【藤原和博・前編】「正解のない社会」に必要な教育とは
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2017/3/24
「スーパー・スマート・スクール構想」を掲げて2016年4月奈良市立一条高校の校長として赴任した藤原和博氏。教育改革の実践者としての藤原氏に、2020年を見据えて日本の教育はどうあるべきかを聞いた。
富士山型から八ヶ岳型へ。日本人の人生観が変化
──日本の社会、教育界はさまざまな課題を抱えています。日本社会の現状についてどう思われますか。
藤原:まずは、寿命が延びた長い人生をどう生きるべきかという点でお話ししたいと思います。「人生のエネルギーカーブ」という考え方で3世代を比較して考えるとわかりやすいでしょう。
明治時代は20歳から20年かけて1つの山を目指せばよかった。30代に人生のピークを迎え、平均寿命の40〜50代で人生を終えることができたのです。1つの仕事を突き詰めることで、人生を全うできた時代です。
昭和・平成のビジネスパーソンは「富士山型」。団塊世代は大企業に入社してそこで40〜50代に人生のピークを迎えるのが理想形でした。60〜65歳になると定年退職し、なだらかに人生の山を下っていくパターンです。同じ昭和・平成世代でも、もっと若い今の親世代では寿命も長くなり、AIが本格到来する時代も現役なので、同じパターンを踏襲するのは難しくなるでしょう。
──明治〜平成にかけて人生のピークが1つという生き方がスタンダードだったということですね。それが、これからはどう変わっていくのでしょう?
今の子どもたち世代は、人生を明治時代の2倍のスパンで考えなくてはいけない。平均寿命が90年に延びるわけですから、それだけの時間を1つの仕事だけで終わらせることは現実的に無理。何か1つを突き詰めるような人生は、芸術家や職人など特別な職業以外は成立しません。
では、仕事とどう向き合っていくのか。いくつかの会社を渡り歩いたり、大学に戻って学び直したり、NPOやNGOで働くなど、人生の中で、ゲームのように何度かライフステージを変えることになる。同時に複数の仕事に関わることもあるでしょう。それを複合的に繰り返す、つまり人生の山が何度も連なる八ヶ岳のようになるのが子ども世代の生き方です。この「八ヶ岳型」人生観への転換は、今の40代、50代の小中高校生の親たちにも必要になってくるでしょう。
──現在の中高生が社会に出る2020年代は、八ヶ岳型人生観への大きな転換期になるということですね。
2020年代はAI×ロボット革命が進み、社会はさらに激変。事務系の職業は半減するとも言われています。加えて過去のオリンピック開催地がそうだったように東京オリンピック後の日本は、オリンピック景気後の揺り戻しで不況が訪れるでしょう。2020年以降、働く環境は大きく変わり、働き手も変わらざるをえない。
もう1つの変化として、AIが普及し、世界中がもっとスマホでつながる社会が訪れます。我々は高度に発達した「ネット世界」で、人生の半分以上を過ごすようになるでしょう。10年後の劇的に進化したネット世界が、これまで以上に我々の人生観や生き方に影響を及ぼしているはずです。
一方で、これからは、人間がより人間らしく能力を発揮することが要求されます。AI×ロボット化が進化すればするほど、人間は「人間でなければできない仕事」をすることになるからです。例えば、電車の運転士はAI化されて仕事がなくなっても、想定外の判断力が必要な車掌は人間が担うというように。「AI×ロボット革命」と「人間の知恵」の掛け算、それが未来の姿です。
──どれだけAI化やロボット化が進んでも、最後は「人間の知恵」ということですね。
そうです。だからこそ、そのための教育をしていかなくてはならない。次世代を生きる彼らが必要な力を身につけるために、何を学び、どう勉強すればいいのか。そこが重要になってきます。
教育改革の基礎となる3つの力の育成
──これからを生きる力として<情報処理力><情報編集力><基礎的人間力>の3つを提示しています。
情報処理力というのは知識や技能など、これまで学校で育成してきた基礎学力です。情報編集力は、思考力、判断力、表現力のこと。そして、この2つの力を支える土台が基礎的人間力。これは家庭教育をベースに、学校生活や部活、さまざまな体験を通して身につけていくものです。
──これらの3つの力のバランスをどのように考えていけばいいのでしょうか?
