【世耕・経産大臣】ロシアは日本企業のフロンティアだ

2016/10/23

8つのプランを選んだ理由

――日露経済交流のためのプランとして、以下の8項目が挙げられています。この中で、特に両国にとってインパクトが大きい、優先順位が高いと考えるものはどれですか。
*(1)健康寿命の伸長(2)快適・清潔で住みやすく,活動しやすい都市作り(3)中小企業交流・協力の抜本的拡大(4)エネルギー(5)ロシアの産業多様化・生産性向上(6)極東の産業振興・輸出基地化(7)先端技術協力(8)人的交流の抜本的拡大
まず考え方を説明すると、これまでロシア経済というと、つねに資源が中心でした。
今回8つの項目の中には、当然エネルギーも入れていますが、われわれが非常に重視したのは、ロシアが持っている問題意識、プーチン大統領だけではなく、ロシア国民も感じているような問題意識に応える中身でないとダメだということです。
その点をすごく意識して8つの協力プランをつくりました。
具体的には、国民の生活向上につながるような案件、その意味では都市環境整備や住宅の整備が大きいと思います。
加えて、極東の人口がどんどん減っていることにロシア側は非常に危機感を持っています。今600万人程度まで人口が減っている中で、極東にちゃんと人が住めるようにする、仕事をつくる、産業をつくることを非常に重視してメニューに入れました。
――都市づくり、生活を豊かにするという文脈で日本はどんな貢献ができると考えていますか。
まだ確定的なものはないですが、プーチン大統領に対してソチの首脳会談のときに示したもののひとつは、ゴミ焼却炉です。
今のロシアは、非常に古くて処理能力の低いゴミ焼却炉を使っており、ゴミ処理が十分に進まないという状況です。
しかし、日本の焼却炉技術を使えば、非常にクリーンに大量のゴミを処理することができますし、そこから発生する熱を使って温水プールや暖房にも活用できます。
――東芝と日本郵便がロシア郵便と連携し、配達の日数短縮などを目指すという話も出ています。
これは8つのプランが出てくる前から進行している話です。
日本は異常に正確に郵便が届きますが、ロシアは誤配や紛失が結構多い。そして、配達にすごく時間がかかるという問題点もロシアの報道で指摘されていました。
ここに日本の郵便の仕分けの技術などを入れていくと、郵便の状況の改善に役立つのではないかということで、われわれのほうからロシア側に話をしました。

シベリア鉄道延伸はありうるか

――極東の開発と関連して、三井物産が国際協力銀行(JBIC)とともにロシアの国営電力大手ルスギドロの発行済み株式の約5%を取得すると報じられています。ロシアの極東開発はやはりエネルギー案件が中心になりますか。
エネルギーも1つではありますが、われわれはロシア国民の生活環境の改善、雇用の創出を重視しています。
たとえば農業です。
極東でも温暖化によって農業の適地になってきているところがだんだん増えてきています。そういう場所で日本のレベルの高い農業技術を入れてもらって農業をやる。
既に日揮が(ハバロフスクで)野菜温室の建設を進めていますし、それをさらに拡張するという話も出てきています。いろんな切り口でやっていけると思っています。
日本の農業技術は高いですし、シベリアには場所が死ぬほどあります。この2つを組み合わせると、たいへん大きなビジネスチャンスがあると思っています。
――日ロの大型プロジェクトとして、サハリン(樺太)から北海道を結ぶ「シベリア鉄道」、サハリンと北海道を海底ケーブルでつなぎ、日本に電力を供給する「エネルギー・ブリッジ」、サハリンから東京湾までガスパイプラインを敷設する「パイプライン構想」がメディアを賑わせています。これらは実現性があるのでしょうか。
フィージビリティ、本当に成り立つのかをよくチェックしなければいけないという段階だと思います。
鉄道はなかなか大変な話ですし、エネルギー・ブリッジだって大変な話。そこをよく勉強していくという段階だと思います。今新聞各社は焦っていて、ちょっとでも検討していると記事に書きますから。
――3つのプロジェクトの中では、パイプラインがもっとも実現性が高いように思うのですが。
いろいろ議論はされていますが、それもこれから検討していくことになると思います。
――検討に当たっては、経済的なリターンをもっとも重視しますか。それとも、安全保障面を重視しますか。
いずれにしても、まだそれは勉強中です。

