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慶応義塾大学法学部法律学科卒業。1994年東京電力入社。2012年より現職。自然保護からエネルギー問題まで、幅広く環境問題や環境に関わる企業の取り組みをサポートする活動、提言を行なっている。

慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1994年東京電力入社。2012年より現職。ミズバショウで有名な国立公園「尾瀬」の自然保護に10年以上携わり、農林水産省生物多様性戦略検討会委員や21世紀東通村環境デザイン検討委員などを歴任。その後、地球温暖化の国際交渉や環境・エネルギー政策への提言活動などに関与し、国連の気候変動枠組み条約交渉にも参加。自然保護からエネルギー問題まで、幅広く環境問題や環境に関わる企業の取り組みをサポートする活動、提言を行っている

予測の3つのポイント

・エネルギーは国のインフラを支える血液だ。東日本大震災から5年経つ今、日本のエネルギー政策は本格的な立て直しが必要。

・安全対策が何にも優先されるべきであることは論をまたないが、原発の停止期間が長引くことでわが国のエネルギー情勢がさまざまなリスクを抱え込んでいることもまた事実だ。

・「新規制基準に適合した原子力発電所の再稼働」「再生可能エネルギー普及政策の見直し」「全面自由化への対応」の3つが、特に直近でわれわれが考えるべきトピック。

東日本大震災から5年

2011年3月11日を境に、日本のエネルギー政策は根底から覆った。あれから5年。もう本格的な立て直しに入らねばならない。エネルギーは国のインフラを支える血液であり、欠くべからざるものである。

特にわが国は化石燃料資源にはとことん恵まれず、エネルギー供給の脆弱(ぜいじゃく)性を克服することは最優先の課題だ。振り返れば、日本が太平洋戦争に踏み切ることになった理由の一つが化石燃料資源の確保にあったことは、「油に始まり油に終わった」という昭和天皇のお言葉がそれを端的に示している。

人類が経験してきた多くの戦争の例にたがわず、太平洋戦争もエネルギーの奪い合いに端を発したともいえるのである。

戦後の日本は、海外からエネルギーを調達して安定的にそれを供給し、高付加価値の工業製品を生み出して外貨を稼いできた。そのことでエネルギーを調達し続けることを可能にし、わが国は発展してきたのである。このあり様をそもそもから見直そうとする意見もあるだろう。

しかし、とにもかくにも今日本にいる1億2000万を超える人口を養い支えていかなければならないのだ。エネルギー政策は本来政権が最優先で取り組み、その政治的アセットの多くを割くべき課題である。「2016年日本のエネルギーはどう動くか」ではなく、どう動かしていかねばならないかを論じるべきであろう。

エネルギー政策は描いてから実現までに数十年かかる。そのため2016年という1年を切り取って論じることは適切ではないかもしれないが、この1年何が起こり、どんなテーマを考えていくべきか、その後も残る課題は何かを論じたいと思う。

日本のエネルギーの現状

2016年を語る前に、現状を整理しておこう。

東京電力福島第一原子力発電所の事故を反省し、原子力設備に関する安全規制が根底から見直され、今わが国の原子力発電所はほとんどが停止している。2015年8月に九州電力川内原発1号機が再稼働して、約2年にわたる原発ゼロの状態は終止符を打たれたが、2015年末の時点で稼働しているのは川内原発1、2号機のみである。

安全対策が何にも優先されるべきであることは論をまたないが、原発の停止期間が長引くことでわが国のエネルギー情勢がさまざまなリスクを抱え込んでいることもまた事実である。再生可能エネルギーも急増しているが、それでも全発電電力量の2.2%(2013年)を賄うに過ぎない。

まず、エネルギー自給率はわずか6%まで落ち込み、先進国の中でも突出して低い。日本は化石燃料の輸入が途絶すればすぐに機能マヒに至ることが、他国にも明らかな状態なのである。
エネルギー図表.001

次にエネルギーコストは震災以降急騰している。原子力発電所が停止し、石油・石炭・天然ガスを燃料とする火力発電所の稼働が増えることによって、追加的に必要となった燃料費は2015年度末で累計14兆7000億円にもなったと試算されている。

ここのところの原油市場の価格下落はわが国にとってまさに「神風」ともいえるが、それでも消費税1%を増税した時の国民負担(約2兆円)を軽く上回る金額が毎年海外に流出しているし、原油価格の低迷がいつまで続くかはまさに神のみぞ知る。下がったものは同様に上がる可能性も考えねばならない。
 エネルギー図表.002

