「概日リズム」研究がベース

飛行機で複数のタイムゾーンを移動したことがある人は、あの感覚を知っているはずだ。もしあなたが頻繁に長距離出張するのであれば、おそらく最大の敵のひとつだろう。
米国睡眠協会によれば、旅行者の93%がどこかの時点で時差ボケを経験したことがあるという。特徴的な症状は疲労感と時間感覚の喪失で、吐き気、頭痛、食欲不振、軽度の鬱症状などを伴うこともある。休暇を楽しんだり、出張をスマートにこなしたりするのに最適な条件とは言えない。
そこで、デンマークの起業家ミッキー・ベイヤー=クラウゼン、トニー・ハンナ、ヤコブ・ラブンは、タイムシフターという企業を立ち上げ、時差ボケの影響を和らげるためのアプリを開発することにした。
神経科学者でハーバード大学の准教授(医学)でもあるスティーブン・ロックリー博士を主任研究員として迎え、その研究をアプリに取り入れている。
普段の睡眠パターンと旅程をもとに万全の準備を整え、新しいタイムゾーンに難なく移行できるようなスケジュールを教えてくれるというこのアプリは、6月に一般公開された。
ニューヨークに本拠を置くタイムシフターのベイヤー=クラウゼンCEOは「われわれの脳はとても敏感だ」と話す。「脳は一貫性を好む。タイムゾーンをまたいで移動すると、脳の睡眠覚醒周期が狂ってしまう。これがいわゆる時差ボケだ」
ベイヤー=クラウゼンCEOはApp Store初のマインドフルネス・アプリ「Mental Workout」を開発した人物で、2016年にロックリー博士と出会った。2人はすぐに意気投合し、同博士の研究を一般市民に役立ててもらえるようアプリをつくることになった。
タイムシフターのベースとなっている概念は概日リズム、つまり体内時計だ。概日リズムは近年、科学界で脚光を集めている研究分野だ。2017年には、体内時計を制御する遺伝子とタンパク質を発見した研究者たちがノーベル医学生理学賞に輝いた。

個人プランをカスタマイズ

タイムシフターを使用するにはまず、普段の睡眠スケジュール、クロノタイプ(朝型または夜型)、フライトスケジュールを入力する必要がある。
入力が終わると、アルゴリズムがフライト前後の計画を作成。睡眠のタイミングと長さ、カフェインを避けるべき時間、睡眠調整ホルモンであるメラトニンの摂取タイミング(と量)をアドバイスしてくれる。
さらに、光を浴びるタイミングも教えてくれる。ロックリー博士によれば、これは体内時計にとって重要なきっかけだという。たとえば「フライト中に60分間」とアドバイスされた場合、窓側の座席であればシェードを開けるだけでいい。
もし通路側の座席だったら頭上のライトをつけるか、スマートフォンの画面を最大の明るさにして、のぞき込むとよいだろう。逆に、光を避ける場合はアイマスクかサングラスを装着すればいい。こうした計画は数日間にわたる(旅行の移動距離によって異なる)。
ロックリー博士は25年にわたって概日リズムを研究しており、その研究成果は10年近く前から実用化されている。
同博士は政府機関の請負業者であるワイル(Wyle)のコンサルタントとして、NASAの宇宙飛行士や管制センターの夜勤職員を対象に、個人に合わせた1日のスケジュールを提供している。また、企業のCEOやF1レーサーとも仕事をしたこともある。
さらに基本的には、飛行機で移動する機会があり、着陸後に朦朧としている余裕がない人は誰でも顧客対象になるという。
ベイヤー=クラウゼンCEOは「アルゴリズムはずいぶん以前から使われているものだ」と話す。「それをアプリというかたちで人々に届けようとしている」

ビジネスモデルは「B2B2C」

ベイヤー=クラウゼンCEOは、タイムシフターは多くの人に受け入れられる可能性があると考えている。しかし、そのためにはまず、アプリを購入してもらわなければならない。
タイムシフターはApp StoreとGoogle Playで公開されており、料金は1プランにつき10ドル。年間契約は25ドルに設定されている。その価値は十分あると、ベイヤー=クラウゼンCEOは太鼓判を押す。個人に合わせて計画を立てるしか、時差ボケの有効な対策はないためだ。
「時差ボケに関するアドバイスはあちこちにあるが、ほぼすべてが間違っている。一般的な内容になっているためだ」とベイヤー=クラウゼンCEOは話す。「特効薬をつくり『これが時差ボケ対策だ』と言いたいのみな同じだが、そこには問題がある。時差ボケは個人レベルで対処するしかないのだ」
ベイヤー=クラウゼンCEOが最も可能性を感じているのは「ビジネス・トゥ・ビジネス・トゥ・コンシューマー(B2B2C)」モデルだ。具体的には、まず企業と契約し、その企業が従業員や顧客にサービスを提供するシステムだ。
たとえば、企業が出張の多い従業員のために年間契約を結んだり、航空会社やクルーズ船会社が特典として提供したりできる。すでに国際的なリゾートチェーン、シックスセンシズと契約を締結しており、現在、宿泊パッケージにアプリが含まれている。
タイムシフターの投資家には、バーン・ソレンセンらが名を連ねる。ソレンセンは航空会社エア・カナダの会長とクルーズ船会社ロイヤル・カリビアン・インターナショナルの役員を兼任しており、ベイヤー=クラウゼンCEOは両業界で信頼を獲得したいと考えている。
タイムシフターは、従業員12人のスタートアップだ。複数のエンジェル投資家から75万ドルを調達しており、近々、資金集めを再開する予定だという。

移動の多いスポーツ選手に狙い

ベイヤー=クラウゼンCEOは、旅行者や出張者だけでなく、アスリートも大きな市場になると期待している。たとえば、MLB(メジャーリーグ・ベースボール)のチームは試合後に5000キロ近く移動し、翌日に試合を行うこともある。
2008年の研究によれば、3つのタイムゾーンをまたいで移動したMLBチームは、60%の割合で次の試合に負けているという。2つ以下のタイムゾーンを移動したチームと比べて、かなり悪い数字だ(2つ以下は約52%)。
「1日のいつごろにピークを迎えたいか、つまり試合開始は午後2時か午後6時かといったことをベースに、フィルターを追加することも可能だ」とベイヤー=クラウゼンCEOは話す。「このように細かく設定すれば、概日リズムをもう少し有効活用できる」
すでにスポーツ用品メーカーのアンダーアーマーと提携関係にあり、同社が契約アスリートにアプリを薦めてくれている。
タイムシフターはさらに、NBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)の選手やF1ドライバー、プロゴルファー、サッカー選手向けのプランも作成している。
同社がターゲットとするさまざまな業界がタイムシフターを受け入れてくれるかどうかについては、もう少し時間が経たないとわからない。ベイヤー=クラウゼンCEOは今できることとして、より多くのパートナーを獲得しようと動いている。近い将来、出張の分野で具体的な発表ができる見込みだという。
「人々が利点を見い出し始めれば、いくつかの分野で受け入れられると考えている。パフォーマンスを上げるために、そして休暇をもっと楽しむためにも、すべての旅でこうしたものを利用すべきだと思う」
原文はこちら(英語)。
(執筆:Kevin J. Ryan/Staff writer, Inc.、翻訳:米井香織/ガリレオ、写真:atosan/iStock)
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This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with IBM.