2024/3/25

個人の力を最大化する、営業組織の作り方

NewsPicks Brand Design / Senior Editor
 営業にとって、顧客を深く理解し、課題解決をする力は必須だ。

 しかし不確実性の高い現代では、顧客が様々なビジネスの打ち手を模索しているため、顧客課題が多様化。一人の営業で属人的に顧客課題を解決することの難易度が増している。

 では、営業力を組織的にどう最大化すればよいのか。「Airレジ」「スタディサプリ」「ゼクシィ」など、様々な領域の顧客と関わりながら事業成長を続けるリクルート。

 その中で、人口減、婚姻数の減少など数多くの課題を抱えるブライダル業界に向き合う「ゼクシィ」は営業組織をどう変え、顧客ニーズを満たしているのか。営業統括部長 衣笠歩氏営業推進部部長 松戸孝司氏に聞いた。

きっかけは業界の激変

――顧客とユーザーをマッチングするメディアとして、ブライダル業界で既に高いプレゼンスを誇る「ゼクシィ」がなぜ営業組織を変える必要があると考えたのですか。
衣笠 ブライダル業界を取り巻く状況が劇的に変化しているためです。
 少子高齢化や人口減。さらに近年、恋愛に対する価値観の変化が進み、結婚離れが加速しています。2023年の婚姻数は約50万件。20年前は約72万件ですので、3割近く減っています。※1
※1 出典:「人口動態統計」(厚生労働省)
 さらに追い打ちをかけたのが、コロナ禍です。誰もが想像しなかった事態に直面し、ブライダル業界の危機感はかつてなく高まりました。
 そもそもこれまでの形式の結婚式が、今後、社会に受けいれられるのか。結婚式の価値の再定義を迫られました。
 その結果、オンラインチャネルの活用や、様々な人数規模の結婚式が従来よりも増え、結婚式の在り方が多様化してきています。
 「婚姻数の減少」つまりマーケットの縮小と、「結婚式の価値の再定義」から生まれた結婚式の多様化にしっかりと向き合い、ブライダル業界全体を活性化させる。
 そのためには営業組織を変える必要があったんです。
松戸 われわれ「ゼクシィ」はブライダル業界の課題を解決するため、これまでも様々な打ち手を模索してきました。
 例えば、マーケットが縮小しているため、何か新しい打ち手に取り組みたいと考えているクライアントは多い。
 しかし、ウェディング業界は多忙でかつ、人手不足のため、なかなか進捗できないという課題に悩んでいます。
 この原因となっている従業員の長時間労働を改善すれば、新規事業開発や、新規の施策を行うための余白が確保できる。
 そう考え、ウェディングプランナーの業務工数を削減するSaaSの開発など、様々なソリューションの提供を行っています。
 ただ、ソリューションを増やした結果、われわれの営業がクライアントの悩みに寄り添う時間を、さらに確保する必要が出てきた。これも営業組織を変えなければいけなかった理由の一つです。
――なぜ時間を確保する必要が出たのでしょうか。
松戸 ソリューションの提供を開始したことで、向き合うクライアントの窓口の数が増えたためです。
 「ゼクシィ」と取引のある結婚式場は約1,400軒。ウェディングプランナーの総数は約1万人に上ります。
 クライアント全体のニーズを拾い上げ、広告出稿や挙式プランの改善などの集客支援だけではなく、ウェディングプランナーの業務支援にまで領域を広げてきちんと伴走する。これが「ゼクシィ」が目指していることです。
 ただクライアントの課題に向き合いたいものの、深く向き合うほど時間が足りなくなるというジレンマが営業組織に起きていたんです。

