2024/4/24

職場の疑問「最近の若者はメンタルが弱いのか?」を検証する

堤産業医オフィス 代表産業医・精神科医
新人類、ゆとり世代、Z世代、α世代──世代論は、どの時代でも論じられてきました。古代エジプトの石板にさえ「最近の若者は……」という記載があったとかなかったとか。産業医である私のもとにも「最近の若手のメンタル不調をどうしたらいいのか?」などという相談が常に寄せられています。

さて、実際のところ、いまの若手はメンタル不調が増えたり、メンタルが弱くなったりしたのでしょうか? 今回は、実際のデータや社会情勢を分析して、若手の心模様と具体的な処方箋について考えていきます。ちなみに若手の定義としては20代を中心に、広く30代も含めることとします。
INDEX
  • データから見る若手メンタル不調のリアル
  • 世の中全体の動きから見ると…
  • 若手のメンタル不調が増えた理由は…
  • 「1 ON 1」の積極的な導入と活用
(写真:Jacob Wackerhausen / gettyimages)

データから見る若手メンタル不調のリアル

さてさて、実際に若手でメンタル不調は増えているのでしょうか?
答えはYESです。まずは、その参考となるデータをいくつか紹介します。
※文部科学省「公立学校教職員の人事行政状況調査」から
<傾向>
・最新の2022年度のデータでは20代が1288人、30代が1867人
・全教員の約33%の20~30代が休職者全体の48%を占める
・学校への赴任から半年から2年目が多い
こちらは文部科学省が公表している公立小中学校の教員のデータです。メンタル不調を理由とする休みを集計しています。見てのとおり、年々増えています。しかも最新の2022年度のデータでは、一気に増加して6539人となっています。その中でも高い比率を占めるのが20~30代のいわゆる若手世代で、休職者全体の半分近く(48%)にのぼります(ちなみに20~30代の人数は全教員の約33%)。
また、厚生労働省の統計などで精神科医療にかかる年代構成を見ても、全体的に増加傾向にあるなかで20~30代も確実に増えています。人口比率として若者は減少傾向にあるわけですから、メンタル不調になる若手の比率が上がっていると言えるでしょう。
さて、こうしたデータをご覧になった皆さまには、必ずある疑問が浮かぶはずです。「いまの若手はメンタルが弱くなったのか?」という疑問です。次はこの疑問について考えていくこととしましょう。
(写真:shironagasukujira / gettyimages)

世の中全体の動きから見ると…

最近の若者はメンタルが弱くなったのか、もっと言うと、生き物として脆弱になったのでしょうか──これは「わからない」としか言えません。しかし、おそらく10年や20年そこらで人間が大きく変化することは考えづらいので、仮に弱くなったとしても微々たる変化でしょう。
むしろ若者そのものにフォーカスする前に、若者を取り巻く世の中全体の動きを俯瞰してみたほうが、若手のメンタル不調が増えている理由に近づけると考えています。つまり、木を見ず森を見ようということです。
若手を取り巻く社会情勢を一言で言い表すと「けっこう大変になってきた」といえます。まず働く人全体の労働密度や業務の高度化・細分化が進み、単純に負荷が上がっています。さらに若手に限らず、すべての人に以下のことが求められています。
・キャリアオーナーシップ
・ビジョンやパーパス
・イノベーション
「キャリアオーナーシップ」は、終身雇用を前提とせず、自分でキャリア設計できる計画能力や、どこでも戦えるスキル・キャリアを自律的に築いていくことです。リスキリングも要素のひとつでしょう。
また働くことに関して、社会的意義や高い目的意識が正義とされる傾向があり、「ビジョンやパーパス」を求められています。これは「やりたいことは何?」という質問に集約されます。
さらに停滞しがちな経済をブレイクするような「イノベーション」も求められています。
(写真:kazuma seki / gettyimages)
ひるがえって、いまの若手の親世代は、働けば働くだけボーナスが出て評価される「24時間戦えますか?」の時代で、終身雇用前提で「馬車馬のように働き、出世街道を突き進む」が主流だったわけです。大変さはありながらもシンプルだと言えるでしょう。
ところが産業構造の変化と長い不況を経て、上記のようなニーズが強くなりました。要は「うちの会社で言われたとおり頑張って働いてくれれば一生食わしてやる」から、「自分で行き先を考えて、どこでも通用する人材になって、いろいろ革新的なこともしてね」になってるわけです。
この傾向自体は、間違ったものではないと考えています。しかし、「先生の言うことをよく聞きましょう」という教育がいまだに行われている学生時代から、社会に出た途端、急に「自分で考え、自分の足で進みましょう」と言われても、そのギャップは非常に大きくなってしまい、戸惑うのは無理からぬものがあります。
このギャップが若手にのしかかっています。これはベテランに比べて経験の少ない若手にとって重荷です。

