TV_bnr_07

テレビ局が生き残るためのヒント(前編)

「テレビ離れ」は明確。今後5年、動画配信は急速に普及する

2015/7/21
特集「テレビの『次』」に掲載されているインタビューは、非常にタイムリーだ。まさに「テレビの『次』」を考えるうえでさまざまな示唆に富むもので、インスパイアされることが多かった。フジテレビの大多亮常務、日テレの戸田一也氏、Hulu(フールー)の岩崎広樹氏のインタビューから透けて見えるのは、地上波テレビが直面しつつある「テレビの限界」に対する危機感の強さだ。インタビューを振り返る前に、これからの5年間でテレビを取り巻く環境がどのように厳しくなるのかを考えてみよう。

かつてなく高まる業界の危機感

まず、最大の危機は「視聴率が下げ止まらない」ということだ。

HUT(総世帯視聴率)は2005年度以来、ほぼ毎年下がり続けており、昨年度は計測開始以来の最低を記録した。そのトレンドは変わらず、今年度に入ってもさらに前年度を下回る数字が続いている。いわゆる「テレビ離れ」は明白だ。

ところが、テレビ広告費はリーマンショックの影響を受けた2009年度を底に、翌年から少しずつ増え続けている。まず、この謎解きから始めよう。

以下に、在京キー局5社の年度別のタイム収入とスポット収入の合計と、全日視聴率合計の推移をグラフ化した。
 tv07_視聴率合計

全日視聴率は9年間で6.3ポイントも下落したが、これは昨年度のキー局1局分の平均視聴率を上回る数字だ。この9年間で、テレビ局がひとつなくなったに等しい。

その一方、キー局5社のタイム収入とスポット収入の合計は、2009年度に急減したものの、翌年度からはジワジワ増え続けている。

これをどう理解すればいいのだろうか。ほんの数年前まで、テレビ業界では「テレビ広告の価値が再評価されており、テレビはまだまだ大丈夫だ」という意見が多かった。

この辺りはネット業界や世間一般の認識とはだいぶズレるが、事実そうだったのだ。ところがその後も下げ止まらない視聴率に、今、業界の危機感はかつてないほど高まっている。

視聴率低下でも、広告費が増えるナゾ

ではなぜ、視聴率が下がっているのに広告費は増えるのか。

一般に、広告費は景気と連動すると言われている。そこで、キー局5社の全日視聴率の合計1%あたりのタイム収入とスポット収入の合計、つまり地上波テレビ広告の値段の変化と、景気動向指数(年度平均)の変化、そして5局の全日視聴率の変化を、それぞれ2005年度を1として比べてみた。
 tv07_変化率 (1)

すると一目瞭然、テレビ広告費の値段(視聴率1%当りのタイム+スポット収入)は景気動向ときれいに連動している。2009年度を底に、V字回復していることがわかるだろう。

より詳細に見ると、テレビ広告費は景気全体を上回るペースで回復している。景気動向指数は昨年、ようやく1、つまり2005年度レベルまで回復したところだが、テレビ広告の値段は2006年度のピークをわずかながら超えている。テレビ離れ現象はもはや明白なのに、ピーク時より値段が上がっているのだ。

このテレビ広告の高価格は、バブル状態と言えるのではないのだろうか。この先、この「テレビ広告バブル」が崩壊する恐れはないのだろうか。

それを考えるうえで重要なのは、5年後の2020年の東京オリンピックまでにテレビに起きる急激な変化だ。

真の脅威は、視聴スタイルの変化

「黒船来襲」などと騒がれているネットフリックスの日本上陸だが、ネットフリックス自体は恐れる必要はない。日本には有料会員数100万人超の「フールー」や、500万人超の「dTV」があり、それ以外にも多くの動画配信サービスが存在している。

ネットフリックスが9月にサービスを開始したからといって、すぐに何百万人もの視聴者が契約しテレビが大打撃を受けるといった事態にはならないだろう。

テレビにとってむしろ怖いのは、ネットフリックスがきっかけとなって、テレビ画面が動画配信サービスに奪われることだ。

ネットフリックスはテレビ画面を獲りにきている。米国ではテレビのリモコンにネットフリックスボタンが標準装備されているが、日本でも同じことが起きるだろう。

そうなれば視聴者は、地上波テレビを見ていても、すぐにボタンひとつでネットフリックスに移ってしまう。このネットフリックスに刺激され、フールーはもちろん、もともとは携帯電話向けの動画配信サービスだったdTVも、視聴デバイスはテレビにシフトしているという。

