【超人】元専業主夫の狩人が足で世界を射貫くまで

2019/8/25
2015年12月、ひとりのアーチェリー選手が「最も遠く正確な射程距離」のギネス記録に挑戦し、283.47 m先の的を射貫いた。
世界記録を打ち立てたその男の名は、マット・スタッツマン。
彼には、生まれつき両腕がない。食事や電話など、日常生活におけるすべてのことを、足を使って行なってきた。そしてもちろん、それはアーチェリーも同様だ。
両足を巧みに使い、弦を引き絞り、矢を射る。腕ではなく足を使って、ロンドンパラリンピックで銀メダルを取り、健常者も含めた全米ランキングで8位にランクインしている。
彼がアーチェリー選手として優れた結果を残すようになるまでにどんな困難が降りかかり、いかにしてそれを乗り越えていったのか――。至高のパラアスリート、その胸の内に迫る。
1日8時間の練習を続ける
――まずはアーチェリーをはじめたきっかけについて教えてください。
あれは2010年でした。当時の私は専業主夫で、仕事もなく、家族を養う手立てがまったくない状態だったんです。
そんな状況で、テレビで観たワンシーンが脳裏に浮かびました。それは、ある男性が弓で鹿を仕留めて、それを食料として家族に食べさせる、というものです。
その瞬間、私は、「自分にも同じことができるんじゃないか」と思ったんです。これが私のやるべきことだ、と。
当初は、ただ家族のために食料を提供したい、という一心でした。それがきっかけとなり、弓を射るようになったんです。
――そのとき、周囲からネガティブな声は聞こえてきましたか?
知人からは、「腕がないのに弓矢を射るなんてできるわけがない、どうやるつもりなんだ」なんて言われました。
ところが、私が足を使って弓を射る様子を見た製造会社から、「あなたのスポンサーになりたい」という連絡をもらったんです。そのときは、無償で弓矢を提供してもらえることがうれしくて(笑)。
ただし、当時の私はそこまで技術があったわけではありません。彼らがスポンサーとして名乗りをあげてくれたのも、私の「両腕がない」という個性に注目したからです。
実際、知人からは「スポンサーサイドは、腕のない君に商品を提供することでPRになると考えているんだ」と言われました。
――それはショックですよね……?
正直、あまり良い気分ではありませんでした。「両腕がないのに弓矢を射る」ことで有名になるよりも前に、アーチェリーの世界一の選手として知られたかったんです。
でも、その悔しさは今でもバネになっています。いまだに1日8時間のトレーニングを続けられているのも、絶対に世界一の選手になってやるという気持ちがあるからです。
マイケル・ジョンソンの励まし
――その結果が出たのが2015年、「最も遠く正確な射程距離」でギネス世界記録を打ち立てた瞬間です。
あのギネス記録を獲得する直前の練習では、30回ほど弓矢を引いたんですが、実は一度もターゲットに当てることができなかったんです。
ただし、本番では「絶対に成功させる」と固く誓っていました。その結果、見事ターゲットを射抜くことができた。しかも、破った記録は健常者の選手が持っていたもの。
そのときの気持ちと言ったら、とにかく素晴らしいものでしたよ。
――なぜ本番を成功させることができたと思いますか?
私が練習でうまく当てられない様子を見て、一人の選手が寄ってきたんです。それは陸上走者のマイケル・ジョンソン氏でした。彼は最も有名なオリンピック選手であり、世界最強の走者です。
そんなマイケル氏が私に、「君はやれると信じているよ。リラックスして、今まで通り忠実に射るだけだ」と言ってくれました。その言葉を聞いて、心を落ち着かせることができた。この出来事は、いまだに鮮明に覚えています。
――ちなみに、世界記録を知ったご家族の反応は?
もちろん、みんな幸せそうでした。
ただ、「おめでとう」と言われた直後に、「次はなにを狙うの?」「次はどんな記録を打ち立てるの?」とも言われ、逆にプレッシャーが増してしまいましたね(笑)。
自分自身が世界にどう適応すべきか
――過去には、「私自身は自分を健常者だと思っています。私の両腕が成長しないことを知った時から、すべてを前向きに捉えるようにし、目標を達成するための障害を全部取り払ったのです」と発言されています。ご自身の障害を前向きに捉えることができた理由を教えてください。
両親は、「世界が私にどう適応してくれるのか」ではなく、「私自身が世界にどう適応すべきか」ということを教えてくれました。どんなことにでも挑戦させてくれたんです。その過程で、失敗することの重要性に気づきました。
私はこれまで、失敗からたくさんのことを学んできたんです。
幼い頃はバスケットボールの選手になりたくて、何年も練習を重ねました。でも、現実的に考えて、NBAの選手にはなれませんよね?
けれど、この経験から、練習することの大切さを知りましたし、それは人生における教訓になりました。それを胸に、今は1日8時間の練習を続けているんです。
――マット選手のようにポジティブになれない人たちもいると思うのですが、そんな人たちにはなんと声をかけてあげたいですか?
とにかく、周囲のネガティブな声は忘れたほうがいい。
大切なのは、「I do me」。常に自分自身であること、自分でやれることをやるということです。ネガティブな反応をされてしまったら、それを洗い流し、ポジティブなことに集中しましょう。
そもそも、どんなにパーフェクトなモデルであったとしても、何かしら嫌なことを言われるはずです。でも、そんな周囲の声と「あなたが誰なのか」は無関係。嫌な声に溺れるのではなく、それをはねのけていかなければ。
「彼はやり尽くしたね」と思われたい
――いよいよ間近に迫ったパラリンピックを、私たちはどのように楽しんだらいいでしょうか?
目の前で行われる競技を純粋に楽しむだけです。選手に障害があろうがなかろうが、スポーツであることに変わりありません。ぜひエンジョイしてもらいたい。そして、何かを学び取り、自分を高めてもらいたいとも思います。
――パラリンピックでの目標はありますか?
2012年には銀メダルを獲得したものの、2016年には結果を残せませんでした。
なので、今回は金メダルを狙っています。その準備はもうできている。金メダルは手の届く範囲にあると思っていますし、結果はベストなものになると信じています。
――では、人生における目標は?
選手を引退して人生の終わりに近づく頃には、「彼はすべてやり尽くしたね」と思われたいです。彼は人生を楽しみ、対面する障壁に立ち向かい、かっこよくやり遂げたよね、と。
そして、アーチェリーで偉業を成し遂げた人という括りではなく、あくまでも私個人を見てもらいたいと思っています。
――そんなマット選手の後ろ姿を見て、お子さんたちは大切なことを学んでいると思います。
私にとって、最も大切なのが子どもたちです。
彼らには、何事にも一生懸命に取り組むこと、周囲の人たちを敬い、失敗を恐れずに何度でも挑戦し続けることができる人間になってもらいたい。そして、いつも笑顔でいてほしい。
まぁ、私と一緒にいる限り、決して間違った道には進まないと思いますけどね(笑)。
(執筆:五十嵐大、編集:株式会社ツドイ、写真:岡村大輔、通訳:木嵜綾奈、映像制作:萬野達郎)