2024/3/27

「治療から未然に防ぐ」時代へ。健康診断が私たちの健康管理をどう変えるか

NewsPicks Brand Design Senior Editor
「医師をやっていると非常につらいのが、“なぜもっと早く受診してくれなかったのか”、“予兆に気づかなかったのか”という瞬間です。
 早期に発見できれば防げたかもしれない病気だったのに、医師として余命を伝えなくてはならないのは、悔しさと歯痒さを感じます。
 病気を早期に発見する仕組みがあれば、さまざまな病気に対して、もっと多くの命が救えるはずなんです」
 そう語るのは、岡山県の総合病院・倉敷中央病院の山形専院長だ。同病院は地域の拠点病院というだけでなく、病気の早期発見に特化した予防医療プラザを併設する先進医療施設となっている。
 倉敷中央病院とNECソリューションイノベータは2024年1月に、「定期健康診断の結果から、4年以内の生活習慣病の発症リスクを予測するAIモデル」を共同開発したと発表した。
 NECソリューションイノベータは、従来型の健康診断の費用対効果、付加価値を高めることを目指している。飛躍的に進歩を遂げるAIやビッグデータ活用によって、医療や健康診断はどう変わっていくのか。
 倉敷中央病院の山形専院長と同病院で健康診断や人間ドックなどを行う「予防医療プラザ(旧総合保険管理センター)」の菊辻徹所長、NECソリューションイノベータの松尾茂コーポレート・エグゼクティブの3人に話を聞いた。
山形専氏:金沢大学医学部、京都大学医学部附属病院脳神経外科医員を経て、米アリゾナ州フェニックス・バロー神経学研究所に所属。1996年から倉敷中央病院に従事し、2010年より京都大学医学部脳神経外科臨床教授、2016年より倉敷中央病院院長となる。
菊辻徹氏:徳島大学医学部、徳島大学病院、 愛媛県立中央病院、国立高知病院を経て、2007年より倉敷中央病院総合保健管理センターに従事し、2012年より同センター長。2019年より倉敷中央病院付属予防医療プラザ所長となる。
松尾茂氏:1987年日本電気株式会社入社、官庁システムに従事。2001年医療ソリューション事業部に異動。2019年 医療ソリューション事業部長、2021年 NECソリューションイノベータ株式会社 執行役員 2023年より現職。

医師にも広がる早期発見の重要性

──病気の早期発見の重要性について、あらためて教えてください。
山形 ほとんどの病気は発見が早いほど、効果的な予防手段を講じることができますし、治療の選択肢も増えます。近年、「予防医療」や「先制医療(※)」という考え方が、医療従事者の間でも広がっています。
 ※予防医学の一種で、病気になる前、あるいは病気の初期段階から、個人のバイオマーカーなどを調べることで、病気の発症を予測して「未病」の段階から健康改善につなげる医療。
菊辻 糖尿病を例に取ると、今までは病気になってから食事制限をしたり、服薬・注射などの治療を受けたりすることが当たり前でした。
 もしデータ解析をもとに、「今後、糖尿病リスクがある」とわかれば、簡易な食事制限や運動など、その人に合った健康管理によって、発症そのものを回避できるかもしれません。
──従来の健康診断にどのような課題があるのでしょうか。
松尾 そもそも健康診断、特定健康診査の受診率が低いという問題があります。
 2021年度の特定健康診査の実施率は56.5%でした。そして特定保健指導の実施率は更に低く、24.6%という報告(※)があります。
 ※厚生労働省「2021年度 特定健康診査・特定保健指導の実施状況」
 現役世代で企業に勤めている人であれば、会社で義務づけられている健康診断を受診している人が多いのですが、扶養者の方や専業主婦の方の健康診断の受診率が低い傾向にあります。
 また定年退職後に、これから発病率が高まるにもかかわらず、既に医療機関にかかっているからという理由で、健康診断を受けていないケースは少なくありません。
 元気に働いている時に健診を受けて、病気のリスクが高くなったら健診を受けなくなるというのは本末転倒なことですね。

