【石川善樹】イノベーションを創発する「ひと休み」とは?

2020/2/9
「ひと休みをアップデートする」というコンセプトで開発された「ston」。もうひと踏ん張りしたいときには爽やかなミントフレーバーでカフェイン配合の「POWER」、気分を落ち着かせたいときにはココナッツフレーバーでGABA配合の「CALM」。2種類のリキッドを気化させて吸い込むことで、気軽にひと休みできるデバイスだ。
 だが、予防医学者の石川善樹氏は、人の脳がモードを切り替えるメカニズムは、機械的なON/OFFよりも複雑だと言う。ここ数年の間、集中とリラックスについて考え抜いたという彼が考える「ひと休み」のアップデート法とは?

集中とリラックスの間を移動する

── 「ston」のコンセプトは「ひと休み」をアップデートすること。このテーマについては、石川さんもずいぶん考えられたとか。
石川善樹 僕は近年、「いかにしてイノベーションを起こすか」を考えてきました。後に述べますが、そのためには脳内を様々なモードに切り替えなければなりません。
 ただ、「むむむ!」と念じても、脳内モードは変わりません(笑)。そうではなく、人間は環境の影響を受けやすいので、どういう「空間」を作ればイノベーションが生まれやすいのだろうかと研究してきたのです。
 最初に気がついたのは、今の都会のオフィス環境でもっとも足りていない空間は、パッと集中して「ON」になれる場所だということです。
 例えば営業職の方であれば移動も隙間時間も多いわけですが、その隙間時間にカフェなどに入ると、ムダに時間を食うんです。空席がある店を探したり、注文するために並んだりして。
 それは非効率だから、集中するためだけ、Deep Thinkのためにあるスペース……つまり、「ON」の空間をあるメーカーさんと作らせてもらっています。
── なるほど。もうひと踏ん張りしたいときの空間ですね。もう一方の落ち着くための空間は?
 もうひとつ、別の企業と一緒に作らせてもらったのが、いわゆる「OFF」。モードを切り替えて交流を促すリラックスルームです。
 近年、オフィス内にリラックスルームを設ける企業が増えているのですが、意外と人が集まっていない。そんな惨状に陥った数々のリラックスルームを観察していくと、あることを痛感しました。それは「人は習慣の生き物」だということ。
 要するに、日々の習慣と解離した、普段の動線上にない場所に人は行かないんです。
── どんな空間をデザインするかではなく、どこにその空間を配置するかが重要ということですね。
 そう。だからひと休みする場所は、社内の人たちが普段から行き交う場所、すなわち「動線のクロスポイント」に置かなければ意味がない。そのうえで、そこに来る理由と、滞在する理由が必要です。
 来る理由を作るのは、比較的簡単です。誰もが仕事中に行っている習慣として、飲み物と食べ物で釣れると考えました。
 細かい工夫も行っています。例えば、頻繁に使ってもらいたいけれどコストは抑えたいので、食べ物は駄菓子にしようとか(笑)。
 しかも駄菓子って、安いうえに「あ、これ子どもの頃よく食べたな」みたいな感じで、人の記憶を呼び覚ますんですね。種類も多いから、定期的に変えられますし。
── 昨日まで「うまい棒」だったのが、今日から「よっちゃんイカ」になってるとか。
 そうそう!(笑)。じゃあ次の駄菓子は何だろうって楽しみになりますよね。それで来る理由としては十分なんです。
 難しいのは、そこに滞在する理由です。こちらは結論から言うと、「火」を置くことにしました。
 というのも、動線のクロスポイントって、昔の農村で言うところの「辻」なんですよ。人が行き交う交差点。
 そこで、昔の人々は辻で何をしていたのか調べてみると、焚き火をしていたらしいんです。農作業を終えると辻に集まって、芋を焼いたりしながら情報交換が行われていた。
 そこからヒントを得て実際に焚き火を置いてみたんですけど、火って、ずっと見ていられるんですよね。形も大きさもどんどん変わるし、次にどんな燃え方をするのか予測がつかない。
 どうも、脳はそういう「予測不可能」なものを前にすると、飽きずにずっと見ていられるみたいなんです。
写真:iStock / Tinpixels
── ということは、オフィスで焚き火をしたんですか?
 さすがに会社の中で火をおこすわけにはいかない(笑)。だから、ゆらぎのある水蒸気に光を当てることで、本物の炎のように見える装置を使いました。
── どんな空間になったのか見てみたいですね。
 そうなんです! 実際にこの空間を見てもらうと「めっちゃいい!」とわかってもらえると思うのですが、言葉だと「駄菓子」と「焚き火」としか表現できないのがもどかしい(笑)。
 簡単に振り返ると、僕はこの数年間で、集中するための「ON」の空間、そしてひと休みするための「OFF」の空間を企業と一緒に作ってきました。
 しかし、本当にイノベーションを起こそうと思ったときには、「ON/OFF」という発想を根本的にアップデートしないといけないなと考えるようになりました。

