日本は最後の「ブルーオーシャン」。ウーバー上陸作戦の舞台裏

2018/3/12
その対談は、謝罪から始まったという。
2018年2月21日、首相官邸。配車サービス世界大手の米Uber(ウーバー)のダラ・コスロシャヒCEOはスーツ姿で、安倍晋三首相と向かいあっていた。
Uberはこれまで、タクシー業界と真っ向からケンカをして、時として行政側との対立すらも辞さない「暴れん坊」だった。日本も例外ではなく、2015年に一般ドライバーによるライドシェアの実験を強行して、国土交通省から行政指導を下された。
これからは、日本のルールや法律を守る。そして日本のタクシー業界は大切なパートナーだ。そのように繰り返したという。
その上で、日本市場にはなんとしても上陸したい。ダラがいつもは着ないスーツ姿に、金色のネクタイを締める練習をしたのも「礼節」を示すためだったという。
安倍首相も和やかに応えた。地元の山口県にはたくさん外国人観光客が訪れる神社があるも、二次交通が課題になっていると返答した。
「日本では違法な白タク企業とみなされていたUberの“ボス”が、まさか首相と会う日が来るなんて信じられません」
同席者によると、シリコンバレーの企業経営者が、一対一で首相と会えたのはアップルのティム・クックCEO以来のこと。自身のファンドがUberに出資している、ジョン・ルース前駐日米国大使など、あらゆるコネクションをUberが総動員したという。
なぜ、Uberは日本にこだわるようになったのか。最先端のテクノロジーを使ったライドシェアなど人気サービスは、日本では禁止されており、提供できる目処もたっていない。その上で、熱烈なアプローチをするのはなぜか。
NewsPicksは全8回のオリジナル特集「UBER上陸作戦」で、日本に迫るこの稀代のテクノロジー企業の全貌をレポートする。
Uber本社の玄関口にあるロゴマーク(写真:後藤直義)

日本にこだわる「3つの理由」

Uberが日本市場に強くこだわるようになったのには、大きく3つの理由がある。その一つ目はUberが「ライドシェア原理主義」を捨てたことだ。
2009年に米サンフランシスコで生まれた配車サービスのUberは、長らく進化していないタクシー産業への怒りや不満を解消することで、圧倒的に支持されるようになった。それが時価総額5兆円を超えるウーバーの原点だ。
テクノロジーでもっと便利に、もっと安く、もっと多くの地域に。そういうUberの強固な信条は、おのずと一般ドライバーによる自家用車の「ライドシェア(相乗り)」に行き着いた。
米国やオーストラリアではその利便性が受け入れられたが、保守的で成熟したタクシー産業のある日本やドイツ、韓国などでは「白タク」だと猛烈な反発と規制強化を招いた。
その打開策として昨年、Uberは各国の法律やルールに合わせて、タクシー産業と手を結ぶという戦略に切り替えたのだ。Uberはテクノロジーによって、タクシーがもっと効率よく稼げるような仕組みを提案している。
ある意味で、Uberは妥協を学んだ「大人の企業」になりつつある。
二つ目は、既存のタクシー業界がまるごと温存されている日本は、Uberにとって「ブルーオーシャン」だという事実だ。
米国のUberを始め、中国の滴滴出行(ディディ)やシンガポールのGrab(グラブ)など、グローバルで急成長している配車サービスは、共通してタクシーのサービスレベルの低い国々から生まれた。
スマートフォンの配車アプリを使えば、いつでもタクシーを呼べる。あらかじめ決まった乗車料金で目的地まで行ける。運転手の評価はレビューで可視化され、評判の悪い人物はスクリーニングされる。
皮肉にも、世界的にタクシーのクオリティが非常に高い日本は、こうしたイノベーションの波から取り残された。そのため「グローバルで起きている熾烈な配車サービスの戦いが、ほぼ起きていない」(Uber関係者)という。
世界で二番目に大きなタクシー市場をほこる日本は、手つかずのラストリゾートであり、Uberにとっては宝の山に見えるのだ。
三つ目が、Uberの筆頭株主になったソフトバンクグループの孫正義社長だ。
ソフトバンクは2014年から、世界中の配車サービスに猛烈な投資を重ねている。インドの配車サービスのOla(オラ)を運営するANIテクノロジーズ、東南アジアを席巻するグラブ、そして中国の一強であるディディも押さえた。
そして2018年1月、ソフトバンクが主導する「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」(約11兆円)などは、合計で約92億ドル(約1兆円)をUberに出資。これをもってソフトバンクは筆頭株主になっている。
Uberがこれから日本国内のタクシーと手を組むためにも、ソフトバンクが後押しできる可能性は十分にある。ダラは日本滞在中、この孫正義社長とも秘密裏に面会している。
もはやUberは海の向こうの存在ではなく、日本人の交通産業に大きなインパクトを与える、最注目のテクノロジー企業になりつつある。

「500兆円産業」の未来

NewsPicks編集部は今回、テクノロジーによって交通産業を変革するUberのダラ・コスロシャヒCEOへの単独インタビューに成功。その数奇なキャリアを含めて、世界で最も注目される経営者の実像に迫った。
さらにUberがどのように生まれて、どのようなテクノロジーを駆使することで、世界中に賛否両論を巻き起こしてきたのか。いまさら聞けないUberや創業者たちの歴史解説を、データや資料をたっぷり使った解説記事で紐解いていく。
Uberの最初の「上陸地点」になる淡路島(兵庫県)からは、現場レポートをお届けする。Uberはタクシー企業と手を組んで、ウィンウィン関係を生み出すことができるのか。試金石となる取り組みの舞台裏を描き出す。
淡路島のタクシー。日本のタクシー業界がUberと手を組む試金石となる(写真:池田光史)
またNewsPicksならでは独自調査として、さまざまな業界に精通しているプロピッカーの方々を対象に、Uberについての「100人アンケート」を実施。テクノロジーに法規制が追いついていないこの分野において、百人百様の意見を寄せてもらった。
特集後半には、日本のタクシー産業のオピニオンリーダーであり、テクノロジーへの投資を加速するジャパンタクシーの川鍋一朗社長にもインタビュー。日本における配車サービスやタクシーの進化について、ストレートに質問した。
日本を去ったダラは、すぐに次の訪問国であるインドに向かっていった。しかし、日本上陸をめぐる戦いはまだ始まったばかりだ。
(取材:後藤直義、デザイン:星野美緒)