若手のメンタル不調が増えた理由は…

一方で若手を教える立場の上司や先輩も苦しい立場に立っていますし、若手に影響を与えています。そもそも自分たちも教えられたことがないのに、自律的にものを考えることを求められる、さらにそれを教える必要性にまで迫られています。
もっとも、ベテランは働くなかで自律的に考える能力は身につけており、進むべき道はわかっています。しかし、教えるとなるとまた別の話です。
また、セクハラやパワハラへの恐れから積極的な指導ができなくなっているという課題も起きています。タバコ部屋や飲み会といったウェットなコミュニケーションの機会も減っていて、ある種、若手の教育にも寄与していた「おせっかい」ができない状況になっているといえます。
(写真:maroke / gettyimages)
その結果、ますます若手は迷子になりがちになってしまっています。
迷子になりがちな若手は、周囲からの短期的な評価を重視する傾向が強くなり、相談などができない心理状態に陥ります。これが若手のメンタル不調が増えた理由だと考えています。
さらに求められる姿と現実のギャップを埋めるために「他者比較」をするようになります。平たくいうと、「イイネをまわりよりもたくさんもらう」ことを重視します。ちなみに、他者比較を気にする人は幸福度が下がるという研究結果があります。

「1 ON 1」の積極的な導入と活用

さて、こうした状況を前に、いますぐできることを考えてみましょう。社会の大きな流れは止められないですし、間違っている方向には行っていません。この流れに正しく乗るには何が必要なのかを考えてみます。
ひとつ、身近でできるのは──単純明快なことですが、若手との対話の機会を増やすことです。若手同士はもちろん、上司や先輩との対話を通じて自己認知を深め、短期的ではなく中長期的な視野や広い視点を持つことで苦境を脱せる可能性があると考えます。
とくに具体的な手法としては、職場の「1 ON 1ミーティング」の積極的な導入と活用が挙げられるでしょう。私はよく「1 ON 1」を「飲み会とタバコ部屋の上位互換」と呼んでいます。
「1 ON 1」は相互理解やキャリア支援に役立つと言われています。そして相互理解やキャリア支援は、実はこれまでタバコ部屋や飲み会の何げない会話の中で行われていました。「最近どう?」「今後やりたいことあるの?」などなど。
(写真:kokouu / gettyimages)
これからは、飲み会やタバコ部屋でやっていたような些細な相談はもちろん、中長期的なキャリアや働き方についての話を「1 ON 1」でオフィシャルに取り扱っていくのが望ましい形だと考えています(余談ですが、それが男女格差の是正にも役立つと考えています。女性のほうが喫煙率も飲み会への参加率も低いからです)。
若手に対してなかなかにハードルが高くなったいまの社会。しかしながら、このハードルを乗り越えることは日本全体に必要なことです。ぜひ、「1 ON 1」はもちろんのこと、対話の機会を増やして乗り越えていきましょう。
堤多可弘(つつみ・たかひろ)医師。東京出身。弘前大学を卒業後、全国で精神科医・産業医やセミナー講師、メンタルへルスアドバイザーを務めている。産業医・精神科医として企業と従業員それぞれの立場に立ったアドバイスに定評がある。