【蛯原×間下】インドには行って体感すべき理由がある

2017/11/14
2014年5月のナレンドラ・モディ首相就任後、国内の製造業の発展「Make in India(メイク・イン・インディア)」政策を皮切りに、数々の経済改革を進めてきたインド。
主要新興国の中で高い経済成長率を続けるインドに、企業が「入り込んでいくべき」理由とは?
12月にインドで開かれる日印のビジネス交流を目的とした「グローバルパートナシップサミット2017」が開催されるのを前に、現地に詳しいプロピッカーの蛯原健氏(リブライトパートナーズ 代表パートナー)と間下直晃氏(株式会社ブイキューブ 代表取締役社長CEO)が語った。
また、サミットに参加する牧浦土雅氏、清水浩氏、佐藤輝英氏にはサミット参加への思いを聞いた。

インドが世界のドミナントになる日

──蛯原さんはベンチャーキャピタリストとして、シンガポールに本拠地を構えながらインドにも拠点を置いて、アジアのベンチャーを注視していらっしゃいます。間下さんもインドの現地企業と提携されたりしています。今のインドをどのように見ているのですか。
蛯原 日本からはインドを巨大な市場、企業にとっての製造拠点として見がちです。でも、それ以上に重要なのは、そこから生まれる人であるとか技術が、世界的にドミナントになってきているという事実です。
例えば、ソフトバンクの10兆円ビジョン・ファンドの実質トップを務めるラジーブ・ミスラ氏、グーグル社長サンダー・ピチャイ氏やマイクロソフト社長サティア・ナデラ氏、この方々は大学までインド国内で学び、その後企業に勤めて上り詰めた人たちです。
他に企業の幹部クラスまで含めたら、世界には相当数のインド人エグゼクティブがいる。今後我々日本人は、その部下になる可能性も高い。
事実そういう声はまわりでちらほら聞きますね、「蛯原さん、今度インド人が上司になったんですが付き合い方のコツを教えてください」とか。
間下 ASEAN諸国なら、日本企業が現地への進出が出遅れたことで「市場を奪われても仕方がない」となるかもしれません。しかしインドに関しては、逆に日本が攻め込まれることになるかもしれない。
いま、みんなグーグル、フェイスブック、アイフォーンを当たり前のように使っています。そういうプレイヤーと同等に、これからどんどんインドの製品、経営者が来日し、本当にその下で働くことになるのでは、と考えることがあります。
蛯原 そういう未来を考えたとき、日本企業は本当に「シリコンバレー詣」だけでいいんですか、と問いたい。

「2000年問題」で得た教訓

──インドで注目すべきは、やはりIT分野なのでしょうか?
間下 インドのIT業界は歴史が長いんです。ソフトウェア関係のカンファレンスでは70代の「長老」たちが並んでいます。アメリカでIBMに勤務していた人がインドに帰国して、下請けのSI企業を経営していたりします。
そうした流れがあるので、グローバルのことを理解している人が多い。この層の厚さは、中国にはないものです。
かつて「2000年問題」が起きたとき、日本企業はインドからこうしたITの専門家を招聘しました。ところが大失敗だった。
インド人に言わせると仕様書がガチガチなのに明確な指示がないので仕事ができない、日本人からは「インド人は働かない」となってしまった。
インドは国の中にいくつもの民族がいるので、実は日本で思われているより「空気を読む」ことは得意なんです。インド独特のイエスともノーとも取れる首振りジェスチャーなど典型です。
ただし「阿吽の呼吸」のスタイルが日本人とは違うのでしょう。ともかく日本の社会においては「東南アジアはまだ感覚が近いが、インドは遠い」となっているのが現状です。
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蛯原 我々はどうしてもそうしたコミュニケーション面を重視しがちですが、結局はビジネスではその人がどれだけの能力を持っているか、アウトプットがどうか、ということが本質です。
コミュニケーションやマネジメントスタイルはそれにオプティマイズしていく必要があるでしょう。
そうした本質についていえば、現在世界がインドに注目しているのがAIやIoTということになってきています。

