2024/3/31

日本とアフリカから考える。「未来の食料問題」と解決策

NewsPicks for Kids編集長/NewsPicks Studios
2050年──。今の子ども世代が30〜40代となり社会の中心を担う、そう遠くない未来に、世界人口は100億人近くまで増加する見通しだ。
それにより生産活動に伴う環境負荷が増大し、気候変動も進行することで、食料・水のプラットフォームである地球環境は危機に立たされることが懸念される。
一方の日本では、食を支える農業の担い手が2020年の107万から、2050年には約18万まで減少するとみられている。
今、世界でも日本でも、食料・水・環境を持続可能に維持するためのソリューションが求められているのだ。
2050年に向けて、この問題を自分ごと化し、いかに多くのプレーヤーを巻き込み、共創を生み出していくべきかを考える番組シリーズ「TRY FIELD 2050」
今回は日本と世界をつなぐ食料問題の本質について2人のエキスパートを招き、次世代を代表する小澤杏子さんとともに議論した。
その様子をダイジェストでお届けする。
INDEX
  • 「食料が足りない」より本質的な問題
  • 「生産」に限らずシステム全体を考える
  • 「見える化」をイノベーションに

「食料が足りない」より本質的な問題

金谷 今回は食料問題について深掘りしていきたいと思いますが、小澤さんは最近、食のどのような点に関心がありますか。
小澤 日本だと「フードロス」が話題になることが多いですが、世界では食料不足が問題になっている。そのギャップが気になりますね。
小澤杏子/2002年生まれ。東京学芸大学附属国際中等教育学校に在学中の2019年10月、ユーグレナの初代CFO(最高未来責任者)に就任。2021年4月に早稲田大学社会科学部入学。Forbes JAPAN「30 UNDER 30 JAPAN」に選出される。同11月に丸井グループのアドバイザーに最年少で就任。
金谷 日本では余っているのに、世界では足りない。この違いは気になりますよね。そんな日本と世界の食の問題をブリッジして考えていきます。
そこで、2人の専門家をお呼びしました。
三菱総合研究所で食農分野のコンサルティング業務に関わり、食料システムと環境・サステナビリティの研究提言を続けている山本奈々絵さん。
山本奈々絵/三菱総合研究所 政策・経済センター兼ビジネスコンサルティング本部シニアコンサルタント。2012年京都大学大学院工学研究科修士課程を修了し、同年三菱総合研究所入社。食農ビジネス、次世代フードシステム、持続可能な地域産業づくりなどを専門領域として研究・情報発信を行う。
そして、国際協力機構JICA経済開発部にてアフリカと中東欧州地域を担当している松井洋治さんです。
松井洋治/約7年間の投資銀行での経験を経て、2012年JICA入構。中東欧州部、農水省国際部出向、ザンビア事務所勤務を経て現在は経済開発部農業・農村開発第2グループ課長。アフリカ地域(東部・西部英語圏地域を除く)と中東、欧州の農業開発・食と栄養の案件を統括。
小澤 よろしくお願いします。今日はお話を伺いながら、日本と世界の食の問題をどのようにつなげることができるのか、考えていきたいと思っています。
金谷 2022年に国連が発表した世界の人口推計によると、同年11月時点の80億人から、2050年には97億人に増えていくことが予想されています
そのぶん食料が確保できるのか、という「食料安全保障問題」が議論になっていますが、山本さんは、問題の本質は次の2点にあると考えているそうですね。
金谷 まず「このままの供給ペースでは地球環境がもたない」と。これはどういうことでしょうか。
山本 もちろん、飢餓人口がさらに増えてしまうことも大きな懸念ではあるのですが、人間は食べることについては諦めないので、人口に対して足りるように生産していくはずです。
それによって地球環境が先に壊れてしまう──例えば気候変動が起きて、作物が今までのように作れなくなってしまったり、人間を含む生物が住めない状態になってしまうことこそが、本質的な危機ではないかと考えています。
金谷 食料生産によって、具体的にはどのような環境負荷が生まれるのでしょうか。
山本 まず他の産業と同様に、食料を作り、届ける過程で一定の温室効果ガス(GHG)が発生します。また食料生産に特有の問題として、(土壌に含まれる微生物による)メタンや、(肥料を使用したときに発生する)一酸化二窒素など、CO2以外のGHGも排出されます。
また、水もたくさん使い、汚染しますし、微生物をはじめとする土壌の生態系にも影響を及ぼす。食料生産は、大気、水、土に負荷を掛けながら営まれています。
小澤 普段の生活では、そこまで意識が向かない人が多いと思います。
松井 アフリカの農家にとっては、土と水は生産するために重要な共有財産ですが、大気については直接関係がなく、関心が薄いです。
作り手のインセンティブやメリットの構造からすると、環境を含め共有財を守ろうという意識はありません
山本 日本でも、生産者が環境負荷を意識して作業のあり方を変えていくのは難しいと思います。事業として生産効率や品質向上を目指しているところに、環境負荷の軽減も上乗せして実装していくのは厳しい。そこはアフリカと同じかもしれません。
小澤 食料生産はビジネスですから、「環境負荷を軽減したほうが結果的にもうかる」という認識にならなければ、動かないのは当然ですね。
金谷 ちなみにFAO(国連食糧農業機関)によりますと、2019年、世界のGHG総排出量の31%が「フードシステム」に由来しています。農業の「生産」に限定しても、全体の13%を占めるそうです。
一方の日本では、農業生産によるGHG排出量は、国内の総排出量のうちの4%です。世界の13%に比べると、4%という数字は少なく感じられますが。
山本 しかし、皆さんもご存じのように、日本の食料自給率は38%と低く、大半を海外からの輸入に頼っていますよね。海外での食料生産分のGHG排出量を加味すると、実は日本の総GHG排出量に対し、4%ではなく9%が食料生産に由来する計算となります。
小澤 輸入に頼っているから見えていないけれど、実際は、全体のGHG排出量の1割程度が、食料生産によるものだと。これを認識するのは重要ですね。

