2024/4/5

【レポート】“産業集積地”でオープンイノベーションを起こす価値

NewsPicks Brand Design 編集長
 革新的な新産業創出が求められるなかで、事業会社とスタートアップを掛け合わせた「オープンイノベーション」の動きが全国的に広がっている。だが、取り組みを成功に導くうえでの課題は多く、成功例が各地で模索されている状況だ。
 NewsPicks Re:gionが東海エリアで初開催した都市型カンファレンス「Re:Central 2023」において、産業集積地・東海地域におけるオープンイノベーションの成功モデルについて議論が展開された。
 いまなぜ東海地域でオープンイノベーションが必要なのか。オープンイノベーションを加速させる次なる一手とは何か。本記事では、その内容をダイジェストでお届けする。
INDEX
  • 「全身全霊で事業に向き合えるか」
  • 組織を超えて「一緒に成功したい」と思えるか
  • 「成功事例」が一つでもあれば量産できる
  • まずは課題やカルチャーを知るのが第一歩

「全身全霊で事業に向き合えるか」

土井 モデレーターを務めます、UNIDGEの土井です。私はトヨタで初めてベンチャーに出向して数十社の新規事業の支援をしてきました。その後トヨタに戻って副業でオープンイノベーションの会社、UNIDGEを立ち上げ、現在はトヨタから2度目の出向という形でUNIDGEのCo-CEOを務めています。
 2024年10月、名古屋市にSTATION Aiというスタートアップ支援施設が完成する予定です。本セッションでは東海地域のみならず日本全体でオープンイノベーションをさらに盛り上げるにはどうすればいいのかを議論していきます。
 トークテーマの1つ目は「東海エリアにおけるオープンイノベーションの意義」です。まずは皆さんの考え方について教えてください。
豊吉 トクイテンの豊吉です。2011年にMisocaという会社を創業してクラウド管理請求サービスを提供していました。2021年からは新たにトクイテンという会社を立ち上げ、ロボットとAIによって日本の農業を自動化することにチャレンジしています。
 スタートアップ側から見ると、大企業になくて僕らにあるものはたくさんあります。20年分の仕事量を5年ぐらいでやり切るスピード感、こんな社会をつくりたいという情熱みたいなものは僕らのほうが圧倒的に持っていると自負しています。
 反対に、大企業には僕らとは比べ物にならない資本力がありますし、僕らが難しいと感じていることを何十年も前に実現させている技術力を持っていたりします。
 いま、さまざまな企業とオープンイノベーションでロボットをつくりながら、ものづくりの愛知の底力と可能性をひしひしと感じているところです。スタートアップと大企業はもっといろんなつながり方ができると思っています。
中村 豊田合成の中村です。私たちは自動車まわりのプラスチックやゴムを使った製品やそこで培った技術によって事業をしている会社で、私はもともと高分子材料のエンジニアでした。
 現在は2019年に設立したCVCの立ち上げメンバーとして、スタートアップ投資を通じた新商品開発や新規事業づくりにチャレンジしています。EVシフトや自動運転、モビリティーサービスなど、いま自動車関連産業は手がける分野がどんどん広がってきており、私たちもそれにいかに対応するかを求められています。
 製品の性能においてもスピードにおいても、中国企業に勝てないところも出てきていますし、これまで通りの仕事の進め方では生き残っていけないという強い危機感が業界にあります。
 私たちの会社がいま一番力を入れているのは、CVCとスタートアップとの共創です。会社の若手メンバーを40人ほど集めてボトムアップでオープンイノベーションにチャレンジしています。
 隔週で若手で議論する場を設けて投資したいスタートアップを探させて、技術とビジネス両面を見ながら外部有識者も入れて検討し、シナジーを描けそうなところに投資をして共同開発をするということを進めています。
佐橋 STATION Aiの佐橋です。ソフトバンクに入社後、社長室を経てSBイノベンチャーという会社で社内起業プログラムの設計・運用、事業の成長支援をしてきました。2021年から日本最大のスタートアップ支援施設「STATION Ai」の開業に向けて準備を進めています。
 建物自体は名古屋市鶴舞公園の隣に建設中ですが、私たちは2022年4月からWeWorkグローバルゲート名古屋の中の「PRE-STATION Ai」でスタートアップ支援を始めているところです。支援開始当初、登録スタートアップは85社でしたが、現在357社まで増えました。これを開業5年後には1000社までもっていきたいと考えています。
 この5年ほどでCVC機能を持つ事業会社が急増しています。シナジー目的の投資もあれば、投資なしに事業シナジー創出を目指すケース、社員をスタートアップ側に出向させてノウハウを提供して事業シナジーを生むケース、アクハイアリング(人材獲得を主な目的とする企業買収)を目的とするケースなど、CVCの目的ややり方はさまざまだと感じています。
 ただ、オープンイノベーションの本来の意義は「イノベーションを起こし事業をつくっていくこと」にあります。
 となると、大企業が新規事業をやるのなら、初期のフェーズではスタートアップに任せたほうが合理的な側面は非常に大きいなと感じています。大企業では新しいことをやろうとするとさまざまなレギュレーションが出てきて、そのすべてを突破しないと実現することができません。
 スタートアップは全身全霊をかけて顧客やマーケットに向かうことができる。これがいかにすごいことか、おそらく大企業の皆さんほどわかるんじゃないでしょうか。
 ヨーイドンで同じ新規事業を始めたら、大企業は初期の成長スピードにおいてスタートアップに勝つことはかなり困難です。だからこそ、既存産業が圧倒的に強いこの愛知県で、スタートアップと企業のオープンイノベーションを推進することの意義は非常に大きいと考えています。

