ネットフリックス上陸で何が変わるのか
日テレ vs. フジ。テレビの「次」をめぐる戦いが始まった
2015/7/14
今、テレビの世界が動きつつある。6月には、フジテレビが米ネットフリックスとのドラマ共同製作を発表。日テレも傘下のHulu(フールー)との初のオリジナルドラマ『ラストコップ』を世に送り出した。戦後60年以上続いてきたテレビ広告モデルは今後も盤石なのか。動画配信は、テレビの「次」のモデルとして、存在感を拡大することはできるのか。キーマンへのインタビューやコラムを通じて、テレビの「次」を考える。(全8回)
TV広告という最強のビジネスモデル
1953年。NHKと日本テレビが誕生したこの年、日本初のテレビCMがスタートした。
日本で初のCMは、精工舎(現・セイコーホールディングス)の「時報」。ニワトリが時計に歩み寄るビジュアルとともに、時報が流れるというなんとも牧歌的なものだ。
その後、テレビCMは爆発的に普及。電通の4代目社長、吉田秀雄が創り上げた「テレビCMというビジネスモデル」は、その後60年超にわたり、膨大な収益をテレビ局と広告代理店にもたらしてきた。
今なお、テレビ広告は強い。リーマンショック後の2009年度には、1兆7139億円にまで落ち込んだが、2014年度には1兆8347億円にまで回復。2兆円を超えていた2000年前後のピーク時には及ばないものの、今日でも「広告の王者」として君臨している。
テレビ広告の強みは、その圧倒的なリーチと、それを支える寡占構造にある。
供給が無限に増えるネット広告とは異なり、テレビの広告枠は、「24時間×365日×チャンネル数」以上に増えることがない。広告枠を「バーチャルな土地」にたとえれば、テレビ局とは、都心の超一等地に土地を大量に保有している、大地主のようなものである。
近年は、アベノミクスによる好景気とあいまって、キー局の収益も回復トレンド。大黒柱であるテレビCMの好調が続いており、各社とも業績は底を脱している。
「地上波+動画配信」という新「勝利の方程式」
ただし、未来を見据えると、CMというビジネスモデルは盤石とは言えない。
まずもって、テレビ局の持つ土地に住む人口が減っているし(=視聴率の低下)、以前より活気がなくなっている(=若い視聴者の減少)。さらに、スマートフォンの普及によって、「テレビで映像を見る」というスタイル自体が相対化された。「ファーストスクリーン=テレビ」という時代は終わりつつある。
すでにテレビ局各社は、脱「テレビCM頼み」に向けた布石を打ち続けている。たとえば、フジ・メディア・ホールディングスの売上高のうち、放送収入が占める割合は50%にまで減っている。
放送外収入には、不動産、映画、イベント、通販などさまざまな種類があるが、中でも、伸びシロが大きいのが、ネット事業、つまりは、VOD(ビデオ・オン・デマンド=動画配信)である。
VOD市場はまだ小さい。ただ、野村総合研究所は、国内のVOD市場規模は、2014年の1343億円から、2020年には2006億円にまで拡大すると予測している。
フジテレビで動画配信事業を担当する大多亮常務取締役は「フジテレビの映画事業やイベント事業は、もう立派に柱のひとつになった。当然、動画配信にはそれをも凌駕(りょうが)するポテンシャルがあると見ている」と語る。
その動画配信ビジネスを強化すべく、フジテレビは今年6月に米国の動画配信大手ネットフリックスとのオリジナルドラマ共同製作を発表。若者に人気の『テラスハウス』の新作と、連続ドラマ『アンダーウェア』を今秋に配信する。
各ドラマは、ネットフリックスで先行配信した後、フジテレビの地上波と、動画配信サービス「フジテレビオンデマンド」で配信していく予定だ。
“視聴率4冠王”の王者・日本テレビ(日テレ)も、動画配信への投資を加速している。
2014年春に米動画配信サービス「Hulu(フールー)」の日本事業を買収し、今年3月には会員数が100万を突破。そして今年6月、満を持して、フールーと日テレの共同製作オリジナルドラマ『ラストコップ』を投入した。
唐沢寿明氏が主演するこのドラマでは、「地上波+動画配信」という新たな組み合わせを採用している。エピソード1を地上波の「金曜ロードSHOW!」で放送し、放送直後にフールーでエピソード1、2を配信、以降、毎週金曜日に6週連続で1話ずつ追加配信するという流れだ。
