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『ぼくらの仮説が世界をつくる』

【佐渡島庸平】インターネットで親近感をつくるには

2015/12/8
 クリエイターのエージェント会社コルク代表、そしてNewsPicksのプロピッカーでもある佐渡島庸平氏は南アフリカで学生時代を過ごし、灘高、東大、講談社を経て起業した、業界でも注目の若手経営者だ。

『宇宙兄弟』などを大ヒットに育て上げ、現在は作家エージェントとして出版の理想の姿を追い求めている。彼が意識しているのが「仮説を先に立てる」ことだという。情報を先に集めて仮説を立てると新しいことはできない。先に大胆な仮説を立て、それを全力で実現していく。そうすることで革命は起こせるのだという。

その佐渡島氏の思考が詰まった初の著書『ぼくらの仮説が世界をつくる』が12月11日に発売される。その3章「インターネット時代の編集力―モノが売れない時代にぼくが考えてきたこと」を5日連続で無料公開する。
第1回:質を高めても売れない時代がやってきた

分人主義とは何か

以前、平野啓一郎さんの『ドーン』『空白を満たしなさい』という小説の編集をさせていただきました。その中で「分人主義」という考えが提唱されています。

分人主義とは何か。

たとえばぼくは、講演会ではなるべく論理的にわかりやすく話そうとします。一方、会社で社員としゃべるときはもっと早口です。また、家族としゃべっているときはもっとフランクですし、友だちとしゃべってるときもまた全然違います。さらに、友だちは友だちでも、昔の友だちとだと、また全然違う話し方になります。

これはどういうことか。すべてを演じ分けているのでしょうか。「本当の自分」というものがあって、その自分が「講演会用の佐渡島庸平」「会社用の佐渡島庸平」という感じで使い分けているのでしょうか? 

そうではありません。「演じている」わけではなく、「自然とそういうふうになってしまう」のです。

つまり、人間というのは「本当の自分」というものが真ん中にあっていろんなことをコントロールしているわけではなく、すべて他人との人間関係の中に自分があって、「相手によって引き出されている」のです。

みんな「本当の自分」を探して旅に出たりしますが、そもそも「本当の自分」がなければ、その旅は意味がありません。

人間というのは、これ以上分けることができない存在=individualだと思われています。divideできない存在が個人だと思われていますが、実際は環境によって、自分というものが分かれてしまうわけです。

自分というものは、他人によって引き出される存在です。だから「本当の自分」というものは存在せず、「子どもと接しているときの自分」も「かしこまっているときの自分」も、すべてが「自分」なんだという考え方が、「分人主義」です。これは『私とは何か』(講談社現代新書)に詳しく書かれているので、ぜひ読んでみてください。

さて、なぜ「分人主義」の話をしたのか。もう少し話を続けます。

「あまロス」という言葉をご存知でしょうか。朝の連続テレビ小説「あまちゃん」が終わって寂しいことを「あまロス」と言いました。同じように「ペットロス」という言葉もあります。「◯◯ロス」とは、何かがなくなってしまった喪失感を表しています。

人は、知り合いや仲がいい人が死ぬと悲しくなります。当然のことです。でも、親しくない人が死んだら、そこまで悲しみは感じません。人は、皆死ぬので、すべての人の死を悲しむことはないでしょう。つまり、「死」自体が悲しいわけではない。

それでは、「悲しい死」と「悲しくない死」、これは何が違うのでしょうか?

自分の中の「分人」というものが「相手によって引き出されるもの」だとしたら、その人が死んでしまったら、その「分人」はもう引き出されることがありません。その「分人」を喪失してしまった状態というのが、「悲しみ」なのではないか。分人主義ではそう考えるのです。自分の中の何かがなくなってしまったから、喪失感を抱く。

「ペットロス」というのは、ペットによって引き出される自分(分人)がもう出てこなくなる。あまロスというのは「あまちゃん」のときに引き出される自分(分人)が出てこなくなる。だから、寂しく思うのです。

平野啓一郎さんは「愛とは何か」ということも分人主義で定義しています。

「相手の何か」が愛おしいというよりも、その「相手といるときの自分」「相手によって引き出される分人」が好き、というのが「愛」なのではないか。心地いい自分、落ち着く自分を引き出してくれるから、その相手が愛おしく、それが「人を愛する」ということだ、と定義しているのです。

先ほど言ったように、『宇宙兄弟』の単行本は4ヵ月に1回しか発売されません。つまり、4ヵ月に1回しか『宇宙兄弟』に触れてくれてない。

どれだけ自分の人生に最高のアドバイスをしてくれる大切な人であっても、4ヵ月に1回しか会わない人だと重要度は低くなってしまいます。その「分人」というものは滅多に引き出されることがないから、毎日、出会う友人には負けてしまうのです。

『宇宙兄弟』を大切に思ってもらうためには、その「分人」を毎日引き出すことが重要になります。

可能ならば、1日に5回でも10回でも「宇宙兄弟分人」というものを引き出したい。さまざまなSNSを運用しているのは「これからの時代はSNSだ!」といった単純な考えではなく、『宇宙兄弟』と一緒に過ごす「分人」を持ってもらうようにしたいという戦略があるのです。

『宇宙兄弟』という分人を持っていると、どういうことが起こるでしょうか?

