「子宮頸がんワクチン」問題。あの激しいけいれんは薬害なのか?

2018/3/17

「安全」という医師に非難

――本日の対談では、2月に出版された『10万個の子宮:あの激しいけいれんは子宮頸がんワクチンの副反応なのか』の著者・村中璃子さんと、『子どもの人権をまもるために(犀の教室)』の編著者・木村草太さんに、子宮頸がんワクチンをめぐる問題について、医師・ジャーナリスト、憲法学者というそれぞれの立場から語り合ってもらいます。
まず第1回では、村中さんが本書を出版した背景や、木村さんが子宮頸がんワクチン問題に関心を持った経緯から話を聞かせてください。
木村 村中さんはいつ頃から子宮頸がんワクチンに関する問題を追ってこられたのですか。
村中 2014年ですね。日本では2013年の4月に、子宮頸がんの原因となるヒトパピローマウイルス(HPV)への感染を防ぐHPVワクチン(以下、子宮頸がんワクチン)が、小学校6年生から高校1年生の女子を対象に国の定期接種となりました。
ところが、ワクチンを接種したあと、痛みやけいれんといった副反応とされる症状を訴える声が相次ぎ、定期接種化からわずか2カ月で、政府は子宮頸がんワクチンの「積極的な接種勧奨の一時差し控え」を決定しました。
当時はまだ、この問題についてよく知らなかったのですが、テレビの報道番組で、子宮頸がんワクチンの接種以降に始まったという激しいけいれんに苦しむ女の子の姿を見て、周囲の小児科医に「大丈夫なんでしょうか」と話を聞いたのが、取材を始めたきっかけです。
村中璃子(むらなか・りこ)/医師・ジャーナリスト
一橋大学社会学部卒業。同大学大学院社会学研究科修士課程修了後、北海道大学医学部卒業。世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局の新興・再興感染症チームなどを経て、現役の医師として活躍するとともに、医療問題を中心に幅広く執筆中。京都大学大学院医学研究科講師として、サイエンスジャーナリズムの講義も担当している。2014年に流行したエボラ出血熱に関する記事は、読売新聞「回顧論壇2014」で政治学者・遠藤乾氏による論考三選の一本に選ばれた。2017年、子宮頸がんワクチン問題に関する一連の著作活動により、科学雑誌「ネイチャー」などが共催するジョン・マドックス賞を日本人として初めて受賞
木村 ニュースで報じられたあのけいれんの映像は、かなりの衝撃がありましたね。
村中 そうなんです。あの映像を見たら、誰でも不安になりますよね。
ところが、どの小児科医に聞いても、ちょっと表情を曇らせながら、「子宮頸がんワクチンが導入される前から、思春期にああいう子はいっぱいいるよ」という同じ答えしか返ってこない。
検査をしてワクチンとの因果関係が否定できる場合でも、「ワクチンのせいではないだろう」と伝えると傷つく子どもや怒る家族がいるので、小児科医たちは困っていたんですね。
さらに、ああいう映像がテレビで報道され、ネットでも拡散する人たちが出てくるようになってからというもの、世論もメディアも薬害だという考えにすっかり傾いてしまって、「子宮頸がんワクチンは安全だ」という当たり前の話をする医師に対し、さまざまな非難が飛び交うようになってしまったんです。

