2024/2/29

正解はないが、やり方はある。「いい組織」をつくるための思考法

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 突然だが「いい会社」といえばどんなイメージが湧くだろうか。
 生産性や効率性を上げる。目の前の収益を最適化し、株主価値を最大化させられる……。
 対して近年、いい会社のイメージは変わっている。激しい変化に柔軟に対応し、多様な価値観を包摂しながら、ステークホルダーと社会の持続的成長に貢献する。そんな価値観が、いま社会へ急速に浸透しつつある。
 そして、あるべき会社の姿を具現化するのが「組織」だ。当然、いい会社の定義が変容すれば、「いい組織」も形を変えることになる。
 果たして現代の、そしてこれからの「いい組織」とは?
 埼玉大学経済経営系大学院 准教授の宇田川 元一氏と、武田薬品工業 ジャパンファーマビジネスユニット プレジデントの古田 未来乃氏の対談から、新時代の「いい組織」とそれを実現するための方法論を浮き彫りにする。
INDEX
  • 優れた変革は「自発的な小改革」の連続
  • 本当の改革は“違和感”の先にある
  • 多様性は「背骨」があることで力になる
  • 「失敗から得られる学び」への挑戦

優れた変革は「自発的な小改革」の連続

──単刀直入に聞きますが、現代における「いい組織」ってどんな組織でしょうか?
古田 当社の創業240年を超える歴史をふりかえると、常に事業構成・戦略・組織などさまざまな点で変革し続けてきた会社であると気付きます。
 薬の問屋から始まり、そこから自社での製造や研究開発、海外進出、グローバル化、デジタル技術の取り込み、革新的な医薬品を追求するための積極的なパートナーシップ等々、変化し続けてきました。
 大胆に舵を切ったら、いろいろ壁にぶつかりながらもブレずに前進し続ける。
 そうした「変わり続ける土壌」があるのが、タケダだと思います。
宇田川 本当に偶然なのですが、今日の対談にあたっていい組織とは何かをここ数日考える中で最終的にいたったのが、「常に変革し続けられる組織」でした。
 常に変革し続けるには、何が必要か。一般的に企業変革と聞くと、V字回復を目指した“外科手術”のようなものを思い浮かべるかと思います。
 でも、外科手術をする状況にさせないのが、本来経営のやるべきことではないかなと。
 たとえ今は業績が悪くなくても、時代の変化によってこのままでは衰退してしまうかもしれない。
 そうならないために、先手先手を打っていく。そうした小さい変革の積み重ねが、あるべき企業変革だと思います。
──とはいえ、言うは易く行うは難しです。変革を成果に結びつけられない組織も少なくありません。
宇田川 これは企業や組織のサイズによって変わるかもしれませんが、人事部門、事業部門、経営層といった各セクションがバラバラに改革をしてしまうなど、全体像が見えていないことが大きな理由だと思います。
 たとえば「エンゲージメントの数字を上げろと言われたからがんばったけど、会社がよくなった感じがしない」というような。
──よく、聞きます(笑)。
宇田川 そこで求められるのが「対話」です。表面上の問題だけを捉えるのではなく、まずは各現場でどんな問題が起きているのかを観察し、それらを手がかりに全体戦略を考え、少しずつ実行に移していく。
 現場起点だからこそ、メンバーが自発性をもって取り組め、いいアイデアも現場から出てくる。
 実際のところ「上で変革を考えたので、下にやらせる」だけでは難しい。組織の下とも横とも繋がりながら、共に変革していく。
 それを継続できるのが、いい組織ではないでしょうか。
古田 ああ、なるほど。自分が抱いていたもやもやを、言語化していただいた気がします(笑)
 変革に向けた個々のステップというのは、現在進行形では明確に見えない点も多い。
 全社で共有された枠組みや方向性に従いながら、皆が主役になって変革を進めていく。本当にいい組織とは、まさにそんな姿なのかもしれません。
 こういった自律的に強い組織を作っていきたいですね。
宇田川 もちろん、日本では失われた30年もあり、外科手術が必要なこともあるでしょう。
 でも手術をした後には、もう手術が必要な状況にならないよう、体質や習慣を改めなければならない。
 それには誰かに頼りきるのではなく、かといって会社の押しつけでもなく、メンバー自身が自発的に変革=適応し続ける点が重要なキーワードになります。
古田 自発的であることが、とても大切ですね。