これだけ燃料費が増加すれば当然電力コストは上昇せざるを得ない。この燃料費の増加に、さらに再生可能エネルギーの賦課金が加わり、震災以降、産業用で約40%、家庭用で約25%価格が上昇している。ここまでの電気料金上昇を吸収できる余力のある企業の方が少ないであろう。ボディーブローのように雇用の喪失につながっていく。

最後に、環境への影響も考慮されなければならない。発電時にCO2を排出しない低炭素電源である原子力を止めて火力発電の稼働を増やしているのだから当然ではあるが、大手電力会社からのCO2排出量だけで、震災前と比較して約1.1億トン増加している。

日本の1年間の温室効果ガス排出量が13億トン前後であるので、1割近い増加になる。ことしの世界の平均気温は、過去最高だった去年を更新し、120年余りの統計で最も高くなる見通しが示されている。

昨年、米国では熱波の影響による森林火災が頻発し、インドでは5月下旬に最高気温が45度を超える猛暑が続いて2300人以上が死亡したと報じられている。起きている事象を単純に人間活動が引き起こしている気候変動の危機としてあおることは科学的な態度ではない。

しかし、気候変動問題のリスクが高まっていることは否定できず、また、わが国の排出量が増えていることも事実として認識しなければならない。

こうした現状を踏まえたうえで、今後われわれが考えなければならないことを整理したい。その中から

・新規制基準に適合した原子力発電所の再稼働

・再生可能エネルギー普及政策の見直し

・全面自由化への対応

という3つのトピックを詳しく取り上げる。

新規制基準に適合した原発の再稼働

冒頭の現状認識で述べた通り、福島第一原子力発電所事故の影響を受け、日本の原子力発電所のほとんどは稼働停止の状態になっている。これは、日本の原子力施設に対する安全規制が抜本的に見直され、それに適合することが確認されるまでは稼働が許可されないことによる。

事故を反省し、わが国は原子力事業の推進と規制の分離を明確化するところから見直しを行った。原子力規制委員会と原子力規制庁を新たに設置し、いわゆる「世界一厳しい安全基準」が定められ、各施設がその基準を満たしているかどうかの審査が行われているのであるが、その審査にはあまりに長い時間を要している。

これまで審査に「合格」とされたのは、川内原⼦⼒発電所1号機・2号機(2014年9月)、⾼浜原⼦⼒発電所3号機・4号機(2015年2月)しかない。原子力発電所の耐震設計において基準とする地震動の設定をめぐってもさまざまな見解の相違があり、何百回にもわたる審査会合を経て審査書を仕上げていくわけなので、致し方なかったとはいえ相当の時間がかかっていることは事実である。

手続きの予見可能性を高めて無駄を省き、安全審査を迅速化することは急務だ。

決して審査をはしょることや、拙速を求めているのではない。しかし、無駄に時間をかければ安全性が高まるものでもない。規制者の責務は、原子力設備を止めることではなく、稼働させるにあたり必要な安全性を示し、それに適合しているかの審査をすることである。

規制者と事業者がよくコミュニケーションを取り、真に安全性の向上に意義ある審査を効率的に進めること、また、審査合格後も事業者が安全性向上に努力し続けることが何より重要だ。

しかし考えるべき課題は安全規制だけではない。原子力事業を取り巻く中長期的な課題は下記のとおり多様だ。

1.原子力施設稼働に関する地元合意の在り方
 2.原子力防災を充実強化していく方策
 3.原子力リスクコミュニケーションの充実(福島復興政策の立て直し)
 4.原子力損害賠償制度の総合的な見直し
 5.自由化との整合性(自由化により投資回収リスクが高まり、新設・リプレースに向けた資金調達も困難になる中、わが国の原子力をどうするのか)
 6.核燃料サイクル政策の総合的見直し(原子力の発電電力量が低下しサイクルコストの確保が難しくなる中、もんじゅや再処理事業など、関連する多くの政策について、実施主体やその財政的裏付け、関係者の理解をどう確保するのか)

原子力事業は核の安全保障や平和利用への責任など、単なる発電の一手段として考えることは不可能な技術である。この技術をわが国において維持するのであれば、上記のような課題について総合的な解決を図るための検討に着手すべき時である。

再生可能エネルギー普及政策の見直し

原子力事故をきっかけに、わが国は再生可能エネルギーを急速に拡大させようと、普及政策の見直しを行った。

事故前に民主党政権は、2020年には1990年と比べて25%の温室効果ガスを削減するという、野心的に過ぎる目標を掲げ、2030年の電源構成は原子力を5割に、再エネは2割に増やすことを見込んでいた。