たとえば、たまにしか会ってない人から「司法試験受かったよ!」と急に言われたとしても、「ああ、そうか、おめでとう」くらいしか思いません。

一方で、フェイスブックの投稿などで、その人がどれくらい苦労しているかをずっと知っていたら、「そりゃあ、よかった! 一緒に祝おう。一杯飲みに行くか!」という話になります。

つまり、「分人」を共有しているかどうかが、ファンが作品により深く関与してくれるかどうかに、関わってくるのです。

これまで出版社は、自分たちが雑誌というメディアを持っていて、そこ経由で作家と読者をつなぎ合わせていれば十分でした。しかし、もはやその接触回数では、「分人」を引き出すことができない。そこで、コルクは、インターネット上にあるさまざまなスモールメディアを使って、作家、作品に対する「分人」をファンに持ってもらうように努力しているのです。

佐渡島庸平(さどしま・ようへい) 1979年生まれ。中学時代を南アフリカ共和国で過ごし、灘高校に進学。2002年に東京大学文学部を卒業後、講談社に入社し、モーニング編集部で井上雄彦「バガボンド」、安野モヨコ「さくらん」のサブ担当を務める。03年に立ち上げた三田紀房「ドラゴン桜」は600万部のセールスを記録。小山宙哉『宇宙兄弟』も累計1600万部超のメガヒットに育て上げ、TVアニメ、映画実写化を実現する。伊坂幸太郎「モダンタイムス」、平野啓一郎「空白を満たしなさい」など小説連載も担当。12年10月、講談社を退社し、作家エージェント会社、コルクを創業。

佐渡島庸平(さどしま・ようへい)
1979年生まれ。中学時代を南アフリカ共和国で過ごし、灘高校に進学。2002年に東京大学文学部を卒業後、講談社に入社し、モーニング編集部で井上雄彦『バガボンド』、安野モヨコ『さくらん』のサブ担当を務める。2003年に立ち上げた三田紀房『ドラゴン桜』は600万部のセールスを記録。小山宙哉『宇宙兄弟』も累計1600万部超のメガヒットに育て上げ、TVアニメ、映画実写化を実現する。伊坂幸太郎『モダンタイムス』、平野啓一郎『空白を満たしなさい』など小説連載も担当。2012年10月、講談社を退社し、作家エージェント会社、コルクを創業

メルマガはなぜ最強メディアか

以前から堀江貴文さんに「メルマガは最強のメディアだから活用するといい」というアドバイスをもらっていました。

ぼくはそのたびに「メルマガなんて、文字がただ羅列してあるだけで、まったく魅力的じゃないですよ。作家というのは、もっと見せ方にこだわるものなんです。ビジネス系の人じゃないと無理です」と反論していました。

だから、ずっとあえてメルマガをしていなかったのですが、そこまで堀江さんが言っているのだから「試しにやってみるか」と思って始めてみたのです。しばらく続けてみると、メルマガのすごさがやっとわかってきました。

コルクでは週に1回、小山宙哉さんや安野モヨコさんのメルマガを発行しています。作家本人が書くこともあれば、ぼくらスタッフが書くこともあります。

文章の質は、当たり前ですが、マンガには及びません。それでもちゃんと読んでくださって、反響も大きいです。特に質の高くない文章を熱心に読んでくださる。これはどうしてなのでしょうか?

メルマガと同じ文章をサイトに掲載していたらどうでしょう? たぶん誰も見ないでしょう。サイトというのはいわば「公共の場」だからです。

たとえば、100人の聴衆に対してぼくが話すとします。すると聴衆のみなさんはそこまでぼくに親近感を抱かないと思います。でも個室に一人ずつ来ていただいて、ぼくと1対1で話したら、親近感がわくでしょう。

メディアにもぜんぶ、親近感というものがあります。

サイトは親近感のわきにくいメディアです。ツイッターはそこまで親近感がないけれども、自分でフォローして選んでいるのでちょっとだけある。

フェイスブックは自分のプライベートを見せてもいいくらいなので親近感が大きくて、さらにLINEというのはもっとプライベートなので、かなり親近感があります。メールもLINE並みに親近感があるでしょう。

人には「パーソナルスペース」がありますが、そこに作家から自分の名前宛で直接メッセージが届く。

さきほどの〈親近感×質〉という面積で言うと、そこまですごい文章でなくても親近感を与えられることで、小山さんが魂込めて描いた『宇宙兄弟』と同じくらいのインパクトを与えることができるのです。

メールやLINEで、ファンにアンケートをとると、恐ろしいぐらいの熱量で、すごくたくさん返事が返ってきます。ぼくらスタッフは、その全部に目を通します。

こういうファンとのコミュニケーションは、書店に本を並べているだけでは起きませんでした。ファンと密にコミュニケーションを取りながら、一緒にモノを作るような時代になってきている。

今までよりも大変なのですが、実はより温かみを感じることができて、仕事のおもしろさが増しているのです。

*続きは明日掲載します。
【マスター】BookPicksフォーマット要点_20151014 (1).001 (1)