2024/3/13

国産シルクは社会課題をどこまで解決できるか

NewsPicks+d 編集者
シルクといえば、和服や高級な衣服に使われる素材というイメージを持つ人がほとんどではないでしょうか。

しかし、「スマートシルク」と銘打ったシルク生産のDX化に取り組むユナイテッドシルク(愛媛県松山市)の河合崇社長は、これまでのイメージとはまったく異なるシルクの活用を思い描いています。(第3回/全3回)
INDEX
  • シルクの用途は高級衣類だけではない
  • シルクパウダーでフードロス解決を
  • 地域の食を通じて地方創生
  • シルクは食料不足と飼料不足の切り札になるか
  • 生産過程で発生するすべてを使い切る

シルクの用途は高級衣類だけではない

繭はそのままでは用途が限定されますが、パウダー化したり液状にしたりして加工性を高めることで、さまざまな領域での活用が可能になります。
ユナイテッドシルクでは、2022年に稼働を開始したシルクの加工拠点「せとうちシルクファクトリー」で、繭からシルク水溶液やシルクパウダ一を製造し、目的に応じてさまざまな形状でのシルク素材を生産、販売しています。
河合「世界に目を向ければ人口増やカーボンニュートラルによる脱化学繊維の動きもあり、市場の拡大余地は十分あります。
ただ、既存の繊維の領域では価格競争になりがちで、生産者が疲弊してしまう。それよりも、海外のサプライヤーが注目していない領域で高付加価値な製品を開発し、新しい市場を生み出すことに勝機があると考えています」
同社が最初に着手したシルクの活用先は、化粧品でした。
河合「シルク産業が日本の経済成長を支えていた明治期には、製糸工場で水仕事をする人たちの手がきれいだといわれていたそうです。
繭の主成分であるフィブロインは、ヒトの肌の角質層や真皮層を構成する18種のアミノ酸でできており、この成分が肌を覆うことで保湿性や抗酸化作用、紫外線の吸収、角化健全化といった肌を守り育てる効果が期待できます」
すでにシルクを粉状にしたシルクパウダーを使って、シャンプーやトリートメント、ボディソープやボディクリームなどの商品化に成功しています。

シルクパウダーでフードロス解決を

そして現在、取り組みを本格化させているのが、食品への活用です。
河合「シルクは食べ物の食味を向上させる効果があります。フィブロインそのものがタンパク質で、牛乳や卵などの必須アミノ酸を多く含む食材を上回るアミノ酸を含んでいるため、新しい良質なタンパク源としても注目を集めています。
食の領域は市場が大きいうえ、食料難の懸念やフードロスなどの社会課題が多く、シルクがその解決の一端を担える可能性も大きいと考えています」
すでに商品化できているのは、シルクが食べ物の口当たりを良くする効果を狙った商品です。
そのひとつである、地元愛媛のベーカリーが開発した食パンは、少量加えたシルクパウダーが水分の放出を防いで耳までしっとりやわらかく、もちもち感がアップしています。
ユナイテッドシルクが運営するシルク産品の拠点「愛媛シルクショールーム」でも、入荷するたびあっという間に売り切れる人気商品です。
また、株式会社シャトレーゼリゾート八ヶ岳と協業し、シルクパウダーを練り込んだ山梨の郷土料理「ほうとう」も販売、時間が経ってものびにくく、なめらかなのど越しが好評を博しているそうです。
河合「シルクには目に見えない小さな空洞がたくさんあり、この空洞を壊さずにパウダー化したシルクを食品に加えることで、味わい・食感を向上させると考えられています。
シルクパウダー入りの食品はすでにパンやケーキ、飴、ハチミツ、プリン、地ビールなどで商品化されていますが、いずれも口当たりが格段に良くなり、おいしくなるんです」