インドのシリコンバレー「バンガロール」

蛯原 インドの変化という意味で面白い分野は、日本でもよく言われているデジタルトランスフォーメーションです。店舗ができる前にEコマースが、クレジットカードが普及する前に電子ウォレット決済が発達している。
もう一つがAI、IoTです。理由の一つはその最先端を行っているグローバルのメガ企業が、インドで研究開発しているから。
例えばエヌビディアが、インドのシリコンバレーと呼ばれるバンガロールで、最先端の自動運転向けチップをデザインしていたりするわけです。
インドのITはオフショアというイメージがまだありますがそうではない、地場でそのようなトップ人材を蓄積している、そこが強い。
またそうしたグローバル企業から起業家が生まれる、まさにシリコンバレーと同じです。私が投資家として付き合っているのはそうした若い世代。
よく言われるインド人のイメージとは違って、合理的だし遅刻もまずしない、米国留学経験やグローバル企業勤め経験者が多いので極めてグローバルスタンダードな習慣を持っています。彼らから見たら日本人のほうがよほど独特の習慣を持っていると見えているでしょう。
間下 「Make in India」では、当社にも話が来ました。土地を提供するからドローンを作れと言われていて。土地を実際に見せられて「ここ、もらっても困るんだけどなぁ」みたいなことも多いのですが(笑)。
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蛯原 人材も場所も確保してコストも安くできる。「Make in India」によって政府調達も活用するのであれば、輸入で入れていくよりは中で作っていた方が、効率がいい。
ゆえに現地で研究開発から製造そして消費まで行うパターンが増えてくるでしょう。人材がいるからこそそれが可能になる。
間下 インドは需要と供給がポジティブスパイラルに入っています。インド工科大学なんて毎年1万人ずつ卒業生が出てくるわけでしょう?
グローバル企業は、英語が喋れない日本人を採るよりは英語が喋れる中国やインドの人材の方がいいということになってしまいます。

