シン・ゴジラから学ぶべき、日本の5つの「危機」

2016/9/5
※この記事は映画「シン・ゴジラ」の内容に関する描写を含んでいます
8月某日、霞が関近くのカフェで、ある官僚は一息ついて話しだした。
「何か分からないものが、どんどん進行していく。あの時の、何か不穏な、いやな感触がリアルに蘇ってきて、映画館にいながら居てもたってもいられなくなりました」
「あの時の」というのは、もちろん2011年3月11日の東日本大震災と、福島第1原子力発電所の事故のことだ。彼は、当時、菅直人首相をトップとする官邸で職務に当たっていた。
そして、あれから5年を経て、映画「シン・ゴジラ」を鑑賞したのだった。
「後で考えたら、『こうだったな』と思うことはたくさんある。だが、当時は全容が分からないなかでも、国民に説明しないといけない。『これが分からないと判断できない』とは言ってられない中で、何とか最善を尽くそうとしていた感覚が、いやほど思い返された」
もちろん、シン・ゴジラは3.11を描いた映画ではない。
だが、同様の感覚を抱いた官僚や政治家は彼だけではなかった。官邸や、霞が関、永田町など、国の中枢に関わる職務を担う多くの人物が底知れぬリアリティを感じていた。
「シン・ゴジラ」 © 2016 TOHO CO. , LTD.
例えば、映画に登場する官邸地下の危機管理センターに出入りしていた別の官僚は、「センターの緊張した雰囲気が描かれていて、見終わった後は、一仕事を終えた気分でどっと疲れが出た」と打ち明ける。
「“ゴジラ”という壮大な虚構を成立させるには、他のものは極力、現実に則していなくてはいけない」
シン・ゴジラの制作陣が、そう語っているだけあって、日本という国が、巨大災害に対処するための、あらゆる意志決定のプロセスや、場面描写、あらゆるディテールがここまでか、とばかりに“現実”に対応している。
「会議中に、秘書官にまず情報が入ってきてから、大臣にメモを渡すときのタイミングや様子に昔を思い出した」(元首相秘書官)
「3.11の後に、内閣府の地下にできた、被災者生活支援特別対策本部の様子と似ていた。机の上に、「●●班」という紙が立っていて、そこに数人が座る島が出来る様子とか」(元官房副長官秘書官)
「ゴジラをめぐる各省庁のスタンスの描き方が見事だった。特に、危機管理監と、防衛省の責任分担もよく理解されていた」(内閣官房スタッフ)
「総理の執務室の間取りがよくできていて、机の並びから、ソファの生地までそっくりだった」(元官邸勤務の政治家)
もちろん、シン・ゴジラも架空の映画なので、いくら現実に即しているといっても、現実ではあり得ない描写もたくさんあるのは事実だ。
だが、何よりも、政治の根底にある、政治家は危機時にどう動くか、官僚組織がいかに適用できる法律が必要か、など彼らの「行動原理」をリアルに描いていることが、彼らの心を打ったのだという。
「これは、ゴジラ映画というより、政治小説だ」
東京都の小池百合子知事や、民進党の枝野幸男幹事長が、シン・ゴジラへの意見を表明しているように、多くの政界関係者は、そういう視点で見ている。
「シン・ゴジラ」 © 2016 TOHO CO. , LTD
だが、当たり前のことだが、シン・ゴジラは、霞が関や永田町の住民たちだけに向けて作られた映画ではない。
興行収入が53億円を超える大ヒットを記録しているのも、もちろん、それだけ大衆の心を打つ内容であったからだろう。
従来のゴジラファンは当然、総監督を務めた庵野秀明氏のアニメファンに加え、さらに、多くの国民に共感を呼んだことには様々な要因があるはずだ。
それは、ゴジラの伝統に則りつつ美しく精緻に造られたゴジラ自体かもしれないし、異例の328人に及ぶキャストかもしれないし、現実との虚構を行き来するいくつもの伏線やが張り巡らされたストーリーや、過去の名作群へのオマージュかもしれない。
