働き方改革が生む「サラリーマン格差」

2016/12/26
「働き方改革は、構造改革の柱」
正社員と同じ仕事をする非正規の賃金は「同一の支給をしなければならない」──。
2016年12月20日、政府は「働き方改革実現会議」の第5回会合で、「同一労働同一賃金ガイドライン(指針)案」をまとめた。
また、正社員と同一労働をする非正規には、賞与や通勤費などの手当も支給もすべきとの考えをまとめ、早ければ来年の通常国会で関連法案を提出する構えだ。
「『働き方改革』は第三の矢、構造改革の柱だ」
「働き方改革は、社会問題であるだけではなく、経済問題だ」──。
安倍総理がそんな発言を繰り返すだけあって、矢継ぎ早の改革が進められている。
同一労働同一賃金で格差が固定化
従業員の長時間労働を抑制し、副業も認めて、柔軟な働き方を推進。育児中の女性や高齢者など、これまで社会参加できなかった人たちも労働参加することで、消費を促し、経済を活性化する──。
政府が描く「働き方改革」の青写真は、まるでいいことづくめのように見える。
だが、働き方改革の恩恵を受け、給料・待遇ともに向上する人がいる一方で、そのいずれもが下がると予測される人もいる。その格差はますます拡大すると見るむきもある。
たとえば、冒頭に記した「同一労働同一賃金」だが、正社員の給料はそのままに、非正規の給料を上げると、労働コストが上がるだけだ。そのため、 “抜け道”を画策する企業も多いと見込まれる。
「正社員と非正規の仕事内容を分けてしまえば『違う仕事』だとして、両者の仕事を分離して終わらせようとする企業が多いのが現状だ」と雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏は指摘する。
結局、正社員と非正規の格差は固定化したまま、かえって広がるのではないかとの懸念も生まれている。
正社員間の給料格差も広がると予測する専門家も多い。
政府が、年功要素が未だ色濃く反映された給料体系から、各自の仕事の市場価値と生産性に応じた賃金体系に変えるように、企業に働きかける方針だからだ。
実際、日立製作所や資生堂、パナソニックや、アサヒビールなどの大企業はすでに、仕事の大きさ(ジョブサイズ)を数値化し、管理職や従業員のポストをグレーディング(等級付け)し、それに応じた給料(役割給・職務給)を支払う。
「ミッショングレード」と呼ぶ役割給制度を導入するソフトバンクでは、「40歳前後の社員でも、入社時のグレードから最上位グレードまで、すべての可能性があり得る」(同社広報)と言うほどだ。
熟年ヒラ社員から若手執行役員まで評価は年功序列色がなく、実力次第のソフトバンク Photo by Naoyoshi Goto 
中小企業にしわ寄せ?
「残業ゼロ」を唱える企業や、22時に強制的に消灯するなど、政府の働き方改革の方針に従い長時間労働を是正する会社も増えている。
だが、その時間外労働時間への対応策についても、「企業間格差」が生じると予測される。
働き方革命の旗振り役である経済産業大臣の世耕弘成氏は2016年10月13日に開かれた「働く力再興」シンポジウムにおいて、「企業関係者らの討議では、長時間労働や終身雇用などに代表される日本型雇用システムを見直す時期にあるとの認識を共有した」(日本経済新聞10月13日より)という。
経済産業大臣世耕弘成氏 Photo by Mitsufumi Ikeda
だが、現状の日本の企業の多くが、従業員が長時間働くのを前提に業務プロセスが組まれているため、労働時間を減らそうとすると、短期的には業績が落ちる。
そのため、多くの企業は自社社員の長時間労働を減らしながらも生産性を保つために、下請け会社や関連会社などに、業務を割り振る可能性が出てくる。つまり大手企業が長時間労働を減らすと、一時的にそのしわ寄せが中堅・中小企業に生じる危険性がある。
また、厚生労働省は労働基準監督官(事業所に踏み込み労働基準法などを遵守しているかを監督する公務員)の数を増やして長時間労働の是正を監督する構えだが、その数は「1社のチェックに約20人の監督官が必要で、OB・OGを駆り出しても足りない」(政府関係者)のが実際のところだ。
しかも、労働監督基準官は、メディアがこぞって報道するエポックメイキングな大企業しか狙わないため、中小企業の労働状況は“ブラックボックス化”しやすい。
つまり、大手企業と中小企業に勤める者との間で「労働時間格差」が生じるリスクは多分にある。
