【新規事業開発のリアル】なぜ、1年で目に見える成果を生み出せるのか

2020/4/17
 今の本業だけでは、いずれ立ち行かなくなる日がやってくる──。そんな危機感を持つ多くの企業が新たな柱となる新規事業開発に力を入れる一方で、その背後には数多くのプロジェクトが日の目を見ることなく頓挫・立ち消えとなっている。
 貴重な人員や資金を投じてスタートした新規事業の大半が、なぜ暗礁に乗り上げてしまうのか。
 50年にわたって日本企業の経営をサポートする国内最大級のプロフェッショナルファームであるデロイト トーマツ グループは、新規事業の構想にとどまらず、実行し結果を出すまでをサポートする、従来型コンサルとはまったく異なる事業創出・収益化(=Business Produce)に挑んでいる。
 3年ほど前からデロイト トーマツと協働しているヤマハ発動機の企画・財務本部経営企画部長の青田元氏と、デロイト トーマツのBusiness Produceをリードするモニター デロイトの棚橋智アソシエイトディレクターが、両社の共創を通じて生まれた成果と、外部イントレプレナーによる「Business Produce」の可能性について語り合った。

きっかけは“従来のコンサル会社は戸惑ってしまうオーダー”

──ヤマハ発動機は、新たなモビリティ、農業、医療などさまざまな領域で新規事業に力を入れていますね。
青田 当社は65年前に、楽器メーカー(ヤマハ株式会社)が、まったく異なる製品である「バイクをつくりたい」という強い思いを発端にスタートした経緯があり、もともと新規事業に対するハードルは非常に低い会社です。
1996年に三井物産入社、主に金属資源の鉱山・工場開発等投融資案件の組成やトレーディング業務を担当。デトロイト、ニューヨーク、ロンドンで合計10年の海外駐在も経験。2010年にハーバードビジネススクール リーダーシップ開発プログラム(PLD)修了。2017年にヤマハ発動機株式会社に入社、全社の新規事業開発を担当、2018年1月より現職。経営企画部で全社の長期ビジョンや中期経営計画の策定、実行管理を担う。
 過去には、1993年に市場投入した世界初の電動アシスト付き自転車が新たな市場を生んだ一方で、既存商品であるモーターサイクルからの代替が進んだというジレンマに陥ったこともあります。
 当然これは予測できたことで、それでも新しい価値を持つモビリティを世に出すべきだという信念が、既存事業の破壊も厭わない勇気と前進につながりました。
 それでも、創業65年を迎え企業として成熟してくると、当社の持ち味だった「やんちゃさ」も失われてきます。
 組織が大きくなり、責任の重みが増してくるほど、各部署のミドルマネジメント層を中心にリスクを避けるようになるので、新規事業を断行するスピードも落ちてくる。
 だからといって、こうした責任を緩めれば、企業としての秩序が乱れ、既存事業も機能しなくなってしまいます。こうしたバランスのかじ取りに苦しむ局面も増えてきました。
 こうした状況を打破するために、外部の力を借りようと、モニター デロイトに支援をお願いすることになりました。
棚橋 2017年に、グローバル売上1兆円規模のMC(モーターサイクル)部門の戦略企画部長(当時)から、「当社が取り組むべき新規事業を、考えるだけでなく一緒に当事者として立ち上げてほしい」というご依頼をいただきました。
1984年生まれ。大学在学中の2005年に起業、東京と上海のスタートアップ共同経営者として経営企画、人事統括等を経験。2010年から中国子会社の代表を経験。2012年にデロイト トーマツ コンサルティング合同会社入社。大企業の中にスタートアップ組織カルチャーを埋め込む事業創造コンサルティングに従事し、社内Digital新規事業のリーダーも務める。大企業のイノベーション専門職制度の社外委員や東京大学などの社会起業家育成プログラムメンターを経験。
 実は一般的なコンサルティング会社にとっては、これはハードルの高いオーダーです。なぜならコンサルタントの仕事は初期の構想・戦略立案がベースなので、実行までコミットできる組織や人材は少ないからです。
 一方当社には、長年の新規事業の構想支援やイノベーション政策提言等で培ってきた国内外の事業開発の方法論があり、元起業家メンバーを筆頭に豊富なタレントがそろっていました。

