2024/3/29

「日本初」の衝撃。自動運転の現場実装が、ついに始まった

NewsPicks Brand Design Senior Editor
 開発競争が激化する、自動運転の世界。だが実はその多くは実証実験にとどまり、商用化に至る例はほんの一握りだ。

 そんな壁を打破し、工場や物流倉庫向けの自動搬送サービスの商用化を実現させたのが、モビリティメーカーのヤマハ発動機と、自動運転ソフトウェア開発のティアフォーの合弁会社「eve autonomy」。

 同社が提供する「eve auto」は、自動運転レベル4を実現し、実際に現場に導入が進む “日本初”の自動搬送サービス。屋内のみならず屋外でも稼働できる強みを携え、すでに30以上の拠点で活躍している。

 連載1本目では、eve autoの事例をもとに新規事業創出の極意を読み解いた。2本目にあたる本記事では、実証実験と商用化の間に横たわる厚い壁を打ち破った過程とその秘訣を読み解いていく。

「運ぶ人がいない」深刻な現場課題

 日本が誇るものづくりを支える工場や倉庫、物流施設。そんな現場には、未ださまざまな課題が眠っているという。
 2022年11月に提供を開始し、業界をあっと驚かせた自動搬送サービス「eve auto」開発プロジェクトは、こうした現場の課題を起点に産声を上げた。
 開発に着手してから2年というスピードで、商用化に成功した同サービス。その要因はなんだったのか。
「私たちの究極の目的は、ものづくりの現場の困りごとを解決することです。いま振り返れば、とにかく課題を起点に考え、ブレさせなかったことこそが、eve autoをいち早く世に送り出せた理由だったと感じます」
 そう語るのは、ヤマハ発動機の茨木康充氏(以下、茨木氏)。2020年のeve autonomy設立時から取締役を兼務し、eve auto開発のきっかけをつくった中心メンバーだ。
「私も工場で働いてきた身として、現場の人手不足は痛いほど実感していました。その中でもネックだったのが、荷物の搬送作業です。
 屋内での搬送は自動化が比較的進んでいたものの、建物間を含む屋外での自動運転は、かなり難易度が高い。よって、屋外では人間がフォークリフトや小型電動牽引車でモノを運ぶのが一般的でした。
 24時間365日稼働する工場も多く、深夜だろうが悪天候だろうが人間が運ぶ。人件費の面でも働き方の面でも、あらゆる現場の悩みの種になっていました。さらにフォークリフトは、使い方によっては危険も伴います。
 現場の生産効率を上げ、安全性を高め、働き方も改善する。これらを同時に実現するには、搬送を自動化するしかない。その思いが、全ての始まりでした」(茨木氏)
荷物を載せると視界が悪くなり、実は危険も伴うフォークリフトによる搬送作業。GettyImages / Clerkenwell
 そこで茨木氏は、海外の展示会視察や、市場にすでにあるプロダクトのリサーチを始める。だが、なかなか自分たちが理想とするプロダクトには出会えない。
 そんななか、ヒントは意外と身近なところで見つかった。
 ヤマハ発動機の子会社であるヤマハモーターパワープロダクツ(YMPC)と、自動運転技術の先駆者であるティアフォーが、ゴルフカーを用いて自動運転を実現しようと試みていたのだ。
 この取り組みを足がかりに、eve auto開発は幕を開けた。
 ティアフォー側からeve autonomyに参画した中山裕介氏(以下、中山氏)は、当時をこう振り返る。
「自動運転を公道で実現するには、法律や規制の面でのハードルも高く、これまでは『実証実験止まり』のプロジェクトがほとんどでした。
 ですが、いくら先進的な技術やプロダクトでも、実際に現場で使われて役に立たなければ意味がありません。
 だからこそ、自動運転を『社会実装する』ことにこだわりたかった。そう考えていた矢先にこの話が出てきて。まさに自動運転技術をビジネスに昇華させる、一丁目一番地の取り組みになると確信したんです」(中山氏)