「生産」に限らずシステム全体を考える

金谷 そして、食料問題の2つ目の本質です。「フードシステム“全体”からの対策が必要である」ということなのですが。
山本 先ほども申し上げた通り、日本は海外から食料の多くを輸入しています。そのため自分の食生活と世界の環境問題との距離感が大きく、両者の関係性が見えにくくなっています
世界からの輸入で豊かな食生活を営むこと自体は問題ないのですが、「見えないこと」が問題解決を妨げる一つの要因になっていると考えます。
金谷 松井さん、アフリカでは「作る」から「食べる」までのフードシステムに、どのような問題がありますか。
松井 私が駐在していたザンビアでは、トウモロコシの粉をゆでて餅のようにした「シマ」が主食です。
そして、政府は主食であるトウモロコシの生産に補助を出しています。
農家は、政府から支給された種や肥料を使ってトウモロコシを作り、自分が食べる分以外は、政府に買い取ってもらうという構造があるのです。
このトウモロコシ一辺倒から脱却しようというザンビア政府の方針を受け、JICAはコメや野菜の生産支援をしています。その経験からすると、ザンビアのフードシステムには無駄が多いのが実情です。
例えば、コメの収穫の時期が来ても放置しているので、朝晩の寒暖差で籾(もみ)の中でコメが割れてしまう。トウモロコシは放置してから収穫するので、コメも同じだと思っている農家が多いんですね。野菜も、作ったあとで売り先を探すので、販売できなかったときに腐ってしまう
このようなロスが起きているので、まだまだ改善の余地が大きいと思っています。
右側がザンビアの主食「シマ」(提供:松井氏)
金谷 環境負荷や無駄を減らしたほうがビジネス的にもうかるというインセンティブとともに伝えていったほうが、現地の方々も動きそうですね。
松井 環境に優しい農業にインセンティブを与えるなら、例えばそういう技術を導入している農家に補助金を与えるという発想もあるかもしれません。しかし、アフリカの政府は財政が厳しいので、それはできない。
一方、政府ではない援助機関が、環境に優しいソーラーポンプなどを無償で配っているケースもよく目にします。
しかし、農家自身が「自分たちのビジネスに役立つ」と考えていないことも多く、結局3年後ぐらいに壊れて、そのままがれきと化している。ここが難しいところですね。
小澤 例えば「レインフォレスト・アライアンス認証」(注:持続可能性の3つの柱〔社会・経済・環境〕の強化に繋がる手法を用いて生産されたものであることを意味する)のように、適切なアプローチで作られているものが、それに見合った価格で買われる流れになっていけば、生産者の方々も「もうかるから、環境に優しい方法で作ろう」という動きになると思います。
ここは日本からもアプローチできる部分かもしれません。
山本 キープレイヤーは、グローバルに原料調達をしているような食品・飲料メーカーだと考えます。
小澤さんがおっしゃったように、環境負荷低減の努力をしているものを優先的に取り引きすることなどを通じて、生産者さんにとってもビジネス上のメリットがあることを明確にできるのではないでしょうか。

