ファッションで起業してはいけない。起業家を追い詰める「ファイナンス」の地雷

2019/7/24
2019年3月、CAMPFIREなど複数の起業を経験し、投資家でもある家入一真氏はこうつぶやいた。
 このつぶやきのあと、家入は、LinkedIn創業者であるリード・ホフマン氏の「起業とは崖から飛び降り、落ちるまでに飛行機を組み立てるようなもの」という言葉を引きつつ、疑問を呈した。
起業は本当にそこまでリスキーであるべきなのだろうか」と。
 果たして起業家の持続可能性を高めるために、考えるべきことは何なのだろうか。
最前線の投資家や起業家を訪ね、激動のビジネスを巡る連載企画「スタートアップ新時代」。創業期のスタートアップをPowerful Backingするアメリカン・エキスプレスとNewsPicks Brand Designの特別プログラムをお届けします。

CAMPFIRE創業時に初体験した資金調達の難しさ

──家入さんは、22歳でペパボ(旧:paperboy&co.、現:GMOペパボ株式会社)を起業されていますが、当時はファイナンスのことを理解していましたか?
家入 正直、全然わかっていませんでした(笑)。
1978年生まれ、福岡県出身。株式会社paperboy&co.(現GMOペパボ)を創業し、JASDAQ市場最年少で上場。退任後、クラウドファンディング「CAMPFIRE」を運営する株式会社CAMPFIRE創業、代表取締役に就任。他にもBASE、XIMERAの創業、駆け込み寺シェアハウス「リバ邸」の世界展開、50億円規模のベンチャーキャピタルNOWの設立など。
 ペパボが扱っていたのはレンタルサーバーなどのインフラサービスで、月額課金で収益を積み上げるビジネスモデル。事業成長を想像しやすいということもあり、利益の中でやりくりをしていたんです。
 結局、資金調達を一度もすることなく、自分が全株式を所有する状態での一部株のバイアウト、そこから上場に至りましたね。
 その後、CAMPFIRE(2011年)やBASE(2012年)の創業に至るわけですが、ここで初めてファイナンスに直面しました。たとえばCAMPFIREは、当時日本でなじみのなかった「クラウドファンディング」。まったく市場もなく、むしろこれから市場を作るフェーズであったため、資金調達を行い、赤字を掘りながらユーザー数や流通数を増やしていく必要がありました。
──資金調達は順調でしたか?
 実は大変でした。「クラウドファンディングなんて日本ではうまくいかないよ」という感じで、あまりにも投資を断られすぎてしまって。
 僕自身は、クラウドファンディングは間違いなく日本、世界で必要になっていく新しい金融の仕組みだと信じていましたが、なかなかスムーズに資金を集めることはできませんでした。
 当時の僕は、少しファイナンスを甘く見ていたのかもしれません。M&Aや上場をさせた実績があったので、「家入がやるなら」ということでお金を出してくれる人がいると思っていましたからね。
 だからその時は、EastVenturesの松山太河さん、グロービス・キャピタル・パートナーズの高宮慎一さん、フェムト・パートナーズの磯崎哲也さんなどにファイナンスについて相談をしていました。
 あとは、25歳で東京に出てきた時からGMOの熊谷正寿さんやサイバーエージェントの藤田晋さん、堀江貴文さんなどに可愛がってもらっていましたし、同世代の起業家のコミュニティもありましたから、ずいぶん助けられましたね。
 今僕は、起業家のコミュニティを作ったり、エンジェル投資家として相談に乗ったりしていますが、それは僕自身が「こういうことを教えてくれる先輩がいて良かった」「もっとこういうコミュニティがあったらいいのに」と思っていたことを提供している感覚なんです。

