2024/3/28

【学び】意外と知らない、食流通サプライチェーンの世界

NewsPicks, Inc. Brand Design Editor
近所のコンビニやスーパーに足を運べば、いつでもお弁当や冷凍食品を購入できる。都会に住みながら、さまざまな産地から新鮮な野菜や果物が手に入る──。
こうした安全で鮮度の高い食品を、いつでもどこでも購入できる体験は、いまや当たり前になった。しかし、その体験の裏側では生産者の後継不足や廃棄ロス、流通現場の人手不足などさまざまな課題も浮き彫りになっている。
私たちの健康的な暮らしを支える「食」という体験の裏側で、いま何が起きているのか。
そこで今回は、地域農業を支える「JAあいち経済連」、国内最大の青果市場である大田市場で卸・仲卸を営む「東京促成青果」、全国展開のスーパーマーケットを運営する「西友」、新たな食流通システムの構築を支援する「デンソー」のキーパーソンが集結。
左から小久保智氏(JAあいち経済連)、大竹康弘氏(東京促成青果)、宮川学氏(西友)、西部慎太郎氏(デンソー)。
普段揃うことがないという産地、市場、小売というそれぞれの視点から、食の裏側を支えるサプライチェーンの現状と課題、また「持続可能な食流通」実現のために求められることを語り合ってもらった。
INDEX
  • 天候に左右されやすい「日本の農業」
  • QRコードを活用した「スマート食流通」
  • 持続可能な「食」の未来を実現するために

