朝日新聞に提案。「甲子園にビジネスを入れ、過密日程を解消しませんか」

2015/8/5

「学生野球の商業利用はしません」  

──朝日新聞社のスタンスとしては、甲子園大会の運営では一定の収益が計上され、分配金を軟式野球選手権、少年野球の振興などに回せるくらいの金額が出ればいいという考え方ですか。
高蔵 そうですね。今年は100年目の大会で、いろんな記念事業をやります。そういうのに、結構、おカネがかかるんですよね。たとえば優勝旗がボロボロになっているので、100回大会をめどに新調しよう、と。優勝旗を新調すると、100万円、200万円というわけにはいきません。(3年後の)100回大会は記念大会なので、55校に学校数が増えます。当然、そこの交通費や宿泊費も増えますよね。
──交通費、宿泊費は朝日新聞社の負担なんですか。
大会費から出しています。選手の交通費に関しては、すべて支給していますね。宿泊費に関しては、(1日)3000円を補助します。(足が)出た分は、自分たちで持ってもらいます。その代わり、(運営側で)ホテルも何もすべて抑えていますから。
──1泊3000円というのはどういう基準なのですか。
前は違ったんですよ。7500円だったかな。ところが、3年前だったかな。大会の収益が下がっているから、そういうものの見直し作業をやったんです。
高野連は明石で行われる軟式の全国大会も主催しています。その大会には宿泊費を出していなかったんですね。「そこの差は埋めたほうがいいんじゃないか」となり、軟式も硬式も同じ3000円にしたんです。硬式を削って、軟式にあげたということですね。基準があって3000円にしたわけではなく、全体的な見直しの中でフラットにしました。
──そういう話を聞いていると、高校野球はもっとビジネス化して、おカネが回るようにしたほうが、高校にとってもメリットがあると感じました。
だけど、それは学生野球憲章があって、あくまでも教育の一環でやっているんですよ。「学生野球の商業利用はしませんよ」ということで、日本高野連は財団法人に認定されているわけであって。もしやろうとなったら、公益財団法人から株式会社日本高野連にするしかありません。
それで世間が納得するかとなったら、「子どもにそんなに暑いところで野球をやらせて、その上がりでお前たちはメシを食っているのか」とか、下手したらそうなりますから難しいですよね。あくまでも学校の現場、クラブ活動でやっている子なので。プロでやっている子ではないのでね。だから、テレビの放映権料も取っていないわけです。
──おカネが回るようにして、高校生の宿泊費を増やしてあげるのはありだと思いますけどね。
だいたい甲子園に出ると、地域とかOBとかが喜んで、多額の寄付が集まるんです。
──それはそうですけれどね。学校によっては、まだ40年前の寄付金が余っているほどの額が集まるとか、信じ難いと思います。
1回戦で負けたりすると、(寄付金が)余っちゃって室内練習場をつくったとか。学校に石像をつくったりして、使っていますけれどね。応援団に還元したりとか。戦後間もなくはともかくとして、今はそれ(おカネの問題)で困るということにはなっていないですからね。