「見える化」をイノベーションに

金谷 フードシステムで環境負荷が掛かっているなか、2050年に向けては、どのような打開策が考えられますか。
山本 環境負荷を「見える化」することが大事だと思います。
今は長いサプライチェーンの中で、どこでどれぐらいの環境負荷が発生しているかを、データで見える化できる技術が実現しつつあります。
それをフードシステムに実装し、環境負荷情報が見える化した状態で食卓に届く仕組みをつくるのが、一つの有効な手段だと考えています。
生産現場でも、さまざまなイノベーションが起きています。例えば、土壌に混ぜることで炭素を固定する能力が上がって生産性がアップし、農作物の品質向上にもなる土壌改良材が開発されています。
このように、生産者にメリットがあり、かつ環境負荷低減できる技術が生まれているのです。
小澤 専門家ではない、一般の消費者はサステナビリティになかなか目が向かないというのも忘れてはいけないと思っています。
そういう人たちも含め、全体で前に進んでいくには、やはり「見える化」することで、問題との接点を増やす必要があると感じます。
松井 アフリカでも「見える化」は重要なキーワードです。
支援が入ることで無駄が見える化され、支援される側も、その無駄に気づく。それをビジネスチャンスに変えようと自分から動くことができれば、支援期間が終わったあともその活動が継続できるのではないかと思います。
輸送上の無駄の見える化もポイントです。例えば、アフリカでは道路がガタガタしているため、輸送している間にトマトなどがつぶれてしまうことがよくあります。
また、ザンビア北部では銅が採れるので、南部にある首都との間をトラックが頻繁に行き来するのですが、行きは積み荷が満載なのに、帰りは空であることも多い。
実は、そうした無駄を見える化して解決するスタートアップも現地から生まれていて、面白いです。
山本 日本でも物流の2024年問題が言われているので、テクノロジーで最適化していかなくてはいけないのは共通していますね。
金谷 食料問題の解決には、環境面でももちろん、担い手が「持続可能」な形でビジネスを行っていく視点の両方が必要ですね。その2つの意味の持続可能性に向かって、私たちには何ができるでしょうか。
山本 私は豊かで健康的な食生活と地球環境の持続可能性は、対立するものではなく、両立できるはずだとポジティブに考えています。
企業や政策の視点で必要な施策は何か、どのようなイノベーションを応援していくべきかについて、今後も探究して発信していきたいですね。
松井 食料問題を解決するには、経済の仕組みやビジネス上のインセンティブを使うことが必要だということは、改めて強調したいです。
つまりSDGsの3つの側面である「社会」「経済」「環境」のうち、食料問題という社会の問題を、経済活動によって解決することは有用と考えます。
その前提で、経済活動と環境の維持を、いかに調和させていくか
無駄や環境負荷に関するエビデンスを調査したり、見える化していくなどの形で、そこに貢献しようとしている事業者を見つけて支援していくのがポイントではないかと思います。
金谷 アフリカの課題解決に向けたアイデアが、日本の農業にも展開できるかもしれない。そう考えると、場所にとらわれず、いろいろな人が参入できそうですね。
小澤 世界と日本のフードシステムで起きている問題の共通点に着目して考えることで、汎用性が高い解決策も生み出せるのかもしれないと思いました。ありがとうございました。
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