外科医ピッカー・小林裕之さん「NPはココロの栄養ドリンク」

2016/10/8
NewsPicksで活躍する一般ピッカーさんをご紹介する本連載。9人目は、神戸市内の病院で外科医をされている 小林裕之さんです。
「これから当直です」という早朝に、電話インタビューに応じてくださいました。
佐山展生さんの連載 「「ハートのある」キャリア相談」がきっかけで、NewsPicksを使い始めた、という小林さん。
激務の合間の限られた時間に、小林さんがNewsPicksでコメントを続ける理由、そして現役の医師にとってのストレス解消の秘訣もうかがいました。

医師の立場からの「アウトプット」

——おくすり手帳や、高額医療費制度など、小林さんは現場の医師の立場からコメントくださっています。どんなことを意識して書かれていますか?
NewsPicksは面白いコメントを書いてくださる方が多数いらっしゃるので、そのお返しをするつもりで書いています。誰かの役に立てばいいなと、皆さんの関心が高そうなニュースに、優先的にコメントしようと心がけています。
高額療養費の話は、病院によっては案内しないところも多々あると聞きます。制度のことを書けば、皆さんが費用面で感じている不安の解消に役に立つかもしれないと思い、コメントしてみました。
それから、 タバコのこと。長年の喫煙の結果で肺を悪くされ、苦労されている患者さんをずっと診ておりますので、百害あって一利なしだと警鐘を鳴らしてみようか、と。
——小林さんは以前コメント欄で、「自分の頭で考えることの大切さ」について書かれていました。コメントすることは、ご自身の考えを深めるのに役立っていますか。
条件反射でパッと書きなぐるよりも、ちょっと考えてからアウトプットするほうが、よりよいコメントが書けると感じます。コメントを投稿し、自分で読み返してみてから、さらに書き直すこともあります。
というのも、何か情報をインプットしたとき、すぐに頭に浮かんだことが、単なる条件反射なのか、本当に自分の考えなのか、分からないことも多いと思うんです。
小林裕之(こばやし ひろゆき)
香川医科大学平成3年卒。香川医大麻酔・救急医学講座、武蔵野赤十字病院外科、京都大学腫瘍外科などを経て、現在は、神戸市内にある市民病院で消化器外科、食道外科、内視鏡外科を専門とする。資格は、日本消化器外科学会専門医・指導医、食道外科専門医、内視鏡外科技術認定、京都大学医学博士など。
——医師にとっての「アウトプット」には、どんなものがあるのでしょうか。
学会発表と論文の執筆、この二つが大きいですね。
日本の医学界でも、特に大学の医局では、研究や論文の発表が業績的な意味合いで重視されているところもあります。私は出世には興味がないので(笑)、研究や臨床の現場経験から、医学界全体の役に立つと思ったことを、コツコツ発表していこうと思っています。
インプットをただ溜め込むだけでは、成長にはつながりにくい。論文を書き、学会の発表資料を作ることで、頭も整理されますから、アウトプットするのは大事ですね。
NewsPicksのコメント欄で意見を公にするのも、自分にとってはその延長にあるものだと捉えています。
——患者さんの診察や手術といった日々のタスクがあるなかで、さらに研究内容を発表していく。ビジネスパーソンの業務に置き換えて考えてみても、大変なことだと感じます。
大学のなかにいれば出世したいとか、別のモチベーションが働くかもしれないですが、医師が論文などのアウトプットをしたからといって、収入が大きく増えることはありません。発表することで得られるメリットを重視すると、割に合わなくて続かないかもしれません。
ちょっとカッコつけた言い方かもしれないですが、医者を続けているのは「誰かの役に立ちたい」という思いからなんですよね。目の前の患者さんの治療をすること以外に、自分の経験や研究結果が役に立てば、さらに嬉しい。私自身はそれをモチベーションに続けています。
「米国外科学会(American College of Surgeons)で発表した時の写真です。ACSは、外科系学会として規模は世界一とされている学会で、慣れない英語での発表にかなり緊張しました。(小林さん)」

医師は世間知らず?

