どうすれば英語が身につくか。自走するためのコーチング論

2017/10/20
英語を学習するために必要なのは、教師よりも伴走者。英語コーチングサービス「TOKKUN ENGLISH」(現PROGRIT)を運営する、株式会社GRIT代表・岡田祥吾氏の持論である。
先だって公開した『英語コンサルタント』という職業で、岡田氏は自社のサービスをスポーツにおけるコーチの存在にたとえた。では、アスリートはそのコーチング手法をどう見るだろうか。陸上400mハードルの日本記録保持者である、“走る哲学者” 為末大氏と語り合った。
※5月7日より"TOKKUN ENGLISH"が"PROGRIT"というサービス名に変更いたしました。

自走するためのトレーニングとは

為末:サービス名がTOKKUN ENGLISHで、社名は「GRIT(※情熱や粘り強さを含む、やり抜く力)」なんですね。GRITという意味では、どんな分野にも応用できる気がする。英語学習に絞ったのは、なぜですか?
岡田:私自身、英語が苦手だったからです。マッキンゼーに勤めた頃、毎日英語が必要なのに、実践レベルでは通用しないという壁に当たりました。英会話レッスンにも通ったけれど、全然ダメなんです。
いろいろと考えた結果、英語もスポーツと一緒で、自分自身でどれだけ練習を重ねるかが大切だと気づきました。私はずっと野球をやっていたんですが、「いかに正しい方法で」「どれだけ時間をかけるか」で伸びしろが決まる。
英語でも、必要なのは週に1度のレッスンではなく、日々の生活から勉強の時間を捻出することだったんですよね。
日本には英語ができなくて困っている人がたくさんいるのに、こういう考え方が浸透していません。短期間に集中して、本気で英語力を向上させるサービスがあればいいと思ってTOKKUN ENGLISHをはじめました。
為末:前編のインタビュー(「英語コンサルタント」という職業)を読んで、TOKKUN ENGLISHのコーチングは、「自走」を目指しているんじゃないかと感じました。いずれ自走するためのコーチングと、ずっとコーチが見続けるコーチングって、根本的に違うと思うんです。
岡田:そのとおりです。私たちのプログラムは2カ月で終わります。その期間で「英語」がマスターできるわけではないけれど、「習慣」は2カ月もあれば絶対身につきます。
私たちはコーチングによって、2カ月間で目標到達点まで英語力を上げる。でも、それ以上に大切なのは、英語学習の方法と習慣を身につけたうえで、大海原へ出してあげること。そこから先は、自分自身で学びを継続するというのがコンセプトです。
為末:コーチの指導に頼るパターンと、自走させるパターン。それぞれにメリットとデメリットがあります。
たとえば甲子園に出ることを目標にして、その後のキャリアを考えない高校生なら、各自が考えるよりコーチが決めたやり方に従うほうが成功する確率は高いです。どんな考え方や性格の人が入ってきてもそれなりに鍛えられますし、短期間で結果が出やすい。
ただ、このパターンでは、ある程度レベルが上がって、自分自身で考えないといけないフェーズに入ったときにピタッと成長が止まってしまう選手が出てくる。それもあって、日本は各スポーツで20歳までの年齢では世界大会のメダル数が結構多いんですけど、オリンピックになるとかなり減るんです。
陸上の場合も、インターハイで結果を出す学校と、オリンピアンを輩出する学校は同じではありません。それは、おそらくコーチングの違いが大きいのではないかと思います。
岡田:そのふたつは、実際のコーチングとしてはどんな違いがあるんですか?
為末:一番わかりやすいのは、映画『ベスト・キッド』に描かれている日系人の教え方ですよね。少年に空手を教えるのに、ひたすらペンキやワックスを塗らせる。「いつか意味がわかるから」と。
一方で、僕が初めてアメリカで子どもたちに陸上を教えたとき、「ハードルというのは、こうやって前に勢いよく飛ぶんだよ」と教えると、「なんで?」と聞かれました。
つまり、意味がわからなくてもまずやらせる型のスタイルは早く伸びるのですが、もしそのまま盲目的に、ただ言われたことをやり続けると伸びなくなります。
オリンピアンを輩出するためには、やはり入り口はどうあれ、いつかは自分で意味を理解させるようなコーチングでないと厳しいですね。

継続は、理解の深さで決まる?

