起業QA.001

第14回:ベンチャーキャピタリストだけど質問ある?

エンジニアと、開発の優先順位をどう合意すればいいですか?

2016/4/14
今、最も注目されるベンチャーキャピタリスト・高宮慎一氏と、十数年のアップルでのビジネス経験を経てIoTサービス「まごチャンネル」をスタートさせた梶原健司氏が本音で語り合う大好評連載です。第11回から、ゲストとしてメイクアップアプリを運営するMAKEYのCEO、中村秀樹氏をゲストに迎えています。今回のテーマは「サービス開発における優先順位」です。非エンジニアの起業家は、どのようにしてエンジニアとサービスの開発について意志をそろえていくべきなのでしょうか。
※本記事の取材は2015年11月に行われました。文中の情報はすべて当時のものです。

サービス開発について、エンジニアと意見が違ったら?

中村:もう1つ、優先順位に関するお話をお聞きしたいです。「サービスを開発するうえでの優先順位」についてです。

僕らの場合、iOSアプリを開発しているエンジニアは1人です。といったときに、結局彼が納得できないと、サービスが進まないということでいいのか? 

サービスの姿が、僕らが思っている状態にならなくてよいのか? という悩みがあります。

梶原:あぁ、私も非エンジニアの経営者なので共感します(笑)。

高宮:ちなみにその開発者は4人の取締役とは別の方ですか?

中村:いえ。取締役の1人です。

高宮:であれば、比較的、問題は複雑じゃないかもしれません。というのは、この問題って、「会社の事業をどう伸ばしていくか」と「開発する人の職人的なモノづくりへのこだわり」が対立しちゃったときに起きるものだからです。

中村:おっしゃる通りだと思います。

高宮:開発の責任者と今、意見が違っているとしても、その方が取締役の場合、事業を成長させるというゴールに対して、全社目線で見たときの会社の優先順位はどうなのか、というのをしっかり議論して納得が得られれば、一気に開発につながるはずですよね。

中村:そうですね。

高宮:ただ、「あるある」で厄介なのが、意見の相違があるのが、取締役じゃなくてエース級のモノづくり職のような人だったときです。

そういう人が、全社目線やビジネス側から来る要請の理解が不足していたり、職人としての自己満足や過剰品質的な嗜好を優先して開発方針を主張するときはより問題です。

プロダクトを開発する現場のエースと企業としての戦略が整合していない、経営の考えていることがきっちり現場に浸透していないということですから。

もしそうだった場合には、プロダクト管掌の経営レベルの人が、あくまでも全社の事業を伸ばすという最優先の事項から考えると、こういう経営としての優先順位なんだよっていうのを、しっかりモノづくりの人の言葉に翻訳してあげて、コミュニケーションすることが重要となるでしょう。

そこがたぶん、チーフ・プロダクト・オフィサーなり、チーフ・テクノロジー・オフィサーなりの経営者としての役割の1つです。

今後メンバーが増えていって、現場で全社的視点やビジネス的視点は薄いけど、コーディングはめちゃくちゃ速いみたいなスーパーエンジニアが出てきたときには、そのスーパーエンジニアにも経営としての優先順位を腹落ちさせなきゃいけないはずです。

高宮慎一(たかみや・しんいち) 2000年に東京大学経済学部を卒業。同年アーサー・D・リトルに入社し、プロジェクト・リーダーとしてITサービス企業に対する事業戦略、新規事業戦略、イノベーション戦略立案などを主導。2008年にハーバード経営大学院を卒業(2年次優秀賞)。その後、グロービス・キャピタル・パートナーズに参画し、インターネット領域の投資を担当。担当投資先として、アイスタイル、オークファン、カヤック、nanapi、Viibar、ピクスタ、メルカリなど有名・有望ベンチャーが多数ある

高宮慎一(たかみや・しんいち)
2000年に東京大学経済学部を卒業。同年アーサー・D・リトルに入社し、プロジェクト・リーダーとしてITサービス企業に対する事業戦略、新規事業戦略、イノベーション戦略立案などを主導。2008年にハーバード経営大学院を卒業(2年次優秀賞)。その後、グロービス・キャピタル・パートナーズに参画し、インターネット領域の投資を担当。担当投資先として、アイスタイル、オークファン、カヤック、nanapi、Viibar、ピクスタ、メルカリなど有名・有望ベンチャーが多数ある

梶原:MAKEYの場合、具体的には、どういうところで意見に違いが出たりするんですか?