それでも、やはりその根底には、この映画が描く徹底した「リアリティ」があるのではないか。
政界関係者にかぎらず、一般国民からみても、「日本にゴジラのような想定外の事象がやってきた場合に、恐らく、日本はこう振る舞うのではないか」という説得力があったというのは大きな要素なはずだ。それは、諦観と、期待の両方で。
「シン・ゴジラを見て驚かなかったのは、日本人が外交シミュレーションをすると、映画の中の政権と全く同じ結末を迎えるから。自分たちがやってきたことが映画になったような感覚さえ持ってしまいました」
外交・安全保障問題について、民間企業や官公庁などとともに、精緻な危機シミュレーションを実施しているキヤノングローバル戦略研究所の宮家邦彦教授はこう指摘する。
それだけリアルだからこそ、映画を見た読者はこう思ったはずだ。現実の日本政府は、ゴジラのようなあらゆる「危機」にきちんと対応できるのだろうかーー、と。
それはひいては、シン・ゴジラという壮大な「虚構」から、「現実」の諸問題について、きちんと検証していくことにつながるはずだ。
本日から7日連続で掲載する特集では、ゴジラが象徴し得る「危機」に、日本が対処できるのか、を描いていく。
すでに安全保障問題として、年中報道がある尖閣諸島を始めとする中国との関係からサイバーセキュリティの現状、今後発生が指摘される首都直下型地震や、財政破綻に原発まで、大きく分けて5つのトピックを題材にしていく。
まず第1回は、防衛省長官や防衛大臣を歴任し、今も政界の中心で活躍する石破茂・衆院議員に、「ゴジラのような有事が発生した場合に、国家のトップに求められる資質」を題材に直撃した。
インタビューでは、映画のシン・ゴジラの読み解き方だけでなく、「危機管理屋」を自認する石破氏が認識する、現実の日本の危機や、それに対する法的な対処法、また日本の危機を考える上で重要な書籍や映画をも紹介している。
第2回では、先日も250隻とも言われる中国漁船が接続水域に侵入したことでも報道された尖閣諸島をめぐる問題について、検証する。防衛省関係者などへの取材を通して、今後起こり得るシナリオを描く。
第3回では、内閣官房の関係者が「ゴジラより怖い」と打ち明けるサイバーセキュリティの問題について、検証する。
サイバーテロは、かつてのいたずらや経済犯罪だけでなく、国家間の「戦争」にもすでに組み込まれる時代になっている。「サイバーゴジラ」の本当の脅威とは。
第4回では、徹底的にリアルに描かれている「シン・ゴジラ」を通して、現実の権力中枢である「官邸」について学ぶインフォグラフィックを掲載する。現実の官邸、特に政治家と官僚の役割を知ることは、映画を見る上でも、新たな気付きを得られるはずだ。
第5回は、「首都直下型地震」という名の“ゴジラ”が襲来したとき、どのような対応が必要になるのか。映画中の状況と比較しながら、危機管理を考えていく。
第6回は、シン・ゴジラの映画中で、多くの視聴者に印象を残した登場人物である、環境省野生生物対策課課長補佐にフォーカスする。課の名前だけでは、想像できない、実際の野生生物対策課が担う大きな職務とは?
そして特集の最後は、民主党政権下で、当時官邸内で東日本大震災を経験した民進党の細野豪志氏と、小説家で震災や原発を描いてきた真山仁氏の対談を予定している。原発や震災と、シン・ゴジラから得られる学びについて、徹底討論する。
シン・ゴジラは見た人たちが、その内容について、議論したくなる映画だと、誰もが口をそろえる。それだけに、この映画が象徴する幾多の事象から、現実に我々が学べる事柄は決して少なくないはずだ。また、逆にこの特集を踏まえて、映画を見ることで、新たな気付きもあれば幸いだ。
(バナー写真:「シン・ゴジラ」©2016 TOHO CO. , LTD.)