【対談】三井物産が見据える次世代モビリティ事業の勝算

2019/10/31
クリーンな移動手段としてEV・燃料電池車が世界中で急速に普及する中、自動車関連産業は大きな転換点を迎えている。これを商機ととらえ、三井物産は新たなビジネスの可能性を見据える。三井物産EV・エンジニアリング事業室長の中島康介氏と、モータージャーナリストの川端由美氏が、EVと電池が社会をどう変えるのか、そこに三井物産としてどう関わっていくのかを語り合う。
ガソリンで走る車がなくなる日
川端 最近の自動車業界では、2020年がエンジンの開発の最後の年になるという話があります。その最後のエンジンがデビューするのが2025年。2040年には、ガソリンなどの内燃機関が終わり、2050年には排ガスを出す車がなくなるという話も出ています。
 特に2025年以降は電動化が急速に普及して、車の動力源は大きく変わっていくはずです。
 電動化の流れを、三井物産ではどのようにとらえていらっしゃいますか。
モータージャーナリスト。工学を修めた後、エンジニアとして就職。自動車雑誌の編集部員を経て、現在はフリーランスの自動車ジャーナリストに。自動車の環境問題と新技術を中心に、技術者、女性、ジャーナリストとしてハイブリッドな目線を生かしたリポートを展開。
中島 まず車のコアとなる部品が大きく変わります。エンジン、トランスミッションなどに代わって、電池、モーター、インバーターがコアとなり、それらの技術に強みのある会社の存在感が大きくなってくると見ています。
 もうひとつは、垂直統合型の産業構造から水平分業型への転換です。PC産業で起こったのと似たようなことが、自動車業界でも起こり得るでしょう。PCでいうインテルのように、希少価値のある高度な技術を持った会社が強くなる。
 さらに、EV購入者に車の電池を蓄電池としても使ってもらうなど、新しい価値を生み出すことも重要です。「モノ」から「コト」へのシフトが進み、サービスの価値が高まる中で、EV事業の可能性はどんどん広がっています。
 そこに三井物産としてどのような商機があるかを考えているのが私の部署です。
三井物産 自動車第三部 EV・エンジニアリング事業室長。入社以来、金属部門でベースメタル・鉄鉱石などの資源に関わるほか、インドの鉄鉱石会社への出向、リチウム・コバルトなどの二次電池材料ビジネスなども経験。社内横断組織である自動車総合戦略室では、さまざまな部門の担当とともに自動車業界全体を俯瞰(ふかん)しながら新規戦略の企画、事業化を推進。2015年から現部署でEV関連事業を通じたよりよい街づくりを探る。
コア技術とサービスに注力
中島 商社の自動車関連ビジネスは、これまで日本の自動車メーカーの海外進出をお手伝いするものが中心でした。しかし、グローバル化が進み、そのビジネスの空白地がなくなりつつあります。そんな中で、新規事業立ち上げに対する強い危機感が生まれてきました。
 新規事業の検討にあたっては、将来自動車産業で起こり得る変化を予測しながらテーマを考えましたが、その中の一つが電動化でした。そして、さまざまな可能性を検討した結果、電動化においてはコア技術とサービスが重要だという考えに至りました。
 ここでいうコア技術は、主に電池を制御する技術を指しています。また、サービスは電池を中心に展開できるもの。さらにそこからEVを街のインフラとして機能させる方向にビジネスを広げていくというのが、我々の取り組みです。
 では、コア技術やサービスの領域に、どう参入していくか。まずは、EVの部品の中でも価格が高く、また用途の広がりも期待できると考えた電池に注目した投資からスタートしました。
 現在、投資しているのは、テスラのようなプレミアムEVの開発を進めているアメリカのベンチャーのルーシッドモーターズ(Lucid Motors)、ポルトガルで電動バスをつくっているカエタノバス(CaetanoBus)、さらにバス向けの電池システムに強みがあるフランスのフォーシーパワー(Forsee Power)などです。
 これらの技術への投資に加えて、電池を使ったサービスにも投資しており、それが今後の戦略の中心です。
 EVに積んでいる電池や、その使用済み電池を活用して電力需給を調整するエネルギーマネジメント事業を進めるドイツのザ・モビリティハウス(The Mobility House)への投資などが一例です。
ビジネスチャンスをいかに早く見つけるか
川端 ルーシッドモーターズには、いつから投資しているんですか。
中島 2010年からです。
川端 ずいぶん早いですね。