近道はない。地道な仮説検証の日々

 eve autoのサービスは、ヤマハ発動機が持つ車両技術と、ティアフォーが持つ自動運転技術を組み合わせてつくられた。既存のプロダクトをかけ合わせるだけなら、開発はすんなり進むのでは。
「そう楽観視していたんですが……大きな間違いでした(笑)」
 そう苦笑するのは、ヤマハ発動機からeve autonomyへ出向し、eve autoの車体設計を担った有馬央貴氏(以下、有馬氏)である。
 ではその開発の過程を、商用化を実現させたポイントとともに見ていこう。
 最初の取り組みとしては、いわゆる一般的なランドカーに自動運転用のセンサーやパソコンを搭載するという、簡易的な装備で実験を始めた。すると決められたルートを走行することは、何とかクリア。
 だが、これで安心してはいけない。工場の敷地内とはいえ、屋外の環境には不確定要素が盛り沢山なのだ。
 たとえば工場によっては、その敷地の広さは数百万平米にも上り、人やトラックなどが激しく往来する。工場のレイアウトが突発的に変更になり、昨日までなかった障害物が突如現れる、なんてことも日常茶飯事だ。
eve autoが実際に導入されているENEOS社の根岸製油所の様子。工場の敷地内といえど、220万平米の敷地に建屋が点在し、その間をトラックが行き交っている。
 そこからは、屋外のさまざまな障害や環境変化に耐えられるよう、根気強い実証実験の日々が始まった。
 苦労したのは、障害物を検知する精度の高いセンサー機能を維持しつつ、害のない障害物を判別し不要な停止を防ぐ、緻密な制御。
 実際にセンサーが反応しすぎて、トンボが飛んできただけで停まってしまったこともあったという。
 そうしたトラブルを、一つひとつ精査し解消していく。この地道な仮説検証を迅速に回し続けられたことが功を奏したと、茨木氏は振り返る。
「いち早く商用化ができた勝因の一つは、間違いなくヤマハ発動機の工場が、実証段階のeve autoを導入してくれたことです。
 本来であれば、実証実験段階のサービスを現場が導入するのは難しい。しかし現場課題の解決につながるならと、ヤマハ発動機側の責任者が導入の意思決定をしてくれました。
 ヤマハ発動機をある種の『実験場』として活用し、仮説検証できたことが、自動運転の精度を迅速に高めることにつながりました。
 身内だからこそ、忖度なくコミュニケーションできた点も大きい。ベンチャー企業は、普通はこんな場所は持っていません。これは明確に我々の強みですね」(茨木氏)
 では、その仮説検証のプロセスは、実際どのようなものだったのか。
「自動搬送車を無人化するプロセスは、運転席に人を乗せた状態から始まります。何かトラブルが生じて、人がブレーキや方向転換などの介入を行った回数を記録して、その介入率を測定しながら、その介入原因を一つずつ潰していくんです。
 介入しなければならなかった要因がセンサーの精度なのか、地図が間違っているのか、はたまたトンボなどの外的要因なのか。
 何種類もの仮説を立てて検証しながら、徐々に人が運転席を離れ、それでも問題なく走行できるかを確かめるプロセスを、根気強く繰り返しました」(茨木氏)
自動運転の実証実験の様子
 まさにこうした仮説検証の現場を担っていたのが、eve auto発足時のプロジェクトリーダーを務め、現在はカスタマーサクセスを担う藤田真司氏だ。
「商用化するということは、現場で起こりうる多様なトラブルに対応できるということ。ここで手を抜くことはできません。
 そこで、ありとあらゆる障害物を車体の前において、きちんと検知できるかを確認しました。それこそ傘やヘルメット、マネキンなど、思いつく限りのさまざまな物をルート上に置いて検証。夜や雨天時など、時間帯や天候の条件も変えて、何度も試しましたね」(藤田氏)

コストはかけられない。さあどうする?