忖度のないイントレプレナー人材とチームを組むメリット

青田 当社は本社を静岡県磐田市に置いていることもあり、バイクやボートなどアウトドア好きが高じて入社した人材も多く、同質性が高い。こうした環境では、一歩引いた立場で、なおかつ当社の人材とはまったく異なるタイプの人が入ってきてくれるだけでも刺激になります。
 コンサルティングファームにはこれまでにもお世話になってきましたが、コンサルタントはロジカルシンキングの塊みたいな頭の切れるエリート集団というイメージがありました。
 でも、モニター デロイトやBusiness Produceに関わるコンサルタントの人たちは、そういうイメージとは違う。誤解を恐れずに言うと、“変な人ばかり”なんです。
 「こんな人たちが、よく有名なコンサルティングファームに採用されたなあ」と思うような、振り切った人もやってくる。
 そんな人でも、組織のライン上で評価されるうちに角がとれていくものですが、彼らはいつも忖度なくスバズバ意見してくれます。単なる優秀さだけではない、強烈な想いや実行力を持っていると感じます。
棚橋 なるほど、変な人たちでしたか(苦笑)。Business Produceに関わるメンバーは、元起業家だけでなく、UI/UXデザイナーや編集者など、デロイト トーマツの中でもエッジィなメンバーが多く集まっています。
 組織のしがらみやクライアントに対する忖度より、エンドユーザー価値を第一に考えて行動する真っすぐなメンバーばかり。この仕事じゃなければ起業する、と言うような人材もいます。
青田 当社の従業員とも、他の多くのコンサル会社ともまったく違うカルチャーを持つモニター デロイトの方々がさまざまな気づきをもたらしてくれたのは、かなり早い段階から感じました。
 当社では車かバイクで通勤している社員が多く、モビリティとの付き合い方ひとつとっても、都市部の人とはまったく違う世界観があります。
 頭でわかっていても、同質性の中ではそれを自分事として実感したり、客観視したりするのはなかなか難しいんです。
棚橋 3年前の開始当初はモニター デロイトから私ともう1名、ヤマハ発動機さんから1人というごく小さなチームでスタートし、ゼロから侃々諤々議論を重ねながら事業を立ち上げ、チームの規模も少しずつ拡大していきましたね。
青田 中には住民票を磐田に移してくれたり、新会社のCOO・執行役員クラスとして海外に出向してくれている人もいますが、うれしい反面、あまり当社の色に染まってほしくないなあとも思いますね。
棚橋 さまざまな新規事業アイデアを持ち寄って検討する中で、ゼロから1年で形にできたのが、「月極ライダー」というサブスク型のバイクシェアリングサービスですね。
 中古車両を中心として、ヤマハ発動機のバイクに限定せず、他メーカー車も広く対象とし、すぐにバイクを買えない人や遠ざかっていた人に手軽にバイクに乗れる環境を提供する試みです。

新規事業のデッドラインは「1年間」。世界初のコンセプトも

青田 発想自体は極めてシンプルで、以前から社内でも近しいアイデアがなかったわけじゃない。ただ言うのは簡単でも形にするのは難しく、サービスを立ち上げる段階には達しませんでした。
 それまで「売る」ことを最大のミッションとしていた中で、「貸す」という方向に頭を切り替えるのは意外と難しいし、それを既存の販売に携わる方々に理解していただくことを考えるとちょっと気が遠くなる。
 それに加えて、「月極ライダー」では、メーカーなのに中古を中心に扱ったサービスにすること、他社商品もサービスに加えることを重視したので、そのことへの反発も小さくないと想像がつきました。
 つまり、簡単そうに見えるけれど、当社単独で始めるのは実はとても難しいサービスだったんです。
棚橋 「販売ではなくサービス」、「新車ではなく中古」、「自社ブランドではなく全ブランド」。この3つのコンセプトは、エンドユーザーへの提供価値を考えると外せない要素です。
 国内外多くのモビリティメーカーがMaaS領域で新規事業を手がけていますが、当時このコンセプトを体現したサービスはゼロでした。モビリティとの新しい接点をつくって、バイクに乗る人が増えれば、最終的にはあらゆるステークホルダーがハッピーになるはず。
 新しい価値を生めば、かつての競合企業も含めてそれを分け合うことができますし、市場は拡大し業界は活性化します。
 だからこそ、これら3つのコンセプトの実現に対しては、絶対に逃げてはいけないという信念を持っていました。
青田 私たちメーカーはどうしても、良い製品をつくること、いわゆるプロダクト・アウトに気持ちが向くのですが、デロイト トーマツのチームと議論を重ねる中で、エンドユーザーへの提供価値の幅が広がっていくのを感じました。
 このプロジェクトでは、推進チームが「月極ライダー」というわかりやすく強いネーミングを早い段階から付けてくれたのもよかったです。強いネーミングは、壁を突破する力をくれますから。
 スピーディに事業性を検討するために地元静岡県で実証実験を進め、埼玉県という地域限定でスタートしたのもスピード感につながりました。
 全体の構成を整理・検討した上で第一歩を始める、というのではなく、まずできることからやってみる。こうした発想が突破力につながったと思っています。
棚橋 月極ライダーは、検討を始めてからちょうど1年でエンドユーザーからお金をいただく実証実験(有償PoC)を静岡県で始めました。
 どんなに良さそうな事業アイデアでも、机上やヒアリングの段階を1年たっても越えられないでいると、周囲の見方が変わってきます。推進派が懐疑派に、懐疑派は反対派へと転じてしまいかねません。
 Web完結のサービスなら大きなハードルではないのですが、リアルでモノの移動も伴う、多種多様なステークホルダーが介在する新規事業において、この「1年で」というのがとても大きなチャレンジで、従来型の新規事業コンサルのスピード感では無理でしたね。
青田 同感です。スピードがとにかく重要。
 新規事業では、なかなか結果が出なくて周囲が我慢できなくなるタイミングというのがあります。そんな環境でどこまで続けられるかは、誰がバックにいるかに左右されがちです。
 「何年頑張ったんだから、もう十分だろう」といった周囲のプレッシャーからチームを守り、「もうひとふんばり」をバックアップしてくれる強力なパトロンがいないと、いくら有望な事業アイデアであっても続けられなくなるんです。
 そしてそのパトロンだって、そう何年も待ち続けることはできません。
 しかも、大企業ではどんな新規事業も当初数年間の売り上げは会社全体の0.1%にも満たないことがほとんどなので、いくら黒字が視野に入っても業績へのインパクトなんてゼロも同然です。
 要するに、短期的にはやめても誰も困らないし、むしろコストがなくなるので、即時に結果が出せる。「やめてしまおうか」という結論に流されやすい環境が揃ってしまっているんです。
 社内にこうした雰囲気が蔓延する前に、既存事業が気づいていない顧客への提供価値が存在すること、本業へのプラス影響がどれだけ期待できるかといった、事業の売り上げ規模には表れない実行する理由を示すことは必須条件です。
 「月極ライダー」は無事、1年で形にできましたが、これはデロイト トーマツメンバーと当社メンバーの共創なしにはできなかったことです。

