「AI人事」の進化で、エリートも格差の時代が到来する

2018/8/6
2018年4月某日。デジタルマーケティング会社のエンジニア、加山大輔(仮名・32歳)がメールを開くと、見慣れない名前からのメールがあった。
件名は、「突然のご連絡失礼致します」。
一体、何なんだ──。恐る恐るメールを開くと、意外な文言が飛び出してきた。
「加山様のJavaやKotlin(編集部注*プログラミング言語)のスキルに興味を持ち、GitHub(編集部注*ソフトウェア開発のプラットフォーム)に掲載中のメールアドレスからご連絡させて頂きました」
加山氏に届いた、くだんのスカウトメール
差出人の肩書を見ると、加山が日頃からよく使っているアプリの開発リーダーのようだ。
もともと加山は、通常の業務以外のスキル研鑽を欠かさない。Githubやqiita(編集部注*プログラミング情報のナレッジコミュニティ)には、開発の仕事で注力した技術や、同業者の参考になりそう情報を、毎月、投稿してきた。
「あるSNSに夢中になった時は、タイムラインの閲覧やユーザーのミュート機能を一気に仕上げて、そのプログラムをGithubに載せたこともあります」
メールを読み進めると、加山のそうした投稿に「感銘を受けた」との文字が……。
そして、メールは「30分程度で結構ですので弊社オフィスにてお話をさせていただけないでしょうか」と締めくくられていた。
この段になって、ようやく加山はこれが転職の「スカウトメール」だったことに気づいた。
果たして、その後、加山はどうしたのか?
結論から言うと、加山はこのメールを送ってきた企業に転職した。
「エージェントから来るスカウトメールは、いわゆるコピペの定型文。それに対し、自分の持つ技術を、ピンポイントで褒めてくれたことが嬉しかった。その会社に訪問してみると、雰囲気もいいし自分の技術が活かせそうだったので、転職なんて考えていなかったのに、転職してしまいました」
加山氏がこれまで受け取ってきた「コピペ」乱用の、ありがちなスカウトメールの一例
しかし、そもそもこの会社は、なぜ面識もない加山の存在を知り、スカウトすることが出来たのか?
それを可能にしたのが、日本初の「AIヘッドハンティングサービス」を名乗る「scouty」だ。
日本中のエンジニアがフェイスブックやツイッター、Githubやqiitaに投稿した情報を、AIがクローリングして取得。エンジニアの能力を自動で分析し、最適な企業とマッチングする仕組みだ。
加山が転職した会社は、このサービスを介して、加山にアクセスしたというわけだ(同サービスについては、特集の3回目で詳しく紹介する予定)。

優秀な人材の奪い合い

似たようなサービスは、米国にもある。その名は「entelo」。
エンジニアが書いたSNSやGitHubなどの投稿をクローリングし、人材データベースを作成。AIが、個人の投稿の文言を分析し、転職する可能性まで予測する。
「entelo」がエンジニアの投稿をクローリングし、作成された個人ページの様子(「entelo」HPより)
このようなサービスが出てきたのには理由がある。
グーグルの人事担当上級副社長で『ワーク・ルールズ!』の著者ラズロ・ボックが同著で「私たちはショッキングな事実に気づいた。本当に優れた人々は仕事を探していない」と語ったように、自社にぴったりの優秀な人材を探し出そうとしたら、転職希望者だけではなく、各社が大事に抱える人材までその候補に入れる必要があるからだ。
(写真:ロイター/アフロ)
そしてテクノロジーが、転職市場にまだデビューしていない人を探し出すことを可能にした、というわけだ。
もっとも、ただでさえ人手不足な時代。転職市場は、完全な売り手優位で、特にインターネット、コンサル業界では1人の人材を4〜6社が奪い合う状況が続いている。
だからこそ、各社の人事担当者は「scouty」のようなHR(ヒューマン・リソース)テクノロジーを使いこなすことに心血を注ぐ。
かように現在は、優秀な人材(=ニューエリート)の獲得戦争時代なのだ。