——冒頭で「NewsPicksは面白いコメントが多い」との言葉がありましたが、小林さんが感じられる「面白さ」とは何ですか。
自分とは正反対の意見など、いろんな方の意見に触れられるのが面白さだと思いますね。
医師の世界は狭いので、ほっておくと世間知らずになってしまいます。カテゴリによっては、私の知識や経験からでは何のことか、意味合いが分からないニュースもあります。
記事を読むだけでは、頭に入ってこない。それに対して、NewsPicksのコメント欄には解説をまじえたコメントや、賛成や反対の意見が読めますから、私でも記事をさまざまな角度から理解できます。興味深いコメントを書いてくださる方を見つけては、フォローさせてもらっています。
NewsPicksでは、あえて自分の世界からは縁遠い、 ビジネス関連のカテゴリをよく読みます。自分とはまったく違う世界の話なので、面白いですね。

医学の道を目指した理由

——小林さんが医学の道を選ばれたきっかけを教えてください。
医者になってほしいと直接言われたことはありませんでしたが、母の薦めが大きかったと言えそうです。
父に苦労をさせられた母は、私と兄を一人で育てる中で、開業医をしていた伯父のことを頼りにしていました。その伯父のように医学の道に進めば、息子の将来も安定するのではないか、と母が感じているような気がしました。
私としては、収益を重視するよりも、世の中の役に立つという指標で、職人的に自分を極めていける仕事に興味がありました。職業の分類上は、医師は大工や料理人に近い感覚でしたね。
未だに精神的にも体力的にもキツいときは、もう少し楽な仕事はないかな、などと思うことがあります。それでも総じていえば、研修医の時代から感じていた、役立つ喜びをやりがいに続けています。

外科医として技を磨き続けたい

——消化器系の外科の面白さ、追求しがいがある点とは?
やはりこれも職人気質なのでしょうか、技術を向上し続けられる点に惹かれたのかもしれません。
研修医の頃に携わっていた麻酔科も、ひととおりの麻酔技術を身につけるには、知識や経験を年単位で習得する必要があります。
外科医なら誰もが同意してくれると思いますが、手術の技術を極めるのには最低でも10年はかかる。そして、現役でいる間はずっとうまくなり続けられるんです。
外科を選んだのは、技を磨き続ける感覚があるほうが、自分の成長を感じられると思ったのかもしれません。
「手術(腹腔鏡下直腸切除術)をしているときの写真です。やっぱり手術をしているときが一番集中します。(小林さん)」

医師というキャリア

——医学の道に進みたい、または子どもを進ませたいと思っている親に、何かアドバイスはありますか?
我が子を医学部に進学させたい、という気持ちは、私も2人の子の親として、分からなくもありません。この変化の多いご時世に、ある程度の安定が得られるのは、魅力だと思う方も多いでしょう。志願者も増えており、私が進学した時代とは比較にならないほど、医学部進学は難しくなっています。
受験産業の発展という後押しもあり、医学部進学をめざして小学生から準備するご家庭も少なくないと聞きます。私を含め、塾には行ったことがないという学生もレアではなかった時代から考えると、大きな違いを感じますね。
ただ、どう考えても医師はしんどい職業です。それなりの覚悟がないと身体も心も持ちません。成績が良いから進学する学科でないことは確かでしょう。
たとえば米国では、医学を学べるメディカル・スクールは大学院課程ですので、大学卒業まで人生経験を積んでから選択することができます。日本でもこうした制度を導入してもいいのかもしれません。

仕事のストレスをどう解消するか?