22時きっかりに消灯する電通。同社社員によると長時間労働の是正で給料が減り、不満をもらす社員もいるという。 Photo by Tomohiro Osumi
自己啓発格差
長時間労働が勤労者にとって害悪なのは、健康上の問題だけではない。貴重な自己啓発の機会となる余暇の時間を奪われることと同義だ。
組織論の世界的権威であり『ライフシフト──100年時代の人生戦略』の著者であるリンダ・グラットンとアンドリュー・スコットは同書のなかで、「新しい余暇の使い方」を「レクリエーション(娯楽)ではなく、自己のリ・クリエーション(再創造)」と定義付けた。
将来的に人の寿命が伸びて、100年は生きる時代。そのため、「一つの仕事」を終生の仕事にすることは難しい。自分のコアな仕事を拡充する、あるいは抜本的に違う仕事をするなどして、複数の仕事をしない限り、老後の心配なく生き抜くことができない──。
となると、我々には今後、一つの仕事をしながら、それと同時に次の仕事を模索する「生涯学習」が求められている。
ここ日本でも、加藤勝信働き方改革担当大臣は、2016年10月21日の衆議院内閣委員会で「(長時間労働の是正により)自由な時間が出てまいりますから、それによって自己啓発をしていくことで、生産性の向上にも通じていく」と発言している。
つまり、余暇の時間に自己啓発をすることで、日進月歩で技術革新する時代のなか、スキルの陳腐化を防ぎ、将来を生き抜く術や力を蓄えられる、というわけだ。
政府がサラリーマンの副業を推進
経済産業省は、「働き方改革」推進の一環として、「雇用関係によらない働き方に関する研究会」を設置している。
同省の世耕弘成大臣は「従来の日本型雇用システム一本やりだけではなく、兼業、副業、フリーランサーのような働き手一人ひとりの能力を柔軟な働き方で引き出していくということが重要」と2016年10月20日の経産省での意見交換会で発言した。
要するに、政府は今、サラリーマンの副業を推進しているといっていい。
実際、ロート製薬やリクルートホールディングスのように、上長の承認があれば副業を認める大手企業も登場し始めている。
ロート製薬の場合、業種の関係で、社員の多くは薬剤師の資格を持つ。そのため、ドラッグストアなどで割高な副業を得やすい。リクルートも、多くのOB・OGが独立し活躍していることなどから、人脈を介して、副業しやすいのではないか。
「週休3日制」を視野に入れるヤフーでも、「休みの日は違う事業をするなり、勉強するなり、ある程度自由度があるほうが優秀な人に来てもらいやすい」(本間浩輔上級執行役員)と副業を認めている。本間氏の発言を深読みすると、優秀な人だからこそ、副業を見つけやすいとも言える。
ヤフー上級執行役員の本間浩輔氏。
前出の海老原氏も「給料の時給の25%増しである残業代以上に稼げるほどの腕がある人がそれほどいるのか疑問だ」と指摘する。
副業が増える時代になると、難易度の高いスキルを有する人かどうかで「副業格差」が広がることは想像に難くない。
日本型雇用は滅びる
安倍総理は、2016年11月28日、参議院本会議において「子育てと仕事の両立に向け、(中略)ライフスタイルに合わせた多様な働き方が選択できるようにしていきます」と明言したが、現状では在宅勤務や短時間勤務など「柔軟な働き方」を認める会社は、IT投資などの資金や経営に余裕がある大手企業に限定されがちだ。
その大手企業でも、今後は「三顧の礼」で迎え入れたい人とそうではない人との間で待遇を変える企業が増えるだろう。
「週休3日制」を検討するヤフーが、本特集第1回「【直撃】ヤフー「週休3日」でも給料が上がる人、下がる人」で、週休3日で働く時間が減った分だけ給料が減る人と、据え置き、もしくは貢献に応じて上がる人の2パターンを用意すると示唆していることからも、そんな未来が窺える。
そもそも、働き方改革を推進する経済産業省は、年功序列、終身雇用をベースとした日本型雇用システムはすでに現状の日本経済と軋みが生じているとして、欧米型の個人の市場価値と生産性に応じた雇用システムへの移行を推進している。
ということは、「働き方改革」が進展すればするほど、給料、待遇、働き方などあらゆる要素において、「個人の市場価値の高い人と低い人」との間で「大格差」が生じるのではないか。
本特集では、働き方革命の進展で進むであろう、「賃金格差」「働き方格差」そして「育成格差」などの本質について、20社以上の企業取材を通して、掘り下げていく。
(図表作成:青葉亮)