給料では動かない

今年4月に特集した『ニューエリートの創り方』でリポートした通り、企業のアセットが資金や設備からヒトに移行した現在の「クリエイティブエコノミー」では、「ゼロから新しい価値を生み出す人材=ニューエリート」が求められている。
固定化された仕事をつつがなくこなす「旧エリート」と違い、常に新しいことに挑戦するニューエリートは、多動でとらえどころがない。
仕事に、誰と働くか、何を学べるかなどを重視する傾向が強いため、高い給料を提示すれば採用できるというわけにはいかない。
では、どのような人事戦略やテクノロジーを駆使すれば、その会社にとって「最高の人材」を獲得できるのか? 翻って、我々は、日頃からどのような情報発信をし、どのようなテクノロジーを使えば、自分と最高に合う仕事に出会えるのか?
恐ろしい話だが、ベストセラー『GAFA 四騎士が創り変えた世界』の著者スコット・ギャラウェイは同著のなかで、「現在は超優秀な人間にとっては最高の時代だ。しかし平凡な人間にとっては最悪である。これはデジタル技術によって生まれた勝者総取り経済の影響の1つである」と語っている。
そして、「あなたには自分のすばらしさを広めるためのメディアが必要だ。よい仕事をしても、それを宣伝して自分のものだと主張しないと、正当な報酬は得られない」と説くのだ。
ということは、会社の制約により、社外活動やSNSでの投稿などが禁じられている「旧エリート」にとっては不利な状況だということだ。一方で、副業や社外でも学び、そして情報発信に制約がなく、なおかつ情報を積極的に発信する人にとっては有利な時代といえる。
つまり、ニューエリート獲得戦争時代とは、企業の人事にとって、優秀な人材の「獲得競争」だとの意味だけではなく、我々、人材側も「自分のすばらしさを広め、最高の適職を勝ち取る」戦争でもあるのだ。
本特集では、その大戦争を勝ち抜くヒントを提供してゆく。

リクルートの「データ採用」

本日公開する特集1回目は、リクルートホールディングスが行う、データを駆使した採用と新卒の配置について、その責任者および実務担当者のインタビューを掲載する。
HRテクノロジーのプラットフォーム戦略を強化する同社は、社内の人材採用、配置、育成などにおいてもテクノロジーを駆使する。
とりわけ驚くのが、「住まいカンパニー」の2018年の新卒の配置を、データを基に決定したことだ。
人事戦略部所属の2人の若手が、たった3カ月で構想から実行にまで漕ぎ着けたというその仕組みの中身とは? さらに、同社が描くテックを使いこなす、人事戦略について聞いた。
特集2回目は、インフォグラフィックによる図解により、HRテクノロジーによって変わる仕事の未来を描く。
ここでは、現在日本だけでも200社を超えるというHRテクノロジーを提供するサービスの「カオス図」を紹介。
テクノロジーの使いこなしぶりにより、ともすると、我々の給料、評価、キャリアなどが大きく変わってしまいかねない今、どのようにサービスを使いこなすべきかについても示唆する。
3回目は、前出「scouty」や新卒採用向け逆求人サービス「OfferBox」など、採用の最新テクノロジーを紹介。AIが適職を探しだすとは、どのようなことなのかを詳述する。
4回目は、自社で独自開発したシステムの運用により、社員の活躍を促すサイバーエージェントの取り組みについてリポートする。
人材科学センターの向坂真弓氏によると、自己評価と上司評価のギャップに注目すれば、人はもっと生き生きと働けるという。それは、どういうことなのか。
5回目は、メルカリが行う「メルチップ」という即時フィードバックの制度についてリポートする。
人事評価の流れは、今、年2回の人事考課ではなく、目標設定も評価も「リアルタイム」に移行しつつある。その理由や効果とは?
6回目は、世界シェアナンバーワンの人材情報クラウドシステム「Workday」の社長、ロブ・ウェルズ氏のインタビューを掲載する予定だ。
テクノロジーを使いこなすことで、自身のスキルをアップデートする方法について、ヒントが得られるはずだ。
7回目は、「学び」をサポートするHRテクノロジーに注目する。一つは、VRを使ってLGBTや痴呆の人などの視点を“疑似体験”する仕組み。もう一つは、「マイクロラーニング」と呼ばれる、ハイパフォーマーの仕事ぶりや技能をシェアするサービスと、その使いこなし方を記す。
そして特集の最後の8回目では、様々なテクノロジーを使いこなすことで、複数の拠点でまるで旅をするように暮らす「ワーク・アズ・トラベリング」な生活を実現してしまった3人の働き方に迫る。
(執筆:佐藤留美、デザイン:九喜洋介)