【パラリンピック1年前】よりインクルーシブな東京に

2019/8/23

2020年8月、パラリンピック開幕

 2020年8月25日。今日からちょうど1年後にパラリンピック東京大会が開幕する。
 パラリンピックを1年後に控え、ますます注目度の増しているパラスポーツ。このたびNewsPicksは、国内外のキーマンにコンタクトをとり、社会への影響や、パラアスリートのキャリア形成、ビジネスインパクトなどを取材した。その模様を1週間にわたっておおくりする。
 初回は、国際パラリンピック委員会(IPC)の最高マーケティング広報責任者、クレイグ・スペンス氏。
 2018年12月、NewsPicks は氏を直撃。2012年のパラリンピック・ロンドン大会と2016年のリオ大会が成功に終わった理由と、2020年に控えた東京大会への期待感について話をうかがった。
 今夏、そのスペンス氏が再来日。そこでNewsPicksは再取材を敢行した。
 パラリンピック東京大会を1年後に控えた今、アクセシビリティあふれる都市設計や、障害者をもインクルーシブする社会の作り方など、パラリンピックが開催国にもたらすものについて、そしてパラスポーツの魅力についてなど、幅広い話をうかがった。

平昌大会では21億のビューを獲得

 ──昨年末の取材の際、ロンドンとリオのパラリンピックが大きな成果を収めたことをうかがいました。その後、イギリス、ブラジル社会でのパラスポーツ、ひいては障害のある方に向けられる視線に変化はありましたか?
 変化は実感しています。
 特にリオ大会があった3年前以来、世界的にパラリンピックのパートナーが増えてきているんです。
 パラスポーツのスポンサー企業もそうです。パラスポーツの放映権を買って、競技の様子を放送してくれる放送局が増えています。
 それから昨年の平昌での冬のパラリンピックも多くの観客を集めることができた上に、テレビ視聴においても21億ものビューを獲得できました。
 これは2014年のソチ大会とほぼ同じ数字なのですが、ソチでは来場者、視聴者とも国内の方が多かったのに対し、平昌大会では来場者、視聴者の実に71%が韓国国外の方だったんです。
 ──まだ解決すべき課題や成長のチャンスはありますか?
 まだまだやるべきことはあります。
 正直な話、我々IPCは表面をかじっただけ、想定する目標の5%しか達成していないと感じています。パラのムーブメントは始まったばかりです。
 たとえば皆さん、トップレベルのパラリンピアンの名前をご存じないですよね? 彼らがオリンピアン同様スーパースターであることを知らしめるには至っていません。

目指すは、W杯級のカバレッジ

 ──スペンスさんの思う100%のパラリンピックとはどういう大会ですか?
 ワクワクする、いい質問ですね(笑)。
 ロンドンでのパラリンピックは確かに多くのサポート企業を集めたスペシャルな大会になりましたし、東京大会ではすでにそれ以上の企業のサポートをいただいています。
 そういう点では成長し続けていると言えるものの、オリンピック大会やFIFA(国際サッカー連盟)のサッカーワールドカップに比べるとまだまだです。
 テレビ放送についてもイギリスのチャンネル4という放送局がロンドン大会を積極的に放映してくれていましたし、NHKはさらに高い目標を東京大会に対して設定してくれています。
 ただ、やはりさらなる高み、オリンピックやワールドカップクラスのカバレッジ(網羅率)を目指すべきでしょう。
 そして観客という視点で言うならば、ロンドン大会ではチケットがすべてソールドアウトになり、一方リオ大会では皆さんのパラリンピアンに対する歓迎ムードが非常に強かった。
 だからロンドン大会のセールスとリオ大会のワクワク感や熱意を組み合わせていただくような取り組みが日本でできれば、東京大会はさらに素晴らしいものになるんじゃないかと思っています。
 ──開催国の人間としても、期待感が高まります。
 パラリンピックというのはまだまだ新しいムーブメントです。
 初開催は1960年のローマ大会で、IPCが設立されたのは1989年ですから。我々は今年で30周年の比較的若い団体なんです。すでに100年以上の歴史を誇るIOC(国際オリンピック委員会)やFIFAのように制度をしっかり整えるためにはやるべきことはたくさんあります。
 ただ、この30年間、我々はスピード感を持って動いてきたつもりですし、それはなぜかと言えば、パラスポーツ自体に世界的な注目を集めるだけの潜在力や伸びしろがあるムーブメントだからなんです。それだけにさらなる高みを目指す努力は続けていきたいですね。
 ──やはりスポンサー・パートナー企業を増やすことと、放映網を拡大することが当面の課題になりそうですか?
 そうですね。メディアにどれだけカバーしてもらえるか……それは大会中だけでなく、大会前後も常にパラリンピアンやパラスポーツが皆さんの目に触れる状態になっていることが必要だと思っています。
 そして投資についてもやはり必要です。
 各国でのメディア露出が増え、さらにパラスポーツへの投資が増えれば、より有名な、印象に残るアスリートをどんどん輩出できるはずです。
 まとめるならば、放送してもらうこと、コマーシャルパートナーを拡大すること、放送以外のメディアにおけるカバレッジ、そしてパラスポーツへの直接投資。これらを活用してパラリンピックムーブメントの拡大を目指していくつもりです。
 ──一方、我々観客にできることはありますか?
 まずはゲームを観てください(笑)。
 来年パラリンピック大会をご覧いただければわかることですけど、人生の中でも本当に特別な体験ができるはずです。100mを片足で10.5秒で走る選手や、片手がない状態で50m自由形を非常に早く泳ぐ選手に出会うことができます。
 そしてパラリンピックは家族全員で楽しめるし、さらに海外からの観客も多く集まります。ジェネレーションや人種を越えて、およそできるだろうとは思えないことを成し遂げてしまう選手たちを目の当たりにすることになるでしょう。

