凍結」は、開発の迷走の結果とも言われているが、足元の需要が読みにくくなっていることも確か。今回の事態の背景は、開発の問題なのか?あるいは実は需要の問題なのか?俯瞰して、一旦整理してみる必要がありそうです。
3分ではわからない。
MRJが作ろうとしてるのはリージョナルジェット用の小型機で、つまり国内専用機。

そもそもCOVID-19とは関係ない。
ホンダに任せた方がいいと思います。
この連載について
今、知りたい注目のニュースの真相から全体像まで、やさしく徹底解説。プロピッカーや有識者による対談、オピニオン寄稿、直撃インタビューなどでお届けする、NewsPicks編集部のオリジナルニュース連載。
三菱電機株式会社(みつびしでんき、英語: MITSUBISHI ELECTRIC)は、日本の大手総合電機メーカーであり、三菱電機グループの中核企業。 ウィキペディア
時価総額
3.30 兆円

業績

業績

三菱重工業株式会社(みつびしじゅうこうぎょう、英語: Mitsubishi Heavy Industries, Ltd.)は、三菱グループの三菱金曜会及び三菱広報委員会に属する日本の企業。川崎重工業(KHI)とIHIと共に三大重工業の一角を成している。 ウィキペディア
時価総額
8,157 億円

業績