子宮頸がんワクチンを積極的に勧めない国の責任を問えるか?

2018/3/18

積極的接種勧奨をやめた国の責任

――村中璃子さん、木村草太さんの対談第2回では、HPVワクチン(以下、子宮頸がんワクチン)をめぐる問題を、法律的な観点からお話しいただきます。
村中 木村さんは前回のお話の中で、子宮頸がんワクチンの積極的な接種勧奨が中止されたまま、ワクチンの認可を取り消すわけでもなく、定期接種の対象としている国の姿勢には問題があると指摘されていました。
村中璃子(むらなか・りこ)/医師・ジャーナリスト
一橋大学社会学部卒業。同大学大学院社会学研究科修士課程修了後、北海道大学医学部卒業。世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局の新興・再興感染症チームなどを経て、現役の医師として活躍するとともに、医療問題を中心に幅広く執筆中。京都大学大学院医学研究科講師として、サイエンスジャーナリズムの講義も担当している。2014年に流行したエボラ出血熱に関する記事は、読売新聞「回顧論壇2014」で政治学者・遠藤乾氏による論考三選の一本に選ばれた。2017年、子宮頸がんワクチン問題に関する一連の著作活動により、科学雑誌「ネイチャー」などが共催するジョン・マドックス賞を日本人として初めて受賞
そこで一つお聞きしたいのですが、今のような状態で、定期接種年齢の時期に子宮頸がんワクチンを打たなかった女の子たちが、仮に将来、ワクチンを防げるタイプのHPVによる子宮頸がんを発症したとします。
そうなったときに、女の子たちは、ワクチンを受ける権利があったのに十分な情報が伝えられなかった、積極的に勧められなかったことの責任を、国に問うことはできるのでしょうか。
それとも、国は積極的には勧めてはいなかったものの、定期接種にしていたのだから、女の子たちに責任があると見られるのでしょうか。
木村 形式的に考えると、女の子たちにはワクチンを受ける権利があった一方で、国としては定期接種の対象としているし、情報自体は知ろうとすれば誰でも知ることができる状態になっていたということで、責任は果たしていると主張すると思います。
木村草太(きむら・そうた)/憲法学者・首都大学東京法学系教授
1980年生まれ。東京大学法学部卒業、同助手を経て、現在、首都大学東京法学系教授。専攻は憲法学。著書に『キヨミズ准教授の法学入門』『憲法の創造力』『テレビが伝えない憲法の話』『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』『憲法という希望』『憲法の急所 第2版』『木村草太の憲法の新手』、編・著書に『子どもの人権をまもるために(犀の教室)』がある
村中 きっとそのために、国は今も定期接種としているのでしょうね。定期接種としておくことで、国は責任を逃れることができますか?
木村 道義的には、積極的接種勧奨をやめておいて、「国や自治体は十分な情報を提供しました」と主張するのは、不誠実でしょう。
ただ、裁判所としては、「国や自治体がワクチンの接種を勧めるハガキを1枚送らなかったから、その人は病気になってしまった」と認定をするのはなかなか難しいでしょうね。
もちろん、実際に訴訟になってみないとわかりませんし、個別の原告がどういう情報を受け取れる状況だったかにもよると思います。
例えば、私が在住している自治体では、予防接種の案内に「ワクチンとの因果関係を否定できない症状がワクチンの接種後に特異的に見られたことから、定期接種を積極的に勧奨はしていません」というような文言が書かれています。
基本的には厚労省の勧告に応じた表現だと思いますが、自治体側で「やめておいたほうがいいよ」と受け取れる情報を独自に加えているところもあると思うんですよね。
村中 逆に、例えば、東京の品川区は私の「ジョン・マドックス賞」受賞のニュースが出た直後の昨年末、ウェブサイトを更新して、「現在、子宮頸がんワクチンの予防接種については、積極的な勧奨を差し控えております」とあるすぐ下に、「※なお、中止ではありませんので、接種を希望される方は定期予防接種(無料)として受けることができます」と明記しています。
ワクチンを受けて「病気になる」と言われればリスクはすぐに認知されるけれど、ワクチンを受ければ「病気にならない」と言われても当たり前すぎてそのベネフィットがわかりません。
加えて、子宮頸がんはHPVに感染してから発症するまでに10年ほどかかると言われているので、子どものときにかかる麻疹(はしか)を予防するワクチンなどとは違い、「早く受けないと」とか「受けさせないと」という気持ちになりにくいんですよね。
だから、そもそも「接種してください」というお知らせのハガキが1枚来たところで接種率を上げにくい。
子宮頸がんワクチンは基本的にはセクシャルデビューを果たす前に接種することで最大の予防効果を発揮するものですが、そうこうしているうちに、子どもたちは適切な時期にワクチンを接種するチャンスを逃してしまうことになるんですよね。
木村 自治体の告知の仕方によって、どういう情報を得られる状況だったかということでも、認定は変わってきますよね。もちろん、そのほかにもいろいろな要素があると思いますけど。
個別の原告について、国の責任がどこまで認められるかは裁判次第になりますが、病気を発症したことと、国の不作為との間に因果関係があることを示せれば、それについては国の責任や賠償責任が認められる可能性が全くないとは言えないと思いますね。

