伊藤忠、J&Jでも成功。カルビー松本晃会長の「必ず勝つ経営」
2015/10/10
カルビーの会長に就任して7年目の松本晃氏は、6期連続最高益を更新中だ。ビジネスの本質を瞬時につかみ、必ず結果を出す手腕は、新卒で入社した伊藤忠商事時代に培われた。不良債権にあえぐ同社の子会社センチュリーメディカルに出向後、6年間で売り上げを20倍に拡大。ジョンソン・エンド・ジョンソンに転じると、6年間で売り上げを5倍に伸ばし、その後、社長に就任した。経営再建の要は「やめることから始める」。カリスマ経営者の実像を探る。
ビジネスにおける最大の目的は何か
伊藤忠商事での最初の配属は、荷役設備課。原材料や製品などの物流の拠点でフォークリフトにも乗りました。景気が良かったこともあり、非常に活況のある現場でした。
最初の印象は「ビジネスは学校の勉強ほど複雑ではないな、これなら何とかなるな」というものでした。僕がほとんど勉強しない中、大学院で唯一かじったのは「オペレーションズ・リサーチ」でした。
もともとはアメリカで「どうすれば戦争に勝てるか」を科学的にアプローチしたことから生まれた学問で、終戦後はそのままビジネスに転用されるようになりました。
つまり、設定された目的を、いかにして最短で達成するかを算出する技法については、ある程度理解していました。
数学でも仕事でも、人には演繹的にこなすタイプもいれば、帰納的にこなすタイプもいる。単純に考えて、ビジネスには必ず明確な目的があるわけですから、帰納的にアプローチするのが正解であるはず。理数系が苦手だった僕からすると、これは数学よりもむしろ簡単な論理だと感じました。
では、ビジネスにおける最大の目的は何か。それは──。
お客さまは何が決め手で買うのか
営業を通して悟ったのは、お客さまというのは“買いたい物を買う”のではないということ──。
何かひとつの仕事をきっかけに縁ができた取引先には、徹底的に自分を売り込む努力をしていました。
相手が望むのであれば、休日のゴルフの運転手だろうが、夜の席のお酌だろうが、何でもやる。ほとんど芸者のような新人だったと言ってもいいですね──。
入札の敗因は何か
入札で一度だけ経験した失敗からは、非常に多くのことを学びました。
端的に言って、「入札の敗因は金額ではない」ということを思い知りました。入札は事務的な数字のやり取りに思えますが、実際はそれだけではありません──。
入札には二等賞も銀メダルもありません。むしろ、手間とコストだけがかかって何も得られない二等賞は、最も効率の悪い結果とも言えます。
入札には三菱商事などの国内大手企業のほか、アメリカの大手企業も多数参加していましたが、単に入札金額で一番になろうということは、すべての参加企業がやっている。だから、同じことをやっていても勝てるわけがありません──。
経営再建は「やめることから始める」
出向先で用意されていたのは、役職的には上から5番目くらいのポストでしたが、実質的な裁量ではナンバー2のポジションでした。
僕はそこで営業のすべてを任されることになりました。
カルビーで行った再建策にも通じるものですが、「やめることから始める」というのは、当時からの私のスタンスでした。
経営再建というと難しいことのように思われがちですが、私がやったのは非常にシンプルなことなのです──。
45歳の節目に退職届を提出
結果を出していながらも、本社のほうから一向に「戻ってこい」というお達しがありません。
一般的には出向というのは、長くてもせいぜい5年程度。ところが6年目に入ってもほったらかしなところを見ると、きっと「あいつは働かせておいたらどんどん利益を出すから、そのまま置いておこう」と思われていたのでしょう。
それならもう辞めてしまおう。そう決断するまでに、さほど時間はかかりませんでした。
僕はもともと、45歳になったら会社を辞めるつもりでいたからです。なぜなら──。
辞めてみなければ世間で認められているかわからない
伊藤忠商事本体の常務からは、「辞めるんだったら俺のところに来い」と声をかけてもらいましたが、その時、僕はこう返したのを覚えています。
「その場合、僕は常務ですか?」
しかし、もちろんそんなわけはなく、常務と同じ部屋に席が置かれるだけです。
もはや辞めることに迷いはありませんでした。何よりも、辞めてみなければわからないことがたくさんあるだろう、という期待がありました。
僕が自分にいくら自信を持っていたとしても、もしかすると世間では認められていないかもしれません。
僕は6年で1つの医療機器企業をトップ企業に育て上げたけど、それを果たして世の中の人がどれだけ認めてくれているかは、辞めてみなければわからないことなのです──。
ジョンソン・エンド・ジョンソンへ。大赤字を黒字に転換
退職が決まると、実に多くのお誘いが舞い込んできました。大手から中小企業まで含め、優に20社を超える会社が僕を欲しいと言ってくれたのです。