しかも、各動画配信サービスはネットフリックスに負けじとコンテンツの充実とユーザーインターフェースの改善に励んでいる。今後、これまで以上に魅力的なサービスを提供するだろう。

しかも動画配信にはビッグデータという強みもある。ネットフリックスはレコメンド機能(オススメ番組提示機能)が非常に高度で、ユーザーは一度ネットフリックスを見だすと、次々見てしまうと言われる。

dTVもネットフリックスと同じような方式で、かなり精緻なレコメンド・エンジンを開発しており、ユーザーを逃さないユーザーインターフェースとなっている。

そして「ネットフリックス進出」がさまざまなメディアで取り上げられることによって、これまでネットにテレビをつないでいなかった8割の人たちも、動画配信サービスを知ることとなり、ネット動画などを見たことのない人たちがテレビ画面で地上波テレビではなく、ネット動画を見るようになる。この視聴スタイルの変化が、今のテレビにとって一番怖いのだ。

「テレビ広告バブル崩壊」のリスク

しかも、2020年には東京オリンピックが開かれる。前回、テレビの大規模買い替え需要があった2011年の地デジ化から9年、ちょうどテレビの買い替えタイミングと重なる。これから市場に出てくるテレビは、「4K対応」と「簡単にネットにつながるスマートテレビ」が標準になる。ついでに、一発でネットにつながるボタンがリモコンにつくようになるのだ。

ところが、少なくとも5年後の時点では、地上波テレビでは4Kの番組を見ることはできない。4Kが見られるのはBSやCSの一部やケーブルテレビ、ネットフリックスなどの動画配信サービスだけだ。せっかく4K対応テレビを買っても、4Kの番組を見るには地上波テレビ以外を見るしかない。それならネット動画を見てみようと思う人がどんどん出てくるだろう。

こうしたさまざまな環境変化が重なり、この5年間で動画配信サービスは急激に普及するだろう。そしてテレビ画面は、地上波テレビ、ネット動画、BS放送、HDレコーダーによる録画視聴、CS放送、ケーブルテレビ、テレビゲームやBlu-ray(ブルーレイ)などによる争奪戦のフィールドとなる。

テレビ画面を奪われるということは、直接、視聴率を奪われるということだ。

さらに、景気は2020年まではなんとか持ちこたえるが、それ以降は大きな崖が待っているとの見方が強い。景気と連動するテレビ広告費が仮に2020年までは大きく下落はしないとしても、その後、景気後退が始まった途端にバブルが弾け、地上波テレビがビジネスとして一気に危機に陥るリスクは否定できない。

テレビ局経営者はこのことを十分意識し、今から対策を講じていかないと、2020年にはとんでもない事態を迎えることになるだろう。

これが、テレビが直面しつつある危機の正体だ。これを踏まえて、今回のインタビューを振り返ってみる。

最後の聖域「テレビ画面」を取りにくる

フジテレビの大多氏は、真っ先にネットフリックスとの協業に踏み切った理由について次のように話している。

(動画配信市場での)パイの取り合いをする中で3年後、5年後にその一角を、少なくも5社、6社というふうになったときに、フジテレビオンデマンドが生き残るための手立てのひとつが、ネットフリックスとの協業なんです

一番困るのは、動画配信事業があと3年後、5年後に、数社が残って、フジテレビが自然淘汰(とうた)されてしまうことです。この状況を何としても避けなきゃいけない」(詳細記事は、こちら

大多氏は、強い危機感を持ち、他局に先駆けてネットフリックスと組むことを決断。「一刻も早く行って、北極点とか南極点と一緒でとにかく最初に旗立てろって気持ちで」部下たちにハッパをかけたという。大多氏はなぜこれほど動画配信サービスに固執しているのだろうか。

大多氏が注目しているのは、このところ動画配信サービス普及のスピードが急に加速していることだ。大多氏は、動画配信サービスについて「これから3年くらいが勝負だ」と言っている。

そして、フジテレビがオンデマンド事業をスタートした頃を振り返り、以下のように語っている。

2008年当時、『これで見る人がいるのか?』って言われていたんですよ

ところが、ここにきて急に100万人だって声を聞くようになった。スマホで見る、PCで見る、テレビに接続して見るみたいなことが、やっと今、回り始めたところです。その中で、こんなサービスがあるんだって、やっと一般の人がわかってくるようになった。そういう意味じゃ、フールーとかネットフリックスっていうのは、起爆剤としては大きい

