田舎の小売店と提携するアマゾン

インドにある多くの商店がそうであるように、「スリ・ラクシミ・ベンカテシュワラ」も小さな店内に商品が所狭しと置かれている。
ポテトチップスの袋が天井からたくさんぶら下がり、カウンターの上にはカラフルなキャンディーが詰まった瓶が並んでいる。米袋やレンズ豆の袋が床を敷き詰め、その高さは腰の位置まで積み上がっている。
インド南部の村マディケリにあるこの店。とても品ぞろえがいいようには見えないが、じつはあらゆるものを販売している。
店主のガンガーダル・N(27)は昨年、アマゾンと提携した。インドでは何千店もの小売店が同様の提携をしている。
牛やニワトリが店の外をうろうろしているなか、店内ではガンガーダルが村人たちにスマートフォンを見せながら、アマゾンでの購入方法を伝授している。
「私はアマゾンとオンラインショッピングをする人たちをつなぐ役目を果たしている」と、ガンガーダルは自慢げに話す。

Eコマース「最後のフロンティア」

地元の小さな店の主人たちに「特使」として働いてもらうのは、アマゾンのインド進出戦略の一環だ。人口13億人をかかえるインドは、Eコマースの「最後のフロンティア」のひとつとされる。
インド人の多くは今ちょうどスマホを片手にネットショッピングの世界をのぞき始めたところだ。同じく大市場である中国で打ちのめされたアマゾンにとって、インドでの成功はいっそう重要なものとなっている。
とはいえ、この国で顧客にリーチするのは簡単ではない。地方の道路は穴だらけだし、バイクや野良犬などで雑然としている。商品の配達には、映画『マッドマックス』レベルのドライビングスキルが必要だ。
加えて、インド人の5人に4人は給料を現金でもらっており、クレジットカードを利用している人はほとんどいない。人口の4分の1が貧困であり、同じぐらいの割合の人が読み書きができない。
それでも、インドの中間所得層は増加しており、アマゾンをはじめ世界の小売大手がリスク覚悟で進出する狙いもそこにある。アマゾンのミッションステートメントによれば、同社の目標は「インド人の売買の仕方を変えること」。
そんな退屈なレトリックはさておき、これはCEOのジェフ・ベゾスが打ち出すプロジェクトの初期段階がいつもそうであるように、大きな赤字覚悟の大仕事である。アマゾンは昨年、国際事業で推定30億ドルの損失を計上した。アナリストたちはその大半がインドだとみている。
アマゾンの進出を受けて、競合たちも攻勢を仕掛けている。ウォルマートは5月、インドのネット販売最大手「フリップカート」の買収に160億ドルを投じた。中国のアリババは、インドのモバイル決済大手「ペイティーエム」と食品オンライン販売大手「ビッグバスケット」に投資している。

店主が村人へ商品を「デリバリー」

マディケリ村のガンガーダルは「ジェフ・ベゾスが誰かは知らない」と言う。「でも彼が、この村での買い物を便利にしたというのなら、世界一の金持ちに違いないね」
毎月1日、ガンガーダルは村人たちにチラシを配る。そこに書かれているのは、おむつの「パンパース」、カミソリの「ギレット」、化粧品の「Olay」などグローバルブランドのセール情報だ。「ネット通販を怖がっちゃいけない。ネット通販と友だちになろう」と、アドバイスまで添えられている。
ガンガーダルが正午までに受けつけたアマゾンの注文は、翌日には店に届けられる。地元の運送会社「ストアキング」が配送している。
先日の午後、紅茶店の主人アパジ宛てに小包が届いた。ガンガーダルは妻に店番を頼んで、徒歩でアパジのところへ向かった。この村で育ったガンガーダルは村人みんなと顔見知りだ。
ガンガーダルが配達へ向かうと、彼の後ろをついていく人たちがぞろぞろと現れるため、まるでパレードのようになる。アパジの店に着くと、高齢の男性6人が床に座って紅茶をすすっていた。
アパジは小包を見ると「それは娘のために買ったものだ」と言う。そこで、ガンガーダル御一行は、近くにあるアパジの自宅へと向かった。
アパジの娘アクシャサ(17)は、手を震わせながらアマゾンの箱を受け取り、開封した。中に入っていたのは、モトローラの「Moto G 5s」。彼女の初めてのスマホだ。
その値段、約130ドル。紅茶1杯を4ルピー(約5セント)で提供する店の主人にとっては大きな買い物だ。アパジはスマホの代金を現金でガンガーダルに支払った。
アクシャサはメッセージアプリ「ワッツアップ」をダウンロードしたり、セルフィーを友人らとシェアしたりして楽しんでいる。そして、アマゾンのお得意様にもなった。
「テレビに映っている製品すべてが購入可能だって聞いた」と、アクシャサは言う。「12月の私の誕生日、アマゾンで親に何を買ってもらうか、もう考え始めている」