地域の食を通じて地方創生

この小さな空洞は、ダイエット効果や生活習慣病を防ぐ役割も期待されています。
脂っこいものを食べる際、一緒にシルク成分が入ったドリンクを飲むことで穴の中に脂肪分が吸着し、体への脂肪吸収を抑える効果が確認されており、機能性食品として売り出そうと研究開発を進めています。
また、研究段階ではありますが、シルク成分を食品に加えることで賞味期限を延ばす効果も期待されているそうです。
河合さんが食領域でのシルク活用に力を入れる理由は、まだあります。
河合「日本の地方には食に大きなポテンシャルを持つ地域が多くあるので、食と地方創生は相性が抜群です。
繊維産業が残っている地域は限られますが、食であればどの地域にもなんらかの産品があり、市場も広い。シルクを活用した地域産品の開発販売を通じて全国に点在する産地を活性化し、地域創生につなげることができるはずです」
全国の各産地で生産された繭を仕入れ、食品用のパウダーや水溶液に加工して産地に戻すことで、地域発のシルク食品の開発を促したり、養蚕農家の独自ブランド開発のサポートもしていきたいと河合さんは意欲を燃やしています。

シルクは食料不足と飼料不足の切り札になるか

シルクはなぜ、こんなに多くの使い道があるのでしょうか。
河合「シルクの用途が広いのは、主成分であるフィブロインが『高分子』という多くの分子がつながった構造をしているからです。
この分子を切り離していくと低分子になり、さらに切り離すとペプチドになり、最後はアミノ酸となって溶けるようになります。どの段階で活用するかで効果や効能が変わるため、分子量を調整することで幅広い目的での活用が可能になります」
今、世界的に食料不足や飼料不足が懸念されていますが、シルクはこうした課題を解決できる可能性もあるといいます。
すでに研究開発が進んでいるテーマのひとつが、養殖魚向けの餌への活用です。繭ではなく、そのプロセスで発生する蛹(さなぎ)を活用して、「魚のサプリ」をつくるプロジェクトです。
写真提供:愛南リベラシオ
河合「地球温暖化による海水温の上昇で、漁獲量が減ったり魚の生息域が北上したりするなどの現象がみられており、海上で行われる魚の養殖にも悪影響が出ています。養殖場の海水温が上昇することで死んでしまう魚が増え、養殖の効率が落ちているのです。
愛媛大学の研究では、蚕の蛹に様々な機能性物質が含まれることが明らかになっています。
その研究成果を製品化した「シルクロース®」は、蚕の蛹から機能性物質を高濃度で抽出したものであり、これを少量混ぜることで、魚たちが病気に強くなり、耐熱性が向上することが明らかになっています。
蚕の蛹が秘める力によって、海水温が上がっても魚が健康に育つようになり、養殖現場が直面している海水温上昇による養殖魚の生産効率減を食い止めることができるのです」

生産過程で発生するすべてを使い切る

そしてもうひとつ、河合さんが大きな可能性を感じているシルクの用途が、医療やバイオ分野です。
河合「フィブロインは生体への適合性がきわめて高いタンパク質であることもわかっています。
さまざまな処理を施すことでフィルム状やスポンジ状などに加工でき、こうした構造体を再生医療用の材料として活用する研究が進んでいます。皮膚や骨、軟骨、角膜、血管などのさまざまな生体組織の再生を促す材料としての活用が期待されています」
河合さんによると、従来型養蚕では繭自体もすべてが活用されてきたわけではなく、生糸になるのは繭のわずか17%。
ユナイテッドシルクでは生糸にできない残り83%の繭はもちろん、生産過程で発生する副産物もすべて使い切る発想で、製品開発を進めています。
タンパク質豊富な蛹は飼料のほか、航空燃料などへの活用を模索しているほか、蚕が繭をつくるときに最初に吐き出す糸である「きびそ」、蚕のフンである「蚕沙(さんしゃ)」まで、無駄なく活用できる余地があると河合さんは言います。
河合「私と当社が実現したい未来は、シルクを日本の一大産業に育てることです。
従来捨てられていた副産物にも光を当て、高付加価値商品へとアップサイクルさせることで、シルクの活用を拡大してシルク産業を活性化し、成長させるエンジンにしていきたいのです」
写真提供:ユナイテッドシルク