高校野球は朝日新聞にとってのブランド

──高校野球を報じることに朝日新聞にはどんなメリットがありますか。
報じることによって高校野球に対する注目が集まって、お客さんも来てくれるし。そうなると、高校野球を永続的に運営するだけの資金が高野連に落ちるということですよね。高野連の運営もやりやすくなる、と。日本高野連に補助金があるわけですよね。そういうので、地方大会の運営がしやすくなるということもありますよね。
──夏の地方大会から甲子園大会にかけて、朝日新聞の販売部数は伸びますか。
相関関係はなかなか難しいですね。たとえば地方大会の場合、地方紙のほうが紙面をたくさん持っているから、それまで朝日新聞をとっていても、自分の息子が高校野球をやっているとかなると、地元紙に乗り替える人が出てくるんですよ。
ただ、それだけ地元紙が報じてくれるとなれば、単に収益がどうのこうのというより、主催している社としてのブランドというか、おカネに換算できないような魅力があると思いますね。
──では、朝日新聞は高校野球で儲けてはいないのですか。
高校野球のページもたくさんつくっているし、それによって、そのページに広告がついたら広告収入になりますから。だけど高校野球だから広告がつくのかと言ったら、そうでもないですよね。
──朝日新聞だから、広告がつくということですか。
もちろん、それはあります。「高校野球と親和性があるから、炭酸飲料の広告を出しましょう」というケースもありますよ。ただ新聞の広告と、高校野球の関係(を語るの)はなかなか難しいだろうなと思います。
まだテレビなんてない時代、ニュースを知るのが新聞しかない時代は、おそらく良かったと思います。第1回大会から戦後のしばらくくらいまで、野球の好きな人なら「朝日新聞が一番詳しいから、とるか」というのがあったと思います。
今はそういう意味で、メディア環境が変わっています。知りたい情報はスマホでパンパンとれるじゃないですか。新聞をとらなくても、全部わかるんだから。朝日新聞が高校野球でそんなにメリットがあるかと言ったら、そんなにはないですよ。
──ビジネス的なメリットはない、と。
ビジネス的なメリットよりも、ブランドなんです。高校生のスポーツを応援していますよ、と。高校野球のイメージがあるじゃないですか。一生懸命で、フェアプレーな精神でやって、すごく清潔感がある。そういうのと朝日新聞のイメージがかぶさってくれば、一番いい話であって。そこのところで、やはり高校野球を主催している意味があるのかなと思います。

NHKが「無料」で全試合中継する理由

──読売新聞の元記者によると、同社内でプロ野球は「社業」と言われているそうです。朝日新聞にとって高校野球はどういう位置付けですか。
社業ですよ。朝日新聞が持っているコンテンツの中でもトップクラスのものだと、社長も含めて同じ意識だと思います。
──新聞社がイベントをつくって、それを報じるということが昔はありましたね。日本の文化をつくるうえで、新聞社の貢献は大きかったと思います。
最初のメディアは新聞ですからね。ラジオやテレビは後発ですから。今、NHKが全試合やっているから、世間の人は春と夏を含めてNHKが主催していると思っている人もいるんですよ。
──公共放送が全試合を放送するとか、すごい話ですよね。
昔、高野連の会長をやっていた佐伯(達夫)さんがほとんど口約束というくらいで結んだみたいです。放映権料はとらないから、全試合やってくれ、と。そう言ったとか、言わないとか。ほとんど口約束なので、契約でもなんでもないですけどね。
だけどNHKからすれば、夏の間、朝から夕方までずっと流して、ある程度の視聴率がとれて。本当に優良なコンテンツですよ。あの期間中、NHKの職員が夏休みをとれるわけです。あんな安上がりでね。(甲子園球場)1カ所でやっているわけですから。そこにカメラもいるし、おカネもかかっているけど、甲子園から全国に流して、ここの職員は夏休みをとれるんです。「来年からNHKとうちの契約をお断りします」と言ったら、あの期間中、番組制作費がどれだけかかることでしょう。
──メディア視点で言えば、2010年に朝日新聞と毎日新聞が相互後援になったのはどういう経緯ですか。
お互い高校野球を主催しているわけだから、サポートし合いましょうねということです。これはうわさですが、どうも読売新聞が選抜大会を買おうとしているとかね。そういう話があるとか、ないとか、流れていたのは確かですね。がっちりスクラム組んで、高校野球は両者で残りましょうよということもあったかもしれないです。裏をとった話ではないので、わかりません。

