新プロフェッショナル原論

2016/3/21
独自の視点と卓越した才能を持ち、さまざまな分野の最前線で活躍するトップランナーたち。彼らは今、何に着目し、何に挑もうとしているのか。連載「イノベーターズ・トーク」では、注目すべきイノベーターたちが時代を切り取るテーマについて見解を述べる。
1999年にディー・エヌ・エー(DeNA)を創業し、今や同社を押しも押されもせぬ日本の代表的企業へと成長させた南場智子氏。その南場氏が、「頭脳明晰とはこのこと」と敬意を込めて慕うのが、経営コンサルタントの波頭亮氏だ。
波頭氏は1982年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社以来、その鋭い分析力でコンサルティング業界の草創期を牽引、1988年の独立以降も常に日本の名だたるトップマネジメントたちに影響を与え続けている一人。氏の名前を聞いて、プロフェッショナルの在り方を鋭く世に問うた著書『プロフェッショナル原論』を思い浮かべる方も多いだろう。
南場氏にとって、波頭氏はマッキンゼー時代の3年先輩にあたる。以来、南場氏は折にふれて「いろいろなことを相談」してきたという。今回はその2人に「『賢さ』とは何か」「『優れた戦略』と『実行力』どちらのほうが大事か」「採用と育成はどちらのほうが大切か」といったテーマについて存分に語り合ってもらった。
南場氏にとって、波頭氏はマッキンゼー勤務時代の3年先輩にあたる。「波頭さんと初めてお話ししたとき、『ああ、“頭脳明晰”とはこのことか』と思いました」と、南場氏は出会った当初を懐かしそうに振り返る。
南場氏からの賛辞に照れながら波頭氏が語ったのは、マッキンゼーで入社時に必ず受けるクリティカル・シンキング・テスト(CTT)にまつわるエピソード。
CTTの点数がマッキンゼー歴代1位だったと聞かされていた波頭氏だが、何年もたったある日、南場氏が「自分のCTTの点数は歴代1位だと言われた」と話したのを聞いて「南場さんは僕より後に入ったから、僕より成績がよかったということになる」と悔しがる。
そこから2人の対話は、「賢さ」とは何か、「賢さと正しさはどう違うのか」といった話題へと発展していく。
今では「コンサルティング」という言葉もごく一般的になった。だが波頭氏がマッキンゼーに入社した1980年代前半はまだコンサルティングという職業の草創期。波頭氏は当時を振り返り、「『ファイブ・フォース分析』だとか、『セグメンテーション』だとか、今なら誰でも知っているような経営分析の手法をただ知っているというだけで結果が出せた」と回想する。
ところが、1980年代末に入ると潮目が変わる。経営分析手法が広くビジネスパーソンの知るところとなり、1990年代になると誰でもそこそこの戦略をつくれるようになった。こうなると、単純な情報の非対称性だけでは優位性が保てなくなる。波頭氏は「そこで差が出るのが実行力なんだね」と指摘する。
南場氏もこれに同意しつつ、「戦略のクリエイティビティはまだある」と言葉を継ぐ。果たしてその意味合いとは──。生き馬の目を抜くインターネット事業で日々戦略の優位性と実行力を問われ続けている南場氏が、しみじみとした実感をもって語り始める。
今や「実行力」が重要であることは論をまたないが、物事を実行に移すのはもれなく「人」。大きな成果を上げられる優秀な人材をいかに確保するか、今やそこに多くの企業の焦点は移っている。
南場氏も人材の採用を経営の最重要事項と位置付け、この人はと思う人がいれば数年がかりで口説くこともあると言う。
そうまでして南場氏が追いかける人材とは、いったいどんな人物なのか。そもそも、南場氏はどこを見て人材の良しあしを判断しているのだろうか。
その問いかけに対する南場氏の答えは、意表を突かれるほどにシンプルだ。「時代遅れかもしれないけど」と言って笑う南場氏に、「その資質は50年前にドラッカーも喝破している」と波頭氏も全面賛成する。果たしてその資質とは何か。
以前、DeNAの新入社員が1年間を振り返り、「あの仕事をしたらモチベーションが上がったけれど、この仕事ではモチベーションが下がった」といった趣旨の発言をして、南場氏に「給料をもらって仕事をしている自覚がない」と叱られたという一件があった。
これについて真意を問われた南場氏は、「誰だってみんな、必ず調子の浮き沈みはあるんですよ」と一定の理解を示したうえで、「だけどやっぱり対価をいただいて仕事をしている以上、そんなことをいちいち会社で言うべきではない」と言い切る。
「だけどさ、ピーピー言うのを、『そうだよね。頑張ってるよね』って聞いてあげると、成果を出す子もいるよね」と波頭氏が返すと、南場氏は「そこの因果関係が明確であれば、それはもちろん聞きますよ。私は教育者じゃなくて事業家ですから」と笑う。
それを聞いた波頭氏は、「やっぱり経営者になると変わるね」と感慨深げ。いったい南場氏のどんなところが変わったと感じるのだろうか。
ひとたび「この人材は」と見定めたら数年かけて追いかけるという南場氏だが、その過程で「その人にどんどん惚れ込む場合もあれば、『もういいや』となる場合もある」という。
せっかく目を留めていたのに、途中でダメになってしまう人材がいる。いったい何に起因するのだろうか。
その疑問に波頭氏はいくつかの要因を挙げてみせ、こう付け足す。「子どものときからずっと、どこへ行っても1番という子がいるじゃない。そういう子に多いのが、『ここでは自分が1番になれるかどうかわからない』というゲームに飛び込めないということ」。
すると南場氏が「でも波頭さん、テニスとかマージャンとか勝ち負けがはっきりするものでは、今でもすごく負けず嫌いですよね」と水を向け、やがてお互いの負けず嫌いのエピソードへと発展していく。
創業以来DeNAを率いてきた南場氏は、2011年に療養中の夫の看病のため守安功氏に社長の座を譲った。とはいえやはり創業者、経営に口を出したくなることはないのだろうか。
「私はすっごい口出ししますよ」と、南場氏はさらりと言ってのける。「私が何を言っても、それを聞いたうえで最終的には彼(守安氏)が決める」とも。それを聞いた波頭氏は「もしかしたら日本で一番、取締役と執行役が正しいかたちで運営されている会社かもしれない」と感心する。
南場氏はなぜ守安氏を後継者として選んだのだろうか。その理由をいくつか挙げた南場氏が最後に付け加えたのは、守安氏の意外な側面だ。
南場氏は採用をトップマネジメントの戦略マターと位置付けて積極的に取り組んでいる。そして、優秀な人材を見つけたら南場氏に紹介することにしているという波頭氏。それほど人材の獲得に注力している2人に、それでもあえて聞いてみよう──「採用と育成、どちらのほうが大事なのか」。
すると意外にも、「どっちかって聞かれたら育成かな」と南場氏。波頭氏も「いま自分の時間を最も多く割いている仕事は経営人材の育成」だという。
ただし「育成」と一口に言っても、その育成の仕方が問題だ。よい上司に恵まれて、的確な指導を受けるだけで黙っていて育つというものではない。では、2人が実践している育成方法とは?
(取材:佐藤留美、構成:常盤亜由子、撮影:竹井俊晴)