組織を超えて「一緒に成功したい」と思えるか

土井 事業会社とスタートアップはそれぞれの強みを活かし、弱みを補い合いながら共創していければ最高だと思います。ただ、うまくいっているケースもあれば、そうでないケースもある。うまく進めていく秘訣について、ぜひそれぞれのお立場から教えていただければと思います。
佐橋 オープンイノベーションがこれだけ叫ばれる世の中になると、上場企業は特に「うちでもちゃんとやっています」と示さないといけませんよね。そのせいか「オープンイノベーション推進室」みたいな構えから入って、目的やゴールが示されていない、あるいは後付けだったりするケースが増えているように感じます。
 それでたまたまうまくいくケースもあるけれども、やっぱり目的やゴールがはっきりしていて、そこに経営者がコミットして、戦略にもビルトインしているところのほうが効率的に進むし、成功しやすい。目的やゴール設定からしてほしいなと思います。
 あとはバイブス(雰囲気やノリ)みたいなものを合わせにいくことも大事なんじゃないでしょうか。最終的なゴールをM&Aにするなら、いっしょになるかもしれない会社との相性は重要です。
 事業会社がスタートアップとの相性を見定めるように、スタートアップも事業会社との相性を見ていますから。
中村 会社の命令だから新規事業をやっている人は、合わせられないですね。そうすると信頼関係をうまく築けなかったりする。
「将来こういう会社をつくりたい」「こんなふうに社会を変えていきたい」という気持ちがないとスタートアップとは対等に会話できないし、信頼されません。この課題は常に私たちにもあります。
最終的には会社に利益をもたらさないといけないわけですが、そこだけにとらわれず、自分が好きなこと、やりたいことを見つけてほしいと若手には話していますね。
豊吉 私自身、人付き合いがそれほど得意ではないので、協業先や投資家を選ぶときに「合う」「合わない」という観点は重視しています。
 オープンイノベーション云々は関係なく、「この人といっしょに成功したい」という気持ちを持てるかどうかが大事です。もっと言うと、この人になら構えることなく話せる、失敗も素直に話せる、おふざけもできる、そんな人間関係を結べるかどうかが大事だと思っています。
 事業の推進力に関わるので、同じ情熱、同じ危機感を持てるかどうかも重視していますね。Misocaを売却した先(弥生株式会社)の担当者さんとは、インストール型からクラウドへの移行というものすごい危機感を共有することができました。だからこそ、大変なプロセスをいっしょにやり切ることができたと思っています。

