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1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。修士(政治学)。 外務省国際情報統括官組織で専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所で客員研究員を勤めた後、現職。 専門はロシアの軍事・安全保障政策。

1982年千葉県生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。修士(政治学)。外務省国際情報統括官組織で専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所で客員研究員を務めた後、現職。専門はロシアの軍事・安全保障政策

予測の3つのポイント

・ロシア財政の半分は原油・天然ガス由来。2016年も原油価格の動向に大きく左右される。

・対外関係ではISとの地上戦には消極的だが、ロシア国内のチェチェン過激派への影響が出るようであれば、地上戦に踏み切る可能性も。ウクライナは「危うい停戦」が続く。

・プーチン政権では国内での高い支持率の半面、SNS、NGO、メディアに対する締め付けは一層強化される見込み。

ロシアを読み解くカギは原油価格

2016年のロシアを考える上で大きなファクターとなるのが原油価格である。

ロシアの輸出は金額ベースで約7割を原油・天然ガスなどのエネルギー資源が占め、政府歳入もほぼ半分が原油・天然ガスの採掘税および輸出税に頼っている。

そもそもロシアの国家予算は、原油ブランド「ウラル」の翌年の価格を経済発展省が予測し、これを基に財務省が予算原案を作成した後、議会で審議を行うという方法で策定している。

本来、2015年度の予算はウラルの価格が1バレルあたり100ドルとなるという前提で計算されていたが。しかし国際的な原油価格の低迷を受けて、1バレルあたり50ドルを前提とした補正予算が昨年4月に組まれていた。

これにより、当初は2000億ルーブル台にとどまるはずだった財政赤字(これはここ数年と同様の水準である)は一挙に2兆ルーブルを超え、比較的健全であった財政状態の悪化が顕著となった。

2016年度予算でも1バレル50ドルの予測は引き継がれたが、原油価格はすでに30ドル台に落ち込んでいる。プーチン大統領も「見通しが甘かった」と述べるなど、ロシア経済がさらに厳しい局面に入ることは確実と見られる。

また、ロシアはこれまで、翌年度の予算とそれに続く2年間の「計画予算」を策定して中期的な見通しの下に経済運営を行ってきたが、2016年度については「計画予算」が策定されなかった。

予算も通常であれば前年の12月初頭には大統領の承認を受けるところが、2016年度予算の承認は12月14日までずれ込んでおり、こうした点からしても、経済運営の見通しを立てることが困難になりつつあることがうかがわれる。

ロシアはこれまでの原油収入を「準備基金」として積み立てており、その残高が12月1日時点で約3兆9311億ルーブル(約594億米ドル)とかなりの額に上ることから、当面は財政破綻の心配はない。

だが、このような原油安が今後も続けばロシアの財政運営はさらに厳しさを増すことは必定である。
 ロシア準備基金

聖域の社会保障、国防費は抑制か

そこで問題になるのが国際的な原油価格の動向である。

しかし、シェール・オイルの採掘コスト低下、シェア低下を嫌うOPECの減産拒否、核合意を受けたイランの国際原油市場への復帰といったファクターを考慮すると、原油価格の反発は容易には望めない状況にある。

では、今後も原油収入が回復しないとの前提で2016年のロシアの出方を考えてみたい。

ロシアは2015年度予算から各省庁の歳出を5%カットするなど緊縮財政に入っているが、国防や安全保障は最初から例外とされていた。最終的には国防予算も他省庁並みに5%程度がカットされたが、現今の厳しい国際環境下ではこれ以上の国防費の削減は容易ではない。

ことに2008年のグルジア戦争以降、軍の発言権は高まっている上、2016年9月には下院選を控えていることから、プーチン政権としても大票田である軍や軍需産業の機嫌を損ねる政策は取りにくいと考えられる。

社会保障費の削減も対内的支持の取り付けという観点からすると大幅なカットには踏み込みにくいだろう(ちなみにロシアの国家予算では支出第1位が社会保障費、第2位が国防費である)。

実際、承認された2016年度予算では、社会保障費や国防費は伸びこそ抑制されたものの、対前年度比では純増となった。

ただし、国防費に関しては、これ以上の大幅な伸びは抑制される可能性が高い。

ロシア国防省は現在、「2011年から2020年までの装備更新プログラム(GPV-2020)」(総額19兆ルーブル)を進め、ソ連崩壊後に旧式化した装備の近代化を図っている。世界を驚かせたシリアへの軍事介入も、こうした大規模な投資があって可能となったものである。

だが、ロシア国防省はこれでも不十分であるとして、前述のGPV-2020を新計画「2016年から2025年までの装備更新プログラム(GPV-2025)」に発展解消する計画であった。同計画の総予算は30兆ルーブルともいわれ、原子力空母や新型爆撃機などソ連時代にも匹敵する野心的な軍事力建設を目指す。

