2024/4/23

目指すは顧客の伴走者。変化に対応する、BtoBカスタマーサクセス戦略の肝

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 お客様の立場で考える── 。
 業種やビジネスの規模を問わず、この言葉は昔から繰り返し強調されてきた。まさに、時代に左右されない“商売の肝”と言えるだろう。
 だが、言うは易く行うは難しだ。
 特に、顧客の反応が見えづらいBtoBビジネスにおいては、「顧客視点」の捉え方について、意外にもあまり語られてこなかったのではないか。
 近年、カスタマーサクセスの重要性が高まる中、ソフトバンクは法人向け商材を提供する統括組織内にカスタマーサクセス本部を設置し、顧客視点を重視しながらBtoB事業を展開しているという。
 BtoBビジネスにおける「顧客視点」とは何なのか。
 聞き手にベイカレント・コンサルティング コンサルティング本部 執行役員の山本将之氏を迎え、BtoBにおける顧客視点の重要性とそれを踏まえた顧客提案について、ソフトバンク カスタマーサクセス本部本部長 上永吉聡志氏、法人マーケティング本部本部長 上野邦彦氏に聞いた。
上野氏:慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)後、ソフトバンクモバイル株式会社(現ソフトバンク株式会社)にて法人事業の事業戦略とマーケティングを担当。2018年にインサイドセールスとBtoBマーケティング機能を有した法人マーケティング本部を設立。ビジネスイベントである『SoftBank World』の企画・運営や書籍出版等のプロモーション、デジタルマーケティングによる案件創出等のBtoBマーケティング活動を、大企業から中堅・中小のお客様にまで幅広く実践。

上永吉氏:法人営業・事業戦略・渉外業務を経て、法人事業のビジネスプロセス設計に従事。近年は、デジタルオートメーション事業のプロダクト企画開発に従事し、同時期に、ソフトバンク社内でのデジタル業務改革プロジェクトのPMとしてプロジェクトを推進。2022年4月より、カスタマーサクセス本部の責任者に就任。

山本氏:京都大学大学院卒業後、シンクタンクを経て現職。流通・小売、製造の業務・システムに精通する。豊富なIT領域の経験を軸に、IT戦略検討、業務改革、プロジェクトマネジメント強化など幅広い領域でのコンサルティングに従事。主な著書に「デジタルトランスフォーメーションの実際」(共著/日経BP)等がある。

BtoBビジネスで「顧客視点」が重要な理由

山本 「顧客視点」という言葉は、BtoBにおいても重要視すべきだと私は考えています。
 BtoBでの「顧客視点」はBtoCに比べ組織の事情や複雑さは足されるものの、中心に「人」がいる点は同じです。「顧客視点」を持つことの重要性は、ビジネス構造が違っていたとしても、根本は変わらないのでしょうか。
上野 おっしゃる通りです。顧客の求める要求を満たすという点においては、同じと言えます。顧客の要望をヒアリングし、実現までの手立てを考える視点も基本的に違いはありません。
 ただ、BtoBの場合、BtoCと異なり、サービスの受け手と利益を得る消費者が別であるという点は意識すべきでしょう。また、BtoBの場合、サービスのエンドユーザーは相手企業の社員や従業員になります。一般消費者向けのサービス提供と異なり、困りごとやニーズが顕在化していないことも多いんです。
 ソフトバンクでは「カスタマーサクセス本部」という部署を設立し、企業のDX支援を行っています。企業の事業をより効率的に、経営目的に適ったものに変貌させるために、ハードとソフトの両面からデジタル化を推進、実装しています。
 DX支援の際にはBtoBに特有の「顧客視点」や顧客ニーズを強く意識しています。
上永吉 BtoBで「顧客視点」を持つ際には、お客様の組織のなかで提供したサービスや商品がどのように使われるのか、についても想像をめぐらせなければいけません。
 例えば、BtoBでの商品やサービスは、購入する人と利用する人が同じとは限りませんよね。
 デジタルツールを組織に導入する場合、投資するのは購買担当ですが、実際に使うのはエンドユーザーである従業員というケースが多い。
 ここのズレを上手く解消しないと、役に立たないツール導入になってしまいます。購買担当が良かれと思ってツールを導入したのに、現場のニーズに合っているわけではなかったということもあります。
上野 企業のDXを進める場合、現場レベルで行う施策の一つ一つを「コストカット」「顧客満足度の向上」「デジタル化による効率向上」といった経営目標のなかに位置付けないと、社員や従業員に改革が浸透していきません。
 私どもが企業にデジタルを提案する際には、従業員の行動変容や、組織の状態についても熟知していなくてはいけないのです。
 だからこそ、BtoB目線で考える際には「カスタマーアウトカム(顧客成果)」を重視し、中長期的な目線に立つ必要が出てくるんです。
BtoCのビジネスでは、「カスタマーエクスペリエンス(顧客体験価値)」が注目されやすいですが、BtoBビジネスでは、「カスタマーエクスペリエンス」と同時に「カスタマーアウトカム(顧客成果)」も重視されます。
 カスタマーアウトカムとは、顧客の欲しい成果を実現するためのサポートを行うことで、中長期的な関係をつくり、満足度を高めていく活動になります。
 昨今、企業は成果を出すために、デジタルやAI活用に積極的に取り組むようになりました。
 そのような時代においてサービス提供者に期待されるのは、これまでのような単純なサービスの売り手と買い手の関係ではなく、効果的な施策を一緒に考えて実現していく、より長く伴走していけるパートナーの存在です。
上永吉 ソフトバンクは「Beyond Carrier」という成長戦略を掲げており、通信の提供からソリューションの提供へとビジネスの変革を進めておりますが、企業の中長期的な支援を担う組織として、2022年にソフトバンクの法人事業統括部にカスタマーサクセス本部を設置しました。
山本 なぜ、そのような変化が必要だったのですか。
上永吉 お客様のビジネスの在り方が、常に変化し続けているからです。
 携帯電話事業を例にとれば、ガラケーの時代は携帯電話自体の販売、つまり「もの売り」が事業の中心でした。
 しかし、スマートフォンが世の中に出てからは、携帯電話が連絡手段からビジネスツールに変わりどんな「こと」に活用していくのか、つまり「こと売り」へと関心が集まるようになりました。
 ただ、世の中にスマートフォンが出た当時、どの企業もスマートフォンの使い方はわかりませんでした。
 そこで、私たちはスマートフォンを活用した法人ソリューションの提供を行うようになりました。
 例えばアパレル企業などに向けては「スマートフォンではバーコードの読み取りができますから、都度倉庫に戻って在庫確認をしなくても済むようになりますよ」といった、具体的な活用イメージをご提案するなど、「使い手」としての創意工夫を重ねながら、お客様に満足いただけるかたちを模索し、提案してきました。
 こうした一つ一つの積み上げのなかで、お客様視点で提案できるBtoBを加速させるために、カスタマーサクセス本部を設置したのです。
山本 AIの急速な発展によって、ビジネスで顧客が満足と感じるポイントも常に変わり続けているところも、カスタマーサクセスという観点では重要なポイントですね。
 そうしたなかで、これまで蓄積してきた社内のデータの利活用を通じて、データドリブンな経営に発展させようとしている企業も増えてきているように感じます。
上永吉 そうですね。データ活用が活発になることによって、お客様データを分析することで、お客様が抱えるお困りごとへアプローチしやすくなってくるというメリットを感じています。