中小企業を重視する理由

—−—−連携プランの中に、「中小企業交流・協力の抜本的拡大」が含まれていますが、なぜあえて中小企業にフォーカスするのでしょうか。
まず1つは、ロシア側も製造業のサプライチェーンをつくりたいと思っています。
ロシアに限らず、日本が完成している製造業のサプライチェーンはすごい、ぜひ日本の中小企業から学ばせてほしい、日本の中小企業に進出してきてほしいという国は結構あります。ロシア側もその一環で言っているのだと思います。
今年9月には、私とウリュカエフ経済発展大臣の間で、中小企業がロシアでビジネスを行うためのプラットフォームをつくる覚書を交わしました。
日本の中小企業もロシアでの仕事に非常に関心があります。場所もたくさんあるし、おもしろいかもしれないとみんな思っているわけです。既に自動車ではトヨタも進出しています。
一方で、中小企業のみなさんは、「ロシアはすごく難しいのではないか」「法律がよくわからない」「ロシア語がよくわからない」「急に制度が変わるのではないか」といった不安も抱いています。
そういった中小企業の不安や、進出後に起こったトラブルを解決するためのプラットフォームをつくることによって、中小企業の皆さんの進出のハードルを下げようと思っています。ロシアで一発ちょっと勝負してみるかという中小企業がロシアにどんどん進出してもらえるようにやっていきたいと思っています。
——ビジネス関係を深めるためには、人のネットワークが密になる必要があります。連携プランには、「人的交流の拡大」も含まれていますが、この具体策はビザ緩和などですか。
いろいろあります。
ビザを緩和して観光客を増やすというのは、首脳間でもかなり議論されている話ですから、この協力プランの議論の中で成果を出していきたいと思っています。
大学の人的な交流も交渉の中で一気に拡張していきたいと思います。今でも東大とモスクワ大学は結構交流していますし、東海大もそうです。ほかに柔道・空手の交流もかなりありますが、それをもっと強化していくということです。
あとはやっぱり産業人材です。特にロシア側の人材育成のお手伝いも視野に入れています。
――ロシアはテクノロジー、とくに、ソフトウェア開発に強い人材が多いと言われます。
ロシアはソフトウェアだけではなく、たとえば宇宙の技術や原子力関係の技術でも日本より進んでいる部分があります。
しかし当然日本のほうが進んでいる分野もたくさんありますので、ぜひWin-Winでやっていきたいと思っています。
今回のロシア経済協力プランの一番大きなポイントは、日本が一方的にあげるとか買うという話ではなくて、お互いに強いところを出し合って、Win-Winの関係をつくっていくということです。まさに先端技術はそういう分野だと思います。

北方領土交渉との関係

――一般の日本人ビジネスパーソンからすると、ロシアでは本当に市場経済が機能しているのか、法の支配が機能しているのかという不安があります。
経済界がそういう不安を感じることは十分わかっています。だからこそ、政府間の合意をバックにやることが重要だと思っています。
海外でのビジネスですから、国内よりはいくつかのリスクはあるかもしれませんが、なるべくそのリスクを解決する手段というのはつくっておきたいと思います。
日ロ経済協力には、産業界も非常に注目してくれています。
今は各プロジェクトを精査して、ロシア側と調整を進めている段階ですが、民間企業から大変な熱意を感じます。政府に言われて無理やりという感じでは全然なくて、ともかくわっと手が挙がっているという状況です。
ロシアは日本企業にとってはフロンティアです。
これだけ人口のある大国がこれだけの近距離にあるのに、日本企業のプレゼンスは他の国に比べて圧倒的に低い。まだまだ伸びしろのあるマーケットとして日本企業にはもっと注目してほしいと思います。
――今回の経済協力は、北方領土の交渉のためのバーター的なものではなく、それが必要だからやっているということですか。
私はそのつもりでやっています。経済協力だけで、当然日本にとっても大きなメリットのある話として私は取り組んでいます。
ただ完全に切り離してというわけではなくて、この経済プロジェクトが順調に進むことによって、両首脳あるいは外務省間の平和条約交渉が円滑に進む環境が整えられればなという思いはあります。