——小林さんがお勤めの病院は、救急医療体制が高く評価されていると、ホームページを拝見して知りました。今日はこれから当直だとうかがいましたが、どんなお仕事があるのでしょうか。
救急部といってもいろいろパターンがありますが、私の病院はER型と呼ばれる形式で、専門のERドクターが全ての救急患者の初期診療をしてから、各科の専門医にトリアージ(振り分け)するシステムです。外科医の私は手術が必要な患者さんの対応が主な仕事です。私の勤務する病院が評価されているのは、このシステムでしょう。
また、外科に入院している患者さんへの対応も含まれています。
——24時間勤務されるそうですが、明日はお休みですか?
最近は休めるようになりましたが、少し前までは、24時間の当直勤務の翌日にも、手術の予定が組まれていました。
こうした体制づくりを国が支援する制度ができたため、当直翌日は休めるような方針に変えようとする動きがあります。しかし、人材の確保が必要になりますから、適用できずにいる病院も多いようです。
私が研修医だった頃は、「忙しくて5日帰宅できていない」とボヤいても、「こっちは1ヶ月帰ってないよ」と返してくる先輩がいるほど激務でした。
若い頃に比べればはるかに労働環境が改善されてきたとはいえ、まだまだワークライフバランスからは程遠く、ワークイコールライフです。それを改革していくのもまた、「ベテラン」と呼ばれる自分たち世代の医師が手がけねばならない課題だと感じます。
——それだけの激務で、燃え尽きてしまわないための予防法は?
仕事のストレスは仕事で晴らす他ないでしょうね。
何が一番のストレスかといえば、術後に患者さんの様態が良くならないことなんです。外科医にかぎらず、医師としてはこの無力感が一番こたえます。
その逆に、困難と思われた方が、治療によって回復して退院なさる。それが何よりのストレス解消というか、その喜びがあるから続けられているんだと思います。
——激務の上にストレス解消がないのは、しんどいですね。
そういう観点でいうと、私にとってはNewsPicksで「イノベーターズ・ライフ」など、ビジネスで活躍されている方の連載を読むのが、ストレス解消ともいえそうです。
ちょっと恥ずかしい話ですが、記事や皆さんのコメントを読んでいて「ぐっとくるなあ」と感じた言葉を別途保存していまして、ときどき読み返すことがあります。疲れたときに、栄養ドリンクを飲む感覚に近いのかもしれません。
皆さんの言葉たちによって助けられ、力をいただいているところがあるなと思いますね。

小林さんのオススメピッカー

語尾に「にゃん」が付くだけで、こんなに言葉ってまろやかになるものなのかと感心します。精神科のお医者さんで、コメントの中にも専門性が込められていて勉強になりますね。特に猫好きの方に推薦したいです。
ご自身で事業をされている方のコメントとして、興味深く読んでいます。私のように給料をもらって仕事している者とは違った胆力や責任感があり、言葉に重みがありますよね。
運行管理の仕事をされている気象予報士さん。私には大学生の息子がいまして、航空関係の仕事に就こうと勉強中なこともあり、谷村さんのコメントから私も学ばせていただいています。
「DMM.com=エロ」というイメージしかなかったんですよ。それがあんなに、人間味の溢れる方がやられているなんて驚きでした。ご自身の経験からくる若い人へのメッセージが温かいですよね。年齢を存じ上げませんが、私もあんなオッサンになりたいです。
NewsPicksを使い始めたきっかけは、佐山さんの連載でした。佐山さんにお会いしてみたくて、柄にもなく(笑)オフ会に参加したこともあります。仕事・人生の楽しみ方や、スカイマーク支援などハートのあるファンド運用、いつもブレない発言を尊敬しています。
●小野 編集後記
お話をうかがうほどに、精神的にも身体的にもハードな外科医のお仕事。それを「ワークイコールライフの生き方を選んだのは自分」とさらりとおっしゃる小林さん。病院で患者として接することはあっても、お医者さんの働き方について話を聞く機会はこれまでなかったので、新鮮な体験でした。

「皆さんの言葉たちによって助けられている」。

小林さんの数少ない燃え尽き予防法として、NewsPicksがお役に立てていると聞いて、とても嬉しかったです。誰かの書いてくれた知見から学んだり、頑張ったりする力をもらえることが、このコミュニティの魅力だと感じます。

私自身もまたこの連載を通じて、ポジティブな循環の一部として、少しでもお役に立てたらと願っております。