中村:エンジニアの彼はかなり合理的に考えられる人なので、経営目線で見るとその機能は実装すべき、という話はすんなり納得してくれます。

ただそこから先の細かい内容で、たとえばですが、動画の機能を実装するというのを経営の方向性として合意した後、「コストがかかり過ぎるから、アプリとして実装するのではなくユーチューブに飛ばそう」とか「いや外に飛ばすより、自社アプリ内で行くべき。コストを下げたいから、GIF動画でいいよね」など意見が割れます。

そうすると、次第に仮説の曖昧な実装になっていくんですよね。悪く言えばツギハギというか。動画をやるべきという4人の方向性は同じなんですが……。

梶原:方法論が違っちゃうと。

中村:そうなんですよ。

高宮:そこはまさにモノづくりにおいて、もう最後はエゴイスティックに決めるところです。

つくってユーザーにぶつけてみるまでは、仮説は仮説にしかすぎないので、一番有望そうな仮説をベースにやってみるしかないと思います。

一番有望な仮説に対する自信があまりないのであれば、場合によってはプランBも決めておき、必要ならそちらにも移行できるようなアーキテクチャにしておくのもよいかもしれません。

中村:はい。難しいですが、そうですよね。

高宮:そういった優先順位付けと、その優先順位の確信度みたいなことを経営陣として意思統一しておく必要があります。

ただし合意形成ができず水掛け論になったら、最終的には責任者が決める必要があります。

それは経営陣の中での役割として、代表なのかもしれませんし、プロダクト担当の取締役なのかもしれませんが。

中村:そういうことですね。わかりました。

中村秀樹(なかむら・ひでき) 慶應義塾大学法学部法律学科在学中に起業。それまで、Labit「すごい時間割」、ハウテレビジョン「外資就活ドットコム」でそれぞれインターンとして半年ほど勤務。現在は、MAKEYにて創業メンバー3人と共同生活をしつつサービス開発に専念

中村秀樹(なかむら・ひでき)
慶應義塾大学法学部法律学科在学中に起業。それまで、Labit「すごい時間割」、ハウテレビジョン「外資就活ドットコム」でそれぞれインターンとして半年ほど勤務。現在は、MAKEYにて創業メンバー3人と共同生活をしつつサービス開発に専念

議論の「前提」を共有しよう

梶原:さっきの動画をどう実装するかの話は、もう決められたんですか?

中村:そうですね。ユーチューブに飛ばすかたちであれば実装に時間がかからないという点と、あと、ユーザー、投稿者の満足度を上げられるということで、まず早く動画を実装すべきだという結論に落ち着きました。

リンクを張るだけでユーチューブの動画がきれいに再生される仕様をすぐにつくる。そのうえで、あとからネイティブで動画を、GIF動画なりをつくれるような体制にすると。

でも、そのユーチューブのリンクを実装する期間も、ネイティブの動画のほうに費やして、そちらの実装を早めたほうが結果的にいいんじゃないかっていう意見もあったりします。そこら辺はほんとに難しいです……。

高宮:もう1つコメントするなら、エンジニアの方には理由もしっかり伝えるのはもちろん、その理由の背景にある、「なぜこういう選択をするべきか?」みたいな前提をちゃんと共有するということが大事でしょうね。

中村:理由の背景ですか?

高宮:たとえば、「メイク領域で絶対に動画はくる!」という確信があれば、リンク実験をせず、いきなりアプリにネイティブで実装するという選択もありますよね。

または、「メイク領域の動画はめちゃめちゃ競争が速くて激しいから、リンクでいいから先にやる必要がある」とか。

動画という領域の外部環境の理解によって、ベストと思える選択が変わってくる可能性があるので、「前提」の理解を共有してないと、議論がかみ合わなくなっちゃいますよね。

中村:確かに、そうだったかもしれません。

高宮:あるレイヤーで議論がかみ合わなくなったら、「前提」がかみ合っていない可能性が高いです。まずは「前提」を明示化して、経営チームの中で共有するといいと思います。

中村:なるほど、なるほど。

高宮:ある論点に対して、イエスかノーかで分岐するじゃないですか。

分岐する答えだけだと水掛け論になりかねない、今、ここでなぜそれが2つに分岐するんだっけ? みたいなところから解きほぐしていく。

梶原:今までって、議論がかみ合わなかったら、結論はどうやって決まってました?