起業家のメンタルヘルスをファイナンスが支える

──これまでの経験を踏まえて、家入さんにとってファイナンスとはどういうものなのでしょうか?
 起業家にとって、非常にストレスの多いものだと思っています。というのも起業家って、ハードなことが次から次へと起きて、すぐ「死んでしまう」んですよ。
 事業がうまくいかない時はもちろん、初期から苦楽を共にした仲間が離れてしまったり、プライベートの問題が起きてグチャグチャになったりして、経営を続けられなくなってしまう。
 以前、イーロン・マスク氏が躁うつ病だったことを明かして話題になっていましたよね。起業をすると様々なハードシングス(困難)にぶつかってしまいますから、心が折れてしまう起業家は少なくありませんし、たとえではなく実際に生命が絶たれてしまうこともあります。
 ただ、そうしたハードシングスも、きちんと対処すれば乗り越えられるはずです。僕は、起業家のメンタルヘルスは日本において見過ごされてきた問題だと思っていて、「起業は自己責任」とか、「起業家は強くあるべきだ」みたいな論調には問題を感じています。
 本当にスタートアップのエコシステムを作りたいのであれば、起業家の「健全な精神」の持続可能性を追求する必要があって、口ばかりのシリコンバレー流のエコシステムを目指していてもダメなんです。
 起業家の「心」をサポートすることが大切で、そのための大きな要素として、ファイナンスが挙げられると思います。
──お金の問題は起業家にとって大きなプレッシャーになる。
 そうです。起業家は、お金にまつわる判断を見誤りがちです。アクセルを踏むタイミングを間違えたり、頼るべき投資家を間違えたり。
 外部に株主を作るときには、本来であれば仲間として巻き込んでいくべきなのに、ここがうまくいかずに株主からのプレッシャーで参ってしまう起業家もいます。
 CFOだけに任せられず、起業家が自ら切り込んでいかなくてはならない「お金の問題」が必ず出てきます。実際、私が知る起業家の中には、「ファイナンスから逃げない」と決め、最後まで自分で考えている人がいますが、僕自身もそう考えています。
 経営には“地雷”がつきものですが、ファイナンスを知り、きちんと考えれば、地雷除去をすることができるはずです。

ファイナンスの選択肢は、常に複数もっておく

──それでは、ファイナンスに関して起業家はどのようにして学ぶべきなんでしょうか?
 ファイナンスは1回やると取り返しがつかないことが多い。ですから、学びながら慎重に戦略を立てる必要があります。ただ、やり方は様々なので、まずは本やインタビューなどを読んだりすると良いと思います。
 とはいえ、色々な意見を聞きすぎて、訳がわからなくなるのはよくない。先輩経営者や起業家のコミュニティに相談できるといいでしょう。
 また、目の前のファイナンスだけを考えるのではなく、エクイティストーリーのグランドデザインを考えることも意識しておくべきだと思います。どうしても起業家は直近の資金調達に躍起になりがちですが、その後の展開も考えてファイナンス戦略を考えることが大切です。
 たとえば、必要以上にバリュエーション(時価総額)を上げてしまうことがあります。もちろん希薄化を抑え、大きく調達するために必要な場合もありますが、上げすぎたバリュエーションによって次のラウンドに進めなくなってしまうことも多い。
 実態とかけ離れたファイナンスをすると、結局自分がしんどい思いをすることになるんですよね。こういった意味からも、エクイティストーリーを描いて、全体的なファイナンスのステップを考えた方がいいと思います。
──ファイナンスが描いたストーリーどおり進まない場合もあると思います。
 そうした場合は取り返しがつかなくなる前に対処することが大事です。資金調達のラウンドを分割するなりして、何度かに分けて少額の資金調達を実施するなど、先手先手で手を打たないと、資金が尽きてしまいます。
 僕もよく投資家として相談を受けるのですが、「今月末でキャッシュアウトします」という駆け込みの相談がとても多い。正直、「どうしてそこまで放っておいた?」と言いたくなります。そんな状態になると、投資家としては、お金を出すことがますます難しくなってしまう。
 それに、常に複数の選択肢を持っておかないと、投資家から足元を見られるということも起こりえます。
 こうなると、起業家は交渉において不利な立場に立たされる可能性があります。そういう事態も起こり得るということを頭に置いておくことは大切です。

本当に、株式市場の経済圏を選ぶべきなのか?