天候に左右されやすい「日本の農業」

──そもそも野菜や果物などの農産物は、どのような流通経路で私たち生活者のもとに届いているのでしょうか。
小久保 そうですね。一般的には、「生産者(農家)」→「出荷団体(JAなど)」→「卸売市場」→「小売業者(スーパーなど)」の経路をへて、消費者に届けられるのが主な流れになります。
 より具体的には、まずは産地から野菜や果物などが卸売市場へ出荷される。そして市場で競りなどが行われて取引価格が決まり、販売先となる小売業者や外食業者へ届けられるイメージです。
──取引価格については、どのように決まるのでしょうか。
小久保 価格の形成要因は、農産物の品質や鮮度、固定客の有無など複数の要素がありますが、「需要と供給のバランス」が大きな要因です。
 野菜が豊作のときは供給過多になり、値段は安くなる。一方で、出荷量が少なければ高くなる。このように青果物の流通システムにおける最大の特徴は「価格が日々の需給バランスで決まる」という点にあるのです。
 工場でつくられる工業製品とは違い、農産物の生産量は「天候」に大きく左右されます。たとえば昨年の夏は、記録的な猛暑の影響でトマトの生産量が減少し、店頭価格も例年の2倍など大幅に値上がりしたニュースを耳にした人も少なくないでしょう。
1993年、愛知県経済農業協同組合連合会に入会以来、約30年にわたって青果物の販売と産地振興に従事。2023年4月、青果販売課に異動し、青果物の物流改善を担当する。同7月に、青果販売課長に就任。
 青果物の出荷量はどうしても不安定になる一方で、小売側も店頭での販売状況によって仕入れる数量は大きく変動する。そこで私たちJAや卸売市場が仲介役となり、数量と価格の調整を担っています。
 ただ生産者の立場から見ると、従来の仕組みは決して持続可能とは言えません。猛暑や台風等の影響で生産量が減少した場合、販売価格は上昇する傾向がありますが、生産者の手取りが十分に確保できているとは言えないのが実状です。
──どういうことでしょうか。
小久保 野菜や果物を栽培するには、さまざまなコストが発生します。
 特に近年は、肥料や農薬などの生産資材から出荷に使う段ボールまで、あらゆるものが値上がりしています。
 契約取引による安定価格での販売や規格・出荷資材の見直しなどによるコスト低減を進めていますが、価格は「需要と供給のどちらが多いか」が主要因で決まる。そのため生産コストを考慮した価格決定が難しく、コストの上昇分を反映することは簡単ではありません。
 国産の農畜産物を継続して安定供給するためには、生産コストの上昇分を生産者だけでなく、販売するまでの流通全体で補う仕組みの構築が大きな課題だと考えています。
──大田市場で卸・仲卸を営む大竹さんの視点からは、食流通の課題はどのように見えていますか。
大竹 卸売市場の立場から見ても、「生産者の労力に見合う価格」で取引されていないのは大きな課題だと感じています。
 よく日本の農業は諸外国に比べて生産性が低いと指摘されますが、その要因のひとつに気象条件の違いがあります。たとえば米国のカリフォルニアは雨が少ないので、雑草や害虫も発生しにくい。
 対して降雨量の多い日本では、こまめに除草や薬品散布を行う必要があるため、使う資材の量も作業の手間も膨大になる。よって日本の農業は経費が高くなりがちです。
1973年生まれ。2005年に代表取締役社長に就任。その後、既存の青果卸売業・仲卸業だけにとどまらず、日本各地の自社契約産地で産地形成を行い、市場内には加工場を設置するなど取扱量の拡大を図る。また、SDGsの観点から、流通の過程で廃棄されてしまう可食部のある農産物を販売するためのECサイト(みためとあじはちがう店)の運営も行っている。
 農家の方たちは大変な思いをして農産物を育てているのに、「稼ぎ」につながらない。生産者あってこその卸売市場なので、私たちも持続可能な仕組みをつくりたいという思いは一緒です。
 一方で、農家の収入を増やすためにコスト上昇分をすべて価格に転嫁したら、今度は消費者の負担が大きくなってしまう。
 なかには「高すぎて野菜が買えない」という人も出てくるでしょう。そんなことは生産者も望んでいない。誰かにしわ寄せが行くような仕組みづくりでは、持続可能とは言えません。
──消費者に最も近い距離にある、小売側からの景色はいかがですか。
宮川 小売店の役割は、お客様に安定した価格で商品を提供することです。
 ある日は100円で買えた野菜が、別の日は300円で売られていたら、「今日は買うのをやめよう」と考える人もいるでしょう。お客様にとって欲しい食品を、必要な時に買える状態が一番望ましいはずです。
 私たちも価格が安ければいいとは思っていません。商品の価値に見合う適正な価格で安定的に販売できれば、生産者と消費者の双方にとってベストだからです。
1975年生まれ。1998年 大東文化大学経済学部卒業後、(株)エス・エス・ブイ(現:西友)に入社。店舗青果売場に配属、その後バイヤーとして長野エリアの野菜・果実調達を担当、約10年間エリア調達を担い、2016年に本社の商品本部青果部へ異動、サラダ野菜等のカテゴリー担当、エリア調達の責任者を経て、2019年3月より現職。
 しかし現状では、消費者に商品の価値が十分に伝わっていません。実際に農家の方にお会いすると、みなさん強い思いと手間暇をかけて野菜や果物を育てています。
 でも消費者の方に“生産者のこだわり”をうまく伝えきれていないこともあり、「野菜は安くて当然」と思われてしまう。
 私たち小売側も情報をもっと発信するべきですが、産地や作り手の情報がダイレクトに消費者に届く仕組みが必要です。そうすればお客様も農家のこだわりを理解し、より新しい価値をお届けすることができると考えています。
──食流通のデジタル化やプラットフォームの構築を支援するデンソーの視点からは、どのように見えていますか。
西部 現在の食流通システムを見ると、デジタル化の遅れによる「物流の非効率」や「不必要なコストの発生」は大きな課題だと認識しています。
 私は、食流通の領域に関わることになってはじめて生産地や卸売市場の現場へ足を踏み入れたのですが、大半の業務が紙やFAXで行われていることに衝撃を受けたのをいまでも覚えています。
2007年 デンソーに入社。エンジンECUの生産技術(主に海外製造拠点)業務に従事。その後、2015年に新事業開発部、2020年にFVC事業推進部に異動し、食流通のデータソリューション事業開発および技術開発の責任者を務める。
 たとえば運ばれてきた農産物の仕分けや箱詰めをする選果場では、山積みになった出荷伝票で机が埋め尽くされており、それぞれに生産者の氏名と野菜の数量が手書きされている。
 それをFAXでやり取りしたり、事務担当者が専用のシステムに入力し直したりして、物流の現場を回していたのです。また市場の卸・仲卸でも同様の業務が発生し、膨大な人手を費やしている。
 こうした作業をデジタル化して省人化や効率化を図れば、人手不足の解消と生産性の向上につながり、農家の方により利益を還元できるかもしれない。
 またムダな物流コストを削減すれば、消費者に安定した価格で青果物を提供することにつながりますし、それが食品ロスの削減にもなると考えています。
──食流通の現場がそれほどアナログとは知りませんでした。
大竹 食流通の現場に非効率が多いことは私たちも痛感しています。
 そもそも青果物は産地によって規格や商品コードがバラバラで、情報管理が難しい。たとえば茨城県産のナスと栃木県産のナスは異なるバーコードがついているので、JAや卸売市場が一つひとつ登録するのも手間だし、小売店もコードが多すぎて管理しづらい。
 加えて、情報がアナログであるため流通過程で情報を追跡できなくなるという問題もあります。
 小売店が「キュウリを3本130円で売りたい」という時は、卸売業者が産地から届いた50本入りの段ボール箱を開け、3本1袋に詰め直して納品する。しかし、この時点で出荷時の伝票とは別の商品になってしまいます。
 よって情報が途切れてしまい、小売側はバーコードで産地や品種は確認できても、どの生産者が出荷したのかは知ることができない。トレーサビリティ(追跡可能な状態にすること)の実現には程遠い状況です。

