【佐渡島庸平×中山淳雄】リアルにあって、デジタルにないもの

2020/9/7
NewsPicks NewSchoolでは、10月から「ビジネスストーリーメイキング」プロジェクトを始動する。プロジェクトリーダーを務めるコルク佐渡島庸平氏が、『オタク経済圏創世記』著書のブシロード執行役員中山淳雄氏とともに、コンテンツビジネスの未来像を論する(全5回)。

リアルとデジタルの違い

佐渡島 まず中山さんの著書『オタク経済圏創世記』を読んで、いいと思ったところを抜粋させてください。
「デジタルデザインにおいて最も強調すべきことは、ネットで便利になることではなく、ネットによって今まで価値として見られていたものを、より便利に高頻度で味わえるようにすることである」
引用:『オタク経済圏創世記』(中山 淳雄/日経BP社)
つまり今までも価値として見られていたものの価値はこれからも変わらないけれど、より便利に、より高頻度に楽しめること自体がデジタルの力だと指摘されています。
僕はこれこそがまさにこれから起きていく変化だろうと思いました。
佐渡島 庸平/株式会社コルク 代表取締役
1979年生まれ。東京大学文学部を卒業後、2002年に講談社に入社。週刊モーニング編集部にて、『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)、『モダンタイムス』(伊坂幸太郎)、『16歳の教科書』など数多くのヒット作を編集。インターネット時代に合わせた作家・作品・読者のカタチをつくるため、2012年に講談社を退社し、コルクを創業。従来のビジネスモデルが崩壊している中で、コミュニティに可能性を感じ、コルクラボというオンラインサロンを主宰。
中山 僕はデジタルだけでやっていた時期が5年あり、そのあとブシロードに入ってデジタルとアナログの両方を手がけていたんですね。
それまでずっとデジタル、デジタルと言っていたけれど、でもそういう作品はそのあと一瞬で消えていく。
でもアナログでグルグルやったあとにデジタルにしたものは残っています。
中山 淳雄/株式会社ブシロード 執行役員
エンタメ社会学者。ブシロード でトレーディングカード、モバイルゲーム、新日本プロレス・アニメなど日本コンテンツの海外展開を担当。リクルートスタッフィング、DeNA、Deloitteを経て、バンダイナムコスタジオでカナダ/シンガポール/マレーシアで会社・事業立ち上げ。シンガポールでブシロードインターナショナル社長に就任、19年4月より帰国して現職。著書に"The Third Wave of Japanese Game", 『ヒットの法則が変わった』『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP研究所)ほか。東京大学社会学修士、McGill大MBA卒、早稲田大学&シンガポール南洋工科大学ビジネススクールでエンターテイメントビジネスの非常勤講師(現職)。著書に『オタク経済圏創世記』(日経BP)などがある。
佐渡島 リアルで価値あることを提供していた会社は、このところのデジタル化で苦しかったかもしれない。でもこの時期を乗り越えてデジタルの中に入り込んでいくと、本当に強い会社になるでしょうね。
今、けっこうなハイブランドがインスタを始めたりして、もう1回復活してきています。一方、中堅ぐらいの、価値が曖昧だったところは全部死んでいっています。
M&Aに詳しい三戸政和さんという人が、『営業はいらない』という本を出していますが、まさにその通りですよ。誰かが一生懸命営業しなければ売れないということは、価値が曖昧だということですから。
特にBtoBのビジネスがそうです。「前の上司が発注していたから」という理由だけで買われているものってたくさんある。広告などはその最たるものだと思います。
リアルでは価値がないのに、価値があるとされているものは、これから一掃されるでしょうね。それを中山さんは端的に言い表している。
──スタートアップ企業にとっての試練の時期になりますね。
佐渡島 今、ITベンチャーは、若くて機動力があるというプラス面が注目されていて、オールド企業はその逆だと思われています。
でもリアルとデジタルでは、サプライチェーンの長さが違うんです。
デジタルはサプライチェーンが比較的短いからワンプロダクトでもすむけれど、たとえば自動車をつくるには長いサプライチェーンを理解しなければいけない。
たとえばエンジンを安定的につくるだけでも大変なのに、タイヤなど膨大な数の部品があり、工場の稼働などにも注意を払わなければならない。その工程をすべて学ぶには、どんな人でもすごく時間がかかります。
──鍛えられる量が違いますね。
佐渡島 そう。だからそこにポッと出の30歳が、行動力があるからと権限を与えられたときに、サプライチェーンの中にいる人たち全員を納得させられるかというと、難しいと思いますよ。
写真:kuppa_rock/iStock
この複雑な仕組みがデジタルによって簡略化されるのであれば、したほうがいいけれど、世の中には簡略化できない仕組みもある。
そういう簡略化できないものの価値がもう1回戻ってくるでしょうね。