──家入さんは、投資家としては、どういったことを意識されているのでしょうか?
 投資家の立場から話すと、「起業家の物語に参加するためにお金を払っている」という感覚があり、参加させてもらえることのありがたさは感じています。
 ある先輩投資家の言葉で、なるほどと思ったのは、「投資家は“騙されたい”んだよ」というものです。エンジェル投資家は「そんな世界は絶対実現できないよ」と思うようなビジョンを起業家から本気で語られて、心のどこかでは「騙されているのかな」と思いながらも、一緒に夢を見たいものなんです。
 僕の場合、「手堅く儲けることができますから、一口乗りませんか」という話には絶対に乗りません。むしろ、「家入さんのお金がゼロになるかもしれないけれど、こんな世界を見たくないですか?」と言われた方が、心がクラクラするんです。
──投資家も、起業家と同じ夢を見ているわけですね。
 はい。ただ、その一方で起業家は勘違いをしてはいけないとも思っています。「投資家からお金を預かっている」という感覚は、忘れてほしくない。
 今はエクイティ(株式)やデット(借金)だけでなく、ICO(新規仮想通貨公開)など、資金調達の手段が増えています。だから“打ち出の小槌”のような感覚に起業家はなりがちなんですけど、事業に失敗すれば、損を被る人がどこかにいるということを見誤ってはならないと思うんです。
 株式市場で資金調達をするのであれば、その先にはイグジットとしてどうやってリターンを返すのかということからは絶対に逃れられません。
 たとえ優しい投資家がいたとしても、「リターンはいつでもいいと言っていたけど、急にお金が必要になったから株式を買い取ってくれない?」と言われることもありえる。起業家はそうしたことを理解しておくべきなんです。
 今はNPOが担っていたような社会課題の解決を、株式会社として目指す社会起業家も増えていますが、「株式会社」という方法を選んだ以上、最終的には株主に対して何かしらの帳尻を合わせなくてはならない。ここを理解していない起業家は意外と少なくないと思います。
 株主に対して責任を負う株式市場と、助成金や寄付金で運営されるNPOは異なる経済圏に存在しています。そして、いったん選んだ経済圏から違う経済圏に移ることはとても難しいので、起業やファイナンスの方法を安易に考えるべきではないと思いますね。

崖から飛び出す前に、飛行機を組み立てよ

──以前、「ファッションのようにファイナンスをすること、それを煽ることは本当に恐ろしい」とツイートされていましたが、起業やファイナンスの環境が整ってきている今の状況をどのようにとらえていますか?
 LinkedIn創業者であるリード・ホフマン氏の言葉で、「起業とは崖から飛び降り、落ちるまでに飛行機を組み立てるようなもの」というたとえがあります。これは実際にそうだな、と思う部分はあるのですが、一方でかっこつけて言い過ぎだなとも思うんです。
 たしかに、起業をすれば死にそうになることもありますし、お金を燃やしながら地面に衝突スレスレまで落ち続けるようなこともあります。でも、起業が「そういうもの」だと思ってしまうと、本当にみんな死んでしまう。
 そして、死んだときのダメージを誰が負うのかと考えると、起業家や社員はもちろん、投資家やユーザーなど、関わる誰もが不幸になってしまいます。だから僕は、崖から落ちる前に飛行機を組み立てられれば、それに越したことはないと思うんです。
──ありがとうございます。最後に、ゼミを受講する方にむけてメッセージをお願いします。
 今の起業家って、かつてのロックスターのような役割を担っていると思うんですよね。ロックスターの場合、異性にモテたいから、音楽が好きでギターを極めたいから、社会不適合でギターしかなかったからと、入り口はバラバラでも、続けてきた人が最終的に成功をつかめている。
 起業家も同じで、道のりはそれぞれ違っていても、挑戦を続けた人が成功することができると思っています。
 最後に成功できた起業家を見ていると、何度も打席に立ち続けた人ばかりなんですよね。多くの人が1打席目からホームランを打とうとして、三振して諦めてしまうなか、諦めなかった起業家が結果を出せる。もちろん、生きている間にヒットもホームランも打てない人生もありうるんですけど、それでも打席に立ち続けたということだけが真実であって。
 投資家としての僕は、「なぜあなたがやるのか」「なぜあなたでなくてはならないのか」といったことを質問するんですが、この質問で見極めようとしているのは、打席に立ち続けられるのか、ということなんです。
 投資家によって考え方はそれぞれですが、僕の場合、原体験の重みや強さをもつ起業家が好きですし、応援したいと思っています。
(編集:中島洋一 構成:小林義崇 撮影:工藤慎一 デザイン:砂田優花)