「公平な運営条件を考え続けるしかない」

──ここまで高校野球が100年間続いてきたことについて、高蔵さんはどう思いますか。
すごい大会をこれまでやってきたな、という気がしますよね。それだけ日本人が高校野球を好きだったんでしょうね。実際考えてみると、今年は高校野球ができて100年じゃないですか。東京六大学野球が始まったのは、高校野球の10年くらい後です。プロ野球は、さらに10年くらい後ですよね。
この100年ずっと、第1回から今まで人気を保ち続けてきたのは高校野球だけです。東京六大学野球は戦前から戦後の少し後まですごく注目されていたけど、今は見る影がないですよね。プロ野球は戦後じゃないですか、こんなに注目されたのは。
テレビが普及するのに従って、王、長嶋が入団する頃にグーっと上がってきた。そう考えると、高校野球は日本の野球界の土台だなという気がしているんですよね。それを100年間続けてきているのは、すごいことだなと自分で思いますね。
──そういうすごい歴史があり、人気もあって、そこでプレーしていくのは高校生たちです。歴史、人気、高校生の未来をてんびんに掛けるとしたら、一番守らないといけないのはどれですか。
うーん……それはてんびんに掛ける話ではないと思います。一緒に考えなければいけない話だと思います。選手をこき使ってケガ人ばかり出していたら、「何という大会をやっているんだ」となるし。不公平な大会をやっていたら、見放されるし。てんびんに掛ける話ではなくて、一緒に考えていかなければいけないと思います。
──すべて大事、と。
どうやったら公平に、公正に大会を運営できるか。子どもたちにその条件を提供できるか、考え続けるしかないと思います。今年や来年でどうしろ、こうしろと言ってもおそらくできないと思うし。だけど主催するからには、そこのところに責任を持って考えていく。少しでもいいから理想に近づけることをやっていくしかないと思います。
ケガにしたって、いかに段階を踏んで、上(プロ)に行く人間は上でも伸びるように育てるか。高校でやめる子は、そこでいかに満足してやめてもらって、高校を卒業したら別の道に行くのか。100人が100人、みんな満足して出ていくことはなかなかあり得ないと思いますけど、どれだけ多く満足してもらって高校野球から送り出せるか。これはおそらく、あと100年経っても答えは出ないと思います。
だけど、これから中学生の数が減っていきます。高校もどんどん統合されて、加盟校も減っていますからね。また新しい状況が出てくると思います。そのときになって考えるのではなく、傾向が見えているので、今のうちから準備しなければならない問題だと思っています。
というのは1993年にJリーグができて、サッカーブームになりました。あの年を境に、甲子園のお客さんがガターンと減るんです。一番少なかったのは、当時は(甲子園球場に観客を)5万5000人入れていた時代で、総入場者が15日間で64万人。ガラガラです。一番危機感があったのが、93年から10年くらいですね。本気で、「このまま高校野球をやる子がいなくなるのではないか」「どんどん減って、甲子園を運営できなくなるんじゃないか」とか、そういう意見もありました。すごく危機感があったのも事実です。

「直すべきところは、直さないといけない」

──今後日本の人口は減っていくわけですし、必然的に野球部員も減りますからね。
そうなんです。ただ、1度サッカーに押されてガクッと落ちても、やっぱり高校野球に戻ってくるところがあるんです。だからきっと、ほかのスポーツにはない、プロ野球や大学、社会人野球にはない魅力があると思うんですよね。そこは変わらない部分なんです。変わらない部分があって、そこはブレてはダメなんです。そこが変わっちゃったら、おそらく加速度的に離れていくと思います。
──変わらないところは残しつつ、変えるべきところは変える、と。
変えるべきところは、結構、変わっているんですけどね。昔に比べると、いろいろ変わっているんですよ。
──確かに、10校で始まった大会ですもんね。
そうです。至らぬところは、たくさんあるんです。僕らもそれを認識しています。4000校が参加する大会を1、2年でどう変えるかと言ったら、これはなかなかできなくて。「来年よりも再来年、さらに良くしよう。今年はここを直していこう。次はここを直していこう」とやってきたのが、100年間の歴史です。試行錯誤をずっとやってきています。
2回大会では、敗者復活戦をやりました。3回大会で敗者復活の愛知一中(現・愛知県立旭丘高校)が優勝したから、「夏の大会は、1回負けたチームが優勝するのは何事か。そんな大会でいいのか」と、やめたわけです。いろんなことがありました。第1回大会のときは、うちの社長が勝ったチームにプレゼントをあげていました。でも、アマチュアリズムなんていう言葉がない時代から、「そういうことにはケジメをつけないといけないだろう」ということで、やめさせました。ずっとそういうことをやっています。
──では今後も試行錯誤して、いい大会にしていきましょう。
いろいろ取材されてきて、「こういうところがおかしいじゃないか」というのがあれば、指摘してください。直すべきところは直さないといけない。自分で気づくところもあれば、周りから見て気づくというところもあるんです。