健康診断の項目は数十年変わっていない

菊辻 検査項目の課題もあります。健康診断の検査項目は、数十年間変わっていないんですよ。
 その間に医療技術も検査技術も、日本人のかかりやすい病気も変わっていますが、検査内容も測る数値も昔から変わっていません。健康診断の結果の上がり下がり、全国平均との差に一喜一憂するだけではなく、新しい視点を持ってみませんか。
山形 本来は、健康診断の結果を踏まえて、一人ひとりの生活習慣や行動改善、精密検査につなげる必要があります。
 でも、実態は「検査結果を見て終わり」という人が多いのではないでしょうか。
──健康診断をより精密に行うのが理想なのでしょうか。
山形 そうとも言えません。
 実は予防医療の最大の問題点は、費用対効果です。
 仮に健康診断を全員により精密に行うのだとすると、病気の症状や異変がない受診者に対し、全身すべてをくまなく検査することになるので、コストや手間がかかりすぎます。
 どうやって、病気のリスクを予測するか。そして、必要に応じて精密検査や治療につなげていくかが課題です。
 この費用対効果を上げるために、AIを活用したデータの解析が有効なのです。
 全員に精密検査を行うのではなく、過去の類似データから、受診者の将来的な疾病リスクの相関関係を分析し、それをもとに精密検査を案内する。
 そうすれば、たとえば「あなたはこの病気になるリスクがあるから、この精密検査をお勧めします」というように、その人に合った検査が提案可能になります。
松尾 私たちは、AIやデータ分析の技術やノウハウを活かしたヘルスケアソリューションで、健康寿命の延伸に貢献したいと考えています。
 NECソリューションイノベータには、データ解析やデータ分析を行うための豊富な人材と知見が蓄積されており、それを医療分野にも活用したいと考えました。
山形 我々の病院にはせっかく大量の医療データがあるのに、何もしなければ宝の持ち腐れになってしまう。
 データ解析の技術と組み合わせることで患者さんの役に立つのであればと思い、データを匿名化した上でNECソリューションイノベータさんと協力することにしたのです。

AIを活用したヘルスケアソリューションサービス

──NECソリューションイノベータが力を入れている「ヘルスケアソリューションサービス」とは、どういうものでしょうか?
松尾 現在、私たちが力を入れているサービスは2つあります。
 一つは、血中の約7000種類のタンパク質を一度に解析するという世界初の技術(※)を用いて、病気のリスクを分析するフォーネスビジュアスです。
 ※2024年3月フォーネスライフ社調べ
フォーネスビジュアス検査について
・本検査は、将来の疾病リスクを予測するサービスです。本検査の結果は、生涯にわたってのリスクを予測するものではありません。
・医師の判断によることなく、本検査の結果を、疾病の判断、治療、予防等に用いることはできません。
・本検査は、その結果の正確性や、他の検査方法と同等の結果の提供を保証するものではありません。
・本検査は、健康保険の対象ではありません。医療機関の自由診療として個人に提供されます。
 フォーネスビジュアスは、私たちの体を構成するタンパク質のバランスに着目し、少量の血液から将来の疾病リスクを分析します。
 検査結果は、医師による診療結果として検査を受けた方にお渡しし、検査結果をもとに、保健師の資格を持ったコンシェルジュが生活習慣の改善を提案します。
 フォーネスビジュアス検査は、当社の100%子会社であるフォーネスライフ社が医療機関を通じて提供しており、当社はデジタルソリューションで検査を支えるという体制をとっています。
 倉敷中央病院様にはトライアル導入をしていただいており、全国においても、フォーネスビジュアスのお取り扱いを頂ける医療機関が数十箇所にまで増加しています。
菊辻 フォーネスビジュアスが今までの検査と違うのは、約7000種類のタンパク質を測定して、病気にかかるリスクを予測する点にあります。
山形 たとえば、体内で病気の原因となり得る特定のタンパク質を生成していた場合、医師はより精密な検査を受診者に提案可能になるわけです。
 受診者も医師も「今は健康でも、もしかしたら半年後、1年後に病気の兆候が出てくるかもしれない」と注意が向くようになります。
 データが蓄積され、AIの精度が上がれば、この検査からわかることも増えていくはずです。
 まだ、新しい技術ですが、長年医療に携わってきた身としては、大きな可能性を秘めていると感じています。