ものすごいポテンシャル

――世耕大臣とロシアとのつながりは深いのですか。
私は11年前からロシアとの若手の国会議員交流をずっとやってきました。
たぶん毎年ロシアに行っていたのは私だけだと思います。私がロシアに通ったり、逆にロシアの国会議員を外務省の招聘予算を使って呼んで東京で会ったりというのをずっと頻繁に繰り返してきました。
そうして、ロシアの土地勘ができて、人脈もいくつかできて、情報も入ってくるようになりました。
ただ、当時付き合っていた統一ロシアの国会議員はほとんどが落選してしまいました。
――世耕大臣のロシアに対する思い入れというのは、どこから生じているのでしょうか。
私の関心は以前から経済です。
日本はロシアというこれだけの大国とこの程度の経済交流しかない。お互い連携を強めれば、経済的にも技術的にも相互補完性のあるところがたくさんあるので、ものすごいポテンシャルがあるという思いで最初から取り組んできました。
――ロシア側の熱意も強く感じますか。西側の制裁もありロシアも苦しんでいる中で、相互補完関係がある日本との関係を深められるのは、ロシアにとっても非常にメリットが大きいのではないかと思いますが。
制裁とも関係なく、以前からロシア側もそうした意識を強く持っていました。
プーチン大統領も安倍総理との首脳会談では、常に貿易額、投資額を出してくるのです。
「まだこんなレベルに留まっている。このことは問題とは思わないか」というところからプーチン大統領はいつも話を始めます。
日ロはこれまで平和条約が締結できてないこともあって、経済に関して真剣に向き合ってこなかった。しかし、いざ向き合ったら、すごく伸ばせるはずです。

プーチンは数字が好き

――プーチン大統領と何度か会って、どういう人物だという印象を持っていますか?
すごく実務的なところと、すごく浪花節的なところが混在している人物だと思います。
すごく数字は大好きです。「このプロジェクトがこう進んでいます」といった話になってくると、「うんうん」という感じになります。
首脳会談では、プーチン大統領側からも「こんなプロジェクトはどうか」といったことも言ってきました。そういう極めてビジネスライク、実務的な感じがあります。
一方で、たとえば安倍総理が約束を守る人かどうか、をすごく気にしている感じもします。そして、14回も首脳会談を行っていく中で、安倍総理を個人的にもすごく信頼するようになっていきました。そういう感じの人だと思います。
――日本で伝えられているプーチン像は、強権的な独裁者という印象が強いですが。
まあ、そういう面もあるのでしょう。やっぱり、あれだけの大きな国を押さえているわけですから。
ただそれだけではなくて、非常に実務的に数字が好きというところと、浪花節的なところがあります。
今年5月の日ロ首脳会談に、安倍首相がプーチン大統領との約束を守ってソチに来てくれた。G7の一員としてはなかなか立場的に難しいところもあったのに、ちゃんと来てくれた。そういうところはすごく評価するタイプの人です。
――経済に対する関心や知識もかなり高い印象ですか。
高いと見ました。国内の経済状況や都市環境の整備状況といった個々の情報が全部頭に入っている感じです。
――今後のスケジュールについて教えてください。11月のペルーのAPEC、そして、ロシア訪問で経済連携について最終的な中身を詰めて、12月の山口の首脳会談で最終承認するという流れですか。
経済プランについても、最終的にきちっとした形で確定するのは山口だと思います。
まず10月いっぱいでなんとか今事務方がやっている作業を完了させて、私が点検をする。それを持って私は国会情勢が許せば、国会の承認をいただければ、モスクワへ飛んで相手側のカウンターパートと話し合いをします。
そこでまたいろいろ課題や、調整が必要な部分が出てくるでしょうから、それをお互いに持ち帰って整理をして、できればペルーの首脳会談の少し前に、両国の閣僚同士でもう一度最終的な確認をして、ペルーで両首脳に進捗状況を報告する。
それを両首脳はよく見て、最終的に山口で確定させていくという感じだと思います。
――歴史的な交渉を前にして、リーダーとして今どんな気分ですか。
主役は安倍総理であって、私はサポート役です。それは政治家冥利に尽きる、非常にやりがいのある仕事だと思っています。
安倍総理だけではなくて、プーチン大統領からも「政治基盤の強い自分たちの間で解決をしたい」という思いをすごく感じています。
(聞き手:佐々木紀彦、撮影:池田光史)