取材後記「変革の第一歩を踏み出そう」

2014年12月2日付の朝日新聞に、同年夏の甲子園大会の収支決算についての記事が掲載されていた。
収入は4億4996万8159円で、支出は3億4040万5709円。差し引き1億956万2450円の剰余金、つまり収益が上がっている。
このカネはいったい、何に使われたのだろうか。同記事によると、「全国軟式野球選手権大会関係費500万円や、少年野球振興補助金100万円、日本学生野球協会補助金100万円に配分するほか、日本で来夏開催予定の第27回U18(18歳以下)ワールドカップの開催費用や高校野球振興・発展に寄与する事業などに充てる予定です」という。
計700万円の使い道こそ明記されているが、残りの1億256万2450円の剰余金はどこに行くのだろうか。これは決して、朝日新聞のポケットに入るわけではない。記事に書かれているように、今年の甲子園大会の直後、8月28日から開幕するU18W杯の開催費用にほとんどが充てられるのだ。朝日新聞と毎日新聞、高野連は数年前から甲子園での剰余金をプールし、今夏のU18W杯の開催費用を積み立ててきたという。
たとえば、ほかの国がこうした大会を開催する場合、どこかの企業が運営に入り、おカネをうまく回していくことになるだろう。
しかし日本の場合、高校野球を仕切るのは朝日新聞、毎日新聞と決まっており、「教育の一環」として存在する公益財団法人高野連は「カネ儲け」することが認められていない。そこで甲子園大会から積み立て、主管として世界大会を運営するのだ。
名目をぼやかしながら何とかカネを回しているように見えるが、ここで考えるべきは、高野連の在り方だ。公益財団法人である以上、法的に、利益を求めることが認められていない。そのため甲子園大会ではテレビ放映権料が発生していないが、これを適正な額で売却し、選手たちの宿泊費の増額や応援団の費用など諸経費に充てればいいと思う。最終的に利益をある程度に抑えれば、公益財団法人としての立場は保たれるはずだ。
一定のおカネを生み出せば、学校関係者の負担が減るだけでなく、大会日程に余裕を持たせることも可能になる。会期を伸ばした際、余分にかかる甲子園球場の使用料や選手の旅費、宿泊費は、十分に賄えるはずだ。個人的には試合会場を甲子園だけでなく、京セラドーム大阪やほっともっと神戸まで広げてもいいと思っている。
なぜなら高校野球の公益性や聖地・甲子園での戦いも大事だが、最も守るべきは選手たちの未来のはずだ。率直に語ってくれた高蔵氏には感謝するものの、性善説に立っているように感じられた。確かに良識のある指導者なら高校生の未来を第一に考えてくれるかもしれないが、勝負の場に立つ以上、指揮官としてチームの勝利を最優先するのは当然のこととも言える。
だからこそ、ルールで選手や指導者を守る必要があるのではないだろうか。球数制限やタイブレークの導入には慎重な議論が必要だが、過密日程の緩和は、テレビ局を除けば多くの人が賛成できるはずである。
高校野球にもう少しおカネがうまく回る仕組みをつくれば、そうしたことが可能になると思うのだ。まずは一歩、大きな一歩を踏み出すことが、より良い高校野球をつくっていくために不可欠である。
(取材・文:中島大輔)