【大室正志】日本3.0時代、家族と恋愛が分離する

2017/2/4
日本に新しい時代が到来しようとしている。明治維新から敗戦までの「日本1.0」、敗戦から今日までの「日本2.0」に続き、2020年前後から「日本3.0」がスタートするのではないか。そんな予測を拙著『日本3.0ー2020年の人生戦略』で記した。では、「日本3.0」はどんな時代になるのだろうか。各界のトップランナーとともに、「日本3.0」のかたちを考えていく。第2回は、産業医の大室正志氏とともに「日本3.0時代の個人と家族」について考えていく(全5回)。
第1回:「日本3.0」時代の個人と社会
第2回:「日本的カースト」に対抗する方法
第3回:大企業の「鎖国」が解けてきた
イエ社会とムラ社会は違う
佐々木 前回までは、会社と個人の関係性を議論してきましたが、ここからはもう1つの柱である家族について議論します。
私は今後、会社に頼れなくなる分、個人にとって、家族の比重はある意味では高まるのではないかと考えているのですが、大室さんは「個人と家族」の関係性はどう変わっていくと見ていますか?
大室 京都大学霊長類研究所の所長だった河合(河合雅雄。サル学の権威。心理学者の隼雄は弟)さんの説によれば、チンパンジーの子は母親だけで育てられるため父親というユニットが存在しません。つまり、父親が育てる文化がないのです。
ここに父親という存在を導入したのが「ヒト」で、そこに家族の起源があると言われています。
確かに、その村全体で育てたり一夫多妻制などいろいろなやり方がありますが、少なくとも父親という存在を認識させたことが人間とサルとの分かれ目になりました。
これを基本とした上で、その次に家族がもう少し抽象化され、日本でいう「イエ(家)」の概念が出てきます。
歌舞伎でも、DNAとして血が通っていなくとも「イエ」に入ることがありますよね。だから、「イエ」という一つの“フィクション”を作り上げ、それを守ってきたのが日本だと言えます。一方で中国などでは、血縁を重視しているわけですから。
大室正志(おおむろ・まさし)/産業医
2005年産業医科大学医学部医学科卒業。専門は産業医学実務。ジョンソン・エンド・ジョンソン統括産業医を経て現在は同友会春日クリニック 産業保健部門 産業医。メンタルヘルス対策、インフルエンザ対策、放射線管理など企業における健康リスク低減に従事。
佐々木 「イエ」と「ムラ」の議論は面白いですね。最近、村上泰亮らの『文明としてのイエ社会』を読み返したのですが、彼らの言う「イエ」とは、閉鎖的のように聞こえますが、「ムラ」よりも断然開かれています。
とたえば、養子をとって外部の血を入れたりしていますから、「イエ」というのはけっこうオープンなものなんですよね。
大室 日本では個人よりも「イエ」を重んじる風潮があって、今でも地方の老舗企業の御曹司などに顕著ですが、自分のことを「イエ」を守るためのバトンを渡す存在としてみますよね。
お見合いと恋愛
佐々木 「イエ」社会の始まりは鎌倉時代の武士だとされています。つまり、「イエ文化」は元々は戦闘のためにできたものです。サバイバルのために生まれたので、内向きではなく、むしろ「野蛮」なところがあります。
だからそれは、「ムラ社会的なもの」とは違うのです。『文明としてのイエ社会』でも、「イエ社会」と「ムラ社会」は対比して語られていて、ムラ社会は農民から生まれた全会一致の形式ですね。
大室 夜這いなんかもあって誰の子かよくわからないから、村の皆で育てようとする慣習があったんですよね。
そして、明治時代になってから、西洋からの翻訳語で「愛」という言葉ができて、貴族ではない庶民にも現代に近い「恋愛」の概念が生まれました。
その中で、かつては家と家のものだった結婚が、徐々に恋愛結婚になっていきました。今は、恋愛せずに結婚したくないという ロマンチックイデオロギーの“呪縛”にとらわれている方が多いとも言えます。
酒井順子さんがこういった方々を当事者目線からあえて自虐的に「負け犬」と呼び流行語になったことも記憶に新しい。
ですが、実際はお見合いのほうが圧倒的に離婚率は低いのです。
佐々木 それは、最初からリアリズムがあるからですか?期待値が低いからですか?