脳は死ななきゃOFFにならない

── どうすれば「ON/OFF」をアップデートできるでしょうか。
 そこなんです。何となく世間でも「ON/OFF」って言われますが、そもそも「何がONで、何がOFFなんだろう?」という疑問が湧いてきました。
 考えてみたら当たり前のことなのですが、我々の脳に「ON/OFF」はないんですよ。脳は常にどこかの部位がONになっていて、OFFになるのは死んだときです。
 そして、ON=活性化している脳内ネットワークには、3つの代表的なパターンがあります。
 この3つのパターンは役割がそれぞれ違っていて、例えばアイデアが生まれるときに活性化するのはDMN(デフォルトモードネットワーク)です。
 仮にこのDMNが100個のアイデアを「出す」とすると、SN(セイリエンスネットワーク)はそれを3つぐらいに「絞る」。
 そして、絞られたアイデアを精査して1つに「決める」のがCEN(セントラルエグゼクティブネットワーク)です。
 この「出す(DMN)」「絞る(SN)」「決める(CEN)」を一般的な思考法に当てはめると、「直観」「大局観」「論理」になる。ものすごく雑にたとえると、「直観」が右脳だとしたら「論理」は左脳で、「大局観」が右脳と左脳を行ったり来たりしているようなイメージです。
 さて、今から僕は、めちゃくちゃ重要なことを言いますよ!
── !?……何でしょうか(笑)。
 それは、「普通の人」と「イノベーティブな人」の違いです。
 結論から言えば、イノベーティブな人はこれら3つのモードの切り替えがうまいんです。逆に言うと、普通の人は切り替えがうまくいかず、特定のモードばかりを使いがちです。 
── 具体例はありますか?
 将棋を思い浮かべてもらうとわかりやすいのですが、棋士は局面ごとに100手ぐらいパッと浮かぶわけです。でも、それをいちいち吟味していられないので3手ぐらいに絞ってから最終的に1手を選択する。人の思考って、その連続なんですよね。
── なるほど。それぞれの段階で、脳のモードが切り替わっている。この切り替えを意識的に行うことはできるんでしょうか。
「直観」のモードには、ひとりでボーッとしていれば入れるんです。北宋時代の中国の詩人・文学者の欧陽脩が、アイデアの生まれやすい状況として「三上」という言葉を残しています。
── 「馬上(乗り物に乗っているとき)、枕上(布団で寝ているとき)、厠上(トイレにいるとき)」ですね。今の時代も変わらないように思います。
 一方で、「論理」モードには、みんなで議論すれば入れます。例えばブレストがそうで、あれはアイデアを「精査する」場なんですね。ブレストでアイデアを出し合おうと言う人がいますが、あれは嘘です(笑)。ブレストによって新しいアイデアが生まれることは、あまりないですね。
── 確かに(笑)。そして、直観と論理の間を行き来するのが「大局観」。
 そうなんです。昔から「論理」の重要性は語られてきましたし、最近は好き/嫌いなどの「直観」にも焦点が当てられるようになりました。
 しかしイノベーションにとって重要なのは「大局観」なんです。具体的には、大局観を司るSN(セイリエンスネットワーク)が活性化して初めて、直観と論理の間を行き来できるようになるからです。
「大局観」と聞くと、物事を俯瞰するようなイメージを持たれるかもしれませんが、そうではなくて、「めちゃめちゃ引きながら、めちゃめちゃ寄る」という、高速の往復です。そうやって行き来することで、大局(全体の成りゆき)が見えてきます。