梶原健司(かじわら・けんじ) 1999年に上智大学外国語学部卒業。アップルにて、iPodなどコンシューマへのセールス・マーケティング主要部門を担当後、独立。起業準備中に、執筆する「カジケンブログ」において、SNS上で話題を呼ぶ記事を複数執筆し、個人ブログとしては異例の注目を集める。2014年にチカクを創業、IoTサービス「まごチャンネル」をクラウドファンディングサイトMakuakeにて発表し、IoTカテゴリでは史上最速の開始50分で目標金額を達成。現在2016年春の出荷に向けて準備中

梶原健司(かじわら・けんじ)
1999年に上智大学外国語学部卒業。アップルにて、iPodなどコンシューマへのセールス・マーケティング主要部門を担当後、独立。起業準備中に、執筆する「カジケンブログ」において、SNS上で話題を呼ぶ記事を複数執筆し、個人ブログとしては異例の注目を集める。2014年にチカクを創業、IoTサービス「まごチャンネル」をクラウドファンディングサイトMakuakeにて発表し、IoTカテゴリでは史上最速の開始50分で目標金額を達成。現在2016年春の出荷に向けて準備中

中村:正直、今はエンジニアである彼の価値観寄りに、最終的には落ち着くみたいな状態だと思っています。

高宮:でも、どういう実装をするかは、本当は価値観のレベルの問題じゃないかもしれませんね。どの方向で実装するかというHow論は、経済合理性の中での経営判断のはずです。

「ユーザーファーストか? あるいはマネタイズか?」みたいな話なら、価値観の話になりますが、今回はどっちがより合理性のある選択かっていう話かもしれません。

中村:そうなりますね。

高宮:そうすると、「メイク領域で動画が親和性が高いかどうか、ちょっとわからないからユーチューブリンクで実験してみる」「メイク領域は遅かれ速かれ絶対動画がくるから、自社資産としての動画コンテンツを蓄積し、自社動画の使い勝手にユーザーに慣れてもらうためにもアプリにネイティブで実装だ」など、理由としての前提の理解と、そこから導かれる合理的なHowをチーム内で一枚岩に固めておく必要があると思います。

梶原:あと、エンジニアからすると、エンジニア的にイケてるか、イケてないかっていうことがありませんか。好みの問題ではなく、技術やサイトの構造的な面とかで。

高宮:そうそうそう。それはありますね。そういう意味では、「エンジニア的なイケてる・イケてない」と「経営判断」のどちらを優先しますか、という話だと価値観にもなってくる。しかし、エンジニアが取締役なら、その立場で、やはり技術の観点ではなく、経営判断を最優先にしなきゃダメです。

中村:そうですね。

高宮:ユーザーに支持されて、結果、事業の成長につながるなら、もちろんエンジニアとしてやりたいことやってもいいでしょうが。あとは、例外ケースとして、すごく技術を中心に企業文化をつくっているエンジニア天国みたいな会社。こういうときは、経営判断として、エンジニア的な判断を優先することがあってもいいと思います。

中村:なるほど。いや、すごくスッキリしました。

本日のまとめ

・経営者の全社目線、事業目線と、モノづくりのプロダクト目線、エンジニアリング目線を整合させることが必要。

・そのためには、経営者でありながらモノづくりの言語・文化を理解する、チーフ・プロダクト・オフィサーまたはチーフ・プロダクト・オフィサーの橋渡しとしての役割が重要。

・開発における技術的な判断であったとしても、エンジニア個人の価値観、職人としての嗜好性で判断されるべきでなく、経済合理性の中での経営判断として行われるべき。

・経営チームの中で、意見の相違が発生して水掛け論に陥ってしまったときは、議論の「前提」となる仮説を明示化して、お互いに共有することで、議論がかみ合うようになる。

前提の議論をいきつくところまで突き詰めていったとき、初めて価値観の争いとなる。安易に「価値観の争い」として議論、考え方の共有を放棄してはいけない。そして、本当に価値観の争いになったときには、企業としての価値観に立ち返り判断する。

(写真:疋田千里、企画協力:ダイヤモンド社&古屋荘太)

*過去の記事はこちら
第1回:ベンチャーって、どんな感じで成長するんですか
第2回:ベンチャーのシードフェーズで重要なことは何ですか?
第3回:「ユーザーにぶっ刺さるもの」のつくり方ってありますか?
第4回:VCから投資を受けるのに大切なことは何ですか?
第5回:起業家は撤退ラインを設けるべきですか?
第6回:ピボットすべきタイミングはいつですか?
第7回:創業期のメンバーのリクルーティングって、みんなどうしてるんですか?
第8回:起業家と投資家の良い「知り合い方・付き合い方」ってありますか?
第9回:起業家に求められるスキルって何ですか?
第10回:経営チームに求められるスキルって何ですか?
第11回:学生起業によくある社内体制の失敗って何ですか?
第12回:資本構成と創業者間契約の注意点って何ですか?
第13回:「成長」と「収益化」のどちらに力を入れるべきでしょうか?

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