優秀さとは何か

──ある種、プログラミングみたいなものって異常な世界ですものね。しかもロジックだけでつくれる。
佐渡島 そう。シンプルなんですよね。
中山 DeNAは医療健康情報サイトのウェルク(WELQ)で、つくらなければいけないテキストの価値を軽んじてしまった。
実はテキストをつくるまでにはけっこう連綿とした知恵があるのに、そこを簡略化して投資対効果ベースで考えると、ああなってしまうんだろうなと感じましたね。
佐渡島 そうですね。あまりにも簡単に考えすぎた。
中山 モバイルゲームが出た2011~12年くらいのDeNAは、本当にすごかったんですよ。
当時、僕は入社したばかりで同時期に入った人が50人ぐらいいましたが、そのうち10人以上が起業している。リクルート、博報堂、ボスコンなどからトップ級の人材が来ていて、僕はそんな最強な人間と組織が勝てないはずがないと思っていました。
ところが2013年~14年にそれがひっくり返った。
それまではスピードや論理思考などで勝てたのが、その後のヒットゲームは「そもそも面白いもの」というゲーム性そのものやキャラクターIPの力へと戻っていった。
優秀な人間がいても、人の力が通じなくなったときはダメなんだということを目の当たりにしました。
佐渡島 優秀さというのは、ある限定的な仕組みの中の優秀さですよね。
中山 確かに。いろいろなものを回すエグゼキューションの優秀さだったかもしれない。
佐渡島 オールマイティな優秀さは存在しませんからね。
──全部、スペシフィックなわけですね。
佐渡島 すごいユーチューバーがTikTokでもすごいとは限らない。
中山 つくり方が違いますからね。だからTikTokではHIKAKINが面白くなくなってしまう。
佐渡島 そう。ある程度、客の移動は可能だけど完全にはできない。
サッカーのクリスティアーノ・ロナウドもTikTokをやっているでしょう。
あれくらいサッカー選手としてのレベルの高い人はメディアが変わっても価値があるから移転できるんだけど、あるメディアの中にしか価値がない人は移転できない。
これだけメディアが点在していると、メディアを変えてもフォロワーを連れていける人と、そうじゃない人が出てきますね。
中山 一発芸人とコメンテーターになる芸人の違いみたいなものですか。