科学的な検証記事に賛否の反響

木村 非難というのは、例えばどういう形で?
村中 主にはSNSやブログですね。
「医者はワクチンを打って儲けたいんだろう」「製薬会社から金をもらっているんだろう」などというものや、「薬害を隠蔽し、詐病だと言って取り合わない傲慢(ごうまん)な医者」といった、根拠に乏しい陰謀論と結びついたものが多いですね。
木村 村中さんは、そうした中で取材を進めて、執筆を始めたわけですね。
村中 やっぱり私は医師として、科学的な根拠があるとは言えない情報が広まり、それによってワクチンを接種する機会が奪われている状況を、見過ごすことはできなかったんです。
それに、薬害だという誤報が広がれば広がるほど患者は増え、女の子たちの症状は固定化して治りにくくなっていく。大人たちが「君は被害者だよ」と呪文のように吹き込み、女の子たちを利用している状況も許せないと思いました。しかも彼らは、女の子たちに「利用されている」という自覚を持たせないこともとても上手です。
それから1年ほど取材をして科学的な検証を重ね、2015年10月に、月刊誌「Wedge(ウェッジ)」に「子宮頸がんワクチン再開できず 日本が世界に広げる薬害騒動」を発表。ウェブ版にも「日本発『薬害騒動』の真相」として、「あの激しいけいれんは本当に子宮頸がんワクチンの副反応なのか」に始まる3部作が転載されました。
これがかなりの反響を呼んで、医師たちからは「よくぞ書いてくれた」といった賛同の声が上がったり、ワクチンを接種したことがないのに薬害とされる同様の症状に悩んだことのある女性たちから経験談が寄せられたりしました。
一方で、それでも不安を訴える声があって、私自身もさまざまな誹謗(ひぼう)中傷を受けました。
その後も、厚労省が子宮頸がんワクチンの副反応を研究するために設置した2つの研究班の1つ、当時は信州大学の脳神経内科の教授だった池田修一氏を班長とする「池田班」が2016年3月に発表した研究内容を検証し、重大なミスリードや捏造(ねつぞう)行為があったことを指摘する記事を発表しました。
捏造行為の問題については、信州大学が調査を行い、厚労省はそれをもとに「池田氏の不適切な発表により、国民に対して誤解を招く事態となった」「この度の池田班の研究結果では、HPVワクチン接種後に生じた症状がHPVワクチンによって生じたかどうかについては何も証明されていない、と考えております」という見解を示しています。
しかし、池田班は研究費が減額されただけで、主任研究者の交代も、研究内容の見直しもないまま今も継続中です。
池田班の研究発表後の2016年7月、子宮頸がんワクチンの薬害を訴える人たちが、国と製薬会社に損害賠償を求める集団訴訟を起こし、それから2週間後の8月頭には、私と「Wedge」の元編集長も池田氏が名誉毀損で訴えるという予告の記者会見まで行って、実際に訴えられました。
そうしたことから、私はメディアからも距離を置かれるようになり、記事を発表することができなくなっていたんです。

受賞を機に支持が広がる

木村 「ジョン・マドックス賞」を受賞された昨年末あたりからは、その潮目がかなり変わってきている印象があります。
村中 そうですね。「ジョン・マドックス賞」は、イギリスの著名な科学誌「Nature(ネイチャー)」などが主催しているもので、公共の利益のためにサイエンスや科学的根拠を広めることに貢献した人物に贈られています。
私の受賞に関しては、子宮頸がんワクチンをめぐる問題が、日本人女性の健康のみならず、世界の公衆衛生にとっても深刻な問題であること、敵意や困難に遭っても科学的根拠を示し続けたことが評価され、日本人としては初の受賞となりました。
この受賞は、海外メディアでは大きく取り上げられたのですが、日本のメディアではほとんど取り上げられず、ネットでは「受賞が報じられない」ということが最も話題になったほどです。
それでも、私がネットで無料公開した、書籍と同じタイトルを持つ受賞スピーチ「10万個の子宮」を多くの方が読み、「子宮頸がんワクチンを打ちに行きました」といった一般読者からのメッセージをいただくことが増えています。
木村さんをはじめとする別の分野の専門家の方たちからも関心を寄せていただくようになりました。受賞をきっかけに、私が書いてきたことが、急速に広く受け入れられるようになってきた感があります。
2月に出版した『10万個の子宮』では、これまで雑誌やウェブメディアで発表してきた記事を再編し、子宮頸がんワクチン問題を追う中で見えてきた日本社会の諸問題についての考察も書き下ろしています。多くの方に読んでいただき、この問題の真実を見極めていただけたらと思っています。