中島 2007年に、社内横断組織ができたことが背景にあります。これは、自動車関連で新規事業を考える組織で、自動車以外に金属、化学品、物流、ICTなどさまざまな部門から人材が集められました。私自身も、当時は金属部門から参加しました。
 そのときのテーマのひとつがEVです。今後のEVのコア部品は電池だと考えて、投資先となる電池システムの会社を探す中で見つけたのがルーシッドモーターズ(出資当時の社名はアティーバ/ATIVA)です。
ルーシッドモーターズが開発中のプレミアムEV
 ルーシッドモーターズというのは、テスラの電池部門のトップが立ち上げた会社で、もともとは電池システムの会社でした。それが次第にEVも開発するようになりました。
 ちなみに、現在のCEOのピーター・ローリンソンは、テスラのモデルSのチーフエンジニアだった人物です。
川端 2008年といえば、リーマン・ショックでGMが事実上の経営破綻をする直前にあたるなど、自動車業界に激震が走っていた時期ですね。
 世界的には自動車産業は姿を変えざるをえないと気づいている会社もありました。ただ、日本企業としては相当早い。まさに商社らしい嗅覚ですね。
コミュニティのニーズに合わせたモビリティを
中島 ルーシッドモーターズと取り組む中で、電池を使ったサービス事業を展開するのなら、乗用車よりも決まったエリアを繰り返し走る商用車のほうが適しているのでは、とヒントを得ました。電動化と最も相性の良いモビリティは路線バスではないかと考えたんです。
 そこでパートナーに選んだのが、ポルトガルのカエタノバスです。
 カエタノバスは、空港バスのシェアでは世界でもトップクラスのユニークな会社です。リーマン・ショックで需要が冷え込んだ際、新しいマーケットの開拓を模索しましたが、エンジン車に欠かせないエンジンの技術を持っておらず苦労しました。
 これを教訓に、コア技術を他社に依存せずにバスを製造したいと、以前から研究を続け、自社技術だけで完結できる電動化にかじを切ったんです。
 今では、電動の空港バス、路線バスの開発・製造を、商業ベースで軌道に乗せることができるようになりました。
電動バスの自社開発に成功したカエタノバス。空港バスでは世界トップクラスのシェアを誇る
川端 バス会社への投資という着眼点は、おもしろい。電池の寿命は使い方によって差があるので、移動の履歴が取れるバスは電池のマネジメントもしやすいでしょう。
 カエタノバスは燃料電池車もやっているんですか。
中島 カエタノグループはトヨタと長年にわたるパートナーシップを築いています。最近では、トヨタとともに燃料電池バスの開発・製造を進めています。
 もともと自社で電動化を進めた経験があるので、燃料電池車の開発は技術的にそれほどハードルが高くありませんでした。プロトタイプも完成して、今後テスト走行の予定です。
公共交通はゼロエミッション化のニーズが高い
川端 カエタノバスのようなニッチな会社と組んで、どうビジネスを展開していくのかが気になっていましたが、なるほどそうやってビジネスを広げているんですね。
中島 バスのような公共性の高い交通機関は、環境規制への対応を迫られています。実際、ヨーロッパでは、将来的に都市部を走る路線バスを全てゼロエミッション化しようという動きも見られます。
 一般的には電池はバスの屋根に搭載されていますが、2階建てや連結バスには、電池が屋根に載らなかったり、蓄電するエネルギー量を増やさないといけなかったりという課題があります。
 そこで燃料電池が、電動化だけでは解決できない機能を提供していく。それが、我々が燃料電池にも注目している理由です。
川端 ユーザーに合わせた考え方で開発しているのがよくわかります。ここでいうユーザーは、バスを使う企業。B2B視点でユーザーの体験を考えて、技術や商品を展開しているのですね。
 技術をどう応用するかを重視しているメーカーと違って、そこはすごく商社らしいですね。最初に「顧客のニーズに応えるにはどうするか」という発想があって、それを開発できる会社に投資して、市場を育てている。
中島 そうなんです。我々は、自分たちがニーズに応えられる地域で、そのニーズに合ったサービスを広げることで存在感を出していきたいと思っています。いわばニッチな領域で、いかにサービスを含めた“モビリティ”を進化させるか、を意識しているということですね。
“思いの近さ”を共有できる相手に投資する
川端 投資はどんなパートナーと組むかも大きなポイントだと思いますが、それはどこで判断しているのですか。
中島 投資先の選定で大事なのが、自分たちと考え方やビジョンが合っているかどうかです。カエタノバスの例でいえば、我々と考え方ややりたいことが非常に近い。今では出向者を派遣して、一緒に事業を育てています。
