一流ビジネスパーソンになるための法律入門
ソフトバンクの法務部は、まさに戦闘集団だった
2015/12/18
現代のビジネスにおいて、法律の知識は必須。法務部に丸投げしたり、インターネットで調べたりするだけでは、最先端のビジネスは行えない。知らないうちに法律を犯し、多大な損失を被るリスクもある。特に、契約社会であるグローバル・ビジネスの世界ではなおさらだ。
では、最前線のビジネスパーソンは、どの程度の法律知識を有していればいいのか。実務で使える法律の知識とセンスを磨くために、どのようなことを心がければいいのか。先日、『事業担当者のための逆引きビジネス法務ハンドブック』を刊行し、世界のビジネスを知る、経営共創基盤(IGPI)の塩野誠・パートナーと宮下和昌・弁護士が、ビジネスパーソンが押さえておきたい法律の基本を伝授する。
第1回:なぜ、ビジネスパーソンにリーガルマインドは必須なのか
第2回:法的な論点を考える癖をつけると、仕事の見え方が変わる
法律を具体的に理解すること
宮下:経営共創基盤でカウンセルを務めている弁護士の宮下和昌です。
ビジネスパーソンが身に付けるべきリーガルマインドというのは、法律知識をただ集めるということではなく、法律を事業に結び付けて具体的に理解するということだと思います。そのロールモデルが、私の前職の社長の孫正義さんです。
あれだけ忙しい人ですから、法律の勉強を十分にする時間なんてないと思います。なのに、本当によくわかっているなと思わされる場面が何度もありました。
どんな場面かというと、法律はあらゆる事象に対応するために抽象的につくられています。だから法務担当者の説明というのは、どうしても抽象的なものになりがちです。
しかし、孫さんはその説明を聞いて「つまり君が言っているのは具体的にこういうことだな」と具体例を使って切り返してくるわけです。しかも、その例がぴったり当てはまっている。
法律を具体的に理解するというのはまさにこのようなイメージで、皆さんにもこういう形で法律を具体的に理解するというところを目指していただきたいですね。
事業を法的に審査するときの一般的な流れをお話しすると、まず、こんな事業をやってみたいという「事業アイデアの創出」があります。次に「事業の要素の整理、抽出」。これは、この事業のこの部分はなんだか法的にやばそうだな、ぐらいの感覚をもつレベルです。
次は「関連法領域の特定」という段階に入ります。これは、「個人情報保護法が問題となりそうだな」「独占禁止法が問題となりそうだな」くらいの抽象的な問題意識を持つレベルです。
その次が「法的論点の抽出」で、個人情報保護法の何条のこの文言の解釈の問題だな、という具体的な論点設定に入ります。さらに次は「法的論点の分析」で、先例や学説に照らして考えるとこうなる、という法律解釈の段階です。
そして「リスク分析」。○○事業の△△部分がこの法律のこの規制に抵触するから、具体的なリスクはこれで、代替案はこういったものがありますよ、とアウトプットされます。それを踏まえてもう一度、事業アイデアのところに戻る。これが一般的な流れです。
この流れを前提に、事業担当者と法務担当者の役割分担を考えてみましょう。事業担当者は事業内容をつくったあと、事業要素の整理、抽出をします。
「これ、なんかやばそうだな。個人情報保護法まわりの問題が出てくるんじゃないの?」という感覚が芽生えたところで法務担当者にバトンタッチします。そして法務担当者は法的論点の抽出からリスク分析までを行い、それを事業担当者にフィードバックします。
でも法務担当だって、人材も時間も限られています。学説や判例を調べることも、簡単なことじゃない。法務担当は、皆さんが思っている以上にやることがたくさんあります。たくさんのことをやると、どうしても手薄になることがある。
その結果「これには法的リスクがあります」「この事業は訴訟リスクがあるから諦めてください」といった抽象的なアウトプットの形になってしまって、それを聞いた事業担当者はがっかりするわけです。
法務の人間にしかできないこと
法務担当者が“事業”に対して最も力を発揮すべきところは、「リスク分析」と「代替案の策定」だと私は考えます。これは法務の人間にしかできないところです。法務の限られたリソースをこの部分に注ぎ込んでもらいたい。こうすれば、法務担当の事業推進力を100%引き出すことができます。