2013年6月、インド向けサイト開設

アマゾンがインド向けのサイトを開設したのは2013年6月。シアトルの本社で働いていたインド生まれのエンジニアたちを母国へ帰るよう説得した。彼ら「インドチーム」がサイト運営のほか、ムンバイ郊外にある面積1万3000平方メートルほどの小さな倉庫で、在庫管理や製品の発送も行った。
インド事業を統括するアミット・アガルワルによれば、ベゾスはチームにこう言ったという。「荒っぽくて素早くて、少し無礼なカウボーイのように考えろ。コンピュータサイエンティストのようには考えるな」
かつてベゾスの側近だったアガルワルいわく、CEOの言葉はこう訳される。「ミスしても構わない。自分の運命をコントロールし、速く動くことが大事なのだ」
アガルワルはアマゾンの広報官のように、同社の良心的な価格、豊富な品ぞろえ、利便性といった「三種の神器」をたたえる。事実、アガルワルはアマゾンの模範社員だ。インド部門が開設されたとき、彼はアメリカで使っていたデスクを地球の反対側のインドまで送った。倹約を社是とするアマゾンの手本である。
インド事業立ち上げから約1年後、ベゾスはアマゾンの投資計画を大々的にお披露目するために現地を訪れた。インドで知恵と強さの象徴とされるゾウに乗りながら、巨大な20億ドル小切手をアガルワルに手渡す予定だった。
だが、ちょうどそのとき、地元の祭りのためにすべてのゾウが駆り出されていた。ベゾスは結局、派手に装飾されたトラックの上で小切手を渡した。「ジェフよりも神が優先されたのだと思う」と、アガルワルは言う。
アマゾンは現在、インド国内50か所以上に発送センターを置いている。ベンガルール(旧バンガロール)にあるインド本社は現代的なタワーオフィスで、厳しいセキュリティに守られている。
ロビーではあまりアマゾンの雰囲気が感じられない。受付のデスクに同社のタブレット端末「Fire」が3台置かれているぐらいだ。上の階に行くと、ベゾスの感動的(または威圧的)な引用が壁に書かれている。つねに「第1日目」を忘れるな、つまり初心が大事であるという彼の言葉だ。
「2日目は停滞の状態であり、その後は情熱を失い、さらに耐え難いほどの苦しみを伴う衰退を経て、死に向かう」

ネットショッピングを現地で直接指導

アマゾンはインドでも従来の戦略にならった。「プライム」は2016年に導入され、国内どこでも2日間で発送する。会費は年間999ルピー(約14ドル)。映像コンテンツも視聴できる。
食品や日用品をそろえた「パントリー」も開始した。いくつかの都市では、2時間以内に生鮮食品を届ける「プライムナウ」サービスも提供している。
とはいえ、インドではすべてが容易ではなかった。まずロジスティクス面では、早い段階で、国営郵便サービス「インディア・ポスト」などに頼れないことを認識した。そこで独自に、バンやバイク、自転車、ボートを使った配送網を構築した。
競合のフリップカートと同様、アマゾンは現金での支払いを受け付けている。クレジットカード利用者がほとんどいないからだ。アマゾンのアカウントにあらかじめ入金しておいて、そこからの支払いを選択することもできる。インドの人々にデジタル決済に慣れてもらおうとするアマゾンの取り組みのひとつだ。
アマゾンにとって最大の課題ともいえるのが、インドの小売業者のオンライン販売に対する抵抗感をなくすことだ。
同国では、複数のブランドを販売する外国企業は、食品を除いて直接消費者に販売することが法律で禁止されている。そのため、アマゾン・インドのマーケットプレイスにある商品はすべてアマゾン以外の出品者が販売しているものだ。
アマゾンは従業員を各地に派遣して地元の小売業者たちに電子メールやアプリ、Eコマースについて指導して、アマゾンに出品するよう説得している。つまり、インド全土でネット売買の仕方を手取り足取り教えているというわけだ。
あるイニシアティブでは、1万4000か所の船積所をEコマース・トレーニングセンターに改装した。消費者はこの「イージーストア」と呼ばれる場所に行けば、担当者がつきっきりでネットショッピングの仕方を教えてくれる。ここで注文した商品は1、2日で同じ場所に届けられ、消費者は受取時に現金で支払う。
ムンバイ近郊のウォーリーにある「イージーストア」では、ショッピングを手助けしてくれるアマゾンの社員4人が座るカウンターの前に、客が列を成して待っていた。
その中のひとり、インド北東部から出稼ぎに来ていた男性(28)は実家へ帰るときに持参する土産を探していた。おばにバングルを贈りたいという。
アマゾンの社員が男性にパソコンを見せながらアマゾン・インドのサイトをブラウズ。男性はスクリーンに映し出された製品をスマホで撮影して、ワッツアップでおばに送信。おばに一番のお気に入りを選んでもらう。
「ここの人たちをもう1年以上知っているから、彼らを信じている」と男性は言う。「このショッピングの仕方に不安はない」
※ 続きは明日掲載予定です。
原文はこちら(英語)。
(執筆:Brad Stone記者、Saritha Rai記者、翻訳:中村エマ、写真:©2018 Bloomberg L.P)
©2018 Bloomberg L.P
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.