父親として娘の接種を検討

――木村さんはいつごろから、この子宮頸がんワクチン問題に関心を持っていらしたのでしょう。
木村 私には娘がいますので、日本でも子宮頸がんワクチンを導入するという話がニュースに出たころから、いつ開始するのか、対象年齢はどうなるのか、安全は確認されているのかなどについて、それなりに気にかけていました。
木村草太(きむら・そうた)/憲法学者・首都大学東京法学系教授
1980年生まれ。東京大学法学部卒業、同助手を経て、現在、首都大学東京法学系教授。専攻は憲法学。著書に『キヨミズ准教授の法学入門』『憲法の創造力』『テレビが伝えない憲法の話』『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』『憲法という希望』『憲法の急所 第2版』『木村草太の憲法の新手』、編・著書に『子どもの人権をまもるために(犀の教室)』がある
先ほどのお話にあった、子宮頸がんワクチンの接種後に始まったという激しいけいれんの様子や、漢字が書けなくなってしまったなどという症状の話をテレビで見た際には不安を覚えましたから、さらにインターネットで情報を確認するなどしました。
ただ、その時点では、副反応を訴える人がいて、定期接種の積極的接種勧奨をやめたという以外に、はっきりとした情報もありませんでした。娘が対象年齢になる前に、きちんとした調査がなされることを期待して待つしかなかったのです。
昨年あたりから、ワクチンと副反応とされる症状について、因果関係はないのではないかという報道も目にするようになってきました。
そんな中、村中さんの「ジョン・マドックス賞」の受賞をきっかけに、インターネットを中心に報道が増えたことで、私は自分なりに感じた3つの問題点について考えてみたんです。
村中 木村さんが感じた問題はどんな点だったのでしょう。
木村 1つは、子宮頸がんワクチンに本当に予防効果があるのかということ。
2つ目は、副反応とされるさまざまな症状と子宮頸がんワクチンの因果関係はどうなっているのか。
そして3つ目は、国の姿勢ですね。
1つ目に関しては、論文などを読んでいくと、少なくとも私が調べた範囲では、子宮頸がんの原因となるHPVの感染や、がんになる過程の異常(異形成)を予防する効果は確認されていて、根拠があって勧められているものだということがわかりました。
2つ目の問題は、村中さんの書かれた記事や、それに異を唱える側の主張などもいろいろと読んでみて、副反応が原因とされる被害が、子宮頸がんワクチンによるものだと医学的に立証されているわけではないことも理解しました。
となると、積極的接種勧奨が再開されてもいいように思うのですが、厚労省は差し控えたままですよね。でも、積極的に勧奨しないというだけで、今でも希望すれば公費で受けられるわけです。
そもそも子宮頸がんワクチンが危険なものだとしたら、認可を取り消さなければいけないはずなのに、それもしていない。こうした厚労省の姿勢には、やはり問題を感じました。
ある程度の情報を集めた上で、どんなワクチンにも副反応があることを念頭において考えてみても、子宮頸がんワクチンは、受けないよりも受けたほうが利益が大きいと、私は判断したんですね。
そこでTwitterで、「子宮頸がんワクチン。娘がいるので、定期接種化されて以来、注目していました。ここ1~2年の副反応に関する調査状況を見た結果、我が家では、受けさせる方針です。大事な大事な子どものことですから、信頼できる情報に基づいて、冷静に判断してほしいと思います」とツイートしたところ、さまざなリプライが寄せられまして。
ーーいわゆる“炎上”ですね。
木村 攻撃的なものもあれば、善意からやめるように説得しようとするものもありましたね。危険だと訴える情報を寄せてくださる方もいましたが、どれも根拠があるとは思えないものでした。
*明日に続く。
(聞き手・構成:田村知子、写真:遠藤素子、バナーデザイン:星野美緒)