大局観へと至る「ひと休み」の順序

── では、どうすれば「大局観」モードに入れるのでしょうか?
 いったん整理すると、ひと休みというものを「ON/OFF」の二元論から、「直観」「大局観」「論理」という3つのモードで捉え直しました。ここまでは科学の話で、ここからはあくまで僕の仮説になります。
 まず、我々が日常的に行っている行動を四象限で分類してみましょう。x軸に「Do(する)/ Be(いる)」、y軸に「ひとり/みんな」と入れると、このようになります。
 まず、「Do」には目的があり、役割や責任が発生します。いわゆる「仕事」のほとんどは、この図でいうと左半分に入ります。
 基本的に、職場というのは「みんな」で「Do」しているものなんですね。一方、「ひとり」で「Do」している状況は、簡単に言えば、複雑な課題に取り組んでいるとき。つまり、Deep Thinkの時間です。
 例えば企画書の作成やプレゼンの準備などは、じっくりと深く考える必要があります。このような複雑な課題は、ひとりで取り組んだほうがはかどることが知られています。
 逆に、経費の精算など簡単な課題は、みんながいる場でやったほうがはかどるんです。
── とすると、「Be」のほうは?
「Be」の特徴は、「目的がない」こと。「いるだけでOK、あるがまま」みたいな状況です。
 通勤や散歩、トイレにいるときなどは、基本的には「ひとり」。自発的に何かを目指すわけでもなく、ボーッとしていますよね。
 それが「ひとり」で「Be」する時間だとすれば、「みんな」で「Be」しているのが飲み会や社員旅行です。みんなでコミュニケーションを取っているんですが、会議や資料づくりのように、特定のゴールがあるわけではない。
 ここからが面白いんですけど、「ひとり」で「Be」していると、「直観」が冴えわたる。つまりアイデアたくさん出る。他方で、「みんな」で「Do」したら「論理的」になります。
 そして、ポイントは、そのふたつを行き来する「大局観」。じゃあ、それはどのゾーンなのかというと、こういうことなんじゃないかと。
── おおっ! 大局観は、Deep Thinkと遊びに対応しているんですね。
 そうなんです。この図は、日常生活の行動と脳の活動は相関しているんじゃないかという仮説を示しています。
 先ほど述べたように、イノベーションを起こすため、特に鍵となるのが「大局観」。これはつまり、ディテールとビッグピクチャーを往復することです。
 例えば飲み会に参加しているときって、仕事の愚痴や恋人への不満といった細かい話もするし、ふとしたことから「人生ってさ……」「そもそもうちの会社って……」「日本って……」みたいな大きな話に転がったりもする。
 でも、職場で会議をどれだけ重ねても、人生についての議論は起こりません。なぜなら頭が「論理」モードに入っていて、ディテールに寄っているから。
 あるいは、ひとりで企画書を書く場合にも、なんらかの大きなコンセプトに沿いつつ、具体的な細部を詰めていかないといけない。だから、やはりディテールとビッグピクチャーを往復するんです。
 問題なのは、この図で示した「大局観」のゾーンにいる時間が、現在の働き方改革の中でどんどん失われていることです。「若者の飲み会離れ」や「忘年会スルー」もそう。もちろん好き嫌いはあるでしょうけど、飲み会の利点はお酒が入ることによって「論理」が鈍ること。そうすると、自然と「大局観」ゾーンに入っていける。
── 会社組織を考えると、ひとりでじっくり考える時間も疎かにされやすいですよね。会議やミーティングでスケジュールが埋まっていきますし、Slackなどで即レスを求められる連絡が頻繁に入ってくる。
 そうなんですよ。働く時間が限られる中で、どうしても「みんな」で「Do」することの優先順位が高くなっている。熟考している時間は、他人には見えにくいから疎かにされやすいんです。これはJINSの井上一鷹さんの言葉ですが、「会議の時間は予約しても、一人で集中する時間は予約しない」からです。
 でも、何度でも繰り返しますけど、大事なのは「大局観」です。そして、ここを経由しないと、「直観」モードからいきなり「論理」モードには切り替えられないんですよね。
「ひと休み」がモードの切り替えであるのなら、大切なのはこの四象限をぐるぐると回ること。それが、僕なりに考えた「イノベーションのためのひと休み」であり、「ひと休みのアップデート」です。
── なるほど。深く考える時間や遊ぶ時間を経由することで、アウトプットや判断の質が変わってくる。その理由がよくわかりました。ありがとうございます!
 ……え、もう終わりですか!? 本当はもっとたくさん話したいのですが、いったんここでひと休みして(笑)。続きはまたどこかでやりましょう!
(編集:宇野浩志 執筆:須藤輝 撮影:林和也 デザイン:砂田優花)