【MLB/NBA】一極集中とテクノロジーでシーズン再開?

2020/4/14
『コロナショック スポーツ界の影響は?』。世界の多くの競技・リーグでシーズンが中止または延期となっている。日本人選手がプレーし日本でも注目が高いMLBとNBAでは独自の案が色々と出てきている。その現実度とは?

MLBで囁かれた「仰天プラン」

コロナショックによってアメリカスポーツ界全体がストップし、それぞれのリーグが莫大な打撃を負っていることは間違いない。
経済誌フォーブスが3月18日に発表した分析によると、5月中盤まで2ヶ月の活動停止により、開幕ができなくなったMLBの経済損失は20億ドル、プレーオフ開始が遅れるNBAは同12億ドル。
これらはあくまで5月下旬にシーズンが始まると仮定した上での推定額であり、このまま中断が続けば損失額は雪だるま式に膨れ上がる。
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ニューヨーク、ロサンジェルスといった大都市には依然としてロックダウン(都市封鎖)が課されており、筆者が住むニューヨークも通常では考えられないほど鎮まり帰っている。まだ深刻な物不足に陥っている実感こそないものの、現時点でのアメリカは“スポーツどころではない”というのが正直なところだ。
コロナ禍の収束に時間がかかった場合、スポーツファンも、関係者も、このまま2020年にメジャースポーツのゲームが行われなかったとしてももう特には驚かないはずだ。
しかし、そんな最悪の事態を避けようと、MLBとNBAは4月上旬にそれぞれ独自の再開プランを打ち出している。コロナショックの先が読めない状況下で、これらが身を結ぶかどうかは定かではない。
MLB、ボストン・レッドソックスの本拠地であるフェンエイパークにある往年の名選手テッド・ウィリアムズ、ボビー・ドーア、ジョニー・ペスキー、ドム・ディマジオの銅像には、マスクがされている。
それでもメジャースポーツのリスタートを熱望する一部のファンに、ほのかな期待を抱かせている。
まずMLBの方は、アリゾナに全30チームを集め、5月下旬〜6月から無観客シーズンを行うという仰天プランを検討中と伝えられる。
4月6日の報道によると、選手、コーチ、スタッフを長期間に渡ってフェニックス周辺に集め、隔離し、不要な外出を禁止した上でシーズンを行う計画が話し合われているのだという。
鍵になるのはウイルス感染の有無を迅速に判定できる検査の導入だが、5月初旬までにそれが普及するとの見通しがあることから進んだアイデア。無観客ならばコロナ感染のリスクは低く抑えられるし、選手登録枠を拡大すれば選手の負担を軽減できる。
MLBが示す「試合がない」ときに生むスポーツの価値
もともと4月6日までアリゾナ州のコロナ感染者は2269人と少ないのも大きく、アメリカ疾病統制予防センター(CDC)、国立保健研究所もこのプランに好意的だとか。
さらに具体的な話をすると、アリゾナにはMLBの春季キャンプ施設が10もあり、ダイアモンドバックスの本拠地であるチェイスフィールド、カレッジスポーツのスタジアムもある。
だとすれば、全チームのゲームを賄うことも可能。
また、ESPN.comのジェフ・パッサン記者が6日に発表した記事内には、以下のようなクリエイティブなアイデアも記されていた。
・アンパイアは打者、捕手から6フィート(約180センチ=ソーシャル・ディスタンスの距離)以上離れ、ストライク、ボールの判定はロボット審判を利用
・コーチ、捕手などがマウンドに集まることを禁止・7回制のダブルヘッダーを取り入れ、開幕が遅れた分の試合数を消化
・テレビカメラを選手にとりつけ、スタジアムでの生観戦ができない分、テレビの視聴者に新たな視点を提供
・選手たちはダッグアウトではなく、無人の観客スタンドに距離をとって座る
荒唐無稽な計画にも思えるが、これだけ斬新な案が出ているのであれば希望が持てるようにも思えてくる。
無観客でもテレビ放送さえ可能ならばスポーツ界は動き、ビジネス面の恩恵は大きい。ライブスポーツに飢えたファンにもエンターテイメントの熱気を届けられる。このアリゾナプランは起死回生の策なのか……?