そのためには、事業担当者が「関連法領域の特定」から「法的論点の分析」まで自らできるようになることが望ましく、事業担当者自身がリーガルマインドを身に付けることが必要なんですね。
リーガルマインドが身に付くと、法務担当者と一歩先のディスカッションができるようになります。「法的リスクがあると言いますけど、これは本当に踏めないリスクなんですか?」と。
そもそも、リスクは意思決定の要素の一つにすぎなくて、「法的リスクがある」から「やってはいけない」とは直ちにならないはずなんです。
踏めるリスクなのか、本当に踏んではいけないリスクなのか。その分析が自分でできるようになったら、強い武器を手に入れたようなものですね。
孫正義さんの話に戻りますが、あの孫さんの下で働くんですから、ソフトバンクの法務部はまさに戦闘集団です。その総司令官であるソフトバンクの法務部長(現在ではソフトバンクグループ株式会社の法務部長)から私が教わったことは「契約書を読むときには、まず損害賠償条項から読め」です。
意味わかりますか? つまり「契約を守る」というのも選択肢の一つに過ぎないという前提があって、契約を破ったときにどんなリスクがあるか、そのときどうすべきかを考えるのが法務の仕事だ、ということなんですね。
司法試験の勉強しかしてこなかった当時のウブな私はガツンと頭を殴られたような衝撃を受けました。実務におけるリスク分析とはこういうことをいうのか、と痛感しました。
皆さんにとって法律は大きなブラックボックスのようなものになっているかもしれません。中でも、抽象的でブラックボックスになりがちな法律として「独占禁止法」があります。
カルテル(価格協定を結ぶこと)は100億の単位で課徴金が課せられるほどリスクが高いのに、その規定は抽象的で「何をやってはよくて何をやってはいけないか」が非常にイメージしにくいんです。
法律を具体的に理解するためには法律の“趣旨”を考えるという作業が有益です。この「独占禁止法」を使って一例をお示ししたいと思います。まず、「独占禁止法」とはどのような法律なのか。実はネーミングが若干ミスリーディングなんですね。「独占禁止法」の言葉を分割して、それぞれ逆にしてください。「独占」の反対は「競争」「禁止」の反対は「促進」。つまり、独占禁止法とは「競争促進法」だと捉えるのが実は正しい理解です。
競争といってもいろいろありますが、公正取引委員会がスタンディングオベーションで褒めるような「きれいな競争」というのは、「価格」に関する競争と「品質」に関する競争です。つまり、「価格」を下げて、「品質」を上げる競争というのが理想的な姿だと考えられています。
こう言えば、カルテルが独占禁止法上違法とされているのかを具体的に理解しやすくなりませんか? 競争相手との間で、価格合意をしてしまうんですから、まさに「競争をしないでおこう」という合意そのものです。ですから、「競争促進法」である独占禁止法で厳しく規制されているんですね。
もう一つ、価格カルテルと同じぐらい厳しく規制されているのが市場分割カルテルです。「市場」を「分割」するんです。つまり「当社はこの地域で頑張りますので、御社はこの地域で頑張ってくださいね」という合意。これもまさに「競争をしない合意」そのものですね。だから価格カルテルと同様に厳しく規制されることになります
このように具体的にイメージできれば、実際に価格設定に関わるときに法律を事業に生かすことができますね。
事業担当者がリーガルマインドを身に付ける重要性を理解いただけたでしょうか。法律の知識をそらで言える必要はありませんが、何かあったときに「ここを見直せばいいんだったかな」と頭の隅に引っかかるようにしておけば、会社も自分も守ることができ、仕事の質も上がります。
「この場合の法的リスクとは具体的にどのようなものなのか」「それは踏めるリスクなのか、踏めないリスクなのか」といった今より一歩進んだ具体的なディスカッションを法務担当者とできるような、真のリーガルマインドを身に付けたビジネスパーソンを目指していただきたいと思っています。
(構成:合楽仁美、撮影:福田俊介)
*続きは明日掲載します。