最終的にジョンソン・エンド・ジョンソンに決めたのは──。
6年間で売り上げを5倍にし、それまでの大赤字を黒字に転化させることに成功しました。それらの実績が認められ、次の社長に選ばれることになったわけです──。
残業代廃止から3年で給料倍増
さまざまな面で経営の改革を行っています。その1つが、残業代を廃止したこと。
これは単に経費削減を狙ってのことではありません。残業代のコストというのは、会社全体からすれば微々たるものであり、決して惜しいものではありません。
それよりも問題なのは、残業手当を支給することで、働く人間の行動のパターンに悪影響を及ぼすことです。つまり──。
もし、毎日午後2時には業務を終えて帰るようになったとしたら、人はどのように時間を使うでしょうか。少し想像してみただけでも、実にワクワクするはずです。
そういった生活が人間の感性を磨く、レベルを向上させるのだと僕は思っています。そして仕事ができる人というのは、そういう人であるはずです。
だらだらと机に向かっていられるほど、人生は長くないのです。それをやることで自分に何が返ってくるのかを、もっと真剣に考えるべきです。
あまり僕の耳には入ってきませんでしたが、残業手当が廃止されることに対して、反発もあったはずです。
しかし結果的に僕は、3年で社員の給料を倍にしています。残業代に対する不平の声が聞こえてこないのも、当然と言えるでしょう──。
女性を活用して業績好調
何か新しいことに着手する場合は、具体的な数字を掲げることが大切です。僕は当面の目標値として、「35、25、25」という数字をボスに提示しました。
まず、全社員の中の35%を女性にする。そして、管理職のうち25%を女性にする。最後に、執行役員の25%に女性を起用するという意味でした。これを6年後の定年までに達成するのだ、と。
社内には年配の役職者を中心に抵抗勢力もありましたから、ある程度は力づくで事を進める必要があったのも事実です。
中には「役職に就きたがる女性なんてまずいないだろう」と懸念する声もありました。
しかし、実際に手を付けてみれば、これが大きな誤解であることがわかりました。女性の中にも上に立ちたいと思っている人材は存在するし、責任ある仕事を任されたいと思っている人が大勢いるのです──。
僕がジョンソン・エンド・ジョンソンの社長をやっていた時は、14部門のうち6つの部門のトップに女性を起用しました。それで何か問題が起こるはずもなく、むしろ業績は好調でした──。
カルビーに感じたポテンシャル
僕が定年をもってジョンソン・エンド・ジョンソンを辞めると知って、カルビーの三代目社長・松尾雅彦さんから「社外取締役をやりませんか」と声がかかり、2008年の6月から社外取締役をやらせてもらうことになりました。
普通、社外取締役というのは、月に1度しか顔を出さないものなのでしょうが、僕は週に1日は会社に行きました。そのおかげでカルビーの現状をよく知ることができたし、松尾さんともさまざまな話ができました。
そのうちに、カルビーという企業が非常にもったいない状態にあることがわかりました。シェアを見れば、スナックだけなら当時から断トツ。売り上げの伸びは止まっていましたが、それでも2番手とは圧倒的な差がありました。
それにもかかわらず、まるで儲かっていないのは不思議なことです。松尾さんにもこの当時、「これはよほど下手なやり方をしているからだ」と、憎まれ口を叩いたものです(笑)。
それと同時に、どうすれば利益が上がるのかを、自分なりの経営哲学をまじえて説明もしました。結局そのまま、1年の社外取締役を経て、僕はカルビーの代表取締役会長兼CEOに就任することになりました──。
6期連続最高益ということで、たびたびメディアに取り上げていただく機会がありますが、そのからくりは非常にシンプルなのです──。
(予告編構成:上田真緒、本編聞き手:上田真緒、友清 哲、構成:友清 哲、撮影:竹井俊晴)
ビジネスはシンプルなもの
松本晃(カルビー 会長)
- 伊藤忠、J&Jでも成功。カルビー松本晃会長の「必ず勝つ経営」
- 麻雀、競馬に明け暮れた大学時代。モラトリアムを延長して大学院へ
- 伊藤忠商事で“芸者”になる。「ビジネスは学校の勉強ほど複雑ではない」
- 伊藤忠商事での失敗で学んだこと。「二等賞は最も効率の悪い結果」
- 潰れそうな伊藤忠子会社に喜んで出向。黒字に転換したシンプルな経営再建策
- 45歳で伊藤忠を退職。世間の評価は辞めてみなければわからない
- ジョンソン・エンド・ジョンソンで残業代を廃止。給料が倍増した
- 「勝つか死ぬか」ダイバーシティをやらなければ企業は良くならない
- 企業の優先順位、第一は「世のため人のため」。第二、第三は?
- 「カルビーはなぜ儲からない?」ビジネスの成功に必要なのは“地頭”だ
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