「組織の成熟」と「人材開発」が成果に結びつく

山本 BtoBビジネスでは、打ち手に対して、その成果が出るまでに時間がかかる、とよく言われています。長期的な視点と短期的な視点、それぞれでどのような施策を行うのが良いのでしょうか。
上野 おっしゃるように、経営者や事業責任者は事業を成長させたい、といった比較的大きなテーマを扱うので、複数の打ち手が必要なうえに、成果が出るまでに時間がかかります。
 一方で、例えば現場のリーダークラスの方が社内コミュニケーションに悩んでいるとしたなら、ビジネスチャットの導入によって、チームの生産性がすぐに向上するかもしれません。
 一朝一夕で大きな効果をすぐに得ようとするのではなく、誰に対してどれくらいの時間軸でどのような成果を届けたいのか、そこをしっかりと考えぬくことが重要です。
上永吉 特にDXプロジェクトにおいては、お客様社内のデジタル化の成熟と、デジタル人材の開発育成の両輪が、中長期的に回っていくことが大切ですね。
「うちの会社はITリテラシーが低いから、デジタルを駆使したオペレーションにはとても変えられない」というお客様の声もよく聞きます。
 確かに、メールと電話でのやりとりがメインの企業に、いきなり複数のデジタルツールを入れて運用してもらうということは難易度が高いでしょう。デジタル化の進捗度合いには企業によってかなり差があり、ツールを導入したからといって上手くいくわけではありません。
 当社では新しいデジタルツールの導入に際して、社員や企業の段階に合わせた教育サポートはもちろん、助走段階での支援も行っています。
 企業が求める改革像や企業文化・デジタル化の段階に合わせた支援を進めることも「顧客視点」の重要な部分だと考えています。