QRコードを活用した「スマート食流通」

──課題が山積する食流通システムをどのように改革していくべきでしょうか。
大竹 解決の第一歩はとてもシンプルで、それがデジタル化です。紙や人力で行っている業務を効率化し、データ活用を進めるには、テクノロジーの力が不可欠です。
 ただ食流通の世界はアナログな手法に慣れきっていますから、デジタルの知見を持つ企業との連携が不可欠です。
──具体的にはどのような取り組みが進んでいるのでしょうか。
西部 いま私たちは、QRコードを活用した新たな食流通システムの構築を進めています。
 各事業者がQRコードで取り込んだデータをプラットフォーム上で連携し、必要な人に必要な情報を提供する。それにより、流通の合理化やトレーサビリティの実現を目指します。
 もともとデンソーは自動車部品メーカーとして、トヨタ生産方式による製造現場の合理化や効率化を図ってきた実績があります。ただし工業製品と同じ手法を青果物にそのまま適用するのは難しい。
 四季・天候に左右されるため計画生産が難しく、鮮度も考慮しなければいけない青果物とは、前提条件がまったく異なるためです。
 一方で、トヨタ生産方式の核心にある「ムダ・ムラ・ムリ」の排除という原則は、青果流通を含むどの業界にも適用できる。またトヨタ生産方式では「自動化」ではなく、ニンベンのついた「自働化」という言葉を使いますが、あくまで人を起点に考えます。
 これまで青果流通では物量の変動が大きく、最後は人手に頼らざるを得ないため、自動化やシステム化が進んでこなかった。そこでデンソーは、製造業で培った合理化に対する考え方や視点と、青果流通の人を中心とした作業とを組み合わせ、働く人にも優しい“持続可能”な食流通への転換を図ります。
大竹 情報量が限られてしまうバーコードとは異なり、QRコードなら産地や品種の情報を1つのコードで一元管理できる。
 バラバラな規格やバーコードを今さら統一しようとするより、新しい仕組みをつくってしまったほうが早いし、実効性があります。
宮川 店舗数も取り扱い商品の点数も多い量販店にとって、QRコードの導入で在庫管理の手間と労力が省けるのは非常に助かります。
 またお客様もスマートフォンでQRコードを読み込めば、産地や生産者の情報を共有できるので、青果物の価値を伝える手段としても有効的です。
「この生産者のトマトがおいしかったからリピートしたい」と思ったときも、QRコードの情報があれば店頭で探しやすくなりますよね。
 将来的には、QRコードからその野菜を使ったおすすめのレシピを紹介したり、よく購入する商品のクーポンを発行したりと、販売促進にもつながる可能性があると思います。
──デジタル化の壁のひとつとして、どの業界でも従来のやり方を変えたくない人たちからの抵抗や反発があるものですが、食流通の現場ではいかがですか。
小久保 農家は高齢化が進んでいて、なかにはスマートフォンを持っていない人もいる。そのためいきなりデジタル化と言われても困るという方は少なくありません。
 だから「食流通を効率化するためにやりましょう」と、こちらの理屈だけを押し付けても理解は得られないでしょう。
 なぜ農家のみなさんがこだわりを持ってつくる野菜や果物のデータが必要なのか。それは生産者の収入を増やすためであり、営農を継続するためであることを、丁寧かつ生産者に寄り添いながら伝えなければいけません。
西部 私たちもデジタル化を推進するうえで最も大切なのは「人」だと考えています。
 食流通のデジタル化についても、「現場の方たちのために何ができるか」という問いから出発する。
 すべてを機械やロボットに置き換えればいいわけではない。人間の知恵や技を活かすべきところは人が担う。
 そのためにも単調な作業や負担の大きい業務はデジタル化し、現場の方たちには高品質な野菜や果物を消費者に届けるという大事な仕事に集中する環境を提供できればと考えています。