行けば、進出すべき理由が分かる

間下 日本企業にとってインドの注目点というのは、個人的にはほぼ全ての部分でインダストリーが伸びていく点です。しかし、時間と費用については、相当覚悟する必要がある。
蛯原 インドで成功している外資企業は十年単位でやり続けて初めて成功していますからね。
あとカルチャー以外に、制度が州によって違うことによる困難性は大きいです。間接税の統一など改革は進んでいるものの、サービスによって税率が大きく違うといった混乱はまだ続いており、これが日本の企業が「インドで最も困る」と語る点です。
物を北から南に運ぶだけなのに役所のハンコがいくつも必要といった非効率なところがまだある。もっともモディ政権が改革をかなり頑張っていますし、とにかく経済が強いので外資を今どんどん引き付けている事には変わりません。
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間下 時間軸的に読みにくいというのは事実でしょう。ここは、現地資本と上手く付き合うなど、どれだけ耐えられる体制を作って臨むかということだと思います。
ここから数十年を考えたら、最後の超大国であることには間違いないので、かなり長期的な目線で考えていくべきでしょう。
蛯原 インドの日本企業で一番の成功事例であるスズキ自動車は、トップダウン体制で30年間変わらずに耐えたから今があるわけです。ブイキューブも、トップの間下さんが踏ん張っておられるので続けられる。
間下 「儲からないから撤退するべき」という意見は、必ず出てくるんですよ。でもそこで信念を持ち続けなければならないわけです。
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──信念を持つまでには不安もありそうですが。
間下 これはいくら口で説明しても伝わらないことなんですよね。とりあえず行っていくつか都市を回れば、納得してもらえると思います。親日ですし、日本から来たと言えばテレアポで会ってもらえることも多いですよ。
多くの企業は、インドに進出しなくてもとりあえず飯は食えますよね。しかし20年後30年後を考えたとき「本当にそれでいいんだっけ?」ということは、現地で感じてみる必要があるのではないでしょうか。
蛯原 同じ大国でも、完全保護貿易に近い中国に比べれば、インドとはまだまだ組む方法があります。そして組み方で私がおすすめしているのは、今までのように財閥と組むのでなく10年後にメインストリームになるような優秀なスタートアップと組む事です。
ともかく間下さんもおっしゃるように、少しでも興味を持っている方には、まずは現地に行ってみて、ご自身で体感してみてほしいですね。それが第一歩です。
GPSが取り扱うトピックは、エネルギー、インフラ、へルスケアからアートまで幅広いのですが、私はIT教育サービスQuipperの世界展開に携わっていることもあり、EdTech分野が気になります。
インドでは、オンライン学習サービス「BYJU'S」が成功しているようです。ぜひ創業者のバイジュー・ラビンドラン氏に会って、21世紀の教育について話をしてみたいです。
閣僚や大企業CEOクラスのスピーカーが勢揃いしている中で、格安ホテルチェーンのネットワークを構築、拡大中のインドの起業家、リテシュ・アガルワル氏は僕と同い年の24歳と最年少スピーカー同士で、大学をドロップアウトして起業している点も共通しています。
彼とNext Generationをテーマにしたセッションをやりたいですね。
日本とインドは今後の若年人口の推移が全く逆ですし、同世代の横のつながりを増やすためのクロスボーダーの活動をやっていることもあり、色々な面白い話ができるのではないかと思っています。
世界的に見ても起業家の若返りは進んでいます。若い世代のコミュニティに触発され、さらにリスクが取りやすいエコシステムは、起業のハードルが下がった今、とても重要になってきています。
ところで、サミットのテーマの「Alternative Development Modelの構築について」が、実はどういうことを意味しているのかが、分かりにくいかもしれません。
どうやら20世紀スタイルの発展モデルとの対比で今後の発展モデルについてディスカッションしようということのようですが、私の世代は、21世紀の未来だけを見ています(笑)。
我々ミレニアム世代は、高い情報リテラシーのもと、日常の生活から遊びまでを効率化するのが得意な世代。今後AI革命により従来の仕事がなくなり、価値観や生き方も大きく変わるでしょう。
仕事を失う人々への社会保障政策と、ミレニアム世代との対話、そしてミレニアム世代が政策を作る側にまわったときの今との政策の違いが重要になってくると思います。
今年、電気自動車の部品メーカーの視察のため、ニューデリーから車で1時間ほどの工業団地まで出かけました。インドには2009年にも訪れたことがありますが、現地は目を見張るほどの成長を遂げていました。
スラム街は消え、工業団地は非常に整備され、自動車やオートリキシャなど車の数が劇的に増え、タクシーの数が目立っているのが印象的でした。
21世紀は新たなエネルギーや医療技術の進歩により、地球上の70億人が豊かな生活が送れる時代になると思います。
必要な技術の発展は20世紀に十分なされており、21世紀はCO2排出やエネルギー枯渇の心配のない、大きなパラダイムシフトの時代となるのではないでしょうか。
40年間電気自動車の研究に取り組んできましたが、ニューデリーで12月11~14日に開催される「グローバルパートナーシップサミット(GPS)2017」では2012年に開発した電気自動車「WIL」を現地に運び、参加の予定です。
WILの技術は大型バスの基盤にもなるものです。
期間中、会場のエアロシティのホテル群の間をWILが走るのですが、多くのメーカーや投資家の方々に試乗していただいたうえで、評価をいただき、WILを原型とした新たな電気自動車がインドで産声を上げ、普及する第一歩となることをとても楽しみにしています。
インドは人口の多さ、英語が話せることに加え、モバイルインターネットの急速な普及でミドルクラスの生活水準が上がるなど、これから益々成長に拍車がかかることが期待されています。
モディ政権によるスタートアップ支援策などにも支えられ、米国などから多大なリスクマネーが流入しているという潜在可能性も魅力です。
シンガポールにベースを置き、これまでに既に40社をこえるインドのスタートアップに投資を行っていますが「この国のこれからの可能性にフルに参加したい」との思いで現在、投資予算の半分超をインドに投入しています。
インドの場合、SME—中小企業、家族経営のような規模の事業者や農家などが雇用の大半を産み出している実態があります。
彼らは国の経済に正式にカウントされていない存在ですが、こうした層をモバイルテクノロジーによってエンパワーすることで、生活水準の向上や各種サービスへのアクセスを実現してゆければ、と考えています。
実際、インドにテクノロジーの大波が到来し、これまで経済システムの中には見えていなかった人々が続々とエンパワーされ、情報力、経済力を得ている現実を強く感じています。
また、インド固有の問題を解決してゆく中で、他の途上国・新興国の問題解決につながるケースも多々あり、現地発のイノベーションが新興国間で横に伝播しはじめています。更に、世界各地に存在するインド系人材ネットワーク(Non Resident Indian)による地球規模の知識共有や事業の広がりも期待されます。
GPS2017では、新興国でのイノベーションを目の当たりにしている日本人投資家として、政治家、官僚、大企業、スタートアップといったさまざまなレイヤーのステークホルダーの皆様との議論を通じて、複層的な関係をしっかりと構築し、次世代へとつなげていきたいと考えています。
(取材:久川桃子 構成:阿部祐子 対談撮影:M.photography)