しかし、12月初頭、ボリソフ国防次官が述べたところによると、同計画の開始は2018年に繰り延べられたという。

現状程度の装備更新は続いていくにせよ、その将来像は大幅に下方修正せざるを得なくなる可能性が高い。
 ロシア予算

シリア地上部隊投入はISが左右

安全保障に関して言えば、焦点はシリアとウクライナをめぐる情勢となろう。

シリア情勢についてはアサド政権の即時退陣を求めない方向で米ロの立場は収れんしつつあるように見えるが、今後の具体的な和平プロセスをめぐっても協調路線が維持されるのかどうかは依然として不透明である。

また、11月に発生したロシア軍機撃墜事件をめぐって緊張関係にあるトルコとの関係修復や、そのトルコがアサド政権の退陣に依然としてこだわっていることも大きな不確定要素である。

プーチン大統領はシリアへの介入について「さらなる手段がある」と述べており、シリア和平が思うにまかせなければ軍事介入がさらに強化される可能性も考えられる。

ことに注目されるのは、ロシアが地上部隊を派遣するかどうかである。

IS(イスラム国)の掃討には最終的に地上部隊を派遣するほかないことはほぼ一致した見解であるが、今のところロシアも含めた各国は消極的な姿勢を崩していない。

アフガンおよびイラクからの足抜けを果たしつつあった米国はもちろん、2009年にチェチェン紛争をどうにか終結させたロシアとしても、ここで中東への大規模な軍事的コミットメントを行うことは避けたいためだ。

ただし、ロシアはアフガニスタンのタリバーン勢力やISが中央アジアや北カフカス(チェチェン等)に浸透し、地域情勢が不安定化することへの懸念をたびたび表明してきた。ロシアの連邦保安庁は旧ソ連圏から7000人がISに参加しているとしており、ISもロシアへの攻撃をすでに宣言している。

ロシア本土や、その勢力圏である中央アジアでISが大規模な攻撃を行った場合、ロシアがシリアへの地上部隊派遣に踏み切る可能性は排除できない。

ウクライナ、危うい停戦

一方、ウクライナでは9月以降戦闘が下火になり、現在まで小康状態が続いてはいる。

しかし、2月に合意された第2次ミンスク協定の和平プロセスは一向に進んでおらず、安定化に向かっているとは言い難い。ウクライナの右派勢力が引き起こしたと見られるクリミア半島への電力供給遮断など、危うい停戦が崩れかねない事態は今後とも想定されよう。

この意味では、ウクライナ側にも紛争再燃の契機はある。

このまま和平合意の履行が進展せず、国際社会の関心が低下すれば、親ロ派武装勢力に占拠されたドンバス地方が現状のまま「凍結された紛争」化する可能性が高まるためである。

メディア、SNS、NGO。締め付け強化

内政に目を転じると、前述した2016年の下院選挙を前に社会的な締め付けがさらに強まることが考えられる。

これまでにもプーチン政権はテレビやラジオといった大手メディアに政府資本を注入して統制を図ってきたが、近年は比較的自由であった新聞やインターネットの分野でも統制が強化されているのが特徴だ。

特に2015年には個人情報保護法が改正され、ロシアで操業するインターネット企業は顧客情報をロシア国内のサーバーに保管しなければならなくなった(ロシア国内のサーバーならば連邦保安庁がほぼ自由に閲覧できる)。

これを受けてイーベイなどはすでにロシア国内への顧客情報移転に同意したとされるが(国営原子力企業ロスアトムが巨大データセンターの設置を進めている)、ツイッターやフェイスブックといったSNS企業はこれを拒否しており、ロシアで外国SNSが操業できなくなる可能性も考えられる。

新聞・雑誌についても外資の参入上限が20%まで引き下げられたことで、幾つかの有力メディアが撤退や株式保有比率の変更を余儀なくされている。

また、ロシア政府は外国の民主化支援NGOなどが西側による「体制転換」(旧ソ連やアラブ諸国での体制転換が念頭にある)の手先であるとして敵視してきたが、2015年には「望ましくない外国NGO」に関する法律が成立した。

これは検事総長が「望ましくない」と認定した外国NGOを即日活動停止とできるもので、すでに幾つかの外国NGOが活動停止処分とされている。

今後、下院選挙に向けてこうした対内的締め付けはさらに強化されていくこととなろう。

ロシア写真集

筆者が2015年の現地調査で撮影した写真を紹介する。現地の雰囲気を感じる参考となれば幸いである。

「私は愛国者」と書かれたシンボルマーク。プーチン政権の進める若者への愛国教育の一環

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モスクワ郊外に建設された巨大な「愛国者パーク」。広大な敷地内に戦車やミサイルの実物が展示され、最終的にはサバイバルゲームが行えるフィールドなども整備する。全国に支部も設置される計画

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戦勝記念日に従軍経験者を讃える「ゲオルギーのリボン」をつけて歩くモスクワの若者

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モスクワ市内に出現したレンタルサイクル。渋滞解消の切り札となるか

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戦勝記念パレードのリハーサルでモスクワの目抜き通りを走る新型戦車T-14。世界で初めて砲塔を無人化したのが特徴で、ロシア軍は2000両以上の大量調達を計画している

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(バナー写真:Wikipedia Commons/Nabak