【西口一希】日本型スタートアップの大きな課題

2020/8/30
NewsPicks NewSchoolでは、10月から「スタートアップグロース戦略」プロジェクトを始動。リーダーを務める西口一希氏は「スタートアップは素晴らしい事業やプロダクトを生み出しているにもかかわらず、そのポテンシャルを100%発揮できていない」と指摘する。なぜ多くのスタートアップは、大きくグロースできないのか?その真因を探った。(全4回)
【西口一希】なぜ御社はマーケティングでつまづくのか

スタートアップがブランドになるとき

――日本には、今のところ、ネット企業で強いブランドを確立できたスタートアップがほとんどありません。Googleなどのように、デジタルネイティブのスタートアップがブランドを創るために大事なことは何でしょうか?
国に関係なく、ブランドを創るのに必要なのは、顧客にとって「明らかに新しい独自性」です。
独自の便益――もうそれしかありません。その上で、「顧客の認知と浸透」をいち早く取ったものが勝ちます。
有名な話で言うと、SNSという独自便益を先に打ち出したのはマイスペースが先だったのですが、もたもたしているうちに、Facebookに先にスケールされてしまいました。『ソーシャル・ネットワーク』の映画が出てから、大きな差がつき始めたという印象です。
日本の場合でも、メルカリもラクスルも後発ですが、先に認知を取ってしまえば、それが本家本元になります。
西口 一希/Strategy Partners 社長、M-Force 共同創業者
だから、独自便益のあるプロダクトやサービスを立ち上げて、本家本元になる主流の認知を取ってしまえば、スタートアップもブランドになるんだと思います。
たとえば、Googleも検索では後発ですが、最初から検索特化で「網羅的で関連度合いの高い検索が可能」という独自便益が明確で、追随できる競合がほとんどいませんでした。
検索に特化し続けることで、結果として独占状態を築きました。
高い認知と、広い顧客層への浸透を獲得する前提として、「代替性がなくて、独自価値がある」ということが大切です。これは言うのは簡単ですが、実現するのは難しい。
例えば、LINEはあっという間に日本で勝ちました。若い層が気軽にメッセージングするという市場をうまく取りました。ただ、海外ではなかなか広がらなかったですね。

なぜ海外で成功できないのか

――LINEに限らず、日本で流行しているブランドが海外で流行しないのはなぜでしょうか。
早い段階でグローバルな市場を見ていないことと、海外のマーケットを日本の延長で考えてしまうからではないでしょうか。
どうしても、海外でも日本の基準を当てはめてしまうところがあります。
たとえば、「米国には日本の3倍の人口がいるので、日本で成功したブランドを持っていったら、3倍になる」と言う人がとても多い。しかし、この思考自身がすごくおかしいと思います。
なぜなら、アメリカは多様性の国なので、人口が3.2億人いても、人種や価値観はバラバラです。
たとえば、アパレルの商品で言っても、ヒスパニック系に売れるものと、チャイニーズ系に売れるものは違います。
宗教や人種、体格や年収レベルなどによって、数十のクラスターがあって、どこからどう攻めていくかを、個別に細かく考えないといけません。
【西口一希】これからの勝ち筋は「ニッチ」にしかない
それが、多様性が低い日本との大きな違いです。ですので、日本的な思考でやってしまうと、まずうまくいきません。
日本のマーケットは洗練されていて競争が激しく成功は難しいとの話を聞くこともありますが、実は、多様性のなさという意味では、米国に比べてはるかにくみしやすいと思います。
だからこそ、米国に出ていくのであれば、経営は全部、現地は肌レベルで理解しているプロに任せたほうが良い。
でも、自分が現地に行って、必要以上に日本での成功パターンを全てに当てはめようとする、
それは本人の夢として理解はできるのですが、ホンダにしても、トヨタにしても、ソニーにしても、米国で本当に根を張ってうまくいった企業は、現地化がとても速い。
日本人が現地に行っていても、米国に居住し、コミュニティに溶け込み、現地のプロを雇って、現地のやり方で進めています。
必ずしも日本人が全てのリーダーシップをとっていません。
昔から、「郷に入らば、郷に従え」と言いますが、むしろ昔のほうが、その教訓を実践していたように感じます。
だから、日本で本当に独自性があって、海外に進出する夢があるのであれば、資金調達も日本でなく、最初から海外でやったほうがいいと思うのです。
海外のファンドからお金を引っ張ると、役員を送り込んでくることもあるでしょうし、要求はすごくきつくなります。
ただ、このような厳しいファンドは、世界のマーケットを知り尽くしていますし、スケールする方法も知っています。