治療型医療から、予防型医療へ

──もう一つの「NEC 健診結果予測シミュレーション」とはどういうものでしょうか?
松尾 過去の定期健診データをもとに作成した健診結果予測モデルを用いて、健康診断の結果を分析し、将来の検査値を予測するサービスです。
 毎年受けている健康診断の結果をお持ちいただくだけで、追加の検査は不要です。
 また、運動、食事、飲酒、睡眠といった生活習慣を見直すことで、予測値がどのように変化するか、どの生活習慣を見直すと効果が出やすいかを提示します。
 従来はあまり顧みられることがなかった健康診断の結果を活用し、費用対効果、価値向上の実現を目指しています。
  2024年1月には、倉敷中央病院様・予防医療プラザ様との共同研究の成果を踏まえ、「疾患発症リスク予測機能」が、機能追加されました。受診した健康診断の結果から、糖尿病や高血圧症、脂質異常症、動脈硬化、急性心筋梗塞などの11種類の生活習慣病についての発症リスクを予測します。
NEC 健診結果予測シミュレーションについて
・NEC 健診結果予測シミュレーションは、生活習慣の改善による健康増進を目的としたものであり、疾病の診断、治療、予防を目的としたものではありません。
・予測値の傾向を算出するものであり、算出結果を保証するものではありません。
・保健指導時に提示することで、対象者の具体的な将来像を示すとともに、取り組みを続けた場合の効果を示すことができます。
・疾患発症リスク予測機能は、特定の集団を対象とした、健康診断の検査値等と4年以内の疾患発症リスクの関係性に関するコホート研究により構築されたモデル式を利用して、利用者と同等の検査値等を持つ方が4年以内に発症するリスクとして算出しています。
菊辻 疾病リスクを予測する2つのサービスをたとえて言うなら、最新の自動運転や衝突回避システムのようなものかもしれません。
 シートベルトとエアバッグによって、交通事故の死亡率は大きく下がりました。ただ、これらは事故が起きた時に助かる技術。現行の医療も同様に、シートベルトやエアバッグのような治療が中心の考え方なのです。
 でも、今の最新の自動車は、自動運転や車外カメラやセンサーを使った衝突回避の技術なども搭載されています。最新の科学技術を活用することで手に入る安全・安心もある。
 医療にも、そうした新しい選択肢が出てきたということではないでしょうか。
山形 これからは国民すべての人が、自分専用の電子カルテを持つ時代が来るでしょう。それらの「パーソナルヘルスレコード」と呼ばれる記録の活用が進めば、毎年の健診結果と組み合わせて、自分がこれからかかりやすい病気のリスクに備えやすくなる。
 その上で的を絞った効果的な検査を実施し、病気の発症前から介入する先制医療を行う。そういう時代になっていくでしょうね。

社員や住民のウェルビーイングを実現

──こうした検査やソリューションサービスを自治体や企業が取り入れることの意義は何でしょうか?
松尾 自治体や企業、健保組合は、増え続ける医療費の負担増に危機感があると思います。また若い住民・社員の方は、現在の保険負担と自身が高齢化した時代に受けられる医療・保険負担と給付はどうなるのかという不安もあると思います。
 政府は医療費の適正化に向けて、「特定健診・特定保健指導について、個人の受診者の行動変容につながり、成果が出たことを評価する方向(アウトカム評価の導入、ICTを活用した取組など)で見直す」という方針を掲げています(※)。
 ※厚生労働省「第四期医療費適正化計画(2024~2029年度)について」
 健康診断にも効果・成果が問われる時代になってきました。
 当社としては多くの方にご自身の健康リスクを事前に知っていただいて、生活習慣改善の選択肢を提供することで、医療費の適正化に貢献できればと考えています。
 検査やソリューションサービスを適切に取り入れていただき、ご自身の健康を損ねる前に行動変容していただき健康でいられるようにすることで、個々人の健康にも有限である医療資源の適切な活用にもつながると考えています。
 多くの社員や住民の方々のウェルビーイング実現のためにも、AIやビッグデータを活用した「フォーネスビジュアス」「NEC 健診結果予測シミュレーション」を活用してほしいですね。
 当社はこうした大きな時代の流れを先取る形で、健康診断や検査を受けて終わりではなく、受診者の行動が変わるための伴走も、ヘルスケアソリューションとして提供していければと考えています。
山形 社会変化に伴って、医師の意識改革も必要ですね。
 これまで多くの医師が目の前の患者さんを治療することに精一杯で、予防や健康管理に対する関心が薄かったと言っていいでしょう。たとえば地域のクリニックでも通院患者さんが、新しい技術を活用していただけると嬉しいですね。
 もっと予防や早期発見のほうに目を向けて、患者さんのウェルビーイングの実現を図るべきです。
 これからの時代は、予防医療について医師をはじめ医療業界全体で意識を変えていく必要がありますし、同時に市民への啓発も進めていくことが重要だと感じます。