結果は上々。視聴率は同時間帯トップの12.9%を記録し、フールーへの波及効果も大きかった。フールーを運営するHJホールディングスの岩崎広樹コンテンツ制作部プロデューサーは「会員数は非常に増えた。放送が終わったのが金曜日の午後10時54分で、放送終了以降週末にかけてものすごく会員が増えた」と語る。
「ネットフリックス脅威論」の本質
今後の動画配信の行方を考えるにあたり、見逃せないファクターがある。それは、今秋、日本上陸を果たすネットフリックスだ。
全世界で6000万人以上の会員を持つネットフリックスは、有料の動画配信サービスとして、グローバルなプラットフォームになりつつある。
ネットフリックスが斬新な点は、「優れたプラットフォームを有するテクノロジー企業」であり、「膨大なデータを持つビッグデータ企業」であり、「優良なコンテンツを調達・制作できるコンテンツ企業」である点だ。
それらの強みを武器に、ネットフリックスは「有料課金」というビジネスモデルを確立するとともに、オリジナルコンテンツの巨大メーカーとしての地位を確立しつつある。同社の売上高は、2014年12月期には55億ドル(約6600億円)に到達。今年のオリジナルコンテンツへの投資は、昨年の約3倍となる合計320時間を計画している。
巨大化するネットフリックスに対して、世界と日本のテレビ業界では「ネットフリックス脅威論」が高まっている。NewsPicksでも、ネットフリックスについては、以下のような記事を掲載してきた。
・【連載】5年後、ネットフリックスは日本を席巻するのか
・ネットフリックスの衝撃。テレビ局の猶予はあと5年だ
・営業益7割増。ネットフリックス、世界で急成長続く
・ネットフリックス上陸で起きるかもしれない、7つのこと
・打倒TV。ネットフリックス、オリジナルドラマに社運を賭ける
食い合うのか、補完し合うのか
では、結局、ネットフリックスの日本上陸によって、日本のテレビ業界はどう変わるのだろうか。
現実的には、ネットフリックスが上陸したからと言って、何かが急に変わることはないだろう。ネットフリックス自身も、1年や2年で、旋風を巻き起こせるとは思っていないはずだ。
ただし、ネットフリックス上陸を端緒にして、新しいコンテンツの創り方や新しいビジネスモデルが普及し始める可能性は十分ある。つまり、ネットフリックスは、ビジネス、コンテンツ制作の両面で、戦後60年以上にわたって続いたテレビ時代のモデルをディスラプトする可能性があるのだ。
たとえば、テレビ放送と動画配信には、以下のような違いがある。
これから、テレビ放送と動画配信はどのような関係になるのだろうか。お互いを食い合うのだろうか、それとも、うまく補完関係を築くのだろうか。
テレビの「次」のかたちを考えるにあたり、フジテレビとネットフリックスの共同制作、日本テレビとフールーのオリジナルドラマ制作は、格好の思考材料になる。
本連載では、「Hulu×日テレ」の初の共同制作ドラマを担当した、戸田一也・日本テレビ制作局専門副部長プロデューサーとHJホールディングスの岩崎広樹コンテンツ制作部プロデューサーに、「TV×動画時代のドラマ製作」についてインタビュー。
続いて、フジテレビで動画事業を担当する大多亮フジテレビ常務取締役に、フジがネットフリックスと組んだ理由、動画配信ビジネスの戦略、そして、これからのドラマについて話を聞いた。
最後に、両者のインタビューを踏まえたうえで、「テレビイノベーション」の連載著者である遠坂夏樹氏が、テレビの「次」をビジネス面、制作面から分析する。
テレビの「次」に向けた動きはまだほんの始まりにすぎない。しかし、テレビ業界は静かに着実に変わりつつある。
*目次
【Vol.1】日テレ×Hulu。初のオリジナルドラマは成功だったのか
【Vol.2】CMなしのネット配信は、ドラマをどう変えるのか
【Vol.3】求む一獲千金。日本に「ドラマ全盛期」が訪れる日
【Vol.4】ネットフリックスと組んだのは、フジテレビが生き残るためだ
【Vol.5】イノベーションのジレンマを気にしていたら、テレビは潰れる
【Vol.6】恋愛ドラマの本質は、シェイクスピアの時代から変わらない
【Vol.7】「テレビ離れ」は明確。今後5年、動画配信は急速に普及する
【Vol.8】日テレとフジは、今こそ「薩長同盟」を結ぶべきだ
*NP特集「テレビの『次』」は、明日掲載の「【Vol.1】日テレ×Hulu。初のオリジナルドラマは成功だったのか」に続きます。