10万個以上の子宮が失われる危惧

村中 2016年の7月27日に日本政府は、世界でも初となる、子宮頸がんワクチンによるとされる被害に対する国家賠償請求訴訟を起こされています。
木村 この訴訟についてもやはり、個別の問題になるでしょうね。一般に、子宮頸がんワクチンによる副反応被害は出ないということが実証されても、例えば特殊な体質や疾患があった場合には、ワクチンを接種したことで何らかの反応を起こす可能性はありますよね。
逆に、副反応被害が出る可能性があると実証された場合でも、個別の原告によっては、ワクチン接種が原因でない場合もありうるわけで。
村中 日本では国家賠償請求訴訟が終わるまでに、10年はかかるだろうと言われています。訴訟が終わるまでは、積極的接種勧奨を再開する決断のできる政治家や官僚はいないとも言われています。
実は、私が2月に出版した本のタイトル『10万個の子宮』の「10万個」という数字は、仮にその10年間、ほとんど誰もワクチンを打っていない現在のような状況が続いた場合に失われてしまうであろう、失われなくてよかった子宮の数を示しています。
日本では毎年、子宮頸がんによって約3000の命と約1万の子宮が失われています。
ちなみに、2018年2月の時点で国家賠償請求訴訟の原告は250人を超えているので、一人ひとり個別の問題を検討していくことになると、10年ではとても終わらない。最悪の場合、失われる必要もないのに失われてしまう子宮の数は、10万個を超えてしまうでしょう。
木村 ワクチン関連の訴訟で薬害が認められるには、一般論として、「ある条件を満たした人がワクチンを接種したときには、これこれこういうメカニズムで、このような副反応が発生する」ということが証明される必要があります。
その上で、「この条件が見逃されていたことで、条件を満たしていた人がワクチンを接種して、副反応が生じてしまった」と認定された場合に、特殊な条件を見逃した責任が問われることになります。
可能性は低いと思いますが、仮に今回の訴訟の中で勝訴する原告が出てくるとしたら、そのような認定がされるはずです。
ただそれは、「この条件を満たした人にはワクチンを打ってはいけない」というだけであって、「積極的接種勧奨が完全に間違っていた」という話にはならないと思いますね。
ですから、今回の国家賠償請求訴訟で原告の方々が勝訴するには、「どういう条件を満たしたときに、その症状が発生するのか」を主張・立証していかなければならないはずなのです。
村中 そうそう。集団提訴とは言っても、個別のケースで争うのですよね。ワクチンの副反応を考える際、ワクチンを打った後に起きているものであれば、ワクチンに関係ないものまで何でも拾ってしまうことのないよう、「接種から28日」できっちり切って考えるのが普通です。
しかし、子宮頸がんワクチン接種後に起きている症状に「HANS(ハンス:子宮頸がんワクチン神経免疫関連症候群)」という名前までつけて薬害を主張している一握りの医師たちによれば、副作用はワクチンを打ってから何日経っても何年経っても起き、ワクチン接種から症状が出るまでの平均期間は300日を超えるとしています。
昨年7月にはHANSに関する英語の論文も出たようですが、海外の医師や科学者たちから「ワクチン接種と患者の症状との因果関係を裏づける科学的な指標が存在しない」と、批判の声が上がりました。
そうした中で、今回の訴訟では薬害の認定がどのような形で行われるか、注目しています。