安易に「変革」という言葉は使わない

山本 BtoBにおけるカスタマーサクセスの実現は、動かす相手が1人ではなく組織という集団ということもあって、壁は高くて当たり前だと思っています。
 それを自社内で実践してきたソフトバンクさんから学び、当社のコンサルティング活動にも取り入れたいと考えています。壁を乗り越えるためには、何をすれば効果的でしょうか。
上野 企業内の各ポジションに置かれた人たちにとって、納得感のある論理性を持った提案をすることが大事です。
それにはより高い視座から物事を見渡して合理的に判断できるような情報提供が重要であり、ベイカレントさんのようなコンサルティング企業に期待する企業も少なくないはずです。
 山本さんの部門では普段、どのような提案をすることが多いのですか?
山本 CXも含むDXの提案では「あるべき姿」を描き、そこに至るまでの大きく3つのステップを示します。
 その中では、「改革」という言葉を慎重に使うように心がけています。
「改革」という言葉には、すべてを変えるような印象を与えてしまうマイナス要素もあり、そういう意味合いからは、「改革」を特段に意識することなく、順を追って進めていったら自然にDXへとたどり着いた、というのが理想です。
 提案のなかでは「CXによってDXは加速する」とも明言するのですが、それは体験価値が向上しなければデジタルはなかなか普及しないと考えているからです。
 3ステップの1つ目は「デジタルパッチ化」で、既存業務にデジタルを取り入れて業務効率化などを進めます。例えばクレジットカードの申込み用紙をタブレットに変えるといった、現場レベルですぐに効果の出る業務効率化です。
 2つ目は「デジタルインテグレーション」で、データプラットフォームを構築して部署間で独立していたデータを一元管理したり、データベースをコールセンターとつないで顧客対応に活用するなど、社内に蓄積したデータを効率的に利活用するためのシステム基盤づくりを行います。
 3つ目が「デジタルトランスフォーメーション」です。事業のコアとなる部分を再定義し、企業の商品やサービスの提供の仕方を大きく変えることになります。ただ、ただちにトランスフォーメーションと呼べるほど事業のコア部分を変えなければならないような日本企業は、そう多くはないのかもしれません。
 3つ目に進むべき企業とは、時代や社会の変化によってその事業継続性が危ぶまれる企業だということです。注意が必要なのは、「危ない」と思ったとしても、Stepを踏まずにいきなり3つ目までは進められないということです。
 2つ目のデジタルインテグレーションによって提供できる顧客体験は大きく変わりますので、そこまでは絶対やりましょうとお伝えしています。
 2つ目まで進めておけば、事業環境が突然変異するなどして先行きが怪しくなったとしても、対応できる基盤は整っているはずです。
上野 3つ目のトランスフォーメーションに踏み切るかどうかの、具体的な判断基準はどこにあるのでしょうか。
山本 その事業の継続性です。企業としては従業員を養わなければならないし、成長し続けなければ投資家から評価されません。
 事業継続ができそうにないのであれば戦うフィールドを移さなければならないわけですが、その視点が直近なのか10年後なのか、そもそもそこを見通すことができるのかは経営者の手腕しだいとも言えるかもしれません。

自社で経験することで、顧客にストーリーを話せる

山本 顧客企業に幅広い提案ができる背景には、社内プロジェクトの知見が活かされていると伺いました。
上永吉 そうですね。ソフトバンクでは、お客様のカスタマーライフサイクルのなかで、どのような価値をどのようなタイミングで提供できるのか、という自分たちのサービスの位置付けを強く意識しています。
 また、自社の商材を自らが試して使ってみてから、いったいどんな成果を出せるのか、どうすれば成功あるいは失敗へとつながるのか、という知見を積み上げて、サービスやセールスに落とし込んでいることが特徴なんです。
 例えば、DXに関する事例では2019年から3年間、デジタルワーカー4000プロジェクト(以下、DW4000プロジェクト)を全社で推進しました。
 社員を業務から解放することをねらいとして、4000人月相当の業務をデジタルへ置き換えることを目指しましたが結果として約4500人月相当の成果を出すことができました。
 もとよりソフトバンクでは、「Smart & Fun!」(スマートに楽しく仕事をする)というスローガンのもと、DXを推進してきた経緯があります。
 EXからCX、ひいては事業活動を通してサスティナブルな社会、経済、環境面を配慮した取り組みを行っていくことは、ソフトバンクの経営理念、経営方針、企業文化を体現しているのであって、そのような活動が評価されて2023年の日経SDGs経営大賞を受賞することもできました。
上野 DW4000プロジェクトでは、上永吉が責任者となりRPAやAIで業務効率化を進めたのですが、最初の頃は「笛吹けど踊らず」で大変苦労しました。
 そこで統括別組織に、それぞれを職掌する副社長や本部長を責任者に置いて活動を見える化、事務局が全社に共有することで、良い事例はすぐに取り入れるといった横展開の仕組みを促進することで前へと進みだしました。
 コミュニケーションのツールなどは、数人で試行するような規模の部分的な導入ではなく、少なくとも特定の部門、できれば全社導入が望ましいことが経験でわかっています。
 同業他社の事例から学ぶことももちろん大切ですが、自ら取り組んだからこその成功体験や失敗体験はすべて大きな財産となっています。
 お客様が直面しているデジタル化の課題がどのステージであったとしても、お客様に先んじてストーリーを展開できますし、また、常に支援可能な状態になっているわけです。
 一般的な営業活動でも受注後にお客様から話を聞いてプロアクティブに次の提案につなげる機会があると思いますが、当社でも何十万社ものお客様に担当者が付き、お客様の課題をキャッチして、提案から成功へとつなげられているという実感があります。
山本 ベイカレントとしては、常に学びという基本姿勢のなかで、ソフトバンクさんのような先端を走る企業に対して、先ほど期待を示してくださったような高い視座の提供など、コンサルティング領域で全力を尽くしたいと思っています。
 日本の少なくない企業が、DX時代を進むための準備が十分に用意できていない状況と認識しており、我々の果たすべき役割は大きいと考えています。日本のCX、そしてDXを支えるコンサルティング会社として、なくてはならない企業でありたいですね。