2020年の教育改革以降、情報処理力と情報編集力の比率は変わっていくはずです。これまで9:1だった情報処理力と情報編集力を、2020年代半ばには7:3くらいにするのが理想でしょう。
学びの基本となる基礎学力をマスターすることも当然重要ですから、小学校はこれまで通り9:1でいい。その代わり、中学校で8:2、高校で7:3、さらに大学では0:10を目指せば、全体を平均したときにちょうど7:3になります。
この変化を実現していくためにも、高校が主役となる2020年の教育改革の意義は大きい。アクティブ・ラーニング、つまり主体的で対話的な深い学びがどこまで高校で実践できるかが鍵なんです。
「正解があるはず」という刷り込み
「1つの目標に向かって努力する」という日本が得意な方法で成長できた時代は終わり、正解のない成熟社会へ転換するなかで、時代は情報処理力から情報編集力へのシフトが求められています。これまでわかりやすい「正解主義」でやってきた日本の教育界にとっては革命ともいえるでしょう。一方で、情報処理力にたけているのは日本の強みですし、そこを捨てる必要はありません。
ただ、学校教育は明治以来、140年も続く「一斉授業」から進化していません。教師から生徒へ、基礎学力を重視した一方的な知識の伝達という手段だけでは、現代社会のニーズを満たすことはできない。
そもそも授業で手を挙げるのは、たいていクラスで8人くらい。そのうち5人は小学校からずっと手を挙げてきた成績優秀児、3人はちょっと目立ちたがり屋かもしれません。残りの大半は、その瞬間から考えることを放棄して、脳が休止モードになっている。正解主義がもたらす「受け身」授業の課題です。
正解主義のもう1つの弊害は、あらかじめ用意された選択問題の中に正解があるはずだという刷り込みを与えてしまうこと。しかし、実社会では選択肢の中に必ず正解があるとは限りませんよね。
──教育改革をひっぱる現場の教師は、どのような現実に直面しているのでしょうか?
教師を取り巻く環境はかなり厳しい。今の教師の年齢構成はワイングラスどころかシャンパングラス型と、かなりいびつになっています。あと10年で教育現場を支えてきた50代のベテラン教師がごっそり定年退職を迎え、30~40代も圧倒的に数が足りないという状況になる。
さらに、例えば東京都の採用試験では小学校の応募採用倍率は3倍にとどまり、実質2倍ともうわさされています。採用倍率は7倍を切ると質が下がると言われており、なかなか教師の質を確保できない状況が起こっています。
社会問題化している教師のオーバーワークやワー・ライフ・バランスの視点からも、ICTの活用は不可欠。絶対数が足りない教員の作業をICTによりどう効率化し、教師がすべきことは何かを見極めるべきです。
ICT教育を屋台骨とした教育改革の成功は、情報処理力側の教育レベルを下げずに、いかに情報編集力側にシフトしていけるかに大きく影響します。
──未来社会に通用する子どもを育てるために、家庭での子育てはどうあるべきでしょうか?
親世代は自分が受けていた教育や成功体験の呪縛から離れて、これからの社会変化の中で子どもにどんな力を身につけさせるべきか、理解する必要があるでしょう。
親は「人と違ってほしい」「突出した才能を伸ばしたい」と個性的であることを願う一方で、実際に子どもが何かを突き詰めると「普通と違うこと」に不安になるという矛盾を抱えがちです。この「はみ出さずに、みんなと一緒がいい」という感覚は、日本社会の根底に流れている空気とも言えます。しかし、親としてそこから考えを切り替える勇気を持たなくてはいけない。
来るべき「AI×ロボット化社会」で人間にしかできない仕事ができる、そんな未来社会に通じる子どもを育てるには「親の三原則」が必要です。
まず最初に、10歳までは思い切り遊ばせること。さまざまな突発的な出来事に対応する力、つまり情報編集力をつかさどる脳を幼いうちから鍛えるのには、遊びが欠かせません。子ども時代の遊びが将来の伸び代につながります。
次に海外経験。これも不便や苦労などを自分で切り抜ける経験という意味で、できるだけ長期で体験させたいこと。やり遂げることで子どもの自己肯定感や他者からの信頼を得ることができるはずです。
3つめが、子育て全般を通じて、親は子どもに面倒で厳しい道を選ぶよう仕向けたり助言することです。この先、我々の社会はAI×ロボット化でより便利になっていきます。そうなると人間は思考停止する傾向が強くなり、人間がロボット化してしまう。タフな経験値が多いほど、柔軟な思考力を身につけることができるはずです。
親が先回りしてラクで楽しい安全な道を選ばせるのではなく、より厳しい選択肢をどう選ばせるのか、未来社会に通用する子育てをするためにも考えていくべきでしょう。
(聞き手:久川桃子 構成:工藤千秋 ポートレート撮影:稲垣純也)
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