岡田:おっしゃるとおり、意味をちゃんと理解して勉強するか、型だけでやっているかというのは英語学習でもかなり違ってきますね。
多くの人は、英会話レッスンをすれば英会話が身につく。単語を覚えると英語が使えるようになる、と誤解しています。今している勉強によって具体的にどの能力が上がって、それが実際の英会話でどう生きてくるのかを理解している人は、ほとんどいません。
でも、英語って実はかなり細かく研究されていて、言葉をどう聞き取るか、意味理解がどういう順序で行われるかというメカニズムが解明されているんです。これを最初にちょっと知っておくだけでも、単語を覚えたり英会話レッスンを行ったりする効率が飛躍的に上がります。
スポーツもそうではありませんか?
為末:基本的な部分は同じですね。科学的な理屈で説明できる部分は大きいです。
たとえば、すごくシンプルに言うと、結局地面に足がついているときにしか人間は加速できないので、そのときに力が入る姿勢をつくる。その姿勢というのは、構造的にある程度決まっています。
そこから左右の足を交互に出していく。速い選手だと1秒間に5回転くらいします。人間の脚は体重の60%を占めるくらい重くて、それだけ回しているとだんだん体が振り回されてきます。それを抑えるためには、腹筋、背筋をつけてバランスを取る必要がある。
さらに、速度が上がってくると脚が耐えきれなくなるので、今度は脚の筋力をつけてジャンプ力を鍛える必要が出てきます。
岡田:なるほど。そうやってボトルネックになっているところを鍛えて、全体を高めていくんですね。英語学習とまったく同じです。
為末:今年、桐生祥秀くんが100m走で日本人初の9秒台を出しましたけど、コーチの考え方が面白いんです。彼の理屈は「どうすれば最高速が出るか」ではなく、「何が最高速を出せない阻害要因か」。
身体能力のすべてが限界に来ていることはありえないので、構造と要因を分解してみる。そうすると、終盤にぐらついていることがわかり、腹筋や背筋の持久力の問題だからそこを鍛えようとか、骨盤の動きを引き出すために肩甲骨の柔軟性を高めようとか、ボトルネックを外すためのアプローチが決まる。
こういう考え方のほうが、選手は希望を持てますよね。
岡田:あなたの問題はここにあるから、こういう方法で鍛えればもっと上に行けるはずだ、と。それなら、自分が何に取り組めばいいのかが明確です。
為末:ここで重要なのが、コーチと選手のコミュニケーションです。それがどんなに大変でも、自分自身でどのトレーニングがどのように影響したかを理解している選手は強いですよ。
それに、速く走れたとしても、その理由を選手自身がよくわかっていなければ、スランプに陥ったときになかなか立ち直れない。
岡田:英語学習でも、自分がやっていることが何のためのトレーニングなのか、そして自分が今どこまでできているのかがわかるだけで、集中力や継続力が変わります。
そのためのアプローチと道筋を示してあげれば、あとは自習がものを言うというのが、私の考えです。

考えて習得したことは、応用が利く

為末:トレーニングを理解した方が継続しやすいというのは、知らない道より知っている道を通るほうが近く感じるのと似ていますよね。初めての道でも地図を見せられて道筋が頭に入っていれば、今ここまで来ているからあと半分だとわかります。どこがゴールかわからないと、疲れますから。
岡田:頑張っている人って、まだ自分はゼロなんじゃないかと不安になるんです。それを客観的に見て、大丈夫だと言ってあげるのも、コンサルタントやコーチの役割。科学的にもこの方法にはエビデンスがある。このまま続ければ間違いない、と。
為末:よいコーチングって、やっぱりコンサル的なんですよ。一生懸命な選手は、よくいえばひとつのことを続けられるんですけど、悪く言えば違う見方をできない。そうすると同じところをぐるぐる回ってしまい、燃え尽きてしまうこともある。
そうならないために、選手の主体性や意思決定を奪わずに、客観的に見る人間が寄り添うことは必要だと思います。自分から主体的に発見した学びって、ある程度抽象度が高くなっても腑に落ちているので、スポーツ以外にも応用が利きます。
世の中すべてがその法則で支配されているように見える学び、とでも言えばいいでしょうか。僕は、どちらかというとそれが学びの本質だと思っています。ただ、なかなかすぐ結果に結びつくものではありませんし、深遠で時間がかかる世界なので、もっとインスタントに教えることの必要もわかりますけど。
岡田:やればできることと、やっても一部の人にしかできないことがあって、為末さんのようなアスリートの世界は後者なんですよね。でも、英語は明らかに前者です。頭がいい人だけじゃなく、やればみんなできるのは間違いない。
為末:アメリカ人はみんなしゃべっていますからね。
岡田:はは、そうですね。それに、多忙なビジネスパーソンが英語を習得するコツというのは、ほかにも応用が利きます。時間の使い方が変わりますから。
為末:面白い現象があって、多くのスポーツ選手は社会人になると練習に使える時間が大幅に減るんです。企業で働きはじめると、スポーツ以外の仕事がありますから。でも、なぜかそこから競技力が上がる選手も結構多い。昔は僕もそれが不思議だったんですけど、自分がそうなってみるとわからなくもないな、と。
おそらく、トレーニングの時間が短くなることで、何が重要かを自分自身で考える必要が出てくるんです。その意味と優先順位を決めて配分することで、さらに高いところに到達できるんじゃないでしょうか。
岡田:面白い。時間が限られることで、質が変わるんですね。それも、英語学習にもスポーツにも通じる、普遍的な学びだと思います。
(編集・文:宇野浩志 撮影:後藤 渉)