日本的な村思考とスタートアップ

昨年、フロムスクラッチ(マーケティングプラットフォームの「b→dash」を提供するスタートアップ)が約100億円を調達した際、プライベートエクイティ(PE)のコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)が入りました。
結果はまだですが、あのやり方は結構正しいのではないかと思います。
VC経由でなくPEを入れると、主導権を奪われるように考える人が多いですが、彼らの多くは、組織運営、投資効果の最大化をどうやるか、非常に分厚いノウハウを持っています。
日本の成功パターンをそのままやるよりも成功確率が高いはずです。
私のところにも、「海外企業を買収したけれどもうまくいかなくなったから、何とかできないか」という日本企業からの相談が時折あるのですが、結構、手遅れになっているケースが多い。
(写真:taa22/iStock)
典型的な状況としては、買収後の数年間に日本のやり方を持って行ったり、日本文化とのハイブリッドみたいなコラボレーションで中途半端なやり方をしたりして、買収先のキーパーソンが皆辞めてしまって、その人たちが支えていた組織や効果的なプロセスが、もぬけの殻になっているのです。
そして会社には、日本人や、日本が大好きでフレンドリーな人材ばかりがいる。
でも、日本人から見て、フレンドリーで、やりやすい人というのは、そもそも気をつけるべきです。
現地のマーケットを知っていたら、必ずぶつかるはずですが、そうならないのは、かなり日本本社や役員に忖度している可能性が高い。
それでも、日本人は、若い世代も古い世代も、自分がくみしやすい人を仲間に集めがちです。
それに対して、PEは発想が違っていて、最初から妥協なしに結果を出すためにベストチームを組みます。忖度するような結果を出せない人材は絶対に選びませんし、結果が伴わなければクビになる完全なプロです。
日本的な村思考が、スタートアップ経営においても現れているような気がします。

エスタブリッシュメントとの融合

――スタートアップの村思考という点では、国内でも分断を感じませんか? スタートアップと伝統的な大企業の融合があまり進んでいません。
それは、すごく感じます。
私は大企業とスタートアップの双方で働きましたが、同じ空間に全く異なる世界が2つある印象です。大きな壁があります。
それぞれの勉強会でもほぼ同じメンバーばかり集まりますし、食事をする場所など活動地域も違います。スタートアップは渋谷や六本木や西麻布で、エスタブリッシュメントは、銀座、日本橋といった千代田区界隈にいますね(笑)。
――日本のスタートアップがもう一皮二皮むけて、より存在感を拡大するために、まずどう動けばいいと思いますか?
いわゆる、エスタブリッシュメントの人たちともっと付き合ったほうがいいと思います。
【西口一希】老舗ブランドに、チャンスが生まれる
まずスタートアップ経営者の傾向として、純粋でシャイな人が多い。だから、あまり身近ではない人たちと付き合うのを避けてしまっているところがある。
そしてエスタブリッシュメントを、自分たちには必要ない古い人たちと断定してしまっているところが、ちょっとあるんですよね。
その理由もわからないわけではないですが、エスタブリッシュメント側は、非常に多くのものすごい資産やノウハウを持っています。
双方のいいところをうまくつなげればいいのですが、スタートアップ側からエスタブリッシュに入っていける人がすごく少ない。2つの世界がパカッと別れてしまっています。
スタートアップ側は、エスタブリッシュメント側の勉強会に行きませんし、逆もまた真なり。
さすがに、最近はスタートアップ系のイベントに、大企業側も出席するようになりましたが、社長が来るケースはほとんどないですよね。
(写真:gremlin/iStock)
自社の技術やノウハウを使って、スタートアップと本気でビジネスを創るという感覚で来るリーダーをあまり見たことがありません。
日本のスタートアップは、成功事例や自らのやるべきことを、国内外のスタートアップに見出そうとします。『How Google Works』を読んだり、他のスタートアップがうまくいったケースを聞いたり。
一方で、日本のエスタブリッシュメントがここまで成長してきた歴史には、あまり興味ない。
バリエーションで見ると、スタートアップの中には大きいところもありますが、全体としては実際の売上高やマーケットサイズはまだまだとても小さい。
それに対して、エスタブリッシュメントの売上高やマーケットサイズはとても大きい。
つまり、多数の潜在的な顧客層を既に獲得しているのです。
だからこそ、スタートアップは大企業をうまく使ってやるぐらいの気概をもったほうがいい。
米国の場合、随分前から双方が融合していて、エスタブリッシュメントからスタートアップに移る人はたくさんいますし、逆のパターンも当たり前です。
日本も、そのフェーズに移行しないと、いつまでも海外勢に勝つことができないように思います。