大室 そうですね。恋愛の場合は「ピーク」で結婚するため、あとは落ちるだけだからという説もあります(笑)。
またお見合い婚を選択する方は相対的に「イエ」を継続しようという意識が高い方が多いからかもしれません。
欧米や中国と違う日本の家族制
佐々木 日本2.0時代に生まれた、恋愛をして結婚をするモデルが機能していないからこそ、少子化が起きているのでしょうか?
大室 少子化については構造的な問題もあるかもしれませんね。
ただ、恋愛に関しては、現在歌を聞いていても全部恋愛の歌だったりして、やや「恋愛押し付けモード」シフトですよね。恋愛の背後で、イエを守らないといけないという感じはある気がしますけど。
個人主義の社会であれば、自分が選んだものが第一優先ですよね。だから、しゅうとめが言うことより奥さんを優先しなきゃいけない。
ですが日本の場合は、奥さんはどこまでいっても結局は「他人」だけど、親とは血がつながっていると考えるわけですよね。そこは欧米圏とはだいぶ違う点だと思います。
佐々木 ですが、中国ほどには「家族主義」は強くないのではないですか?
大室 そうですね。日本は中途半端なんですよ。
ただ、中途半端が悪いとも別に思わなくて、その「中途半端さのチューニングバランス」を常に変えていけば、無理に中国式か欧米式の一方に振り切る必要はないと思います。
佐々木 そういう意味では日本はいろいろなやり方が試せて一番楽しいのかもしれませんね。
大室 家族の多様化について述べておくと、フランスでは基本的に、事実婚でも通常の婚姻と同等に近い保証が得られます。
一方で、僕の知り合いのレズビアンのカップルは、彼女らが信頼するゲイの友達に精子をもらい、子どもを産んで育てています。
今後はおそらくこういうことがもっと起きてくるのは間違いないですし、ある程度はそうなるべきだとは思うのですが、人間が頭でわかることと腹落ちすることの間にはタイムラグがあるんですよね。
あまりに急速に進めてしまうと、方向性は良くてもかえって社会的な弊害は大きいのではないかと思います。だから、個人的にはこういう動きは段階的に進めていくべきだと思っています。
“童貞感”がはやる理由
佐々木 なるほど。恋愛に話を戻すと、今はそんなに「恋愛しなくては」という強迫観念があるのでしょうか? 
最近、「君の名は。」のプロデューサーである川村元気さんにインタビューしたのですが、恋愛の本を出すに際して100人の女性に徹底的にリサーチして書いたそうです。
すると、100人中恋愛している人は1割程度しかいなかったそうですが、みんな恋愛したくてしょうがないと言っていたそうなのです。
結局、今の30代は男女ともに、みんな恋愛がしたくてもできない状況にあるのでしょうか? だからこそ、『君の名は。』のような恋愛ものがヒットしているのでしょうか?
大室 『君の名は。』は本当によくできた映画だと思うんですが、僕の隣の席に明らかに新海誠監督の大ファンっていう雰囲気のオタク2人が座ってて、周りのカップルたちが「よかったね」とか言っている間にオタクが2人静かに「これは……、売れますな……」って言っていました(笑)。
「僕らが好きだった“童貞感”あふれる新海がどこかへ行ってしまった! リア充の世界に行ってしまった!」って言って(笑)。
佐々木 テレビドラマの「逃げるは恥だが役に立つ(逃げ恥)」も童貞の話でしたよね。今、童貞がはやってるんですかね(笑)。
大室 童貞ははやっていない。“童貞感”がはやっているのですよ。
佐々木 “童貞感”がはやるのはなぜですか? みんな恋愛ができなくなっているからでしょうか?