やはりネットフリックスの日本進出がきっかけとなり、インターネットで映画やドラマを見る人たちが急増すると予測している。さらに大多氏は、フールーやネットフリックスが、テレビ画面を取りにくることを警戒している。

みんな怖いんです。だってこれからはテレビ画面を直接的に取ってくるわけだから

やっぱり最後はテレビ画面を取りにくる。アップルもそう。だから仕方ないですよね。そういうサービスが、世の中にテクノロジーの進化として出ているわけだから

実際、dTVでは、最近テレビでの視聴が急激に増えているそうだ。ユーザーがテレビ画面で動画を見るようになれば、その分、地上波テレビは見られなくなり、テレビ局にとって何より大切な視聴率が、確実に削り取られる。

それでも動画配信に力を入れることについて大多氏はこう言っている。

勝負していかないと自分たちも進化できないし、侵食される危険性をはらみながらも勝ち抜くしかない

この大多氏の持つ強い危機感は、まさに今、産業としてのテレビが生き延びるために必要なものだ。

自社完結モデルからの卒業

大多氏はこのほかにも、非常に興味深い発言をしている。データについてだ。

先にも述べたが、ネットフリックスはユーザーの視聴データを駆使して精緻なアルゴリズムを組み立て、ユーザーに対してレコメンド(オススメ番組)を伝える。そしてネットフリックスの番組視聴動機の実に75%が、この非常に良くできたレコメンドによるものだ。

つまり一度ネットフリックスを見てしまうと、次々と魅力的な番組が提示され、ユーザーはネットフリックスから離れられなくなってしまうという仕組みだ。

大多氏はデータの提供について、「そのデータを共有できないのかという話をしたら、『はい、どうぞ』って言ったけれど、『使いこなせるほど甘いもんじゃないよ』という感じのことは言われました」と話している。

このような重要なデータは、ネットフリックスでは門外不出扱いだと私は思っていたのだが、実は違った。重要なのはデータそのものよりも、それをどう処理し、加工し、利用するかだったのだ。これは驚きだったが、それほどネットフリックスは、膨大な視聴データのビッグデータを解析する技術に自信を持っているということだろう。

ネットフリックスは年間180億円以上をこのレコメンド機能開発に投入している。やはりこのようなビッグデータ解析は、これまで大雑把な視聴率という指標しか扱ってこなかったテレビ局が、気軽に手を出せるものではなさそうだ。

たとえば、TBSはすでに、データ解析企業のデータセクションと資本・業務提携している。

大多氏も「そういうテクノロジーを手に入れるための協業とかはいくつか考えています。僕らも自社開発は無理だし、そんなのおカネだけかかって素人がやるところじゃない」と語っている。テレビがネットの世界に乗り出していくには、これまでのように独力ですべてを支配するやり方から卒業しなくてはならない。

従来のテレビのビジネスモデルは、規制という壁に守られながら、テレビ広告というとても効率的で儲かるマネタイズ方式に頼ってきた。すべての利益を壁の中に囲い込み、それを一滴たりとも外に漏らさないというビジネスの仕組みを60年間かけて完成度を高めてきたものだ。

しかし、インターネットによって壁の外側にもコンテンツの流通経路がどんどん発達している。その領域には規制が効かず、テレビ局の強大な影響力もおよばない。このままでは壁の内側で生み出せる利益は縮小し、コンテンツ制作にかけるおカネも先細ってしまう。

このまま座して自然死を迎えるよりは、ネットの世界に乗り出して、リスクをとってでも次のビジネスに進化する──。それ以外に選択肢はないのだ。

大多氏の正しい「危機感」

さらにテレビにとって厳しいのは、ネットの世界ではこれまで60年間培ってきた知識や経験が役に立たないことだ。過去の華やかな成功体験は、これからの進化にとってむしろ妨げになってしまう。

テレビが進化を遂げるためには、独力ではとても無理だ。この視聴データというビッグデータが良い例である。テレビが次の時代のメディアとして生き残るためには、さまざまな外部プレーヤーと組んで、新しいビジネスモデルを開拓していかなければならない。

しかしそれは、利益をすべて抱え込むというこれまで60年間、繰り返し刷り込まれてきた経営感覚とは正反対だ。どのテレビ局にもどんな企業にも、今までのやり方から脱皮できない勢力はいる。