本当の改革は“違和感”の先にある

──自発的に行うというのもまた、そんなに簡単ではなさそうです。
宇田川 そうですね。私の結論としては、メンバー一人ひとりが日々感じている“違和感”を掘り下げる場づくりが、自発的に行うための近道なのかなと。
──違和感を掘り下げる?
宇田川 たとえば、メンバーそれぞれが「辞めてしまう社員が増えた」「社員の元気がない」など、組織で起きている違和感を話してみる。
 その違和感をもとに対話を重ねていくと、
「今まで作っていた“いい製品”を、お客さんが過剰品質あるいは過小品質と受け取っていた」
「仕事のスキームは従来のまま」
「結局なかなか成果が出ず、認められない」
 といった、背後にある事業上の課題の構図が浮き彫りになってくる。そうして、こういった課題を整理していくと、戦略に昇華できる。
 地道な取り組みではありますが、違和感を互いに伝えられる場所を作り、それを組織の習慣にしていけば、自発的に変革できる組織=いい組織に繋がると捉えています。
──違和感に耳を研ぎ澄ませる、ということですね。
宇田川 日々仕事していると、そうした違和感や困り事が必ずありますよね。
 それを掘り下げた先に、本質的な経営イシューがあるという意識を、組織として持てるかどうかがポイントになります。
古田 タケダは完璧な組織ではありませんが、その点では「もっとこうありたい」という意識や理想を持っていると思います。
 それこそ同僚たちからは、厳しい質問や要望もバシバシ出てくる。
 そんなふうに、みんなが声を上げながら一歩一歩前に進んでいる点では、日々の違和感に光を当てることができる組織なのかもしれません。

多様性は「背骨」があることで力になる

──一方、タケダは約5万人のメンバーを抱え、約80の国・地域で拠点を持ち、18名のエグゼクティブの国籍は10ヵ国とグローバル企業です。多様性も重視されている中、全従業員が違和感を伝えていたら収拾がつかなくなるのでは。
古田 それでいえば当社は、大前提として組織やメンバーが自分たちの「存在意義」を、明確に共有しています。
 具体的には「革新的な医薬品を創り出し、届けることを通して、世界中の人々の健康と、輝かしい未来に貢献する」です。
 そしてもう一つ、行動する際の柱となる「価値観と日々の行動規準」も、しっかり言語化されています。社内では、その価値観が“タケダイズム”と呼ばれています。
 さらに意思決定を下すために私たちが用いる枠組みとして、何よりも患者さんに寄り添い、その上で、人々と信頼関係を築き、社会的評価を向上させ、持続的に事業を発展させていく。
 この4つの重要事項を順に自らに問いかけ、私たちの価値観に基づいた意思決定を下します。
 これが、タケダの “背骨”です。背骨をはっきりさせておけば、難しい判断が求められる際には、こうした価値観が大きな力になります。
宇田川 多様性を重視するあまり、規律がなくなってしまう会社が少なくありません。
 そうなるとみんなが好き勝手にやり、かえって多様性が活きなくなってしまう。それを避けるには、多様性を収れんさせて、一つの方向に向かわせる工夫が必要になりますよね。
古田 メンバーから違和感やアイデアが出るのは、すばらしいことです。でも、軸が定まっていないと、確固たる判断や意思決定が難しくなります。
宇田川 行動を規定してしまうと、一見は自由を奪っているようだけど、実は自由がよりよく発揮できる舞台を用意している、ということですね。

「失敗から得られる学び」への挑戦

──今後も社会は大きく変わっていきます。「いい組織」であり続けるには、何が必要ですか。
古田 当社は、企業理念の中に「私たちの約束」と呼ぶ戦略の柱を設けており、その中に人(人財)や組織に関する約束を掲げています。
 また、人財の観点では「ライフロングラーニング」を大事にしています。
 つまり、学び続けることですね。組織としても個人としても、学び続ける。変わり続ける時代にあって、それが一層大事になると思います。
宇田川 私が学ぶうえで重要だと考えているのが「わかっていないことをわかる」姿勢です。
「学ぶ準備が整った時に、師が現れる」といわれる通り、自分がわかっていないと知って、初めて「あ、そうか」と深い学びが生まれる
 学校で勉強させられていた時は何も入ってこなかったのに、自分から学ぼうと思った瞬間に、学びが骨肉化されるんですね。
 そうした機会を、どう企業がたくさん作っていくかのチャレンジが、この先は求められます。
古田 宇田川先生のご意見は仰る通りだと思います。
 加えさせていただくと、一般的に「失敗」といわれるものに対する前向きな感受性も大事ではないかと思います。
 私たち製薬業界における研究開発では「この化合物が薬になりうるんじゃないか」と考え、臨床試験を行いますが、結果的に製品に結びつかないことも多くあります。ただ、これも一つの成果だと考えています。
 つまり、臨床試験としては成功しなくても、最初に立てた仮説が確認できなかった事実は、科学の前進として捉えることができます。
 とはいえ事業体としては、一定の確率または時間軸の中で、成果を出す必要がある。
 このバランスを取っていく点が非常に難しいのですが、だからこそ失敗から得られる学びへの許容性を持ち、リスクを意識的に取れるかが大切になる。
 手前味噌ではありますが、タケダがその大切さをよくわかっている会社であることに関しては、私は自信を持っています。
宇田川 学びと事業体としての成果と、そのジレンマを乗り越えることは本当に大変だと思いますが、そこを乗り越えた先に、イノベーティブな組織への変革があると思います。
 ぜひ、タケダにはそうあり続けていただきたいです。