大室 もともと、恋愛ができない人たちの潜在需要は日本の世の中では非常に多かったと思います。
「結婚するべきだ」と圧力が強かった時代は、おせっかいな親戚のオバサンなどが恋愛という種目が苦手な方にも相手を紹介してくれたりました。
ただ、最近では恋愛市場の規制緩和によりお見合いが減り、結婚も自己責任の時代になった。新自由恋愛主義の中で恋愛弱者として童貞感あふれる方々が増加したということはあるかもしれません。
一方では月9みたいにキムタクがイチャコラやってる世界観があるわけですが、それを現実に合わせてきた感じがしますね。
佐々木 じゃあ、「恋愛のインフレ」がやっと終わったところなのでしょうかね。
昔は、映画は石原裕次郎のような「理想的なもの」を見せて“うっとり感”を与えてくれるものだったわけですが、それがもっと現実レベルの“共感”というか、「わかるわかる」の方向に移ってきた気がします。
ファッション業界でも日常には着れないモード服のコレクションをうっとり眺める方向から等身大モデルが等身大の洋服を着て闊歩する東京ガールズコレクションが一大ブームになりましたが、そのようなリアルクローズ重視の動きとも無関係ではない気がします。
タモリの名言
佐々木 恋愛がバブルだったとしたら、これからの恋愛はみんなが追い求めるものではなくて、嗜好品のようになるのでしょうか。
家族の方も、極端に言うと、精子を買ってきて子どもをつくるというやり方も広がって、子どもを持つことと恋愛が分離されたものになっていくのでしょうか。
大室 僕は、極論を言えば恋愛と家族は別のものだと思います。
佐々木 恋愛と家族が分離する、それは大きい変化ですね。
大室 ただ西洋型では、愛がなくなったときが家族が終わるときです。しかし、これは日本人にはあまり合わないのではないかと思うのです。
佐々木 なぜそう思いますか?
大室 その是非はさておき現実レベルの話をすると日本人は皆が皆イタリア人みたいに「アモーレアモーレ」とか言うのは得意ではないと思うんですよ。
第1回でも指摘したように、日本人は基本的に不安が強い民族ですから、あまり恋愛体質ではないと思うのです。簡単にすぐ燃え盛るような恋なんて、そうそうできません(あくまで傾向性の話です)。
佐々木 今の時代では、投資や転職よりリスクが高いのが恋愛ですもんね。
やはり不安が強い国民性の観点からも、恋愛は家族と分離するべきなのでしょうか?
大室 1980年代にタモリさんが、「家庭に仕事とセックスは持ち込まない」っていう言葉をよく言っていましたが、結婚すると日本人はセックスレスになりやすいんですよね。
佐々木 それはなぜなのでしょうか。
大室 やはり家族になるからじゃないでしょうか。「他人」として見ているから、ヨーロッパでは結婚してもセックスしやすいわけです。
石田純一の間違い
佐々木 それはおもしろいですね。なぜ日本では会社でも何でも「家族」になってしまうのでしょうか? やはり家族になるのがうまいからですかね。
大室 生物学的に言うと、人間はもともと基本的に家族のように近すぎる存在になると性欲が湧かないようにできているのです。
実際幼少期を一緒に過ごした男女は大人になって性欲を持つことが少なく、結婚しても離婚率が高いという報告もあります。つまり『タッチ」は極めてまれなケースなわけです(笑)。
これは近親相姦を防ぐためというメカニズムで説明されるのでしょうが、この辺りは複雑でして数年後には違った説が出ているかもしれませんが。
例えていうと、飛行機は一度離陸してからはずっと降下し続けています。落下時にエンジンをつけることで落下スピードを調整して飛んでいるように見えているのですよね。
それと同じように人間の性欲だって、一緒にいる人に対しては大抵は落ち続けるのが自然なはずなのに、そこを“ジェットエンジン”でやろうとするから、海外ではよくわからない「道具」がたくさん売られているわけですよ。
ドイツでは空港にさえ売っていますからね。キューブリック映画の『アイズワイドシャット』みたいな話になるわけです。
佐々木 まるで金融政策みたいなものですね(笑)。すると日本は、「バズーカ」が本当は必要なのに、作っていないことが問題なのですか?
大室 昔、石田純一さんが「不倫は文化だ」って言ったじゃないですか。でも、どちらかと言えば「結婚が文化で不倫が本能」ですよね(笑)。
一方「本能に逆らって発展してきたのが人間」という話もあるわけで、都合よく「本能」を持ち出す議論はあまり好きではありません。
人間も生物ですから「動物としてのヒト」を理解するのも悪くない気もします。この辺りの塩梅は難しいですが。
*続きは明日掲載します。
(構成:青葉亮、撮影:竹井俊晴)