スタートアップの組織論

――日本のスタートアップは、0→1から1→10くらいまでのノウハウはたまってきましたが、10→100は未知の領域ですね。
確かに、組織の大きさをどうマネジメントするかのノウハウは、スタートアップ側にあまりないですね。
やっぱり、大きな組織でうまくいっている企業には、しっかりしたマネジメントシステムがあり、マネジメント能力のある人材がいます。
――身近な日本の大企業より、シリコンバレーを見てしまう。
老舗の日本の大企業でも、うまく経営している企業がたくさんあるのに、スタートアップはそちらに興味を持たない傾向があります。こうした事例から組織論を勉強せずに、自分たちは違うやり方ができると思っているところがある。
あのGoogleだって、スケールするために、エリック・シュミットなどのエスタブリッシュメント側の人材をうまく組織に入れています。
今の大企業も、昭和にはベンチャーとして海外に出て行って成功してきています。そうした歴史も含めて学んだほうがいいと思います。
同じことが、エスタブリッシュメント側にも言えて、似た者同士で集まって、お互いの似た成功を褒めたたえ合って、外の世界への興味が小さくなっている。
スタートアップは気にはなっているが、自分たちが本流だと思い込んでしまっているのではないでしょうか。
――そうした壁を打ち破るカギは、やはり人材の相互移動でしょうか?
ただ、スタートアップ側に、エスタブリッシュメント側の人材を引っ張る仕組みが、ストックオプションぐらいしかありませんし、大企業の給与や福利厚生に慣れているので、転職する心理的ハードルが非常に高い。
逆に、スタートアップの人材が、エスタブリッシュメント側に移ったとしても、活躍できる場はあまりないと思います。日本的なコミュニケーションスキルやプロセス主義に慣れていないので、エスタブリッシュメントの仕組みに受け入れられない可能性が高い。
おそらく最初は、エスタブリッシュ側から動くのが近道でしょう。
双方のトップが握って、2、3年単位の出向で、人事・組織・財務・経理・法務といったコーポレート系の人材をスタートアップに派遣する形です。
最初は互いにアレルギー反応が出るかもしれませんが、学ぶことも絶対あると思います。そういう異種交流をやらないと、いつまでたっても溝が埋まりません。

ソニーはやっぱりすごかった

そして、いちばん大事なのは、世界で長年にわたって成功している企業に学ぶことです。米国でも欧州でも、成功しているエスタブリッシュな企業は全てゼロイチからスタートしています。
皆スタートアップの時代があって、0→1から1000、10000と継続的に成長してきたのです。
ランボルギーニも祖業はトラクターですし、P&Gもせっけんやろうそくを売るところから始めています。
これら世界的なエスタブリッシュな優良企業は、全てゼロイチからです。その歴史をしっかり研究したほうが、最近の身近な成功事例より、将来につながる発見があるのではないでしょうか。
――日本企業の中で、グローバル企業に進化した企業から学ぶのがいいですね。今、ソニーの歴史を学ぶと、スタートアップにとってヒントはたくさんありますね。
やっぱり井深大さん、盛田昭夫さんの時代のソニーはすごいですよね。
スティーブ・ジョブズもソニーの盛田昭夫を尊敬していた(写真:AP/アフロ)
真空管電圧計の製造、販売で創業し、その後、米国市場をどのように切り開いていったか。
初めてのパーソナル音楽再生デバイスであるウォークマンがいかにして生まれ、世界を席巻したのか。
その後、なぜiPod、iTunes、Macはソニーから生まれなかったのか。
ソニーの歴史を振り返るだけで、スタートアップが、すべきこと、すべきでないこと、非常に多くの示唆が得られると思うのです。
*全4話終了
(撮影:竹井俊晴、デザイン:九喜洋介)
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