顧客ニーズを一元化し、高付加価値を死守せよ

――「ゼクシィ」はどのような営業スタイルなのでしょうか。
衣笠 「ゼクシィ」の営業の特長は、クライアントの将来の事業成長を見据え、カスタマイズ性の高い支援を行うことにあります。
 例えば、カップルが実現したい個性溢れる結婚式にするためのウェディングフェアの実施や、挙式のプラン作りなどソフト面の提案をすること。
 また結婚式場のワンフロアや一軒家を貸し切りできる挙式を行えるよう会場のリニューアル提案などハード面にも及びます。
 さらに先ほどお話ししたウェディングプランナーにどんな業務課題があるかヒアリングし、業務改善ソリューションを作る種を探すことも営業担当が担っています。
 顧客課題を丁寧にヒアリングし、その時々のトレンドやユーザーの動向を踏まえ高付加価値な提案をすることが「ゼクシィ」創刊以来のポリシーですね。
――高付加価値な営業を維持しながら、組織を変えるのは難易度が高いと感じます。どのようなことから着手しましたか。
松戸 「営業活動のための時間の創出」と「顧客満足度の向上」を目指し、3つのステップを組んでいきました。
 具体的には「営業活動の工数の把握」。そして「顧客ニーズの精緻な把握と一元化」。さらに「クライアントと営業のマッチングの強化」です。
 まず「営業活動の工数の把握」を行い、営業の行動を細分化しました。
 提案活動だけではなく、見積作成、市場の調査業務、定例、情報共有のための入力作業などあらゆる業務を洗い出した結果、17分類64業務で成り立っているとわかったんです。
 このうち、情報共有や、見積作成など、ツールによって解消できるものは積極的な導入や既存ツールの刷新を行いました。
 ただ局所的な省力化だけを行っても、日々の営業活動に少しの余白が生まれるだけです。
 さらに省力化をし、顧客満足度を上げるために、営業、リクルートブライダル総研※2などが持つ顧客ニーズをヒアリングして整理しました。
※2 リクルートが企画運営する。恋愛、結婚などの調査・研究を行っている機関。
――なぜ顧客ニーズの整理が必要だったのでしょうか。
衣笠 これまで顧客ニーズを把握し、どう解消するかは、営業担当次第でした。クライアントに深く向き合うことで、一人ひとりにナレッジは溜まっていた。
 これを共有知にできれば、もっと適切な提案や時間の使い方が実はできるのではないか。
 また顧客ニーズに対して、相性の良い営業をアサインできれば、顧客満足度がさらに向上するのではないかという仮説がありました。
 例えば、時間をかけた深い提案を対面チャネルでしてほしいクライアントもいれば、必ずしも対面を求めていないのでスピード感を持った提案をしてほしいクライアントもいます。
 クライアントにフィットする営業チャネルや営業体制を整えれば、顧客満足度も上がり、提案にかける時間も確保できる。
 そのため、それぞれのクライアントが「ゼクシィ」に本当に求めていることは何か、改めて知る必要があったんです。
――なるほど。顧客ニーズをどう分類したのでしょうか。
松戸 クライアントは利益を創出するために様々な指標を追っています。来館者数や成約率、施行単価、接客回数、時間当たりの担当件数などです。
 どの指標の改善を「ゼクシィ」に求めるかは、クライアントによって異なります。またわれわれもどの指標まで伴走するかによって提案内容や、かける時間が変わります。
 例えば、「ゼクシィ」に求めるのは出稿による集客のみで、挙式プランの提案や、業務改善までは求めないケースもある。
 そのため、出稿量や出稿による来館効果の変動、われわれの往訪率や、相談内容などを掛け合わせ顧客ニーズを総合的に判断していきました。
 ここを整理した結果、これまで深く伴走すべきだとわれわれが考えがちだった大規模・中規模会場の中に、ニーズのズレがあるクライアントが一定数いるとわかった。
 こうして顧客ニーズを整理し、SFAツールなどのプラットフォームにアクセスすれば、顧客ニーズの傾向を把握できるようにしていきました。
 その上で、営業担当のスキルを可視化することで、顧客ニーズに沿った営業をマッチングする精度が高まると考えたんです。

スキルセットって見える化できるの?

