ジャック・アタリが説く、世界の「暗黒シナリオ」とその回避方法

2015/12/23
連載「世界の知性はいま、何を考えているのか」では、欧米・アジアの歴史学者、経済学者、政治学者に、専門的かつ鳥瞰(ちょうかん)的な観点から国際情勢について聞いていく。
今回登場するのは、ミッテランやサルコジなど、時の政権のブレーンとして活躍した、フランスの経済学者、ジャック・アタリ。世界の「危機」に対して警鐘を鳴らし続けてきた欧州屈指の知識人に、今後のリスクシナリオと回避方法をテーマに話を聞いた。

歴代フランス政権の知恵袋

ジャック・アタリは経済学者、思想家としての顔を持つ、フランスを代表する知識人である。
1981年から91年までフランソワ・ミッテランの側近として大統領補佐官を務め、2007年にはサルコジ政権下で諮問委員会の委員長を務めた。なぜ時の政権が、アタリの知恵を必要としてきたのか。その理由は、彼の卓越した「長期的な視野」にある。
アタリは1943年、アルジェリアのアルジェに生まれ、少年時代にパリに移住した。ミッテランやシラク、ドビルパンなどを輩出したフランス屈指のエリート校・パリ政治学院や国立行政学院などで学位を取得後、参事院の官僚としてキャリアを歩み始めた。
国立理工科学校などの教授を歴任した後、1973年にフランス社会党に入党。翌年にはミッテランの経済顧問になり、以後、側近中の側近として行動をともにするようになった。
1991年には欧州復興開発銀行の初代総裁に就任。欧州連合(EU)やユーロの創設を定めたマーストリヒト条約の作成を主導した。まさに、今日の欧州経済や通貨ユーロを語るうえでは外せない人物だ。
1993年に退任した後は、発展途上国支援のNGO「プラネットファイナンス」を設立するなど、政府の内外で広く活動。2006年に発刊した“Une brève histoire de l’avenir”(邦題『21世紀の歴史――未来の人類から見た世界』)はフランスで大ベストセラーとなり、内容に感銘を受けたサルコジ大統領が「アタリ政策委員会」を設置してアタリを招聘(しょうへい)してからは、再び政府の活動を行うようになった。

「超民主主義」を提唱

アタリは政治や経済を専門としつつ、文明論や歴史に関する著書も数多く出版している。“Cannibalism and Civilization”(1984年、邦題『カニバリズムの秩序』)や“1492”(1991年、邦題『1492 西欧文明の世界支配』)などは日本でも出版され、話題となった。
ただ、やはりアタリの名を一躍世間に浸透させたのは、先にも述べた2006年の“Une brève histoire de l’avenir”だろう。
同書の中でアタリは、「超帝国」「超紛争」「超民主主義」という概念を提唱して、大胆に未来予測を行った。
具体的にはこうだ。各国の政権は、有権者が高齢化するにつれ、将来世代のことを考えない刹那(せつな)的な政策に終始している。その結果、国家は弱体化し、企業集合体が国家を超える「超帝国」として台頭する。
現在「世界の警察」として幅を利かせているアメリカも例外ではなく、2035年ごろまでに衰退する。そうなると、次に待ち受けるのは、国境をまたいで跋扈(ばっこ)するさまざまな暴力集団による争い、つまり「超紛争」である。
その中には、宗教に起因する紛争はもちろん、水や食料、エネルギーといった希少資源の奪い合いや、貧困を逃れるための民族移動に伴う衝突なども含まれる。
各地で戦いが起きる時期を経て、人類は新たな概念に到達する。それが「超民主主義」である。これは市場民主主義に「利他主義」を加えたものだが、他人を援助することが価値を生むことに多くの人が気づき、利他的な「トランスヒューマン」が新しいエリートの条件になる、というものだ。
同書が発刊されたのは2006年だが、2015年現在から振り返っても、予言が的中していることに驚く。特に「超紛争」の項といまの世界情勢を対比させると、確かにISのような国境を越えたテロ勢力が台頭し、先進国を脅かしている。
また、シリアの難民が続々とヨーロッパを目指し、現地住民との摩擦を起こしている。その正確さには目を見張るばかりだ。
そうであれば、「超民主主義」と「トランスヒューマン」の概念が実現するのも、さほど遠いことではないのかもしれない。アタリはインタビュー中に、「将来世代に付け回しをすべきでない」と再三再四訴えているが、こうした思想に基づいたものだと思えば、合点がいく。
インタビューは2015年12月上旬、来日中に行われた(右は聞き手の大野和基氏)

近年の関心は世界の「危機」

近年では、アタリの関心は世界の「危機」に移っている。“La crise, et après ?”(2008年、邦題『金融危機後の世界』)、“Tous ruines dans dix ans?”(2011年、邦題『国家債務危機──ソブリン・クライシスに、いかに対処すべきか?』)、“Survivre aux crises”(2014年、邦題『危機とサバイバル──21世紀を生き抜くための〈7つの原則〉』)を次々と発刊。世界経済のリスクシナリオについて警鐘を鳴らしている。
特に『国家債務危機』では、公的債務が初めて登場した1691年からの世界史を丹念に追い、「最悪のシナリオ」として、そろって巨額の債務に苦しむ日本、アメリカ、ユーロ圏が連鎖的に財政破綻し、中国が世界の中心になる未来を示している。
同時に、歴史を教訓として、リスクシナリオを回避する方法も示している。同書は先進諸国の政治家が熟読したとも報じられているが、単に危機を煽るだけではなく、処方箋も示すところが、政治家から評価されるゆえんかもしれない。
今回、NewsPicksのインタビューに応じたアタリは、主にグローバル経済に不可欠なガバナンス(法規制)について持論を展開した。
内容の半分以上は悲観論で、金融危機や戦争の脅威について指摘したが、最後に「それでも、希望はある」と述べた。アタリの目に映る「暗黒のシナリオ」とは、具体的にどのようなものか。その中でわれわれは、何に希望を見いだせばいいのか。全4回のロングインタビューでアタリの肉声をお届けする。
現在の状況は「第一次世界大戦前夜」と同じ