価値の長さを分けるもの

──価値を移転できる人とできない人の違いは何でしょうか。適応できる人とできない人、もしくはチームの力ですか。素材は違わないわけで、メディアに合わせて加工できるパートナーがいるとかでしょうか?
佐渡島 サッカーが強いことの格好よさというのは、価値が安定的なんですよ。
新聞でもテレビでもリアルでも、全部に通用しますよね。だからサッカーとか音楽とか料理とか、普遍的な価値を持つ人はどこへ行っても強いけれど、特定のメディアの中の有名人は、そのメディアにうまく適応できたから有名になった可能性がある。
だから小説家や漫画家も、小説や漫画というメディアにうまく対応した人という見方もできる。
Twitterの文章がうまい人と、小説の文章がうまい人と、ブログの文章がうまい人は、また全部別ですから。
中山 明石家さんまさんとか、あの時代の人がいると新しい人がテレビに入っていけない。
キングコングの西野亮廣さんがお笑いから絵本作家になったように、フォーマットが違うところに行かないといけない。
──先行者メリットが強いということですね。
中山 そうですね。同じ能力を持っていても、いる場所がよくないせいで輝けない人たちが大勢いるはずです。市場を見極めないといけない。
佐渡島 また中山さんの本から抜粋します。
「つくり上げたものを配布し視聴してもらうという一方向モデルではなく、ユーザーコミュニティの形成を前提にコンテンツを生きたものとしてアップデートし続けるという双方向モデルへと、ビジネスモデルをチェンジすることができた産業が2010年代に入ってからの成長産業となっている」
引用:『オタク経済圏創世記』(中山 淳雄/日経BP社)
これもまさに僕がいつも言っていることを、すごくわかりやすく書いてあると思いました。
これからは本などもコンテンツをアップデートしないといけないし、作家や漫画家にはコミュニティが必要だということです。
中山 そこは日本が一番遅れているといわれています。
佐渡島 そうですね、アップデートできないところが。
コンテンツをつくる人には職人気質の人が多いけれど、職人って誰の力も借りずに1人で黙々とやる頑固な感じが格好いいとされているわけです。
「俺がつくったものを受け取れねえんだったら、帰ってくれ」という。
中山 頑固ラーメン屋みたいな。
佐渡島 今までは作家とかミュージシャンとかも、そういう職人タイプがいいとされていた。
1人で仕事場にこもって完成物をつくり上げて、ほかの人はそれを受け取るというスタイルだった。
でもいまはそのレベルの完成物をつくれる人は、クリエイターの中でもほぼいないのかもしれません。

手塚治虫とそれ以外

佐渡島 僕、最近、コーヒーにはまっているんですよ。上手に淹れたコーヒーって、ブラックでも驚くほど甘いの知ってました? コーヒー豆にはブドウと同じぐらいの糖度があるんですよ。
中山 そうなんですか。初めて知りました。
佐渡島 でもふつうは淹れる途中で雑味が出るので、それを苦く感じてしまう。みんなコーヒー豆を一生懸命選ぶけれど、豆選びよりも、淹れ方が重要なんです。
写真:greenleaf123/iStock
僕の知り合いはコーヒー豆も選びに選ぶけれど、同じコーヒー豆を僕が淹れると、雑味が出てまずくなる。ところがその人が淹れると甘くなるんです。
世の中にコーヒーを淹れる人は無限にいるけど、たぶん甘く淹れられる人は少ない。
彼はコーヒーの文献を読んだりして、昔はコーヒーをこういうふうに淹れた人がいるんじゃないかとか、いろいろ実験してそこまでたどり着いたんです。
中山 それはもう開拓に近い。半端ではない職人ですね。
佐渡島 そういうふうに、飲んだ瞬間、「これはほかと全然違うぞ」と思える人は、漫画界でいうと、手塚治虫だと思いますよ。
手塚治虫レベル以外の人たちは、双方向のビジネスモデルにしない限り、本当にきつい時代になると思いますね。
中山 任天堂の「スマッシュブラザーズ」をつくっていた桜井さんの仕事の凄さをお聞きしたことがあって。
優秀なゲームクリエイターって、誇張なしにほかの人の100倍ぐらい生産性が高いんですね。
桜井さんはゲームデザインを見ただけで、「それ、ちょっとパンチの影響度が弱いから、そっちを1.15倍、こっちを1.07倍にして」みたいなことをエンジニアに指示するんです。コンマ2桁のレベルで。
そうすると、めちゃくちゃ気持ちよくプレイできるようになるんですよ。
なぜそんなことができるかというと、多分桜井さんの「育ち」なんですよね。少人数でゲームをつくっていた時代を経験していて、もう隅から隅まで体験できた。
そういう1人でほかのクリエイターの100倍の価値を持つようなクリエイターは、その時代にその経験をしないと生まれなかったもので、スーパー優遇しなければいけない。
ハリウッドはもっと顕著で、それこそネットフリックスが150億ドルでプロデューサーと契約したりするくらいです。
あのぐらいの価値は本当にありますけど、多分そういう人は製作の過程を全部経験できた時代にしか育たない。そういうところは時代が規定する機会の不平等ですね。
※明日に続く
(構成:長山清子、撮影:遠藤素子、デザイン:九喜洋介)
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