荒唐無稽なプランが漏れた理由

ただ、興味深い妙案ではあっても、実現に懐疑的な関係者は後を絶たない。解決可能かどうかが疑わしい疑問点が、以下のようにまだ山ほどあるからだ。
・現状では「コロナウイルス・テスト」の不足が問題視され、その信頼性に疑問が囁かれる中で、本当にあと1ヶ月強で新たな検査方法は確立されるのか
・チーム、アンパイア、MLB、テレビ局の人間だけではなく、宿泊先や食事の調達先まで含め、すべての関係者の完全隔離は本当に可能なのか
・1人でも感染者が出れば、以降の2週間はその選手と一緒にプレーした両チームも隔離の対象になるのか。その状態でもシーズンは続行されるのか
・シーズン終了まで最大4ヶ月半の隔離が考慮されている中で、選手たちの家族はどういった扱いを受けるのか
何より、全米主要都市で医療崩壊の可能性が囁かれている中で、連日、億万長者のMLBプレイヤーたちがウイルスの検査を受け、スポーツリーグの医療に人材が注ぎ込まれることが本当に正しいのかという点が引っかかる。
システム上は可能になったとして、社会的責任という面で疑問が呈されるのは仕方あるまい。
「公衆衛生の状況が改善され、開幕が可能になった時のために、多くの緊急対応策を積極的に検討し続けている。選択肢の一つとして、一つの場所で試合を行うアイデアを協議していたが、その案に決めたり具体的な話に進めたりはしていない」
「ナからセへDH導入」も。MLBルール追随批判を検証する
7日、MLBがリリースした声明文にはそう記されていた。
話題になっているプランを否定も肯定もしない声明の内容を見て、「MLBはアリゾナプランをあえてリークし、ファンの反応を見ているのではないか」という感想を持ったのは筆者だけではあるまい。
逆に言えば、これくらい大胆な計画を用いなければ今年中の再開は難しいとMLBは考えているという見方もできる。背水のプランがどこまで進むか、もうしばらく様子を見てみる必要がありそうだ。

NBAが打ち出すラスベガスPO案

一方、シーズン終盤にコロナ感染者を出し、無念の中断を余儀なくされたNBAの方では、ラスベガスで無観客のプレーオフを行う計画が話し合われているという。
MLBのケース同様、シーズン再開しようと思えば、やはり1つの都市に全チームを集めるのがベストだ。
それによって、移動時の感染のリスクを減少させられる。もともと無観客であればホーム・アドバンテージは大幅に薄れるだけに、上位チームも異論はないだろうし、もはやそんなことを言っている状況ではない。
1都市を選定するなら、ラスベガス以上に最適の場所はNBAには存在しない。
最近のNBAはベガスとの結びつきが強く、2007年にはオールスターが開催され、近年は全チームが参加するサマーリーグの拠点になっている。ご存じの通り、カジノタウンにはホテルは山ほどあるし、全チームのゲームを行えるだけのアリーナもある。
迅速にすべての関係者がコロナ検査を受けられる環境整備が大前提だが、ベガスで大イベントを催して来た実績があること、バスケットボールはベースボールより関わる人数が少ないこと、プレーオフだけと仮定するなら1ヶ月程度で終了させられることなどから、MLBのアリゾナプランより実行できる可能性は高いはずだ。
例年のポストシーズンよりも1シリーズごとの試合数を減らせば、短期間で、極めてエキサイティングなトーナメントが挙行できるかもしれない。
ただ、このプランの進行ももちろん容易なわけではない。
チームだけではなく、すべての関係者を隔離するのが至難の業なのはMLBと同様。短期間であるがゆえに、コロナ感染による離脱者が出た場合の優勝争いへの影響はより大きくなる。
例えばレブロン・ジェームズ、ヤニス・アデトクンボのような選手が感染し、離脱したとして、それでも王者を決めようとする意味があるだろうか。
これもMLBが直面しているのと同じく、全米で多くの人が職を失い、医療を必要としている中で、NBAを急いで再開させるのは正しいのかというモラルの問題もある。
もちろんプロスポーツというビッグビジネスを復活させることの恩恵は様々な意味で大きいが、関係者にも葛藤はあるはずで、早い段階で強行すれば批判も大きくなる。
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NBAのアダム・シルバー・コミッショナーは、そういった背景をしっかりと理解している印象を受ける。4月7日、TNT放送のアナウンサー、アーニー・ジョンソンのインタビューを受けた際にも、結論を急ぐことを否定していた。
「(コロナ渦について)私が知っていることは以前より少なくなっている。専門家の話を聞く限り、ウイルスは私たちの予想よりも早く動いていて、ピークは早い時期にくるかもしれない。再開を考慮できるのはいつになるかは現時点ではわからない」
シルバーとNBAは今後も現状を睨みながら、あくまで慎重に、複数の解決策を検討し続けるのだろう。今ではラスベガスプランがベストに思えるが、それだけに固執する必要もない。
これから先、適切な時期の再開に向けて、クリエイティビティ、冷静な判断力が問われてくることは明白。これはNBA以外のすべてのプロスポーツにも言えることだが、かつてない危機の中で、トップの人間たちのリーダーシップがこれまで以上に重要になることは間違いない。
(執筆:杉浦大介、編集:黒田俊、デザイン:黒田早希、写真:GettyImages)