「成功事例」が一つでもあれば量産できる

土井 最後のテーマです。東海地域には強い事業会社があり、オープンイノベーションの環境が整いつつあります。この可能性を最大限に生かすために、何が必要でしょうか?
佐橋 事業会社の方から見ると、入口の課題は結構共通しているんです。あまりにも自社のデジタル化が進んでいなさすぎて協業の環境構築が難しいとか、スタートアップとの距離感がわからない、といった悩みをよく聞きますね。このあたりの解決策はシェアしていく必要があります。
 2024年に開業予定のSTATION Aiはスタートアップだけでなく、事業会社も入居できる施設なので、それらについて学べるコンテンツも用意していくつもりです。
中村 いまのところ、製造業のオープンイノベーションの成功事例ってそれほど多くないと思っています。ただ製造業は、成功事例があるとそれをまねて量産するのはすごく得意なんです。
 東海地域のオープンイノベーションが加速するためには、私たちの会社も含めた東海地域の企業で成功事例を一つでも多く出せるかどうかが鍵になると思います。
豊吉 スタートアップは一般的にITから始まるところが多いと思うのですが、私たちの会社では、いまロボットを使ったハード寄りの事業を始めています。
 そこで思うのは、愛知の技術力はやっぱりすごいということ。大企業がたくさんありますし、品質もスタートアップとは次元の違うレベルでやっている。そのあたりのことを私たちを含めたスタートアップはもっと勉強する必要があるのかなと思っています。
 5年前ぐらいまで、大企業の担当者の方と私たちスタートアップが出会う場はありませんでした。今回のように、愛知の企業や持っている技術、リソースのことを知る機会がもっとあると、それだけでも東海地域のオープンイノベーションの状況はかなり変わるんじゃないでしょうか。

 まずは課題やカルチャーを知るのが第一歩

土井 最後にお一人ずつ、今日のまとめの一言をお願いします。
豊吉 スタートアップと大企業の関係性は、出資や業務提携だけじゃないんです。商品を使ってもらって、導入事例として紹介させてもらうだけでも、私たちにとってはものすごくありがたいことです。
中村 私たちがCVCをやっていると聞いて「難しいことをやっているな」と思われている方もいらっしゃるかもしれません。けれども意外と入口のハードルは低いんです。
 会社としてこういうことをしたいとか、将来に向けてこんな社会をつくりたいという思いがあれば、スタートアップの皆さんと対等に話はできますし、何かいっしょにやりましょうという流れができます。
 オープンイノベーションの実践には思いは不可欠です。ただ逆に言うと、それさえあれば進展していくのもたしかです。ぜひ気軽に一歩を踏み出していただけたらと思います。
 STATION Aiやスタートアップのみなさんとつながって東海地方にコミュニティをつくり、ナレッジをシェアしていきたいと思っています。
佐橋 まずは、スタートアップのことを知っていただけたらと思います。どんな人がいて、どんなカルチャーで、どんな課題を抱えているか。それを知るのがオープンイノベーションの第一歩なのではないでしょうか。いきなり協業という大きな話から入らなくても大丈夫です。
 東海地域ではいろんな方がスタートアップ支援をやっていて、コミュニティがどんどん立ち上がっています。いずれもオープンなものなので、ぜひどこか選んでふらっと顔を出して、飲みにでも行って相互の信頼関係をつくっていってほしいと思います。
 スタートアップのエコシステムは県や行政がつくるものではありません。これまで東海地域を産業をつくり、支えてきた皆さんと共に作っていくものです。成功した起業家の周りにいい起業家は集まってきますし、そこで相乗効果も生まれてくる。STATION Aiは、そんなコミュニティのハブになっていきたいと思います。