――営業のスキルセットは見える化できるものなのでしょうか。
松戸 リクルートは、従業員がより高い価値を発揮するためのケイパビリティとは何かを定義しています。
 4つのスタンスと6つのスキルで構成された「ロクヨン」と呼ばれるフレームワークです。
 これを用いて「ゼクシィ」の営業、さらにはスタッフ部門の一人ひとりのスキルセットや個性を明確化しました。
衣笠 クライアントによって「データを参照し高速PDCAを回したい」「戦略の仮説を立てる段階から広範囲に力を借りたい」など、われわれの営業への要望は変わります。
 例えば、ロクヨンでいう、見立てるスキルが高い営業は、顧客ニーズが広範囲にわたるクライアントに。動かすスキルが高い場合は、素早い対応を求められるクライアントの後押しをする。
 マネージャーの経験や勘はもちろん重要ですが、データという一定の客観性を持った情報を組み合わせ、営業とクライアントのマッチングを決められるようになったことは大きな変化です。
――具体的にどのような変化が起きましたか。
松戸 営業組織を変えはじめてから3年が経ちましたが、顧客満足度が向上し、顧客数も約2倍になっています。
 これまでの主要なクライアントは、年間を通じて結婚式を扱う企業。いわゆる専門式場といわれる結婚式場やホテルなどです。
 ここに加え、レストランやパーティースペースなど、年間数組ほどの結婚式を扱うクライアントが増えています。
 業務の効率化によって時間的コストが圧縮でき、様々なクライアントに向き合えた結果です。
衣笠 また、複数の営業でチームを編成できていることも大きな変化です。
 一人ひとりの営業が持つ得意領域を結集すれば、スピーディーに顧客課題の解決が可能です。
 またオンラインチャネルを用いて「ゼクシィ」の北海道エリアの営業と、福岡エリアの営業が協業するなど、営業のリソースに合わせた柔軟なチーム編成も行えています。
――顧客課題に沿って、営業をうまくアサインすることで、営業担当の提案の練度も上がりそうですね。
衣笠 まさにそうですね。一方で、顧客ニーズに沿って営業体制を整えたものの「ゼクシィ」は提案を同質化させないことを大切にしています。
 ブライダル業界が今後さらに発展していくためには、結婚のスタイルの多様化が欠かせません。
 提案のベーシックな背骨部分を統一することはあっても、高付加価値でかつオリジナリティの高い提案を生みだすことには、こだわり続けていきます。

ビジョンの浸透が、変革を最速化する

――「ゼクシィ」は大規模な組織ですが、営業組織を変えるにあたりハレーションは起きなかったのでしょうか。
松戸 懸念いただくほど、ハレーションはありませんでした。
 これは「ゼクシィ」のVMV(ビジョン・ミッション・バリュー)が組織にしっかり根付いていることが大きかった。
 ブライダル業界の課題を乗り越えて「幸せな結び付きを増やす」というVMVに、結婚領域に携わる全従業員が情熱を燃やしています。
 VMV達成のための大きな武器の一つが、高付加価値な営業組織であり、ここを強化することが重要だと理解が進んでいた。そのため、大きなハレーションが起きなかったのだと考えています。
衣笠 VMVが根付いている理由の一つは、リクルートが各事業部にインナーコミュニケーションを担当する部署を設けているためです。
 従業員のパーソナリティや従業員に起きたトピックスの積極的な共有など、コミュニケーションの円滑化を組織的に実践しています。
 従業員間の距離が非常に近く、各地の営業が一次情報を集めてきたら、それを傾聴して、整理し情報共有する人がすぐ隣にいる。
 全員が「主体性」を持ち、一丸となって事業に取り組むことができています。
――ブライダル業界を活性化するために、今後、「ゼクシィ」をどう進化させていくつもりですか。
松戸 結婚式の形は今後もさらに多様化していくと思います。また多様化するということはクライアントが、カップルへ様々な提案をする機会が増えることでもある。
 そのため、クライアントとカップルの双方が便利になるような決済サービス導入の提案。また新たな業務改善SaaSの開発によって、クライアントの余白を確保することへも挑戦していくつもりです。
衣笠 営業組織を変えたことで、クライアントにさらに深く向き合う基盤が固まった。顧客起点でより柔軟に提案ができるようになっています。
 ありがたいことに「ゼクシィ」はブライダル業界から大きな期待をいただいているサービスです。われわれのアップデートによって業界全体が活性化するケースもある。
 だからこそ成長を止めず、サービスをより良くしていきたいんです。われわれは今後も、ブライダル業界に全力で向き合っていきます。