子どもがワクチンを受ける権利

村中 木村さんにもう一つお聞きしたかったのが、子どもにはワクチンを受ける権利があるのか。そして、親が受けさせなかった場合には、子どもの権利を侵害していることになるのか。このあたりはどうでしょう。
木村 まず、子どもの基本的人権を国際的に保障するために定められた「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」の第24条第1項では、「締約国は、到達可能な最高水準の健康を享受すること並びに病気の治療及び健康の回復のための便宜を与えられることについての児童の権利を認める。
締約国は、いかなる児童もこのような保健サービスを利用する権利が奪われないことを確保するために努力する」と規定されています。
また、日本国憲法の第25条でも「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とされていますから、子どもにはワクチンを受けさせてもらう権利はあると思います。
村中 例えば、海外ではワクチンを受けさせなかったことで子どもが重篤な病気になると、虐待のような扱いで処罰されるようなケースもあると聞きます。
木村 ワクチンを打つことで、その病気がほぼ確実に予防できるという前提が仮にあるとしたら、そうしたケースもありうるでしょうね。
法律のルールでこのケースを考えてみると、以下の3点が認定されると、不法行為と見なされます。
①病気になるという被害が発生したこと
②その被害と親がワクチンを受けさせなかったという行為との間に因果関係があること
③病気になるという結果を親が認識していたか、または、十分認識できる可能性があったこと
このルール自体は単純です。ただ、具体的な「当てはめ」が難しいんですね。
①の被害があることの立証は比較的しやすいでしょう。
でも、②の因果関係の立証は大変です。例えば、ワクチン以外にも病気を防ぐ手段があるならば、因果関係は否定されます。
さらに、いちばん問題になるのは、③親の故意、過失でしょう。
もちろん、故意に子どもを病気にする親はいないはずので、「病気になることを十分認識できる可能性があったかどうか」が、裁判の争点になると思います。
ですから、現段階で子宮頸がんワクチンの場合はどうかと問われれば、今のような報道のされ方や受け取れる情報のレベルでは、親がワクチンを受けさせなかったとしても仕方がない、という当てはめ、認定になる可能性があります。
理論的には、今後さらに、村中さんが発信されたような情報が広がって、子宮頸がんワクチンは受けるべきものだという認識も浸透してくれば、ワクチンを受けさせないことが子どもの健康への権利を侵害していると認定されることもあるとは思いますけどね。

虚偽の情報でも規制はできない

村中 話は少しそれますが、私が「ジョン・マドックス賞」を受賞する少し前に、「がんは治療するな」という主張で知られる医師の近藤誠さんが『ワクチン副作用の恐怖』を出版しました。
それまでにも、例えば『新薬の罠』『ワクチンの罠』『母子手帳のワナ』など、医師やそれに準ずる立場の人、ジャーナリストといった人たちが、陰謀論と結びつけながら「ワクチンは危険だ」と主張する本を出しています。
そうした人たちの主張にのっとって、親が子どもにワクチンを受けさせず、それによって子どもが亡くなってしまったというような場合には、誰が責任を問われるのでしょう?
木村 それは法学部の講義や学会で議論されるようなレベルの、非常に難しい問題ですね。
ただ、基本的には、虚偽の医療情報を流布することに刑罰を科して規制することは、表現の自由の保護の観点から慎重でなければならないとされます。少なくとも現行法では、処罰の対象にはなっていません。
村中 そういうものなのですね。
木村 そうですね。例えば、株式相場を操作するために、企業の信用をおとしめるような虚偽の情報を広めた場合は処罰の対象になりますが、医療情報に関してはそうはならないんですよね。
おそらく、裁判官に聞いたとしても、弁護士に聞いたとしても、「虚偽の医療情報の流布に刑罰を科すことは、表現の自由の侵害になる」という人が多いのではないかと思います。
どうしてそういう発想になるかというと、虚偽の医療情報を罰してしまうと、罰する範囲があまりにも広範囲になってしまうからでしょうね。
医療情報とは少し異なりますが、以前、レシピサイトに、一般ユーザーが投稿したはちみつ入りの離乳食レシピが掲載されていることについて、議論を呼んだことがありましたよね。
そのレシピ通りに作った離乳食を食べたことで、赤ちゃんが死亡したとしましょう。その場合に、レシピを投稿した人が殺人罪や業務上過失致死罪に問われるかというと、問われません。
子どもが死亡した責任は、実際に離乳食を作って食べさせた人に帰属することになります。はちみつは乳児ボツリヌス症を引き起こすリスクがあり、はちみつの容器のラベルには、1歳未満の乳児には与えないよう注意喚起がされています。乳児にはちみつを食べさせるのは危険だということは、きちんと調べればわかるはずのことですから。
ですので、近藤誠さんらの主張を信じて、ワクチンや治療を受けさせなかったとしても、最終的に判断したのは親御さんや本人ですから、結果の責任は親御さんや本人が負うことになります。
道義的には、薄弱な根拠に基づく主張は許されるものではないと思いますが、現行法では規制を強制することはできないんですよね。
だからこそ、法律家としては、信頼できる医師や専門家から医療情報を受け取ることが大事だということを、皆さんに伝えていかなくてはいけないということになるでしょうね。
また、刑罰などではなく、医師や医学者の専門家コミュニティの中で、きちんとした制裁を与えていく必要もあるでしょう。
いろいろとお話ししてきましたが、ここで今、いちばん伝えなければいけない情報は、子宮頸がんワクチンは定期接種であるということですよね。対象の年齢であれば、今でも公費で受けられること。
村中 そうですね。それに、対象年齢の期間に受けるということも、とても大切なメッセージです。対象年齢を過ぎてから費用を負担して受けたとしても、予防効果が限定的になってしまうということも、知っておいてほしいと思います。
*明日に続く。
(聞き手・構成:田村知子、写真:遠藤素子、バナーデザイン:星野美緒)