人の可能性を信じ、成長に寄り添って、感動を生みだす企業に

棚橋 月極ライダーはまだ試行錯誤中ですが、事業面でも手ごたえを感じています。先日はNHKでも“業界活性化の取り組み”として紹介されるなど、多方面から注目をいただくようになってきました。
 いわゆるD2C(Direct to Consumer)サービスですので、私たちのプラットフォーム上にすべてのデータがあります。例えば、お客様が車両を選んで決定するまでのプロセスがすべてトラッキングできる点も、大きな価値につながります。
青田 まさにその通り。バイクは10年近く乗り続ける方も多く、新車販売とユーザーのケアだけでは、当社製品を選んでくれなかったお客様に再度評価してもらうチャンスは10年後になってしまう。
 しかも、「なぜ当社製品を選ばなかったのか?」について聞くチャンスはほとんどない。すると当社製品のコアファンの声のみを反映させた製品企画・開発に偏りやすくなってしまうんです。
「月極ライダー」では他社製品のファンであるお客様の声も拾い、カスタマージャーニーを追っていけるので、製品企画・開発の観点でも大きな力になると思っています。
──ヤマハ発動機は、これからどんな企業を目指すのでしょうか。
青田 当社は2030年を見据え、「ART For Human Possibilities」という長期ビジョンを掲げています。
「ART」は、「ロボティクスを活用し(Advancing Robotics)」「社会課題にヤマハらしく取り組み(Rethinking Solution)」「モビリティに変革をもたらす(Transforming Mobility)」の頭文字をとった造語ですが、我々が創業以来大事にしてきた感性・芸術・自己表現としての“Art”という想いも込めています。
 弊社の主力商品であるモビリティや、ヤマハ株式会社が提供している楽器や音響機器は、使いこなすのに一定以上の鍛錬を要します。つまり、人の成長に寄り添って初めて価値を成すのです。
 人間の能力である「Human Possibilities」を引き上げることでもたらされるArtを、追求していきたいと考えています。
 この長期ビジョンの構想やブランディングでも棚橋さんや、モニター デロイトの皆さんにサポートいただきましたね。
 「Artって何だ?」を突き詰めるために、エッジィな人との対談やイベントに出たり、合宿して有識者に会いに行ったり、ビジョンをパッと理解してもらうための書き下ろしの漫画をつくって100頁のブランディングブックに仕立てたり、将来のパートナー候補となる企業のカオスマップをつくったり。
 本当に刺激的で、楽しい時間でした。
 これを契機に、社内では人が変わったようにアクティブになる者も出てきました。若手はもちろん、上司もです。「この年になっても、人はこんなに変われるんだ!」と驚きましたし、うらやましくも感じましたね。
棚橋 「月極ライダー」のような新規事業は、近い将来の会社の在りたい姿を体現していなければ、たとえ黒字になっても「うちの会社に必要な事業なの?」と存在理由を問われ続けます。
 その意味で、狭義のBusiness Produceである事業立ち上げだけではなく、10年先の会社の在り方を構想し、それを社内外の仲間づくりにつなげていくブランディングの仕事までご一緒させていただけた意義は大きく、向かうべき方向性の再確認ができました。広義のBusiness Produceと言っても良いかもしれません。
 これらの取り組みは貴社とデロイト トーマツの共創の序章に過ぎません。個別のプロジェクト単位では海外を含めたエリア拡大も視野に入りますし、ARTや人間の能力の拡張を実現するための世界の各種プレイヤーとの協働も始まっていくはずです。
 Post2030を見据えた未来を創る貴社のチャレンジを、引き続き、同志として盛り上げていきたいと思います。
(構成:森田悦子 編集:奈良岡崇子 写真:竹井俊晴 デザイン:堤香菜)