持続可能な「食」の未来を実現するために

──今後、どのような食の未来を描き、持続可能な食流通の実現を目指しますか。
小久保 農家の高齢化や後継者不足により、生産者は急速に減少しています。このままでは農産物を安定供給できず、日本が食料不足に陥ってしまう。
 そんな危機的状況を回避するには、若い人が働きがいを感じられる農業を実現し、新たな担い手を増やすことが急務です。
 そのためにもデジタル化を通じて流通のムダを省き、効率化することで持続可能なサプライチェーンを実現したい。また生産者の声を届けることで、消費者に産地の思いやこだわりに触れたうえで国産農畜産物を購入してもらう。
 この仕組みが構築できれば、農家が安定した収益を得られ、産地振興や次世代の生産者育成にもつながり、農畜産物の安定した供給体制につながると考えています。
宮川 私も小売業者として同じ危機感を共有しています。実際に私たちが確保できる青果物の量は年々減少しており、食料不足がすぐそこまで迫っているのを実感します。
 ですから食流通に関わる事業者が協力し、農家の方たちが安心して生活できる水準まで所得を上げることが最優先です。
 将来的には、デジタルの力で生産そのものを省力化できるシステムの開発なども求められるでしょう。人々が10年、20年先も豊かな食生活を送れることを私たちも願っています。
大竹 食流通は関わる事業者が多いだけに、改革を進めるのは容易ではありませんが、デンソーの協力があれば可能だと確信しています。
 食の現場を知る私たちは、生産者や事業者が無理なく改革についてこられるようなロードマップを描き、デンソーはデジタルの力でサプライチェーン全体を連携する。そんな役割分担をしながら、持続可能なシステムを創っていけたらと期待しています。
西部 食流通の主役は現場のみなさんですから、デンソーは黒子として支えていきたいと思います。人手不足や温暖化、資材の高騰など、日本の農業は簡単には解決できない課題が溢れていますが、だからこそデンソーが取り組む意義がある。
 コストや使い勝手がハードルとなって改革がなかなか進まない領域を裏側で支えるのは、私たちのような技術力を武器とする企業の役割です。
 食流通に関わる人たちがそれぞれにメリットを享受し、win-winな関係になれる仕組みをつくること。そして農産物の価値が適正に評価され、生産者の方が報われる社会にすること。みなさんと足並みを揃えながら、そんな未来を実現していきたいと思います。