大多氏も、そうした保守的な人たちについて、「もちろんいるし、『ネット事業の儲けがフジの屋台骨になるほどの大きさにはならない』と言う。『われわれはあくまでも地上波の非常に大きな広告収入だけで今後もいくんだ。そんなケタが3つぐらい違うのに余計なことをするな。ネットが先進的で、こっちに行かなきゃダメだなんて意見に惑わされちゃいけない』と思ってる人もたくさんいます」と述べている。

大多氏のように正しい危機意識を持ち、時代を見通している人は、実はテレビ業界では少数派だろう。テレビの未来はまだまだ霧の中だ。

コンテンツを小ピース化する必要性

もうひとつ、フジテレビ大多氏の注目すべき発言はこれだ。

われわれのつくっているドラマや映画は、少なくとも何億円もかかるプレミアムコンテンツなわけですよ。一方、素人の何気ない動画がYouTube(ユーチューブ)とかニコニコ動画にあふれていて、それを楽しむ人がどんどん増えている。われわれは可処分時間の奪い合いをしているわけです。

そうすると今後、5分、10分、15分のコンテンツなどいろいろなバージョンの制作力も磨いておかないといけない。制作費はかけりゃいいってもんじゃない。だから、そのへんの狙い目も視野に入れておかないと。やっぱりテレビ局ですから動画は負けるわけにいかない

コンテンツのサイズを小さくすることは、ネット動画の世界では必要不可欠だ。今のユーザーは重たいコンテンツを嫌う。音楽でもアルバムを買うのではなく、気に入った曲を、1曲ずつダウンロード購入する。

ゲームも、ゲーム機で遊ぶテレビゲームではなく、いつも携帯しているスマホで暇な時間に楽しむ。動画も、ちょっとした時間で楽しめる数分の動画をニコニコ動画やユーチューブでサクッと見るユーザーが多い。

であるならば、テレビ番組も小ピース化してみたらどうだろうか。見逃し視聴サービスで番組を配信する際、番組内のシーンごとにタグ付けし、ユーザーが自分が面白いと思ったシーンをツイッターなどでつぶやけば一気に拡散し、それを見た別の多くのユーザーが、そのシーンのURLを叩けばそれがさらに拡散して多くの人に見られる。

しかし今のように、1時間の番組の中から、そのシーンを探し出さなければならないのなら、その手間の面倒さで、誰もつぶやきもしないし、見ようともしないだろう。

コントなどのバラエティー番組は、小ピース化しやすい。コントごとにタグをつけて、直接、そのシーンにアクセスできるようにすれば、ソーシャルネットでもコメントしやすい。情報系のバラエティーも同様だ。ドラマでさえ、最近の若年層はスマホで空いた時間に細切れに見るようになっている。そうなるとドラマも小ピース化の対象となりうる。

もちろんテレビ制作者は大いに反発するだろう。なにしろ全身全霊をかけてつくった番組をバラバラにしてしまうのだから。しかし、この番組の小ピース化は、新たなコンテンツ価値の創造を意味する。

これまでテレビ番組を見ようとしなかったユーザーにも見てもらえるようになるし、ソーシャルメディアで拡散し、気に入れば次はテレビ放送を見てくれるかもしれない。

肝心なのは、テレビ離れした人たちにもう一度、テレビに戻ってきてもらうことだ。そのためには、テレビと接触するチャンスを増やさなくてはならない。今の若者が、1時間ドラマを一気に見るのでなく、空いた時間に細切れに見るのなら、そうした視聴習慣に寄り添ったサービスに変化すべきだ。そうでないとテレビ離れが顕著な若年層に、番組を届けることはできない。

ネットの時代には、これまでの価値観は通用しないことを、テレビの中の人たちは肝に命じなくてはならない。テレビがインターネットという環境の中で生きるというのは、こういうことなのだ。

大多氏が、テレビ番組を細切れにすることまでを想定しているかはわからないが、少なくとも今のテレビの限界、そして問題のありかを、明確に理解している。保守的なテレビ業界においては、それだけでもすごいことなのだ。

<フジテレビ大多亮常務のインタビュー記事はこちら>
第1回:ネットフリックスと組んだのは、フジテレビが生き残るためだ
第2回:イノベーションのジレンマを気にしていたら、テレビは潰れる
第3回:恋愛ドラマの本質は、シェイクスピアの時代から変わらない

*NP特集「テレビの『次』」は、明日掲載の「日テレとフジは、今こそ『薩長同盟』を結ぶべきだ」に続きます。