温暖化対策に向けた技術として共に有望視されていた原子力と再生可能エネルギーではあるが、事故によりその位置付けはまったく変わったのである。

2012年7月から再生可能エネルギーの固定価格買取制度(以下、FIT)がスタートした。しかしこの制度導入の際に、国民負担との兼ね合いなど、総合的な議論が尽くされたとは言い難い。制度設計の甘さがたたり、FIT開始後2年間に申請された案件が運転開始した場合、単年度の賦課金が2.7兆円に上るという試算が示された。

これは単年度の負担であり、累計では最低ケースでも約53兆円(国民1人当たり40万円超)、最大ケースでは約85兆円にもなるとの試算も示されている。

また、再エネの中でも太陽光・風力は自然変動電源であり、その不安定性への対処が必要になる。安価で大容量の蓄電技術開発が待たれるところであるが、それがない現状では、賦課金という再生可能エネルギー導入の直接的コストとは別に、系統安定化対策や調整電源などに対する間接的コストが発生する。

この間接的コストは、前提の置き方によって大きく試算値が異なることを理解しておく必要があるが、再生可能エネルギーを活用するための系統増強コスト(送電線等の増強)の一例として、北海道・東北地域に風力発電など約590万kWを追加導入する場合、地内送電網増強に約2700億円、地域間連系線強化等に約9000億円の、計1兆1700億円の追加コストが発生すると試算されている。

また、自然変動電源の稼働にあわせて調整電源としての稼働をしなければならない火力発電の運転が非効率になることによるコスト増などについては、風力・太陽光それぞれの導入量についていくつかのパターンを設定して試算しているが、1年間で約3000億円から7000億円程度の追加コストが必要であるとの試算も示されている。

制度導入時に国民に示されていた見通しでは、制度開始後10年目で標準家庭の負担額が約150~200円/月程度とされていた。ドイツでも、「ラテ1杯分程度の月額負担で再生可能エネルギーを応援できる」とされていたにもかかわらず、現在標準家庭が負担する賦課金が年間3万円に膨らんでいることからも明らかな通り、FITは国民負担を制御することが非常に困難である。

制度導入当初にはほとんど議論されていなかった間接的コストも含めて、国民が負担できるコストについて総体的に把握し、国民の理解を求めていく必要がある。政府は委員会を開いて議論を重ね、FITの見直しについて方向性を固めている。

しかしできうる限り早期に再生可能エネルギーを市場に統合していく必要がある。再生可能エネルギー普及政策の抜本的見直しは2016年に行うべき大きな課題だ。

全面自由化への対応

2016年4月から、家庭部門も含めた電力の小売り全面自由化が行われる。自由化により一部の消費者にとっては選択の幅も広がり、メリットが感じられるかもしれない。特に今後スマートメーターの設置が進めば、弾力的なメニューも展開されるであろう。

とはいえ、それほど多くの消費者が自由化の恩恵に浴せるわけでもない。そもそも電圧を落とし「小口配送」しなければならない家庭部門は電力事業者にとって「儲かりづらい」層であり、顧客が密集した大消費地以外ではそれほど事業参入があることは期待しづらい。

メリット・デメリットを含めて、自由化について適切な理解が進むよう、政府が消費者への情報提供を強化していくことが求められる。

自由化前夜の今、新規参入各社の営業活動の動きをいくつか仄聞(そくぶん)しているが、ほぼ共通しておおむね月間の消費電力量が400kWhを超える家庭をターゲットとしているようだ。

そもそも小口の中でも比較的電気を多く使う家庭が狙い目になることは自然であるが、家庭用の電気の場合、たくさん消費するほど単価が上昇するという特異な制度(三段階料金制度)が今も維持されている。

社会的弱者への配慮(いわゆるナショナルミニマムといわれる、国が保障する生活の最低水準という考え方)の側面が大きい制度であるが、このように制度上配慮されている社会的弱者は当然に営業活動の対象にならない。そればかりか、大口の家庭がこぞって新規参入者に移ってしまえば、今行われている配慮を維持することも難しくなる。

本来、自由化以前にこのような社会福祉的制度をどうするかの議論があってしかるべきであったのだが、それをなおざりにしたツケが顕在化することが懸念される。

自由化後も既存電力会社への料金規制は競争が十分に進むまでは残置され、消費者は従来の電力会社と料金体系を変えずに契約し続けることもできる。しかしこの料金を安く抑えれば乗り換えは進まず自由化の意義を問われることとなり、規制料金を安価に維持しなければ消費者の生活を圧迫する可能性がある。

一定の経過措置期間を置いたのち、競争の進展をレビューして規制の撤廃が行われる予定であるが、どういう基準を満たせば経過措置期間を終了させるのかも明確ではない。

さらなる論点を指摘すれば、最近は異業種との抱き合わせ販売メニューが多くみられるが、たとえばガスや通信、鉄道など総括原価により守られた事業とのコラボレーションにおいては、値引き原資がどこから捻出されるのかについても留意されるべきである。

