Facebook Inc. Illustrations Ahead Of Earnings Figures

SNSへのニュース配信とモバイル広告の可能性

「フェイスブック」が5月13日に開始した「Instant Articles(インスタント・アーティクルズ)」について、さっそくさまざまな分析──さながら「インスタント分析」だ──が飛び交っている。

しかし『ニューヨーク・タイムズ』(NYT)のマーク・トンプソン最高経営責任者(CEO)から見れば、いささか説得力に欠ける。

インスタント・アーティクルズは、フェイスブックのiOS向けモバイルアプリにニュース記事を全文掲載する(従来はタイトルや概要とニュースサイトへのリンク先を掲載)。『BBC』『NBC』『ガーディアン』、独誌『シュピーゲル』など欧米のメディア9社と提携し、NYTも既報通り名を連ねている。

この新しいサービスは、ジャーナリズム業界の懸念をかき立てている。

ニュースメディアや出版社は、短期的な恩恵(フェイスブック上で迅速に記事が表示される、コンテンツのデザインの向上、より多くのシェアの獲得、モバイル広告の増収)を追いかけるあまり、強力で気まぐれな競争相手であるフェイスブックに権限を譲渡しすぎるのではないか──。

だがトンプソンに言わせれば、惨状を予測する分析の大半は大げさすぎる。

「『Google ニュース』が始まったときも、多くの評論家が自信たっぷりに、あらゆる希望はついえた、メディアのデジタル資産は誰でも使い放題になると語っていた。残念ながら、デジタル評論家は物事を少々誇張するときがある」

NYTはフェイスブックにすべてを賭けてはないと、トンプソンは説明する。フェイスブック上に今すぐNYTの記事があふれることはない。実際、サービス初日は1本しか掲載されなかった。

「この数週間やたらと報道されているような理論上のリスクがあるかと言えば、確かにあるだろう。慎重に進めて、やりながら学んでいく」

新しい記事配信モデルとして

トンプソンはさらに、実験的なサービスに参加するという決断は、NYTが昨年の「イノベーション・レポート」で掲げた幅広いデジタル戦略に通じると説明する。レポートは、急成長している新しい記事配信モデルの実験を重ねることの重要性を強調している。

すでにNYTは、トンプソンの言う「オフ・プラットフォーム」として、「ユーチューブ」や「フリップボード」など新しいメディアと提携している。インスタント・アーティクルズのような実験は、見学するのではなく参加して多くのことを学ぶべきだと、トンプソンは語る。

「私たちが中核とするプラットフォームの読者の代わりではなく、新しい読者層にアクセスする手段と考えている。彼らと関わりをもち、タイムズのジャーナリズムに触れてもらい、願わくば熱心なファンになってもらいたい」

多くのニュース機関と同じように、NYTは急増するモバイル経由の読者を収益の柱にしようと苦戦している。現在のモバイル関連の売上は、NYTのデジタル広告収入全体の10%にすぎない。

5月11日には、月額約8ドルだったiOS向けニュースアプリ「NYT Now」を完全に無料化。ユーザーを増やして広告収入を増やそうという狙いだ。

インスタント・アーティクルズとの提携は、NYTのモバイルアプリ戦略を変えるものではないと、トンプソンは語る。

「ユーチューブにチャンネルを開設したからといって、自社サイトに動画を掲載しないわけではない。両方を同時にやっていく。今後もNYTのデジタル資産のなかでさまざまな実験が行われ、それが私たちのデジタルコンテンツの中心であることに変わりはない」

デジタル広告の実験室

理論上は、インスタント・アーティクルズはNYTのモバイル広告の増収に貢献するはずだ。

昨年のフェイスブックのモバイル広告の売上は74億ドル。インスタント・アーティクルズの記事に掲載される広告は当面の間、提携メディアが販売したものは売上の100%が、フェイスブックの広告ネットワークを通じて販売したものは70%が、メディアに入る。NYTにとってさまざまな種類の広告を実験する機会になると、トンプソンは見る。

ITニュースサイトのRe/codeによると、バズフィードは自社のビジネスモデルの中心であるスポンサード・コンテンツ(ネイティブ広告)を、インスタント・アーティクルズのフォーマットで作成して掲載しようと考えている。

NYTも同様に、従来の広告表示に加えて、独自の形式のネイティブ広告を試していきたいと、トンプソンは期待する。「できるだけ多様な広告を実験して、何が効果的で何がダメかを見極めたい」

ユーザーのデータ分析が不可欠

NYTの経営陣は第1四半期(1~3月)の決算発表に合わせて行われた投資家向けの電話説明会で、電子版の有料購読者が3カ月で4万7000人増えて95万7000人になったと強調した。

フェイスブックとの提携によって有料購読者数の伸びが鈍ることはなく、むしろ露出が増えて購読者の増加につながるだろうと、トンプソンは考えている。

「電子版の有料購読者数が増え続けるかどうかは、新しい読者層を段階的に広げていけるかどうかにかかっている」

人気ブログ「Newsonomics(ニューソノミクス)」を運営するケン・ドクターは、NYTなどがフェイスブックに記事を掲載するリスクを軽減するためには、データの収集と分析が重要だと指摘する。フェイスブックに配信したコンテンツをどのような読者が消費していて、彼らは既存の読者とどのように重なるのか。

フェイスブックは最初から、データとその分析を提携メディアと共有するだろう。

「(メディア側に)データを使いこなす力がなければ、無知なまま流されて不安になるだけだ」と、ドクターは言う。「ITのやつらにだまされそうだけど、どんなふうにだまされるのかがわからない」と。

フェイスブックの規模を考えたら、今回の提携がNYTに及ぼす影響を過大評価しがちだろうと、トンプソンは言う。

「決算の電話説明会でも、紙媒体の事業全体についてより多くの質問が出た。(提携がもたらす)経済的な意義についてより、好奇心のほうが強いだろう」(文中敬称略)

(執筆:Felix Gillette、翻訳:矢羽野薫、写真:Bloomberg)

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