 地道な仮説検証を繰り返して徐々に高めていった、自動運転側の精度。では次に、車両技術開発にも目を向けてみよう。
 車両側で待ち受けていたのは、いかにコストをかけずに、車両サイズを小さくし、工場内での利用に最適化させるかという挑戦だった。
「eve autoは工場の屋内と屋外を行き来することを想定した自動搬送サービス。一方でゴルフカーは、広い屋外を5人乗りで走る車です。
 工場内を走らせるのに大きすぎることは、すぐにわかりました」(有馬氏)
 そう振り返るのは、先ほども登場した車両開発担当の有馬氏だ。
 一般的な発想では、車両サイズを小さくするなら、中身の部品もダウンサイズする必要があり、コストも時間もかかってしまう。
 だがそもそもeve autoのゴールは、現場で使ってもらうこと。高い開発費をかけて価格に上乗せし、導入しづらい製品になっては本末転倒だ。
 その原点に立ち返り、可能な限り低価格でサービスを提供するために発想を転換。ヤマハ発動機の技術者たちの試行錯誤を経て、中の部品は極力変えずに、低コストでサイズを小さくすることに成功した。
 このような試行錯誤を繰り返し、開発からわずか2年の2022年に商用化が実現した。そのポイントをまとめると、以下の3点に集約されるだろう。

「分かり合えない」を乗り越えた先に

 困難にぶつかりながらも、順調に進んできたように見えるeve autoの開発。
 だがeve autonomyは、1955年創業の大企業ヤマハ発動機と、2015年設立のベンチャー企業ティアフォーの合弁会社。
 バックボーンの大きく異なる2社が、一つの会社として歩みを進めていく道程が、一筋縄でないことは想像に難くない。
「やはり、ティアフォーとヤマハ発動機では、文化や思想にはかなり違いがありました。同じ日本語を使っているはずなのに、全然コミュニケーションがとれない……と悩んでいた時期も正直ありました。
 ですが間違いないのは、お互いに良いものをつくりたい気持ちは同じだということ。
 当初は『何とか落とし所を見つけねば』と躍起になっていたのですが、どちらもが中途半端に妥協点を見出すよりは、譲れない一線だけを守って、あとはお互いの自由を尊重し合う方がいいのではないか。
 そんな『余白』を大事にするようになり、お互いやりやすくなった感覚があります」(有馬氏)
 ぶつかりながらも互いが全力で持ち味を発揮し、お互いが目指す最高の製品をつくりあげる。eve autonomyの文化は、こうしていま形づくられている最中だ。
 2020年2月の設立から4年、サービス提供開始から約1年半が経過し、導入企業を着々と増やすeve auto。だが、もちろん改善の余地は山ほどあるという。
「現場への導入が増えるほど、当たり前ですが色々な要望や課題が出てきます。私たちも改善の毎日です。
 現に自動走行用の地図作成をより簡単にする開発も進んでいますし、荷下ろしや荷積みの自動化も、お客さまからの要望を起点に進めてきました。
 eve autoは、現場の課題解決のために生まれた製品なので、お客さまの声を聞いて改善を続けることは事業の根幹。
 カスタマーサクセスの立場からは、長期的にはお客さまの課題に対処するノウハウを蓄積して、活用できるコミュニティなどもつくりたいなと想像しています」(藤田氏)
 商用化はもちろん、ゴールではなく始まりだ。進化を続けるeve autonomyを支えるメンバーは、どのような未来を描いているのか。
「工場の当たり前の景色を変えたいんです」と語るのは、中山氏だ。
「通勤電車の景色って、この数十年で様変わりしましたよね。昔は新聞を広げる人ばかりだったのが、いまはみんなスマホ。eve autoは、工場の現場の景色をこれくらいガラリと変えられる可能性を持つサービスだと考えています。
 そんな未来を実現するために、地に足ついた一人前の事業に育てる。まずはそこに全力投球していきます」(中山氏)
 eve autoがつくる未来像を、このように描くメンバーもいる。
「自動化やロボットの話になってくるとすぐに出てくる『省人化』って言葉、あるじゃないですか。私、この言葉が嫌いなんですよ。
 というのも世の中をもっと豊かにしていく上で、むしろ不可欠なのは圧倒的に人間だと思うんです。やはり人間を幸せにするのは、合理性や効率性よりも、感性の部分だと思うので。
 だからこそ代替可能な作業は、できるだけeve autoのようなロボットに任せて、人間はもっと創造性を発揮できるようにしたい。私がeve autoに向き合う究極の理由は、そこかもしれません」(有馬氏)
 メンバーのさまざまな思いが重なって生まれたeve auto。いまこの瞬間も進化を続けるeve autoが、現場の景色をガラリと変える未来も、遠くないのかもしれない。