 直近では、競争の激しいロンドンの路線バスへの採用も決まり、ビジネスは順調に広がっています。
川端 お話を聞いていると、“やる気のある会社”をアメリカ、ポルトガル、フランスと、世界中で探し回っていますよね。そういう相手をどうやって見つけていくんですか。
中島 やりたいことの構想が固まったら、協力してくれそうな人を調べて、いろいろな人に話を聞きに行きます。
 そこでちゃんと会話が成立するかどうかで、共感し合える相手かを判断します。やっぱり、思いに共感できる人たちとやるほうが、なにごとも話は早い。
 中には、何を話しても自分サイドの専門用語を使ってまくしたてる感じの人もいます。そういう人とは、お互いが理解し合うのに、あまりにも労力がかかりそうでちょっと難しいですね。
新たなモビリティ事業を担う知見がそろう
川端 社内でも関連する部署が多くあると思います。どのように連携しているのですか。
中島 連携こそ、幅広い分野の事業をグローバルに手がける三井物産のメリットです。
 例えば、先ほど今後の戦略の中心とお話しした、車の電池を使った蓄電ソリューションを開発・提供するザ・モビリティハウスへの投資には、車の電池がわかる人間、電力産業に詳しい人間も参加しています。事業への投資をする際の大きなアドバンテージです。
川端 いろいろな分野の知見が集まって、新しい事業に取り組める環境が整っているんですね。
中島 いまは全社をあげた取り組みとして、さまざまな部門と連携しながら、モビリティ産業のビジネスモデルを考えています。
 電動化やエネルギーマネジメントに対応する「エネルギーシフト」、素材軽量化などに対応する「マルチマテリアル」、そして「複合サービス」の3つの分野で「何ができるのか」を考えています。
 電動化では、特に自動車産業、電力産業、電池産業という3つの産業が重要で、それに関わる人間が同じ目線で連携できるのはとても大きいです。
 さまざまなビジネスモデルについて、事業化に向けた検証が始まっており、まずは、リースを活用した電池のエコシステムの構築を検討しています。EVで使った電池を定置型の蓄電池として二次利用し、最後はリサイクルする仕組みです。
 そして、フリートマネジメント(車両管理)でEVの稼働率を高めるサービス。EVは初期投資が比較的大きいため、ランニングコストの低さというメリットを最大限享受するためには、稼働率の向上が肝なんです。
 さらには、EV購入者に車の電池を蓄電池として使ってもらうサービスを検討しています。
川端 アイデアに技術の進歩が追いついてきているので、実現化へのパズルがどんどん埋まっていきそうですね。世界のどこかに同じようなことを考えている人がいるだろうし、その人たちと組んでいくこともできます。
中島 特に電池のリースは、EVを普及させたい人、再生可能エネルギーのバッファとして電池を活用したい人、リサイクル用の使用済み電池を安定的に確保したい人が共通して取り組めるものです。これが実現できたら、とても商社らしい仕事になるなと思います。
思いつくことよりも実行できるかが重要
川端 三井物産の総合力を生かした新規事業としてのEV事業。一方で、それを推し進める上での難しさもあるんじゃないかと思うんですが。
中島 そうですね。今マーケットがなくても、将来の成長が見込めるのが新規事業です。それがトレンドになったときには、もう遅い。ですから、まだマーケットが小さな状態でも、できるだけ早く動くことがとても重要です。
 そもそも新しいアイデアといっても、同じようなことを考えている人はたくさんいる。大事なのは、思いつくだけでなく、実行できるかどうか。やってみたらうまくいかないこともたくさんあると思いますが、そこから学ぶことでビジネスの実現性を高めていくしかない。
 ただ、どうせやるなら、できるだけ可能性の高そうなものを選んでいく。どういう場所、どういう用途、どういうパートナーなら実現できるのか。その選び方が一番難しくもあり、一番重要になってくるところです。
川端 最後にEV事業を通して、どんな社会を実現していきたいかを教えてください。
中島 CO2を出さないEVを普及させるだけでなく、燃料電池車や電池エコシステムの構築などとも連動しながら、環境にやさしい社会の実現に貢献したい。今、取り組んでいる事業が、その第一歩となっている確かな手応えがあります。
 EVを起点に、自動車、電池、エネルギーの垣根を越え、新たな価値を社会に提供できると本気で思って取り組んでいます。
(編集・執筆:久川桃子 撮影:北山宏一 デザイン:九喜洋介)