ミッシングマネー問題

これら自由化後の規制の在り方に加えて、必ず検討が必要になる本質的な課題が、「ミッシングマネー問題」である。耳慣れない言葉かもしれないが、自由化すれば必ず発生する問題なのでぜひ認識していただきたい。要は、単に市場に委ねるだけでは、安定供給のために必要な発電設備の量が維持できなくなるという問題である。

その構図はこうだ。電気は究極の生鮮品であり、在庫を持てないので、その代わりに、需要が最大となるときにもそれを賄えるだけの発電設備を持つ。

1年8760時間のうちで、需要が最大となるタイミングというのはせいぜい数十時間程度であるが、この時間に稼働できる電源を維持していなければ、国民は停電のリスクを許容するしかない(デマンドレスポンスといわれる需要抑制策も有効であるが、ここでは供給側の理論に集中する)。

ピーク電源といわれる、電力需要のピークに稼働する電源は、国全体の安定供給の観点からは誰かが維持しなければならないが、しかし、稼働時間が短く、発電した電気を市場で売るだけではその固定費を回収しきれない。

ピーク時間帯の電気を通常の何百倍といったような高値で売ることを認めれば固定費の回収が可能になる可能性はあるが、究極の生活財たる電気の価格がそこまで高騰することは、経済学上はともかく、実社会では受け入れられづらい。

稼働時間が短いというだけでなく、電源は必要とされるタイミングで稼働しなければ一切の収入を得ることはできない。競争環境下におかれた事業者としては、燃料費等のランニングコストの回収さえ確保できれば固定費の回収まではできなくとも稼働して収入を得ることを優先させるという思考回路になる。このような値段で電力市場の価格が決定するようになれば、固定費回収は当然おぼつかない。

これが自由化した市場で発生する、いわゆる「ミッシングマネー問題」、すなわち投資回収が十分にできないために発生する「失われたお金」の問題である。

自由化された当初は、発電事業者は規制の下で課せられた供給義務を果たすために、余剰設備を抱え込んだ「メタボリック状態」であることが多い。メタボリックな事業者が市場原理にもまれ設備のスリム化を図ることは、自由化の結果として期待されていたことであり、固定費が回収できなくなった発電所が閉鎖されても大きな問題として認識されづらい。

しかし、既存発電所の維持ができないだけでなく、新規の電源開発も期待できないため、自由化開始からある程度の年数が経つと、供給力確保のため、設備を維持することに対して規制機関が対価を払う、あるいは、設備に対して価値をつける「容量市場」を立ち上げるなどの対処が必要になる。

ここにさらに再生可能エネルギーの大量導入という問題が絡むと、問題が顕在化するのはより早くなる。再エネの電気は「優先ルール」があるし、それでなくとも燃料費がかからないため当然優先的に利用されるから、従来型電源は、稼働できる時間、つまり収入を得られる時間がどんどん短くなる。

加えて、市場が再エネの電気でだぶつけば、卸電力市場の価格も低下する。従来型電源が採算を確保することはますます困難になる。

自由化された市場においては、不透明な事業環境に耐えられないのであれば、そのプレーヤーは市場から退出するのが当然である。

しかし、同時同量を果たさなければならない電力という商品を年間を通じて安定的に供給するためには、短い稼働時間ではあってもその供給力に存在してもらわなければならないし、太陽光や風力といった人間がコントロールできない変動電源が増えれば、調整能力の必要性も増すのである。

自由化をするからには今後この問題を避けて通ることはできない。特に今日本はほとんどの原子力発電所が停止し、供給力に余裕があるとは言い難いなかで自由化に踏み切るのであり、早めに検討を始める必要がある。

(編集部注:同時同量とは、電力の需要と供給を絶えず一致させること。電気は、電気のまま貯めておくことが難しく、また「売り切れたため停電させる」というわけにもいかない特性がある。このため、事業者は刻々と変動する需要量に合わせ、供給量=発電量を一致させ続ける必要がある。)

エネルギーはライフライン

2016年の話題には絞り切れていないことをお詫びしたい。ただ、エネルギー政策は、長期的視点が重要であり、また、燃料調達のための地政学から、経済学、環境対策まで幅広い分野にまたがる問題認識が必要となることだけでも感じていただけたらと思う。一部を切り取る視点や机上の空論では本当の解決に向けた議論にはならないのだ。

エネルギーはライフライン、まさに生命線である。地に足の着いた議論を、2016年こそは。

(写真:zhengzaishuru/iStock.com)