東京は、車椅子の人が少ない

 ──となると東京大会にはぜひ注目したいところですが、昨年の取材のとき、東京は、特に障害者の方にとってホテルや都市のアクセシビリティに欠くのではないか? と指摘されていました。
 確かにアクセシブルなホテルや公共交通機関はまだ十分ではないかもしれないという認識はありますが、パラリンピックが招致されたことで日本の社会が変わっている印象も受けています。
 実際、ホテルや公共交通機関は以前よりもアクセシブルになっていますし。それらは東京のレガシー(遺産)となっていくでしょう。むしろ一番の改善点は障害のある方への視線や文化的な側面にあると思います。
 ──日本の社会は海外各国に比べて障害者にあまり優しくはない?
 「受容」という意味では遅れていると言わざるを得ません。
 たとえば今日もここに来るまでに車椅子の方をおひとりお見かけしましたが、東京でそういう方に会うのは3日に1人くらいだという印象があります。
 これがヨーロッパであれば、本当に毎日のように普通にお会いするんです。
 その点においてはまだまだ日本の社会は障害者の方々にとってちょっと外に出ていきにくいのかもしれません。ただ障害者の方々に対する前向きな経験……それこそパラリンピックを経験すれば、インクルーシブ(包括的)な社会に変革するものと信じています。

ゴールドマンサックスへの道

 ──実際、過去の開催国では障害者との向き合い方が変わった?
 これはロンドンの事例ですが、パラリンピックの前後で障害者雇用が100万人増えたという結果が出ています。ブラジルでもリオでパラリンピックが開かれるとアナウンスされた2009年に、障害者雇用が49%も伸びています。
 もっと具体的なお話しとして、イギリスのソフィー・クリスチャンセンさんの例を紹介させてください。
 この方は大学で数学の学位を取っている、私が出会った中でも最も頭のいい方のひとりです。しかし、脳性麻痺によって体を動かすことができないからか、パラリンピックの前に履歴書を送った25社からは、1社とていい返事をもらうことができませんでした。
 ところが、ロンドン大会の馬術競技で金メダルを3個獲ったところ、めでたく就職先が決まりました。
 今ではゴールドマンサックスに勤務し、アナリストをやっています。つまりパラリンピックが、社会がもつ障害者に対する誤解やネガティブな印象を払拭するきっかけになったわけです。
 ──さらに昨年の取材時、リオ大会では選手たちが高いパフォーマンスを発揮した、とおっしゃっていましたが、その理由はなんだと思いますか?
 これは私見ですが、オリンピックの歴史を考えてみてください。
 各競技とも歴史が長いため、選手は子どものうちからそのスポーツに打ち込んでいて、17〜18歳頃には「あっ、この選手はオリンピアンになれるだろう」と強化選手に選ばれて、肉体的に最高のポテンシャルを発揮できるときにオリンピックに出場する。そういう人生の軌道を描くことができるんです。
 ところがパラスポーツは歴史が浅いため、15年くらい前であれば競技歴3年くらいでパラリンピアンになることが多かった。
 ──それではオリンピアンレベルのパフォーマンスは見せられなそうですね。
 はい。しかし、パラスポーツもそれなりの歴史を積み重ねてきたこともあって、8年くらい前からようやく選手がオリンピアンのようなモデルが描けるようになってきたんです。多くのパラリンピアンが10代前半で競技に目覚めて、努力を重ねてハイパフォーマーになることができる。
 先ほどお話ししたとおり、100mを世界で一番速く走るパラリンピアンの記録が10.5秒。健常者も含めて考えても、その速さで100mを走る人は世界人口の1%にも満たないと思いますよ。
 ──そうですね。
 そのリオ大会から4年の時を経た東京大会ではさらなる世界記録がどんどん出るはずです。そういう意味でもパラリンピックにはぜひとも注目してもらいたいですね。
(執筆:成松哲、編集:株式会社ツドイ、写真:岡村大輔)